113 閣下から辞令が出ておりまして…………
俺は勧められるままに席に就く。
四角いテーブルに等間隔に置かれた席。
上座にはボードが置かれ、そこに地図と要塞の概要図が貼られている。
テーブル中央にも地図が置かれ、敵味方の部隊のコマが配置されている。
コマの色は赤が敵で味方が青。
座席配置は右の列の上座からシードラ大将(アップルジャックさんのことだ。彼の本名はアストゥリアス・シードラだそうだ)、戦務参謀のソルベルスキー中将、第1師団長のミリガン中将、第2師団長のヨーデル中将、第3師団長のリッツ中将。
左の列の上座から俺、白亜、第4師団長のボロディン中将、装甲竜騎兵団長のカタロニア准将。
俺と白亜、こんな上座でいいの?
白亜は俺の右隣に座ると席をぴったりとくっつけて俺にもたれ掛かり、ボロディン中将に勧められるままに茶菓子を齧っている。
「では、全員揃ったので、作戦会議を始めます」
戦務参謀のソルベルスキー中将が説明を始めた。
角が無いので一見人間に見える眼鏡を掛けた茶髪の中肉中背のインテリ風おじさん。
霞が関のやり手のキャリア官僚みたいだ。
でも、この人、魔族なんだよね。[鑑定]にそう書いてあった。
ごめんね、ソルベルスキー中将。
俺が拗ねて引き籠もってたから、今日になっちゃったんだよね。
本当に申し訳ない。
ソルベルスキー中将からまずは戦況の説明。
1ケ月前、攻勢に転じた正統魔族軍はベルゼビュート軍を領都レーゲンスブルグに追い込み、包囲網を敷いた。しかし、レーゲンスブルグの城壁に等間隔に据え付けられたM82魔道砲の砲撃により包囲する正統魔族軍は甚大な被害を受ける。その結果、正統魔族軍は包囲網をM82魔道砲の射程圏外20kmまで後退させた。
包囲軍は三公で分担。北西から南西をガヤルド魔公爵軍の1個軍団が、北西から北東までをミケランジェリ魔公爵軍の1個軍団が、北東から南西までをメロージ魔公爵軍の3個軍団が受け持っている。
ガヤルド軍は元々兵力そのものが多くなく、ミケランジェリ軍はアスタロト領に睨みを効かせる為に兵力を割けない。その結果、包囲軍の主体はメロージ軍になった。ただ、メロージ軍は白兵突撃を繰り返した結果、M82魔道砲の餌食になり相当数の死傷者を出していた。メロージ軍司令部からしきりに西と北からの白兵突撃を要請されたが、ガヤルド軍もミケランジェリ軍も無意味な白兵突撃には応じなかった。
そして、1週間前。
領都レーゲンスブルグが突然浮島のように浮き上がった。高度500mで停止した領都レーゲンスブルグ。その底部は剥き出しの土や岩ではなく、一面がミスリル合金の装甲に覆われていた。領都自体が要塞化されていたのだ。高度を取ったことでM82魔道砲の曲射射程が延びた結果、20kmまで下げていた包囲網に更に被害が出た。包囲網は25kmまで下げられた。
ここに来て、歩兵や騎兵による地上戦は封じられた。攻撃手段は、M82魔道砲の射程圏内での魔道兵による魔法攻撃と竜騎兵による航空攻撃に限定された。ガヤルド軍とミケランジェリ軍はM82魔道砲の射程圏内への進出に危惧を示し攻撃を控えたが、メロージ軍は攻撃の手を緩めず決死隊を組織したり特攻を掛けたりした。その結果、メロージ軍3個軍団10個師団12万4千のうち5個師団7万5千が溶けた。残りの5個師団も損耗率が80%を超えているそうだ。30%を超えたら全滅扱いだからメロージ軍はほぼ崩壊していると見ていいだろう。今、部隊を再編しているそうだが、抽出できて1個師団1万5千がせいぜいだろう。
「では、レーゲンスブルグ要塞について、ボロディン中将から。」
説明役がソルベルスキー中将からボロディン中将に移る。
背が低くてがっしりとした体形。顔には髭を一杯蓄えている。その分頭がお留守なおじさん。[鑑定]によればドワーフ族と魔族の混血種。
彼は席を立つとボードの前まで行き、ボードに貼られたレーゲンスブルク要塞の図を棒で指し示しながら説明を始めた。
レーゲンスブルグ要塞。
大きさ :直径22km/外周69km
浮力 :全底面反重力超大型拡散偏向ノズル341本
(ノズル直径200m/配置間隔500m)
推進 :4方向各52基風属性ジェット推進
速力 :15km/h
底面防護 :装甲厚800mmのミスリル合金鋼製
城壁面防護 :魔法防壁+石壁
武装 :要塞砲 M82魔道砲 1380門
(外部城壁に50m間隔配置)
要塞高度 :500m
要塞兵力 :3個師団/32000名
浮力と推進方法は、『M&Eヘビーインダストリー』社からレンドリースされていた多目的巡航艦おおえのメカニズムを解析したアスタロトが設計・製作に関わっている。さすがは『魔道の探究者』だ。アスタロトはベルゼビュート領からの挙兵要請には応じなかったが技術供与は積極的に行ったらしい。
ちなみに五公主会議で平和条約締結に『反対』を投じたのはベルゼビュート領全権代理のみ。この時、アスタロトは『反対』ではなく『棄権』を投じている。
実に喰えないヤツだ。
問題は燃費。
領都まるごと浮かせるだけの反重力を行使しようとすれば相当の魔力が必要になる。なにせ、超大型ノズル341本分だ。ベルゼビュート自身の魔核を以てしても無理だろう。
じゃあ、どうやってそれだけの魔力を供給してるのか?
それは悍ましい方法だった。
「ベルゼビュート軍は領都住民200万から強制的に魔力を徴収して浮力に充当しています。住民を50万人毎4グループに分け魔力吸引装置により魔石に魔力を強制移転し、その魔石を反重力ノズルのエネルギー源にしています。住民は4日に一度魔力のほとんどを吸い上げられエリクサーによる強制魔力回復を施されている模様です」
クレハさんの即効性ハイパーエリクサーと違って、ただのエリクサーでは全回復まで5日は掛かる。4日では8割程度までしか回復しないはずだ。つまり回復していない2割分は生命力で補完することになる。これでは住民はいずれ衰弱死する。
「更にガヤルド領侵攻の為に風属性ジェット推進装置に火を入れようとしています。その場合、住民のローテーションは4日から3日に短縮されます」
衰弱死が早まるということだ。
「また、住民は反重力ノズルに近い要塞最下層に収容されています」
それを訊いた各将が意見を述べる。
どうやって、要塞を落とすか?
ただ、今のメロージ軍のやり方は悪戯に兵力を損耗する愚策であるという点で意見は一致している。
確かにあれはまごうことなき愚策だ。
魔道砲には魔道砲ということでM82魔道砲の導入も検討された。
浮揚する前なら砲撃戦に持ち込む手があったが、浮揚後では効果が薄い。
こちらの下から打ち上げる砲撃は射程が限られるのに対して、敵側は上から打ち下ろすだけなので射程距離が長い。そうなるとこちら側が一方的に蹂躙される恐れがある。
俺も困ったことになったと思うんだよねえ。
俺は特級か禁呪の光属性範囲攻撃魔法で要塞を潰すつもりでいた。
[サテライトキャノン]とか、[ヌークレア・エクスプロージョン]とか。
でも、罪のない一般人も巻き込むとすれば話は別だ。
住民に被害を与えずに済むいい方法はないだろうか?
などと考えていると、
「イツキ殿。イツキ殿?」
アップルジャックさんに声を掛けられていた。
「あ、えっと、何でしょう?」
俺は軍事の専門家じゃないから何か意見を求められても困るよ。
「実はイツキ殿に閣下から辞令が出ておりまして…………」
「辞令? 俺、シルクに雇われてたの? てっきり、冒険者ギルドからの指名依頼でここに派遣されてきたと思ってたんだけど、違った?」
「ええ、その認識で間違いないと思います」
派遣先で辞令を貰うことなんざ非正規雇用では当たり前だが、冒険者もそうな訳?
冒険者って非正規雇用だったんだ?
なんか、冒険者も辞めたくなってきたな。
「それでその、閣下がイツキ殿を正統魔族軍の統合軍総司令官に任命されました。階級は戦時特例で上級大将です。白亜殿も副官、これも戦時特例で准将に」
「ちょ~っと待って! 何で俺が!?」
アップルジャックさんの説明によれば、シルクは五公主配下の軍それぞれが勝手に動いていることを憂慮していた。それについては他の二人の公主も同様だったらしい。そこで正統魔族軍を統一した組織として運用するには全軍を統括する総司令官が必要と言うことになったらしい。だが、どの公主軍のトップが総司令官に就くかで揉めた。結局、メロージ魔公爵の提案で俺に総司令官のお鉢が回って来たという訳だ。皆に公平な勇者にこそ相応しいと。
そうだよね。
シルクなら俺がこういった役目が嫌いだって知ってるから、絶対に言い出したりしない。
言い出したのはメロージ魔公爵だ。
だが、俺は彼に会ったことがない。
それなのに一面識も無い俺に総司令官をやらせようなんていったい何を考えているんだ?
「就任して頂けるでしょうか?」
アップルジャックさんが申し訳なさそうに訊いてきた。
「俺、門外漢だよ」
「解っております。我々が全力で支えます」
「そもそもメロージ魔公爵なんて知らないよ。誰だよ? その人」
「妾は会ったぞ」
白亜が割り込んできた。
「昨日イツキを探している時に妾に鼈甲飴をくれた。いいお爺ちゃんだったのじゃ」
白亜さん。
あんた、お菓子くれる人はみんないい人認定だろう?
「それでどうされますか?」
「わかりましたよ。総司令官とやらをやりますよ」
「では、その旨、メロージ軍、ミケランジェリ軍に伝令を送ります」
もう好きにしてくれ。
「そういう訳で近隣の子爵邸を接収致しました。本日只今を以て、そこが統合軍総司令部になります。明日、そこで統合作戦会議を開きます。それまでに司令部の体制を整えるので、本日の会議はこれまでとします」
会議はお開きとなった。
俺は総司令官に祭り上げられてしまった。
なんだか、意図しない重責を負わされつつあるような気がする。
こんなのは、ゲームの世界だけでいいんだよ。
戦術シミュレーションもゲームの中だからできるんだよ。
人の血は流れないしね。
でも、今の俺が直面しているのは現実の出来事だ。
失敗したら、俺、兵士の家族に恨まれるんだよなあ。
俺を弾劾するヤツも現れるんだろうなあ。
弾劾されたら最悪死刑。
いやだなあ。
逃げたいなあ。
■
精神的に疲れ切った俺を待っていたのは扉が粉々に破壊されたログハウス。
俺は疲れた体に鞭打って扉を作り直す。
「ここまで破壊しなくても良かったんじゃない?」
白亜に責めるような視線を向ける。
「アマテラスのように引き籠もるイツキが悪いのじゃ」
「いっそ、アメノウズメみたいに裸踊りでもしたら、穏便に出て来たかもしれないよ」
「何を言うておる。妾なら天の岩戸なんぞぶち壊してアマテラスを引きずり出しておったぞ」
白亜さん、男前~。
逆に白亜が裸踊りするのを想像してみる。
うん、全然エロくない。
お子様体形だし。
物凄い勢いで壊れた扉の破片が飛んで来た。
白亜が俺に投げた破片。
危ねえな。
先、尖ってるじゃん。
そういうところがお子様なんだよ。
と、白亜を見ると、五月雨を投げようとしている。
「ちょっと待て! それ刺さったら痛いから! 死んじゃうから!」
マジ、最近、白亜さん、容赦ない。
俺はそんな乱暴な妹に育てたつもりはないよ。
「おまえが裸踊りなんかしたら、俺は真っ先に飛び出すから安心しろ」
興味本位で出ていくことはないが、白亜の裸を衆目に晒すのは嫌だから止めようと飛び出すだろうな。
「そういうことなら裸踊りも効果があるということじゃな」
顔を赤くして照れてるよ、この娘。
何を勘違いしてるのかわからないが、俺はおまえの裸なんかじゃ欲情しないよ。
俺はロリコンじゃないのだから。
まあ、実際のところ、俺の周りの女性陣は子供とスレンダー体形が多い。
そういう意味では色欲に惑わされずに済んでいる。
俺は同級生達とは違うのだ。
ストイックなんだよ。
もちろん、例外はある。
サリナ。
あの娘はマジヤバい。
我儘ボディに好き好きオーラ。
ついでに性欲強そう。
彼女に迫られたら俺の防波堤が決壊してしまいそうだ。
「ま~た、サリナのことを考えておるな?」
白亜め。
また、俺の心を読んだな。
「ふん。イツキのバカ」
白亜はそう言うと簡易シャワールームに消えた。
結局、ログハウスは総司令官宿舎になった。
扉の前に歩哨も立った。
白亜に続いて俺もシャワーを浴びて寛いでいると、アップルジャックさんが部下の女性士官2名を従えてやって来た。
俺と白亜に軍服を支給する為だそうだ。
「こちらが正規の制服になります」
色は俺好みの群青色の制服。詰襟のダブルボタン。両肩には金色のフサフサ、エボーレットだったっけ。右肩から前に掛けて吊るされた金銀糸で編まれた飾り紐、所謂、飾緒が付いている。襟には金色の竜の飾りの上に銀色の星4つ。袖には金色のラインが4本。下は普通のスラックスに膝丈の黒いブーツ。鍔の無い制帽の正面には向かい合う2匹の金色の竜の飾りの中心に菱形のアメジスト。横からぐるりと細い金色のラインが4本。
左胸には見慣れない紀章が3つ?
「これ何です?」
紀章を指して訊いてみる。
「左側の銀色の四角のものがガヤルド陸軍紀章です。その隣の3色のものが正統魔族軍統合軍総司令官紀章です」
ガヤルド陸軍紀章には透かし彫りの竜が彫られていた。
一方の3色の紀章はガヤルド軍の群青色とメロージ軍の深緑色とミケランジェリ軍の臙脂色を一つにしたものだ。
「ちなみに、一番右側の八角形の虹色のものは八宝珠勲章です」
「勲章? 俺、勲章貰うようなことしたっけ?」
「何を仰います。主戦派の空中艦をたったお一人で撃沈されたではありませんか。そのおかげで閣下の命は救われ、アナトリア王国との同盟も成ったのです。これは凄いことなのですぞ。ですから、イツキ殿には最高ランクの勲章が授与されたのです」
「俺、別に授与式とか出てないんだけど?」
「そこはまあ、閣下の悪戯心というか…………」
シルクめ。
黙ってたな。
まあ、授与式なんて堅い席は御免被りたかったからこれはこれで良しとするか。
白亜に支給された制服も俺のと基本的に同じだが、襟の金色の竜の飾りの上に星は無い。袖にも金色のラインは無く、制帽にも金色のラインは無い。それ以外は俺と一緒。
「早速着替えて来るのじゃ!」
制服を抱えてシャワールーム前の脱衣場に駆け込んだ白亜が早々に着替えて姿を現した。
うん、よく似合ってるよ。
白亜がくるりと廻って着心地を確かめている。
軍服の着心地なんてゴワゴワしてあまりいいもんじゃないと思うんだが。
俺とアップルジャックさんが微笑ましそうに白亜を眺める。
アップルジャックさんに同行してきた2人の女性士官も同様だ。
真新しい制服に燥ぐ子供みたいだね。
ガツッ!!
「痛ってえええっ!!」
白亜に軍靴で思い切り右の爪先を踏まれた。
思わずしゃがみ込む俺。
見上げると白亜が怖い顔で俺を見下ろしていた。
「イツキ上等兵! きさまを修正してやる!」
俺、鉄拳制裁されちゃうの?
ここは修正される前に定番の答えを先に言ってしまおう。
「ありがとうございます!!」
ピッと直立不動姿勢になってまだ殴られていない右頬を手で押さえて叫んだ。
「きさま。修正前にその答えは・・・ない・・じゃろ・・うが。ぷくくくく。」
白亜が途中で吹き出す。
「アハハ、白亜が最初に言い出したんじゃないか」
俺も釣られて笑い出す。
「くふふふふふ、妾、本気で修正なんぞせぬよ」
「今の白亜なら手加減しても俺、吹っ飛んじゃうよ」
アップルジャックさんや女性士官の人達がポカンとしている。
これ、日本の旧軍のことがわからないと理解できないんだよね。
白亜は俺が教えたから知ってるけど。
まあ、俺達はこんな調子だ。
いついかなる時でもね。
白亜が喜んだり怒ったり甘えてきたりすると精神的な疲れが吹っ飛ぶんだよ。
前世を除けば、エーデルフェルトに来てから一番長い付き合いになるのが白亜だ。
一番気心が知れていると言ってもいい。
白亜は俺の副官になるのに前向きみたいだ。
こいつにはいろいろな経験をさせたいし、喜んで貰いたい。
今、白亜が俺に望むのが正統魔族軍を率いる統合軍総司令官なら、面倒臭い業務だけど俺も白亜の為に頑張るとしますか。




