011 弱き者の定め
俺達は、国境を越えた。
国境検問とかは無かった。
あるのは国境を示す立札だけ。
白亜の情報によれば、聖皇国では第三騎士団による勇者捜索が開始されたとのことだが、捜索隊が国境を越えて他国に侵入することはないだろうからもう大丈夫だろう。
俺達は、とりあえず白亜が拠点にしているアナトリア王国北東部最大の城塞都市ホバートを目指すことにした。
旅を再開するに当たって、白亜の装備を何とかしなければならなくなった。ハルバートも[頂きの蔵]の刀剣類もアーティファクトの甲冑も全て俺が壊してしまったので、今の白亜は実質丸腰の軽装。攻撃用として[頂きの蔵]への大量の刀剣の補充が急務だ。防御については当面、勇者基本キットのマントで代用する。なぜ代用かと言えば、このマントは剣や槍の打撃は伝わるが刃は通さないからだ。いずれ衣装と防具の用意ができるまでは、これで我慢して貰おう。
とりあえず、剣の1本くらいは持たせておくか。
さて、手持ちの剣は…………
俺は[無限収納]から1本の剣を出して白亜に渡した。
魔道剣聖及び剣聖職で装備する宝剣ナーゲルリングだ。
「頂けるのかぇ?」
「攻撃用の剣が必要だろう?」
「宝剣じゃよ?」
「俺には不要だから。いざとなったら、聖剣カルドボルグがある。それに、俺、今は賢者だし。守ってくれるんだろ?」
「もちろんなのじゃ、主。この身に変えてお守りするのじゃ」
白亜は嬉しそうに宝剣を握ったり振り回したりしていた。
そんなところはまだまだ子供だね。
白亜との旅は順調…………とは言えなかった。
エーデルフェルトに来て12日目。
街道風景が草原から森に変わったところで、いかにも頭の悪そうなメンツで構成された集団に取り囲まれたのだった。盗賊団のお出ましである。
「有り金とその女を置いていけ。そうすれば見逃してやってもいい」
小悪党がやられキャラの定型文を吐いた。異世界ものアルアルの盗賊。こうして相対してみると、面倒くさいのに絡まれたって感じで、正直ウンザリだ。
俺の理想とするスローライフには不要だね、こんな連中。一々相手するのも面倒なのでここはサクッと範囲攻撃魔法で一掃してしまおうか、と思っていると、クイクイッと左袖を引かれた。
横を見ると、白亜が期待に満ちた目でこっちを見上げていた。
主にいいとこ見せたいんだね、白亜さん。
仕方が無いなぁ。
俺は白亜だけに聞こえる小声で、
「任せるよ」
そう言うと、白亜は目を輝かせて、
「任されたのじゃ!」
バトルジャンキーなのかな?
俺は一歩後ろに下がった。残った白亜は丸腰だった。
「おい、その女を連れて来い」
盗賊団の髭面の男が部下に命じた。いかにも好色そうなデブ男が、両手をワキワキしながら、白亜に近づいて行った。
「ヘヘ、味見していいですかい、アニキ?」
「やっちまってもいいが、壊れるまでやるのはご法度だ。顔に傷をつけるのも無しだ。後で俺が司令に怒られる。程々にしておけよ」
デブ男は完全に油断していた。その手が白亜の肩に届く直前、白亜が右手を上に上げて一言、
「顕現せよ、ナーゲルリング!」
[頂きの蔵]から宝剣ナーゲルリングが召喚され、白亜の右手に収まる。次の瞬間、デブ男は袈裟懸けに真っ二つに両断されていた。盗賊団の連中は一瞬、何が起こったか理解できていないようだった。
「やあやあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!
我こそはホバートでその名を馳せし《AA》ランク冒険者、白亜である!
我を打ち倒せる自信があるならば掛かってくるとよい!」
平安末期や鎌倉時代の武人は名乗りが欠かせないらしい。
でも、名乗りの内容が変わってる?
「《AA》ランク!?」
取り囲む盗賊団が怯む。
「怯むな! 《AA》ランクだろうが、相手は2人だ! 第8中隊! 盗賊任務は止めだ! 戦闘準備!」
リーダーらしき男の命令一下、纏まりの無かった集団が急に統率の取れた集団に変化し、どこから取り出したのか、その持つ武器も変わっていた。前面はサーベルを持つ歩兵60、中盤は魔道兵10、そして後方は弓兵10。数は合わせて80。
これは盗賊なんかじゃない。軍隊だ。
「戻れ、白亜! 俺が範囲攻撃魔法で片付ける!」
だが、もう白亜は前面のサーベル隊に切り込んでいた。魔道士による魔法攻撃や弓兵による矢をものともせずに。これでは範囲攻撃魔法は使えない。白亜を巻き込んでしまう。
それなら、俺は援護に回ろう。
俺は杖を中盤の魔導士隊と後方の弓兵隊に向けて機銃掃射よろしく、[ファイアガトリング]で炎弾をバラ捲いた。
「ファイアガトリング!」
炎弾を撃ち込まれた魔導士隊と弓兵隊は、撃ち込まれた部分から広がった炎に焼かれて消し炭になった。
白亜に打ち掛かられたサーベル隊は1/3に討ち減らされていたが、尚も囲みを解かず、その包囲円を狭めていった。これでは炎弾が撃てない。白亜にも当たってしまう。
白亜は取り囲まれながらも鬼人のように刃を振るった。
白亜の剣尖が閃く度に敵兵が倒されていく。
白亜の斬撃を剣で受けた兵士は剣ごと両断されていく。
一方の白亜もその身に敵兵の剣戟を浴びていた。
白亜はそれを気にも留めずに攻撃を繰り返す。
羽織っているマントは刃を通さないが打撃は通す。
痛いはずなんだ。
なのに、何で平気そうにしていられる?
そうしているうちに、獲物を破壊された敵兵は残らず白亜の剣の錆となった。
街道一面に兵士の死体が転がっていた。
「このままにしておけないな」
俺は長方形の穴を死体の数だけ掘ると、その一つ一つに一体ずつ兵士の死体を収めて土を被せ、破壊されたやつらの獲物を墓標代わりに立てた。
もちろん、手は使わない。全て魔法だ。
俺の所作を眺めていた白亜が訊いてきた。
「主は何をしておるのじゃ?」
「埋葬だよ」
「放っておけばよろしかろう」
「そういう訳にはいかないよ。街道に死体を転がしておく訳にもいかないだろう。死体に獣が寄って来て、後から通り掛かった旅人に二次被害がでるかもしれない。それに、こんなやつらでも死ねば皆仏。おまえも寺に居たんだからわかるだろ? 習わなかったのか?」
「躯など放っておいても三条河原の住人が全て片付けてくれたのじゃ」
「『片付けてくれた』って、土葬か火葬にでもしてくれたのか?」
「いや、金目の物は身ぐるみ剥いで、死体は…………たぶんバラシて食べていたのじゃろ。詳しくは知らぬのじゃ」
エグい話だ。
でも平安末期ならありえるのか。
確か『羅生門』で読んだことがあったな。
あれはフィクションだが、実際そうだったのか。
「終わりだ。ところで、確かこいつら『司令』って言ってなかったか?」
「言っておったのぉ」
「こいつら、どこかの正規軍じゃないのか?」
「正規軍が何で盗賊の真似事を?」
「それはわからないけど、このままって訳にはいかないよね」
「何をするつもりじゃ、主?」
「『何を』って、この近くにあるであろう本隊の殲滅?」
「何故じゃ、主?」
「そりゃ、他の旅人や商人が被害に遭わないようにするためだよ」
それを訊いた白亜は俺に背を向けると、ナーゲルリングに付着した血糊を振り払い、[頂きの蔵]に戻した。
そして、さも興味無さそうに、
「余計なことじゃよ、主。被害に遭うも遭わぬも運命、御仏のお導きじゃよ。命を落とすのも致し方無いことじゃ。弱き者の定めなのじゃ」
「ちなみに盗賊に襲われた者はどうなるんだ?」
「男や老人は皆殺し。女子供は奴隷として売られる。見目のいい女は凌辱された挙句、性奴隷じゃろうな。ま、そのほとんどは凌辱に耐えかねて心が壊れてしまうがの」
白亜がこともなげにそう答えた。
そこに慈悲の心は垣間見えなかった。
一度は寺の門を叩いた者の態度ではない。
これが平安末期の処世感なのか?
それも致し方ないことなのだろう。
現代の日本人と異なり、当時の日本人には義理や人情の概念はまだ無い。
それらが本格的に芽生えたのは、儒教が広く普及した江戸中期以降からになる。
当然、平安末期に生きた白亜もそんなものは持ち合わせてはいない。
同じ日本人であるはずなのに、明らかに文化が違う俺と白亜。
こんなんで本当に一緒にやっていけるんだろうか?
先々を考えると主従関係を解消したい衝動に駆られるんだが、そんなことをすれば白亜は迷わず自害してしまうだろう。
だから、その選択はできない。
これは啓蒙が必要だな。
そう考えた俺は白亜に問う。
「『弱き者の定め』はお前自身にも当て嵌まるのか?」
「そうじゃ。圧倒的な強者が妾達の前に立ち塞がった時には、主の活路を開く為に弱き妾の命を先に差し出すつもりじゃ。主と主従契約を結んだ妾にはその覚悟がある」
共に協力して窮地を脱するのではなく自ら犠牲になって俺を逃す、と当然のように言う。
あくまで契約に従い、自らの命すら契約を履行する為の道具として扱うつもりだ。
前途多難だなあ。
俺の気も知らずに、白亜が指示を求めてきた。
「で、結局、どうするのじゃ? 妾は主の命なら従うぞ」
俺の命令に従うと言ったな。
「変更は無い。手始めに盗賊団(?)のアジトを強襲殲滅する。異論は認めない」
それなら、俺の流儀に従ってもらうぞ、白亜。




