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119 互いに高め合うライバル

わたしはイツキさんに統合軍総司令部の2階の一室に案内された。

イツキさん曰く、『統合軍総司令官執務室用に宛がわれた』そうだ。


執務室は100平方メートルくらいの広さ。

奥には総司令官の執務机。

中央右には3人ずつ座れる2脚の長椅子タイプのソファを配した応接セット。

中央左には巨大なテーブル。


「そこに掛けて下さい」


イツキさんが応接セットを指し示した。


「クレハさんには感謝してるんですよ」


いきなり感謝ですか。


それだけを言うと、イツキさんは執務机の横の簡易炊事場でポットに水を灌ぐと火属性魔法でポットの中のお湯を沸かし始めた。

棚からキメの細かい金属メッシュの球体を取り出すと、その中に茶葉を入れるとポットの中に投入する。

腕時計で時間を測りながら、その間に火属性魔法と風属性魔法の重ね掛けで2脚のカップを温める。

やがて、ポットを頭の横まで持ち上げてその下にソーサーに乗せたカップを持ってきて、ポットを傾けてお茶をカップに注ぎ込んだ。

1mの落差から流れ落ちる琥珀色の滝が水飛沫を上げること無くカップの中に流れ落ちた。

そしてイツキさんは、もう1脚のカップにも同じ所作を繰り返したのだった。

全てが流れるような手慣れた動作。


これなら、喫茶店のマスターもいけそうですね。

ネヴィル村に引き籠もると言うのであれば、いっそ、隠れ家的な喫茶店を開くことをお勧めしたいですね。

そうしたら、わたしもヒルダと足繫く通わせて頂きますよ。

そんなことを考えていると、イツキさんが感謝の理由を語ったのだった。


「要塞攻略に有用な兵器を売って頂けたばかりか、夜分に急なお願いまで受けて下さって」

「調査結果は満足頂けましたか?」

「お陰様で内通者を排除することができました」

「役に立ててよかった」


お茶の準備を進めるイツキさんと穏やかに会話する。


トレーに乗せた2脚のティーカップを応接セットのテーブルまで持ってきたイツキさんはその1脚をわたしの前に置いてくれた。


「粗茶ですがどうぞ。ここにはメイドが居ません。むさ苦しい男の給仕でごめんなさい」


そう言いながら、もう1脚を自分の前に置いたイツキさん。

全然、申し訳ない素振りには見えないイツキさんを見ながら、わたしはカップを取り上げて口元に運ぶ。


「いい香りですね。これは?」

「俺の住まいのあるネヴィル村産の茶葉です」


わたしは香りを楽しんだ後、カップに口を当てて一口。


「なんですか? これ? こんなに深みのある一方でフルーティーな味わいは?」


わたしの感想を訊いたイツキさんがテーブルの上に組んだ拳に顎を載せて答えた。


「フルーティーな味わいは茶葉の焙煎具合によるものです。味の深みは俺の淹れ方によるものですね。俺、こう見えても料理スキル、《SSS》なんですよ」

「では、茶葉を頂いてもこの味は出せないのですね?」

「クレハさんなら出来るんじゃないですか? 例え、今出来なかったとしても出来るようになるはずです、クレハさんなら」


イツキさんの発言は妙に確信的だ。


「そうでしょうか?」

「ええ。俺が保証しますよ。だって、俺はクレハさんと剣を交えた時から、クレハさんのことを互いに高め合うライバルだと思っていましたから」


わたしはイツキさんをまじまじと見つめてしまった。


「だとすれば、紅茶の淹れ方で負けるわけにはいきませんね」


わたしはイツキさんに穏やかに微笑みかける。


「お持ち帰り用の茶葉も用意しました。帰りにお渡しします。それでしっかり練習して下さい。次回、お手並み拝見ということで」


ティーカップを傾けながら澄ました顔でそう言うイツキさん。


「これはなかなか手厳しそうな師匠ですね」


そう答えながらイツキさんを見ていたら、さっきのイツキさんの台詞のある部分が気になった。思わず尋ねてしまう。


「イツキさんはどうしてわたしを『互いに高め合うライバル』だと思ったのです?」

「クレハさんが良く俺に使う台詞でお返しします」


悪戯っぽく笑うイツキさん。


「?」

「『秘密です』」


ああ、これはわたしがイツキさんに尋ねられた時に発した台詞だ。

ここで返してくるとはね。


「これはしてやられましたね」


素直に降参するわたし。

そんなわたしを穏やかに見るイツキさん。

確かに立ち位置が同じであれば、こうして『互いに高め合うライバル』でいられるのかもしれない。

だが、あの時は違った。あまりに違い過ぎた。

もし、イツキさんがあの時の事を思い出したら――――

わたしとこれまで通り『互いに高め合うライバル』として接して貰えるのだろうか?


そう考えたら、確かめずにはいられなくなった。


「もしかして、イツキさんはわたしが誰な――――」

「それ以上は止めましょう。俺はクレハさんとは友好的な関係でいたいんですよ。だから、クレハさん。その先を言うのは禁止です。それを訊いたら俺はクレハさんと友好的ではいられなくなる」

「イツキさん…………」


わたしの中の疑念が確信に変わる。


彼はわたしの正体に気付いている。

気付いた上でそれに触れないようにしてくれている。


だが、イツキさんの穏やかな笑みに本当のことをしゃべりそうになってしまった。

それはイツキさんの配慮を無碍にする行為だ。


話題を変えなくては。


そう思って執務室を見渡すと大テーブルの上に地図や図解、書き殴りの文書が散乱しているのが目に入った。

思わず立ち上がって大テーブルまで行き、それらを近くから確認する。


「ごめんなさい。実戦は初めてなもので。戦術シミュレーションゲームを思い出しながら紙にメモったものです」


バツが悪そうに言い訳するイツキさん。


わたしは驚いてしまった。

メモにしては事細かすぎるのだ。

それに地図上の部隊配置も素人とは思えない無駄のない配置。

要塞についてもその弱点が図解にメモ書きされ、攻略ルートが何種類も用意されている。

それぞれのルートのウィークポイントとそのリカバリー方法まで。


「俺、戦術シミュレーションゲームとか得意だったんですよ」


そう言いながら笑うイツキさんを見ながらわたしは戦慄するしかなかった。


イツキさんは只の剣豪じゃない。

勇者であるにしても常軌を逸している。

軍略家の勇者なんて訊いたことが無い。


そう言えば、斎賀皐月(さいがさつき)が桂や村田のところに足繫く通っていたことを密偵のあの人から訊いたことがあった。

地元では村田のお気に入りだったとも訊いた。

あの人の言葉通りなら、あのまま何事も無かった未来があったとすれば、斎賀皐月(さいがさつき)はとんでもない軍略家になっていただろう。

斎賀皐月(さいがさつき)がエーデルフェルトに召喚されさえしなければ、少なくとも列強と肩を並べるのが10年は早まっていたかもしれない。



「まあ、こんな風にいろいろ考えてはみたんですがね。どうしても不安要素が残るんですよ」


頭を掻きながらのイツキさんの台詞に現実に引き戻されるわたし。


「ここまでの作戦を立てられるイツキさんでも不安があるのですか?」

「ええ。要塞のコントロールルームです」

「でも、この作戦ならコントロールルームの占拠は可能でしょう?」

「そうではあるんですがね。占拠後に要塞の浮揚装置を停止させて要塞の再浮上を阻止できるかが不安なんですよ。なにせ、こちら側の魔工技師にとっては要塞のコントロールはぶっつけ本番になる訳ですし」


それを訊いたわたしは考え込む。


そもそも、レーゲンスブルグ要塞の浮遊システムと推進システムの技術は我が『M&Eヘビーインダストリー』社のパテントだ。

それを勝手に解析しパクったのは魔族領主戦派。

これは重大な契約違反といえよう。

しかし、それを訴えたところでアスタロトが誠意ある対応を見せるとはとても思えない。

なら、契約違反の代償が高くつくことを思い知らせてやるべきだろう。


そう考えるに至ったわたしはイツキさんにある提案を持ちかける。


「コントロールルームのオペレーター要員への指示をわたしにやらせて貰えませんか?」

「えっ? でも、これは魔族同士の戦いですよ。クレハさんが出張らなくても――――」

「我が社のパテントが侵害されたんです。黙っている訳にはいかないじゃないですか」


それでも躊躇するイツキさんにわたしは右腕を胸に当ててはっきりと告げる。


「それに、この装置はわたし自ら開発したものです。ある意味、わたしがマニュアルみたいなものですよ」


それを訊いたイツキさんがわたしの手を握って感謝の言葉を述べる。


「ありがとうございます。本当にクレハさんは良きライバルだ」

「ふふふ。そこまで言うなら見返りを貰うことにしましょうか」

「できることなら、何でも」

「では、次に会った時にはまた真剣で立ち合いを」

「受けて立ちましょう」


イツキさんと手を握り合ったまま顔を見合わせて笑い合う。

だが、表情は恋人同士のそれではなく、不敵に笑い合うライバル同士が火花を飛ばし合うそれ。


だが、傍目にはその区別はつかないだろう。

でも、構わない。

わたしとイツキさんだけがわかっていれば良いことなのだから。


だが、それはわたし達だけの独りよがりの思い込みなのだということを、この後に部屋に飛び込んで来た人物により証明されるのだった。



◆ ◆ ◆


バーン!!


唐突に勢いよく開かれる総司令官執務室の扉。


俺とクレハさんが次戦を約束するさなか、白亜が飛び込んで来た。

お互いに手を握り合う俺達を見た白亜が絶叫した。


「な、な、な、な、なにをしておるのじゃあああああああ!」


腰から抜いた五月雨で今にでも斬り掛かってきそうなくらい怒っている。


「妾を含めて嫁候補が4人もいるのに! それでも飽き足らず、まだ他の女に手を出そうとしておるのか!?」

「イツキさん、4人も嫁候補がいるんですか?」


怒る白亜を怖れるでもなく、疑問をぶつけて来るクレハさん。

今訊くのはそこじゃない。

空気読んでね、クレハさん。


でも、おっかしいなあ。

嫁候補はサリナとシルクの2人だったはずなんだが。

セリアにはまだ答えてないし。

そもそも、『妾を含めて』ってなに?

おまえ、妹だろ?

どさくさに紛れて自分まで嫁候補にするんじゃないよ。



「どうなのじゃ!?」


一見、弁解を求めるような質問に訊こえるがそうじゃない。

これ、どう言っても訊いてくれないやつだ。

思い込みって怖い。


「クレハさん。こいつには後で落ち着いた時に説明します。その時にご一緒願えますか?」

「ええ、構いませんが」

「こいつには、しっかり説明する必要があるんですよ。なにせ、コントロールルーム占拠部隊の先鋒はこの白亜ですから」

「そういうことなら、誤解は解いておいた方がいいですね」


クレハさんの納得も頂けたようだ。


「ということで――――」


あとは、こいつの暴走スイッチをOFFするだけ。


「ごめん、白亜。パラライズ!」


俺は白亜に向かって渾身の魔力を込めた[パラライズ]を行使する。

白亜も《SS》ランクの冒険者。

生半可な[パラライズ]では効果がないからね。


いきなり[パラライズ]の不意打ちを喰らった白亜が成す術も無く麻痺昏倒する。


「なんというか……その……」


クレハさんが『え~っ?』って表情で俺を見た。


「美少女相手にも容赦ないですね、イツキさんは」


ドン引きするクレハさん。


そんな目で見ないで欲しい。

これは緊急避難措置なんですよ。

やむを得なかったんですよ。


取り敢えず[パラライズ]で黙らせてみたんだが、後々が恐ろしいことになりそうな予感。


でもね、白亜さん。

酷い仕打ちへの怒りを俺にぶつけるのはちょっと待って欲しい。


明日は、大事な要塞攻略作戦の決行日だ。

総司令官が当日ズタボロでは示しがつかないんだよ。


だからね、白亜さん。

どんなに怒っていても俺に手荒な真似はしないでくれよ、マジで。


その怒りはさ。

要塞に立て籠もる敵相手に存分に晴らしてくれたらいい。

頼むよ。

ほんと、頼むよ。




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