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115 メロージ軍

ミケランジェリ軍の偵察に行った翌日早朝。

俺はメロージ軍の偵察に出掛けた。


早朝出掛けたのには二つ理由がある。


一つはメロージ軍が広範に展開していること。

それにメロージ軍には色々問題がありそうなこと。

残り2日、それらを見て廻ろうとしたら早朝から夜遅くまで掛けないと時間が足りない。


二つ目は白亜を置いていく為。

早朝、白亜はまだ寝ていた。

なんだかんだと言っても昨日の取材が(こた)えたらしい。

俺に始終しがみついていたのも、急に背が伸びて足元が心許無(こころもとな)くなっていたからだ。

まあ、起きていたら疲れていても絶対に同行したいとせがんできたに違いない。

今の俺に白亜のお願いを拒む胆力は無い。

だから、寝ている隙に置いて来た。


今日は外見だけ[容姿変換]で変えて、職種は[大賢者]のまま。

何が起こるかわからないからね。



俺はメロージ軍の後方を通って南に向かう。

移動は飛行魔法[フライ]。

移動中は見つからない様に自らに[隠蔽]を掛ける。


やがて見晴らしのいい丘の上まで来た。

領都レーゲンスブルグは周辺を丘陵地帯に囲まれた盆地の中央にある。

高い場所からなら面白いくらい状況が丸見えだ。


どれどれ。

俺は[ロングセンス]で戦況を観察する。


メロージ軍の竜騎兵団が要塞に特攻を掛けている。

要塞上に橋頭保を築く為なのだろうが、要塞から放たれるM82魔道砲の直射に次々と撃ち落されて被害甚大な模様。


陸上から魔道兵主体の地上軍まで投入している。

魔道兵部隊が[ファイアキャノン]を斉射している。

要塞底部は装甲厚800mmのミスリル合金鋼製だから、[ファイアキャノン]如きでは破壊は無理。破ることは不可能だろう。

これまた一方的にM82魔道砲の餌食になり、地上軍がどんどん溶けていく。

徒歩移動ではM82魔道砲の砲撃からの回避が間に合わないからだ。

なぜ、魔道兵を騎乗させないんだ?

騎馬移動なら十分回避可能のはずだ。


地上軍への対応に気を取られた箇所には隙ができる。

その隙をついて要塞の一角に中隊規模の竜騎兵部隊が取りついた。

橋頭保の確保に成功したらしい。


だが、その後がいけなかった。

確保した橋頭保に竜騎兵団の部隊を集中させると思いきや、他の部隊は他の場所に橋頭保を築こうと特攻を掛けてはM82魔道砲に撃ち落されていく。

そうしているうちにせっかくメロージ軍の竜騎兵部隊が確保した橋頭保では、橋頭保を死守する竜騎兵が増援に駆け付けた要塞守備兵に討ち取られ、遂には橋頭保を取り返された。


確かに通常の攻城戦のセオリーどおりならそれでいいんだろう。

城壁に取り付いてそこから城壁上に這い上り、守備兵を掃討して城壁内に攻め入る。

取り付く場所が多ければ多い程、守備兵が対応に追われて守りが手薄になる。


だが、レーゲンスブルグ要塞は浮遊している上、守りの(かなめ)がロングレンジの魔道砲。

取り付く前に撃ち落とされるから簡単には橋頭保を確保できない。

だから、確保した橋頭保に降下部隊を集中投入して橋頭保を拡げ、そこをベースに内部から周辺城壁の制圧を進めていかなければならない。

でなければ、いたずらに出血を増やすだけだ。



どうやら、メロージ軍の上層部は既成概念に捕らわれた頭の堅い連中のようだ。

理屈倒れも甚だしい。

ダーウィンも言っていただろう?


『変化に適応できたものだけが生き残ることができる』


って。

今、戦い方は大きく変わりつつあるんだ。

今迄通りにはいかなくなったんだよ。


俺は戦況観察を打ち切ると、メロージ軍の南東方面に展開する部隊を目指した。




南に展開する部隊は疲弊しているようだった。

ソルベルスキー中将の事前情報によれば、ここに駐屯しているのはメロージ陸軍第11師団15000のはずだが、度重なる地上作戦により現在の兵力は3000。損耗率は80%を超えている。残存兵もその大半が負傷兵。まともに動けそうなのは1000名を割り込んでいるだろうとのこと。

実際に見て回ると、誰もが地面にへたり込んで無言だ。

攻撃側のはずなのに敗残兵のようだ。

朝飯中だった師団司令部に取材を申し込んだが断られた。

但し、勝手に見て回るのは自由だそうだ。


[鑑定]で周囲の兵を調べる。

魔道兵のMPは平均で40%。回復状態とは程遠い状態。

騎兵や歩兵のHPも平均で25%。これまた回復できていない。


第一に補給が(とどこお)っているのが問題だ。みんな飢えているし、回復薬も尽きている。


そもそも、この師団には怪我を治す治癒師や僧侶、回復役の神官もいない。支援職が見当たらないのだ。攻撃に特化した部隊だがやり過ぎ。打撃力は高いが継戦能力は期待できなさそうだ。あまりにもいびつな部隊編成だと言えよう。

これじゃあ、長丁場をまともに戦えるはずがない。


とりあえずは、ガヤルド軍からの補給と支援職の派遣をソルベルスキー中将に相談しよう。


だがまあ、今は彼らに食事と回復を。


俺は[無限収納]からテーブルと炊飯セットを取り出す。

白亜とリーファを連れていつでも旅と言う名のサリナからの逃亡生活に出られるように[無限収納]内に用意していたものだ。

ジャガイモ、人参、玉葱の皮を剝き乱切りにしたもの、やはり適当に切ったキャベツとブロッコリー、後はソーセージを寸胴(ずんどう)に放り込んで煮る。

塩と胡椒で下味をつけて、やはり[無限収納]から取り出した粉末の入った瓶の中身を入れて味を調える。この粉末は、鶏ガラや獣の骨を煮詰めたものを乾燥させたものだ。

しっかり煮込んでイツキ流ポトフの出来上がりだ。


ポトフの匂いを嗅ぎつけた兵士の皆さんが集まっていたので、木皿と木の端材で作ったスプーンを配って並んで貰った。

ポトフを皿に注ぐついでに、こっそり兵士に[メガヒール]を掛ける。

朝飯の配給と回復を同時に行った。


「久しぶりの飯だ」

「五臓六腑に染み渡るぜ」


飯を食ったから元気になったとでも思って貰えればいい。

何日ぶりかで食料にありつけたらしくみんな美味(うま)そうに食べている。

動けない人のところには動ける人に飯を持って行って貰った。

食べ終わった人から回収した食器を纏めて[ディッシュウォッシュ]で汚れを落として寸胴(ずんどう)の横に置く。以降はセルフサービスで、ということで。

寸胴(ずんどう)が空になる度に作り直していたら3時間くらい掛かってしまった。

こんなことしてたら、今日中にどこまで廻れるんだろうか?

でも、ほっとけないんだよね、見ちゃった以上は。


朝飯の配給が終わったので、頼んで怪我人を集めて貰った。

2000人以上いるよ。



「皆さんは運がいい。嘘か誠か、私は昨夜、夢で女神セレスティアから啓示を受けました。今日、ここに集まった皆さんには女神セレスティアから特別に癒しが与えられるそうです。皆さん、祈って下さい」


皆が目を閉じて祈っている隙に[エリアメガヒール]を掛けて怪我を治す。

手足が無い人や視覚を失った人には[レストレーション]で手足や目を修復。


ごめん、セリア。

名前を使わせて貰ったよ。

でも、多くの人から感謝されるんだから女神冥利に尽きるだろ?


祈りを終えて目を開けた兵士達が驚いている。


「怪我が治ってる!」

「俺の右足が!」

「俺、目が見えるよ!」


よかったね。

でも、これからは身体を大事にして欲しい。

待ってる家族がいるだろうから。


結局、師団司令部の連中は顔を見せなかった。

自分達だけ飯食っていやがったからな。

バツが悪くて顔を出せなかったんだろうよ。


だが、おまえらは後で制裁だ。

その前におまえら全員解任してやるつもりだが。

俺はメモ書きに第11師団司令部と記述し、その上に×を上書きした。



次に第11師団の隣の第5竜騎兵団と第2空挺師団に向かう。

第5竜騎兵団は第2空挺師団と合同司令部を構えている。

竜騎兵を主体に、竜騎兵に降下猟兵が同乗して敵中に降下する作戦を採っている為だ。

通り掛かりに見る限り、ここには補給がきちんと届いているようだ。

救護所にも治癒師が配置されている。

ただ、ソルベルスキー中将の事前情報によれば、無謀な攻城戦に駆り出されているせいかここも損耗率は激しいそうだ。本来は第5竜騎兵団は定員15000、第2空挺師団は定員が13000のはずだが、度重なる攻城戦により現在の兵力は第5竜騎兵団が800、第2空挺師団が700。残存兵は無傷だが損耗率は95%でほぼ壊滅状態。

竜騎兵も降下猟兵も撃墜されれば墜落死するから生と死の二択しかない。

中途半端に負傷者なんかおらんわな。


ここの合同司令部は取材に応じてくれた。

軍司令部に対する不平不満を2時間に渡ってたっぷり聞かされた。


「軍司令部の参謀どもは前線を知らん無能揃いだ!」


うん、俺もそう思うよ。

でも、建設的なお話は聞けそうにないからそろそろお暇しようかな。



さて、次は東のメロージ軍本体だ。

と言っても、もう1個師団分10500程度の兵力しかないようだ。その兵力に対して担当範囲が広過ぎるような気がする。包囲を始めた頃は12万以上の兵力だったのだから、妥当な担当範囲だったはずなんだがね。どうやったら、ここまで兵力を溶かせるのか?

ただ、閑散としているおかげで今日一日だけで全部見て回れそうだ。




[フライ]で東まで来たが、途中、どこにも部隊がいない。

どうなってるんだ?


そのまま、北東まで足を延ばす。

軍の野営地が見えてきた。

どうやら、主力は北東の丘陵地帯に移動したみたいだ。


訊いてないんだが?

それに東側がガラ空き。

これじゃあ、東部地域からのアスタロトの参戦に対して無防備。

というか、もし、要塞が東進でもしたら、アスタロト領に面したベルゼビュート領の領境に布陣するミケランジェリ軍本体が前後から挟み撃ちになっちゃうじゃん。


なんか、考えるとメロージ軍の無責任さに腹が立ってきた。




野営地に向かうと、昼飯の時間だったらしい。

結構、量も質もいい食事だ。

取材だと言ったら、昼飯を食っていけと言われた。

南部とここの補給状態が違い過ぎる。

どうなってるんだ?


ここの兵士も普通じゃない。

元気そうなヤツはカラ元気だし、ちょっとイッちゃったヤツも多い。

他は病んでそうなヤツばかり。


うん。軍司令部に行こう。



軍司令部に向かう道すがら、左右に掘られた大きな穴に兵士が死体を投げ込んでいる。

大きな穴は幾つもあり、ほとんどが地面すれすれまで死体が積み上がった状態。

死臭も半端無い。

土盛りされたところには木板で作られた雑い墓標がこれまた雑に立ててあった。

せめて墓標くらい真っ直ぐに立てろよ。


しかし酷い。

軍司令部への行き帰りの度にこれを見せられるんじゃ士気も下がろうって言うもの。

仕舞いにはメンタルやられるぞ。



軍司令部は接収した大きな空き家にあった。

1階の大広間が作戦室になっていた。

従卒の先導で作戦室に顔を出すとこれまた酷いものだった。

軍司令官はいなかった。

2階の一室で病床に伏していると説明を受けた。

作戦室の上座に座るのは、軍司令官に全権を委任された総参謀長のローレル中将。

この人、振る舞いが学者みたい。人を見下した態度丸出しだよ。

他の参謀連中は互いにいがみ合っている始末だし。


取材を申し込んだら、ローレル中将の戦術理論の講義を延々4時間休みなしに聴かされた。

高校の物理教師の時田を思い出した。

アイツも休みなしに(さえず)ってたなあ。

でもね、ローレル中将。

あんたの机上の空論が今の状況を作り出してるんだよ。

そこんとこ、どう思ってるの?


率直な疑問をぶつけてみると、『これだから素人は』という顔をされた。

だが、その口から出た言葉はもっと酷かった。


「派遣軍に選抜された各師団が無能過ぎたのですよ。期待値の10%にも届かない無能集団ですな。これだから平民どもは」


選民意識キター。

新興魔族のローレル中将様は、平民の兵士が畑から無限に()れるものだとでも思ってるのかね? 第2次世界大戦時の社会主義国の独裁者みたいに。


だとしても、どうも妖しいんだよね、この人。

普通ならこんなに酷い損耗率で平気なはずが無い。

まるで兵力をすり潰すのが目的のようにも感じられるんだよ。

後でちょっと調べてみるか。



戦術理論の講義が終わると、


「研究の時間になりましたので」


と言って1階奥に引っ込んでしまった。

日課の戦術理論の研究なんだそうだ。

この非常時にあくまでマイペースを崩さない。

この人は、軍大学かどっかで研究でもしていた方が幸せなんだろうな。


「あの方は元々、軍大学の教授でした」


感想が口に出てたのか?


『理屈倒れのローレル』


同期のほとんどが大将に出世する中、中将止まりなのはその理論に(こだわ)る姿勢にあるらしい。


その教授を前線の総参謀長として送り込んだのはメロージ魔公爵だそうだ。


現実を知らせる為にやったことなんだろうが、少々授業料が高くつき過ぎだったんじゃないのかな。

ああいうおっさんは象牙の塔にでも幽閉しておいた方が世の為なんだよ。


残った参謀連中は責任を他責にしている。


やれ、追加の兵員や物資が足りない、とか。

やれ、担当範囲が広すぎる、とか。

やれ、ミケランジェリ軍やガヤルド軍が要請に従ってくれない、とか。

やれ、要塞を浮遊させるなんて反則だ、とか。


兵員や物資を損耗させたのはあんたらが無能だからだよね。

担当範囲が広く感じられるようになったのもあんたらが大軍団が1個師団レベルになっちゃうくらい溶かしたからだよね。

常識的に考えても他の魔公爵軍があんたらの無能な作戦に(くみ)するはずないよね。

それに反則も糞もないでしょう?

実際に要塞は浮遊してる訳なんだし。

浮遊してることに文句を言う前にどう対処すべきか考えろよ。


もうこいつら、ダメだ。

早くなんとかしないと。


凄く疲れた。

連中の不満は代用コーヒーの不味さやデザートが1品だけなことにまで及んだ。

そんなこと知らんがな。




メロージ軍の軍司令部を辞したのはすっかり日も暮れた午後6時。


一旦、帰ったふりをして近くで時間を潰し、午後7時に[隠蔽]を掛けてから軍司令部の建屋に舞い戻った。

目的は1階奥のローレル中将の執務室。

今、中将は隣の建屋の士官食堂に居る。

中将は毎日午後7時きっかりに夕食を摂る。判で押したみたいに。

それが彼のルーティーンらしい。

だから執務室には誰もいない。

何故、誰も居ないか、って?

彼は自分の執務室に人を一切立ち入らせないからだ。

参謀連中にそう訊いた。


執務室に忍び込んだ俺は[探索]を行使する。

目的のブツは執務机の下の二重になった床板の裏側にあった。

[念写]を行使してブツのコピーを撮る。

あとはブツを元に戻して、っと…………


「ん?」


床板を元に戻そうとしたんだが、何かに引っ掛かって板がうまく()まらない。


なんでだよ!


二重になった床板の端、どす黒い液体が入った瓶が立っていた。

ブツを取り出す時に横になっていた瓶が立っちゃったか。


でも、何でこんなものがブツと一緒に隠されてるんだ?

それにこの禍々しい色の液体は何だろう?

とりあえず頂いておこう。


自分の指紋が付かないように布越しに取り上げた瓶をポケットに捩じ込む。


床板を()め直して執務室を出る。



空き部屋に移動して[念写]した内容を紙に転写し、転写内容に目を通す。


なるほどね。

そういうことですか。

とんだ学者さんだ。


しかし、学者ってのはどうしてこう紙に書き残そうとするんだろうね?

普通、残すか? こんなもの。


まあいいや。

ここでの目的は果たした。


だが、まだ仕上げが残っている。

俺はメロージ軍の哨戒エリアを脱すると、[映像念話]を開く。


「夜分申し訳ありません、クレハさん」

「どうされましたか? イツキさん?」

「実は少し調べて貰いたいことが――――」



夜は()けれど、まだまだ仕事の時間は終わらない。




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