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012 状況開始

ランドシャークは西大陸最大の盗賊団であり、構成員の総数は800名。強盗、略奪、誘拐、奴隷売買、となんでも有りの凶悪集団だ。聖皇国の騎士団やアナトリア王国軍による征討軍すら何度も撃退している。


そして、森の奥にある大洞窟。その中に隠蔽された3階建ての兵舎、そこが盗賊団ランドシャークのアジト。


兵舎の最上階の一角にとても盗賊団のものとは思えないりっぱな執務室があった。そこで執務しているのは盗賊団の団長だ。

名はシャヒム・カーン。

彼には他にも肩書がある。ある国の陸軍特殊作戦群の連隊長、今作戦の司令官、階級は大佐。

盗賊団の目的は、所属国以外の国々の治安悪化と通商破壊。

そこから考えられる結論。

ランドシャークはれっきとした正規軍である。


今、シャヒムは1個中隊の別動隊の帰還を待っていた。与えた任務は聖皇国とアナトリア王国間の通商路の遮断だ。


だが、帰還予定時刻を過ぎても、第8中隊は帰って来ない。いくら落ちこぼれ中隊といえども遅すぎる。斥候(せっこう)でも出すか、と副官を呼ぶ呼び鈴に手を伸ばした。

が、呼び鈴は手に取れなかった。手にする前に(かす)め取られたのだ。

『こんないたずらをするのは戦務参謀(せんむさんぼう)か?』

ムッ、として顔を上げると、そこには、見知らぬ若い男が呼び鈴を左手で摘まんで目の前に立っていた。

男がアルカイックスマイルで言った。


「いつもお勤めご苦労様。」


そして右手の杖の先を向け、


「もう逝っていいよ。ヴォイド。」

「貴様、何者――――」


シャヒムが言い終える前に、男の持つ杖が光輝き、シャヒムは存在そのものを無にされた。



◆ ◆ ◆


「もう逝っていいよ。ヴォイド」

「貴様、何者――――」


目の前の軍人と思しき男が何か言い終える前に、[ヴォイド]を行使した。目の前の男は消え、執務席は空席だ。


[ヴォイド]。

存在を無に帰す闇属性魔法だ。

その存在だけでなく、この世に存在していたという痕跡すら全て無に帰す禁呪。

ただ、対象を視界の中心に捉えていなければ有効にならないし、行使者と同等以上の魔力レベルの相手には通用しない。それに、行使対象によっては世の(ことわり)が歪み、究極的には歴史すら変わってしまうから、使いどころには注意が必要だ。


が、俺にとって、こいつらに関連する(ことわり)がどうなろうと知ったことではない。

俺は我慢ならなかったのだ。

罪の無い者を殺め、人の尊厳を踏み躙る連中を。

だから、禁呪を使うことに躊躇(ためら)いは無かった。


今消した男は最初からこの世界に存在していなかったことになった。


執務室の横の壁には部隊編成表が貼られていた。そして、執務机に載っている書類に目を落とす。


「ふーん。カラトバ騎士団領陸軍特殊作戦群か。構成員は1000名以上ってことは連隊規模だな。街道のやつらの振る舞いから正規軍だとは思ってたけど、特殊任務専門の部隊だったとはね。これはきな臭いことになってきたな」


執務室の窓から眼下を見下ろす。

下は練兵場のようだ。

多くの兵士が訓練に励んでいる。700~800人くらい?


「正規軍だとすれば、最高指揮官を潰したのは正解だったな。今、抹消したのは連隊長?」


と、考えていると、唐突に執務机で執務する別の人物が出現した。

一瞬、ギョッとしたが、すぐに得心した。

今消した士官が最初から存在しなかったことになれば、当然歴史は改変される。

考えられる歴史の事象改変は3つ。

①この部隊の連隊長として別の人物が就任している歴史。

②ここにいる部隊が別の部隊になっている歴史。

③ここにカラトバ騎士団領の部隊そのものが潜伏していない歴史。


壁の部隊編成表を横目で見る。

内容が変化していた。

連隊長の名前がシャヒム・カーンとは別の名前になっていたのだ。

抹消から次の出現までは3分くらい。

歴史改変にはタイムラグがあるようだ。


だが、とりあえず、今は、


「ヴォイド」


執務机の人物に行使する。

その存在は消えたが、やがてまた別の人物が出現した。

21度目の[ヴォイド]行使後、部隊編成表の部隊名が変わった。

カラトバ騎士団領陸軍特殊任務班?


執務室の窓から眼下を見下ろす。

練兵場にいる兵士の数が少なくなっている。30人くらいの小隊規模。


これまでは、事象改変①。

そして、ここからが事象改変②だ。


俺は更に[ヴォイド]行使を繰り返す。

33度目に部隊編成表の部隊名が変わった。

カラトバ騎士団領海軍特殊部隊?

執務室の窓から眼下を見下ろす。

練兵場にいる兵士の数が今度は増えている。300人くらいの大隊規模。


52度目に部隊編成表の部隊名が変わった。

カラトバ騎士団領国家情報局特別行動部?

執務室の窓から眼下を見下ろす。

練兵場にいる兵士の数がかなり少なくなった。15人くらいだから分隊規模。


67度目の行使後、状況が変化した。

立派な兵舎は無くなり、俺が立つのは大きな鍾乳石と洞窟の壁との間。

ようやく、事象改変③に至る。

既に夕方の4時。

3時間半も掛かった。

もう疲れたよ。


が、妙に騒がしい。

鍾乳石の陰からそっと覗くと、なんと、大洞窟の中は本物の盗賊団の拠点と化していた。


「そう来たか~」


思わず唸る。

1000人は超えてるな。最初の連隊規模より多いじゃん。


盗賊団の頭目と思われる男が取り巻きと酒盛りをしている。


しかしまあ、プロの国家権力に比べれば、盗賊団など所詮はアマチュア。烏合の衆。

白亜(はくあ)の斬り込みでなんとかなるだろうよ。


俺は、白亜(はくあ)に念話で指示を出す。


白亜(はくあ)、状況開始だ」




大洞窟内は修羅場と化していた。

俺は[隠蔽]を掛けて存在を消し、白亜(はくあ)の戦いを観察する。

もちろん、危なくなったら加勢するつもりだ。



白亜(はくあ)は、真正面から斬り込みを掛けて次々に盗賊達を切り伏せていた。


相手側には魔道士や弓使いもいるらしく、白亜(はくあ)に向けて大量の火炎弾、氷結弾、矢を浴びせ掛けていた。白亜(はくあ)は避けることなくそれらを受け、それでもなお肉弾突撃を止めなかった。


まただ。

また、その戦い方。


いくら勇者のマントでも、衝撃から来る痛みは相当なはずだ。

俺だったら耐えられないだろう。

それなのに、なぜ、そんな戦い方をする?

俺には、それは自分を顧みない蛮勇に見えた。


盗賊団の頭目は強かった。

身体強化を掛けているらしく、白亜(はくあ)の剣戟でも刃傷を負わせられない。

鑑定すると《S》ランク。魔法耐性まである。

大盗賊団の頭目をやっているのは伊達じゃないようだ。

白亜(はくあ)では太刀打ちできないだろう。身体強化すら圧倒する物理攻撃しかないようだ。

[隠蔽]を解き、白亜(はくあ)に声を掛ける。


白亜(はくあ)、一旦引け!」


そして、頭目の足元に


「クワグマイア!」


底なし沼を出現させ足を取る。

流石に身動きが思うようにできないようだ。


最高スピードで魔力充填を行うことで弾速を音速まで高め、先の尖った石をイメージする。


「ストーンガトリング!」


石弾の音速連続射撃。

頭目は両腕でガードするが、身体強化の防殻が次第に弱まり、庇いきれない猛攻に少しずつ傷を増やしていく。

もういいだろう。

俺は最大魔力量と最高魔力充填速度で、巨大な槍をイメージする。


「ストーンジャベリン!」


巨大な石の槍の音速投射。

槍は頭目のガードと額を貫通した。


制圧完了。


終わってみれば死体の数は、1500オーバー。

さすがにこれだけの死体はちょっと埋葬できない。


俺は白亜(はくあ)を伴って大洞窟を出ると、


「グラビティ(5000)』」


重力魔法で大洞窟を山ごと圧壊させた。死体は全部崩れた山の下。最後に山の天辺に墓標よろしく大木を移植した。

よ~し、埋葬完了。


これで街道の安全は保たれた。もう、犠牲になる者はいなくなるだろう。

とりあえず白亜(はくあ)を労う。


白亜(はくあ)、ありがとう。大変だったろうが、よくやってくれた」


そう俺が労いの声を掛けると、白亜(はくあ)が自慢するように言った。


「そうであろう? なにせ、(わらわ)は有能な従者なのじゃからの」

「ああ、戦士としては満点だな。だが、俺の従者としては合格ラインぎりぎりの60点だ」


そう言うと、白亜(はくあ)が猛然と抗議してきた。


「それは聞き捨てならぬぞよ! なぜじゃ!? 敵の討ち漏らしはなかったはずじゃし、(あるじ)に指一本触れさせることもなかったのじゃ! 何の不満があるのじゃ!?」


そうか。わからんか。

頭でわからないなら、体にわからせてやろうじゃないか。


「それは、こういうことだよ」


俺は素早く白亜(はくあ)の背後に回ると、その背中を軽く叩いた。


「ぴっ!!」


白亜(はくあ)が飛び上がって悲鳴にならない悲鳴を上げた。


「優・秀・な・従・者・は・怪・我・な・ん・か・っ・し・な・い・ん・だ・よ・っ・! 優・秀・な・従・者・は・(あるじ)・に・心・配・な・ん・か・っ・掛・け・な・い・ん・だ・よ・っ・! わ・か・る・か・?」


言いながら繰り返し白亜(はくあ)の背中を叩く。


「っ!!」


「~っ!!」


「~~~っ!!」


遂に白亜(はくあ)は膝を折ってへたり込んでしまった。

痛みを我慢していたのか。

そんなことだろうと思ったよ。

仕方の無いやつめ。


「ちょっと、見せてみろ」


俺は嫌がる白亜(はくあ)の勇者マントを剥がし、更に白亜(はくあ)の和装一重の後ろを捲り上げた。


次の瞬間、俺は絶句してしまった。

なぜなら、俺の想定を超えた状態だったから。

背中一面、紫色の(あざ)だらけだったのだ。

よく見れば肩や腕や足からも(あざ)が垣間見える。

それだけじゃない。

場所によっては挫滅(ざめつ)していたのだ。

こんなのは年頃の少女の体にあっていいはずがない。


なんてこった!

ここまで無理をしていたのか。

俺が逡巡(しゅんじゅん)していた隙に白亜(はくあ)はサッと飛び退いて、ム~ッとした顔で一言、


(あるじ)のエッチ!」


その言葉で我に返った俺は、


「そのままじっとしてろ。今、治してやる。ハイヒール」


そう唱えると、白亜(はくあ)は緑の光に包まれ、その体から次第に(あざ)が消え、挫滅(ざめつ)や腫れも引いていった。


「恩に着るのじゃ、(あるじ)

「一応、(あと)が残ってないか自分で確認しろ」

「確認しなくてももう大丈夫なのじゃ」

「俺に全身ひん剝かれての確認をお望みか?」

「わかったのじゃ、確認するのじゃ」


流石に俺の前で確認するのは恥ずかしいのか、白亜(はくあ)は物陰に行ってしまった。



白亜(はくあ)は自分を顧みない。

白亜(はくあ)は主従契約に厳格に従い、従者として俺の為に死んでも構わないと思っている。


なんてこった。

俺の従者になることが、白亜(はくあ)の新たな呪縛になってしまった。


そもそも俺は聖皇国から追われる身だ。

もし、俺が聖皇国の追手に拉致されたら、白亜(はくあ)は黙ってそれを見過ごさないだろう。

圧倒的不利な状況になっても、俺を守って死ぬかもしれない。

身勝手に勇者職務を放棄した俺のために14歳の少女が犠牲になる。

そんなのは、俺のスローライフには予定されていない。


白亜(はくあ)。もし、俺の従者を続けたいと思うなら、自分の命を粗末にしないでくれ」

「それは訊けぬ。主君のために殉ずるのは武人の(ほまれ)じゃから」


主君のために殉ずる。

それは白亜(はくあ)の元居た世界の武人の心得としては正しいのだろう。


でも、この考え方を俺は受け入れられない。

『弱き者の定め』などという殺伐とした考え方もだ。

文化の違いかもしれないが、14歳の少女の考えることじゃない。


「俺は、自分の手の届く範囲の人間が傷ついたり死んだり不幸になったりするのを見過ごせない。そんなのを放置したら、俺はもう穏やかには暮らせない」


そして、白亜(はくあ)に問う。


「今、俺の手の届く範囲にいるのはおまえだけだ。それはわかるな?」

「うむ」

「じゃあ、俺の穏やかな暮らしのために俺がおまえに求めているのは何だと思う?」

(わらわ)が傷ついたり死んだり不幸になったりしないこと」


理解はしてくれてるんだな。


「なら、そうして欲しい」

「…………努力はしてみるが…………」


白亜(はくあ)が言葉を濁す。

理解は出来ているが納得はしていないってことか。

だが、もう一押し。


「努力じゃダメ。『自分を大切にする』って約束してくれ」

「わかった…………約束する」


渋々か? 渋々なのか? だが、言質は取ったぞ。


「もし、約束を違えたら――――」


俺は手をワキワキさせる。


「擽りの刑」

「わかった、約束は守る! 約束は絶対に守るから、その手はやめるのじゃ!」

「とりあえず、約束を破ったらどうなるか、身体に憶えてもらうとしようか」


白亜(はくあ)が後ずさり、手でイヤイヤをする。


「本気かぇ?」

「うん、本気と書いてマジって読むんだよ。知ってた?」


手をワキワキさせながら白亜(はくあ)に迫る。


「や、止めるのじゃ」


尚も迫る。


「や、止めよ。約束は絶対に守るって言ったじゃろ?」

「うん、そうだね」

「だったら――――」

「まあまあ、遠慮せず」


後ずさりした白亜(はくあ)が大木に退路を(さえぎ)られる。

追い詰められた白亜(はくあ)は、もう逃げられない。


「いやっ! 止めっ!」


両手を前に翳してイヤイヤする白亜(はくあ)の両脇に手を突っ込み思い切り(くすぐ)る。


「ヒャッ! ニャハハハハハハ! ヒーッ! 笑い死ぬ~~~~~っ!」



やがて、徹底的に擽り倒された白亜(はくあ)が地面に転がりヒクヒクしていた。

やり過ぎたか?



ようやく起き上がった白亜(はくあ)に手を貸して立ち上がらせる。

白亜(はくあ)は立ち上がりはしたもののふらふらしている。

HP残量1って感じだね。


「本当に(あるじ)は酷いのじゃ。死ぬかと思ったわ」

「じゃあ、約束厳守で、命大事に、ね?」

「わかっておる。武士に二言は無い」


この子には普通の女の子のように穏やかに生きて欲しい。

それが、白亜(はくあ)の面倒を見ることにした俺の責任でもあるのだ。


「そっか。なら、俺が白亜(はくあ)を全力で守らなくちゃね」

「全力で守る?」

「ああ、任せろ。俺も一応、勇者だ」


それを訊いた白亜(はくあ)がクスクスと笑って、


「乙女に狼藉(ろうぜき)を働くトンデモ勇者じゃがの」

「放っとけ」

「でも、頼りにしておるぞ」

「おう、任せろ。なんなら、一生守ってやるよ」


それを訊いた白亜(はくあ)が顔を伏せてフルフル震え始めた。


そしてなぜか、黙って俺を置き去りにしてスタスタと街道方向に歩いて行ってしまった。


えっ? なんで?




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