116 ハクアガヨウシヘンカンヲオボエタ
もう日付も変わろうかという頃。
ここは総司令官宿舎という名のログハウス。
世闇に浮き上がるのは建屋の輪郭。
その窓から灯が漏れている。
薄暗い玄関灯に照らされた扉の両脇には歩哨。
「どうされました? 中に入られないのですか?」
扉の前で逡巡する俺を不審に思った歩哨の一人が声を掛けて来た。
困り果てた俺の表情から察した彼が俺にそっと耳打ちする。
「謝られた方がよろしいかと。副官殿は酷くご立腹みたいなので」
たぶん、中には白亜がいる。
というか待ち構えている。
朝、置いて行ったからな。
「俺、どっか他で寝るよ」
踵を返す俺を彼が引き留める。
「お待ち下さい。副官殿はとても心配されておりましたよ」
やれやれ。
心配掛けちゃったかあ。
こりゃあ、逃げる訳にはいかないな。
「ありがとう。アドバイスに感謝する」
「いえ、当然のことですので」
「君の名前を訊いておこうか?」
「小官は総司令官の警備を仰せつかったガロワ准尉と申します」
彼は俺と同い年くらいの少年。犬耳が生えてたから獣人族だとわかった。
俺に警備なんて必要ないんだけどねえ。
「ガロワ准尉ね。憶えておくとしよう。階級呼びは面倒だからガロワ君でいいかな」
「はい、ご随意に」
「ガロワ君はさ、よく白亜が心配しているってわかったね? あいつ、人前で怒りは見せても心配する素振りなんかみせないはずなんだけど?」
「同じ女として、総司令官閣下を慕う副官殿の気持ちがわかりますので」
えっ? ガロワ君、女だったの?
でも、今更、ガロワさんなんて呼べないよね。
ここはシルク流に〇〇君で通すとしよう。
等と話し込んでいると、扉が開き、白亜が顔を出した。
「哨戒任務ご苦労様」
白亜は笑顔でガロワ君ら歩哨にそう声を掛けた。
と、次の瞬間、俺は室内に引き摺り込まれた。
ガチャリ!
白亜が後ろ手に扉の内鍵を掛ける。
「ねえ、イツキ。わたし、本当に心配したの」
あれ? 白亜さん、標準語。
それは偵察してた時の名残?
それとも、マジ怒りモード?
白亜の背丈が伸びている。
但し、偵察してた時と違って、髪は真っ白で瞳もルビー色のまま。
容姿も大人びているが、着ている服も煽情的だ。
白いブラウスに黒いマイクロミニのスカートに黒いハイカットブーツが妖艶な雰囲気を醸し出している。。
「えっと、白亜さん?」
「なあに?」
「説明して下さると助かります」
俺の言葉使いが自然と丁寧語になった。
だって、どう見ても俺より年上にしか見えないから。
「うふふ。実はね、わたし、容姿変換を覚えたのよ」
ハクアガヨウシヘンカンヲオボエタ。
ユウシャハ35000のダメージヲオッタ。
「偵察の時にイツキに容姿変換を掛けて貰ったでしょ? その時に流れ込んできた術式を憶えて一生懸命練習したの。イツキに置いて行かれたわたしにはそれをする時間がた~っぷりあったのよ」
そう言いながら俺を見据える白亜の笑顔が怖い。
やっぱ、怒ってる?
基本的にうちの女性陣は2種類のタイプに分けられる。
片方は、シルクやセリアみたいに小言は言うが最後には『仕方無いなあ』と言って笑って許してくれるタイプ。
そしてもう一方は、白亜やサリナのように実力行使に打って出てくる武闘派タイプ。
このタイプは何をしてくるかわからない。
今の白亜がそれ。
「わたしが寝ている隙に行方を晦ますなんてどういうつもりかな? 説明してくれるかな? ぜひ、納得させて欲しいかな?」
といいながら笑顔で迫ってくる白亜。
「もし、納得できなかったら?」
白亜がペロリと舌で唇を舐めながら身体を密着させてくる。
「その時はイツキを美味しく頂いちゃおうかな?」
そう言った大人の白亜が俺をベッドに押し倒して顔を近付けてきた。
相変わらずお色気たっぷりの白亜。
あと数cmで唇同士が触れそうだ。
おい、冗談じゃないぞ!
このままだと、俺と白亜は一線を越えてしまう!
と、そこで白亜がピキッと動きを止めた。
顔も耳も真っ赤になって唇を震わせている。
それを目にした俺に正常な洞察力が戻ってくる。
昨日から白亜に調子を狂わされまくりだった俺に。
なるほどね、白亜。
精一杯背伸びしていたんだね。
久しぶりに他のみんなに邪魔されずに二人きり。
その状況を生かして勝負を掛けに来たのだろうがお生憎様。
身体は大人に化けても心までは大人に成りきれなかったという訳だ。
だから、土壇場で躊躇した。
限界を迎えた。
そのおかげで間違った選択肢に進まずに済んだ。
ということで、ここからは俺のターンだ。
ここはしっかりマウントを取りに行こう。というか、取り戻そう。
ユウシャノコウゲキ。
俺は白亜と身体を入れ替えて、白亜の体をベッドに押し付ける。
白亜の両腕も俺の両腕で頭の上に抑え込んだ。
「そこまで言った以上、覚悟はできてるんだよね?」
白亜が赤い顔のまま、目を見開いて俺を凝視している。
「建物内に結界(完全防音)を展開」
俺はログハウスに完全防音を施した[結界]を張った。
「さあ、今この部屋に防音結界を張った。これでもう泣こうが喚こうが外の誰にも聴こえない。これから朝までおまえをた~っぷり堪能するとしようか。足腰が立たなくなるくらいにな。許しを請おうが気絶しようがもう俺は止まらないよ。それがおまえの望みなんだろ?」
そう言って白亜に顔を近付けて行くと、
「~~~~~~!」
白亜は目を瞑って身を固くした。
そのままの状態で白亜を観察していると、
「ごめんなさい」
か細い声でそう言った。
目の端から涙が滲み出ている。
ちょっと、脅しが効き過ぎたみたいだ。
なんだかんだ言っても14歳の子供だしな。
そこまでの覚悟は無かったんだろう。
俺は立ち上がって白亜を解放すると溜息をついた。
実際、やばかった。
本気で白亜を俺のものにしてしまいそうになった。
ベッドの上の白亜は身体を右に向けて丸くなっていた。
ここまで俺が反撃に出てくるとは思わなかったんだろう。
見通しが甘いんだよ。
とはいえ、このままって訳にもいかないよね。
「建物内の結界(完全防音)を解除」
俺はログハウスに施した完全防音[結界]を解いた。
「で、白亜さん? 容姿変換、どこまでマスターしたの?」
話題を変えて白亜の機嫌を取る。
「他にもできるんだろ?」
「そうなのじゃ!」
白亜がベッドから勢いよく起き上がって話題に食いついてきた。
子供は扱いが簡単で助かる。
「『子供は扱いが簡単で助かる』?」
ジト目で俺を睨む白亜。
だから心を読むなよ。
「まあまあ、どこまでマスターしたか見せてくれよ」
「そうか~? まあよい」
『解せぬ』といった表情の白亜が[容姿変換]を行使する。
「容姿変換!」
白亜の姿が、エルフのような長耳、頭の左右に湾曲した角を生やしたベリーショートの青髪に蒼い瞳の美少年と見まがう美少女に変わった。
「おおう。シルクじゃないか」
「ボクの姿に見惚れたのかい? イツキ君」
セリフと声までシルクそっくり。
声まで一緒ということは白亜の[容姿変換]魔法は俺のものより上級だということだ。
俺の[容姿変換]魔法では声は変えられない。容姿変換後の俺から発せられる声は元の俺の声そのもの。いくら容姿を変えても声が同じならそこから身バレする危険が伴う。そこで、俺は発声後に風魔法で周波数変換して相手に届けるようにしている。結果、聴いた相手には声が変わって聴こえるという仕組みだ。
だが、白亜の[容姿変換]魔法には最初から変声術式まで組み込まれている。つまり、白亜は意識せず合成魔法を作っていたのだ。
まあ、知らせる必要もないか。
黙っておこう。
「凄いね、白亜。他にもできるのかい?」
「うむ。まだできるのじゃ。容姿変換!」
シルクの声で平安言葉を話されると調子狂うなあ。
白亜の姿が膝裏まで届く碧髪に浅葱色の目をしたボディコン美女のエルフに変わった。
「今度はサリナか」
「どう? イツキ? 見惚れたでしょ?」
声や仕草までサリナそのもの。
シルクの時と違って再現度高いなあ。
まあ、2ヶ月も一緒に暮らしてたんだから当然か。
「次はアイシャじゃ。容姿変換!」
白亜の姿がサリナから赤髪ソバージュの綺麗なお姉さんに変わった。
アイシャさんだ。
但し、いつもの深緑のタイトスカートスーツ姿ではなく、黒革の半袖に黒革のショートパンツに黒革の編み上げのハイカットブーツ姿。髪も黒いリボンで纏められたポニーテール。そして、生足の左右の腿それぞれに黒革のナイフホルダーが巻かれていた。右手に黒革の鞭まで持っている。
「えっと、白亜さん? その恰好って?」
「うふふ。イツキ君。さあ、お待ちかね。『教育的指導』の時間よ」
サリナが怯え、ガゼルが人格改造に至った『教育的指導』。
冒険者ギルドのカウンターで向ける優しそうな微笑みとは違う、一種異様な無機質な微笑み。この姿こそ、アイシャさんの裏の顔そのもの。
なるほど。
俺でもビビるわ、これ。
「次はこの人じゃ。容姿変換!」
次に白亜が姿を変えたのは、山吹色の長い髪を頭の上に編み込んだ眼鏡のアラサー女性。
「リア充ざまあ」
シャルトリューズさんだよ。
そうだよ。
この人、いつも無表情に暴言を吐くんだよ。
俺の精神をゴリゴリ削るんだよ。
しかもこの人はヌメイで俺を裸に剥いた。
『ちっさ』
その時吐いた感想も忘れないよ。
あとはセリアだけだな。
「白亜。セリアは?」
「女神様に化けるのは不敬なのでできぬ」
白亜がシャルトリューズさんの姿のまま、シャルトリューズさんの声でまともなことを言った。
「何を目を丸くしておるのじゃ?」
「何でもないよ」
白亜は考え込むと、
「後はナナミくらいかのお。どうする?」
「うん。もう充分だよ」
白亜の変身ショーは充分堪能した。
でも、俺はやっぱり白亜がいい。
いつもの白亜が一番いい。
なんか、心が休まるんだよね。
白亜可愛いし。
明日一日、白亜を膝の上に置いてモフりまくってやろうかな。
急に白亜の[容姿変換]が解けた。
何故か、白亜の腰が引けている。
目を見開いて顔も耳も赤く染まっている。
「ん? どうした?」
「イツキのバカ! 恥ずかしいことばっかり言いおって! もう知らぬのじゃっ!」
白亜が脱兎のようにベッドに駆け込むと、頭から上掛けを被って丸まってしまった。
もしかして、俺、声に出してた?
「声に出てたんだね。ごめんごめん」
謝ったら、上掛けの隙間からちょっとだけ顔を出して俺に視線を向けてきた。
アナウサギみたい。
仕草が可愛いなあ。
「でも、あれ、偽らざる本音だから」
笑顔を向けてそう言うと、白亜は再び上掛けに顔を隠して、
「うううううう。うううううう」
と唸り始めた。
そんな白亜の頭を上掛けの上からポンッと叩くと、俺はベッド横のテーブルで作戦案を練り始めるのだった。




