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118 超高速滞空輸送艦

統合作戦会議の翌日、日もとっぷり暮れたの午後6時。

ここは子爵邸を接収した統合軍総司令部。

俺は統合軍の将官や輸送隊の人達と総司令部のエントランスに並んで待っていた。


何を待っていたか、って?

そりゃあ、決まってるだろう?

『M&Eヘビーインダストリー』社からのM79榴弾砲と弾薬の納品だよ。



予定時刻から5分遅れた午後6時5分。

俺達は吹き上がる突風に晒された。

門から邸宅まで続く長いアプローチの方からだ。


そして、宵闇の空からそれは姿を現した。


全長350mくらいの七色に光り輝く空中艦。

艦全体が扁平で細長く前後が尖った柳の葉のような形状。

まるで空中に浮かぶ巨大なナメクジウオだ。


艦の側面にはでかでかと『M&EHI』。

何処を見ても武装が見当たらないところを見ると輸送艦と思われる。


艦首をエントランスに向けたそれは、ゆっくりとアプローチに着陸すると前方の口を開く。

開口部から伸びてきた広いスロープが着底する。


この間3分。

突風は吹けども音はほとんど無音。



やがて、スロープの上に1人の女性が現れた。


マッシュショートボブウルフカットの真っ白な髪をし、右目を隠すように顔の右中より上は完全に髪に隠れ、漆黒の左目だけが髪の間から覗く、ベージュのパンツスーツの男装の麗人。

『M&Eヘビーインダストリー』社共同代表、クレハ・ミューラーその人だった。


「わたしは『M&Eヘビーインダストリー』社共同代表、クレハ・ミューラーです。この度は弊社の製品をご購入頂きましてありがとうございます。」


クレハさんはスロープを降りて来ると、居並ぶ将校達に自己紹介をした。


「早速ですが、M79榴弾砲と砲弾の荷下ろしを始めたいのですが、立ち合い納品検査を担当されるのは、どなたでしょうか?」

「ああ、小官です。ソルベルスキーと申します」

「では、こちらの者が案内します」


クレハさんが指し示したのは、クレハさんの後ろに立つツナギを着たグレーのツンツン頭の背の低い筋肉質のおじさん。たぶん、ドワーフ。

手にはA4サイズの紙が挟まったグレーのクリップボード。

耳にペンを挟んでいる。

昭和臭漂うなあ、この人。


「俺はラグナトだ。ついてこい」


ぶっきらぼうに自己紹介すると、スロープの方に顎を向けた。


「わかりました。よろしくお願いします」


ソルベルスキーさんが頭を下げる。

ラグナトさんを先頭にスルベルスキーさんや師団長連中と輸送隊メンバーがぞろぞろとスロープ下に歩いて行った。


う~ん。

ここに居る誰よりも偉そうだよね、ラグナトさん。


「どういう人です?」

「ああ、彼はうちの品質管理部長ですよ。わたしも時々怒られます」


会社のトップにまで容赦ないとは、筋金入りの職人気質だね。


「ところでこの艦は?」


アプローチに着底した大型艦を指差す。


「ああ、これですか。超高速滞空輸送艦ですよ」


クレハさんの説明によると、



艦種     :超高速滞空輸送艦

艦名     :フライングライナー

艦体重量   :99,576トン

全長     :363m。全幅:35m

船体     :超軽量ミスリル・アダマンタイト合金鋼製

主機     :6基風属性ジェット推進

浮力     :全周底面反重力偏向ノズル44本

武装     :主砲    艦体格納式拡散ビームキャノン 1門×2基 計2門

        近接防衛用 艦体格納式ビームガトリング  2基

              艦体格納式ファイアガトリング 2基

              艦体格納式ストーンガトリング 2基

速力     :マッハ1.5

        (高度12000mでのスーパークルーズ時 マッハ4.5)

限界高度   :15000m

積載荷重   :6500トン



ナメクジウオのような艦体は飛行中の空気抵抗を限りなく小さくする為。

武装が艦体格納式なのも同じ理由。

艦には窓は無く、外界の映像は全てカメラとセンサによる合成映像。

窓から視認する必要が無いから、メインブリッジは艦首にも艦上部にも無い。

ちなみにこの艦には水上航行能力は無いそうだ。


「M79榴弾砲と榴散弾3000発くらいなら『くらま』でも運べたんですけどね。『くらま』は足が遅いんですよ。納期が厳しかったので、最速の船で輸送時間の短縮を図りました。それでも5分遅れてしまいましたが」


ちょっとバツが悪そうに笑うクレハさん。


「まあ、ここで立ち話もなんですから、こちらにおいで下さい」


俺はクレハさんを総司令部内に先導したのだった。



◆ ◆ ◆


同じ頃、レーゲンスブルグ要塞の中央に立つレーゲンスブルグ城。

今は亡きベルゼビュートに代わって領主執務室の主となった、要塞司令官オットー・フォン・ヒルデスハイム上級大将の元に副官が報告に来た。


「敵側に動きがありました」


報告によれば、南西の丘陵地帯に現れた巨大な空中艦から何かを搬出しているとのこと。

空中艦はおそらく『M&Eヘビーインダストリー』社の超高速滞空輸送艦であること。

何を搬出しているかは城壁から周囲を哨戒する観測兵の[ロングセンス]からも視認できないらしい。ガヤルド軍の前線司令部周辺には強力な[隠蔽]が掛けられている為だ。かといって、偵察部隊を出そうにもガヤルド軍の哨戒網が厳しすぎて近寄ることができない。


執務机で決済書類に向かいながら報告を聞くヒルデスハイム。


オットー・フォン・ヒルデスハイム。

五分刈りにしたダークグレーの髪に萌黄色の瞳。

6本の腕を持つ身の丈3mの筋肉質の巨漢の壮年に見える新興魔族。

ベルゼビュート領の頼子貴族の侯爵であり、領軍を預かる領主代理。

人魔大戦後の100年続いた人魔戦争では強大なハルバートを持つ装甲擲弾兵として数多の人族の兵士を血の海に沈めてきた。

付いたあだ名が『流血大河のヒルデスハイム』。

反人類の急先鋒だ。


「賊軍のやつらはまた懲りずにこの要塞に突撃してくるつもりか?」


ベルゼビュート軍は正統魔族軍の『正統』性を認めていない。

だから『賊軍』。


「構わん。捨て置け。どうせ、ガヤルドの女狐が愚策でも巡らせたんだろう」


これまで、要塞攻略はメロージ軍が主だった。ミケランジェリ軍は嫌がらせの空爆を散発的に行ってくるのみ。その間、ガヤルド軍に動きは無かった。3領主軍の中でもガヤルド軍は寡兵。例え動いたとしても戦況に影響は無いはず。

そもそも、ここ2日、敵の攻撃が沈黙している。

メロージ軍が疲弊した証拠だろう。


ヒルデスハイムはそう思った。

まだ、彼は正統魔族軍が統合軍として命令系統を集約したことを知らない。

イツキが攻撃停止命令を出していることも。

何故なら、メロージ軍のローレル中将からの機密通信が来ていないからだ。


「何を悠長に構えておられるのです?」


執務机の前方に置かれたソファに掛けていた魔族の男が手にしていたカップをソーサーに戻しながらヒルデスハイムに訊いてきた。

その顔は不愉快そうに見える。


「今こそガヤルド領に再侵攻する好機です。直ちに要塞の風属性ジェット推進ノズルに火を入れて、逆賊シルキーネ・ガヤルドの住まうエッセンツァに向かうべきですぞ」


ヒルデスハイムにそう勧めるのは、アイギス・シュリーフェン。

ブラウンに近い金髪を頭の横で巻き、広い額に黄土色の瞳をした痩身初老の侯爵。

角無しなので一見、人族にしか見えないが魔法技術に長けた新興魔族。

アスタロト領から派遣されてきた軍事顧問であり、アスタロトの頼子貴族。

軍での階級も上級大将。

この要塞ではヒルデスハイムの並ぶ最高位の将官である。


「今、この地の利を生かして賊軍を殲滅することが優先だ。何故、エッセンツア攻撃を急がせるのだ?」

「それは…………」


ヒルデスハイムはアスタロトを信用していない。

ベルゼビュート領とアストロト領は主戦派として同盟関係にある。

にも拘らず、ベルゼビュート軍が蜂起した時、アストロトは領境を閉じて引き籠もってしまった。援軍も送って来なかった。

送って来たのは大量の魔工技師と口煩い軍事顧問のみ。

要塞を難攻不落化させた浮揚技術はありがたかったが、求めていたのはアスタロト軍の精鋭だ。

ヒルデスハイムには『自分達が正統魔族軍に対する嚙ませ犬にされているのでは?』という疑念が常につき纏っていた。


一方のシュリーフェンにも事情があった。


『エッセンツァのガヤルド女魔公爵を亡き者にすれば魔族が謳歌する世界が訪れる。それこそが我々の求める未来だ。解るかね? シュリーフェン君?』


シュリーフェンは夢見るようにそう語る主君アスタロトを思い出す。


(どうしてガヤルド女魔公爵を亡き者にすれば魔族が謳歌する世界が訪れるのかはわからないが、閣下の望みを実現することこそ、臣下であるわしの務め。レーゲンスブルグ要塞もヒルデスハイムもその為の捨て駒に過ぎないのだ)


シュリーフェンの心の声はヒルデスハイムには届かない。


「せめて、今動きがあるガヤルド軍の位置まで要塞を移動させてヤツらを叩くくらいは――――」

「必要ない。もし、攻撃してきても返り討ちにしてやるだけだ」

「それでは万が一、奴らが奇策を弄してきた時に――――」

「ともかく要塞は動かさない」

「しかし――――」

「ベルゼビュート軍においても、この要塞においても俺が最高指揮権者だ。貴殿の意見は訊いていない」


食い下がるシュリーフェンに胡散臭いモノでも見るような視線を向けるヒルデスハイム。


「貴殿は階級は同格かも知れぬが、あくまで他国の軍事顧問にすぎん。身の程を弁えてもらいたいものだな」


と言ってシュリーフェンを黙らせたヒルデスハイムは副官に向かって、


「念のため、要塞の警戒態勢を一段階上げろ」


警戒態勢をレベル3からレベル4に上げさせると、再び書類の決裁を再開した。



(この石頭めっ! これはイザという時の為に脱出の準備をしておいた方がいいだろうな)


シュリーフェンはそう思うのだった。




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