107 カウントダウン
第三次カラトバ戦役から3ケ月経った。
12月のネヴィル村はもうすぐ雪景色に覆われる。
そんな自宅の畑でリーファが野菜の世話をしていた。
「冬野菜、大きくなったね?」
「うん」
リーファが俺をじっと見ながら答える。
実際、リーファが捲いた種は、今や立派なキャベツや白菜やダイコンに育っている。
村の市場に出ているものより二回り程大きいし成長も早い。
形もよく整っていて、商品作物として市場に出しても遜色がない出来だ。
「リーファは緑の手の持ち主かもしれないね」
「…………緑の手?」
「植物を育てるのが上手な人、って意味だよ」
自分の掌をじっと見ていたリーファが俺に駆け寄ってきてその顔を埋めた。
褒められて照れたんだね?
可愛いなあ、リーファは。
俺はリーファの頭を撫でると、リーファを抱き上げてしかつめらしく言った。
「そろそろ、お勉強の時間だよ。覚悟はできているかね? リーファくん」
リーファが俺の首に抱き着きながら、
「優しくしてね?」
と耳元で囁いた。
もちろん、勉強のことだ。
う~ん。
それだけを訊かれれば誤解されそうなセリフ。
事案の臭いがプンプンする。
こんなシチュエーションをロダンに見られようものなら、
『ろりこんはいかんぞ。イツキ殿』
と揶揄うに違いない。
気を付けよう。
リーファを抱きながら自宅の居間に向かう。
そこには魔剣ダーインスレイヴの手入れをしていたロダンが居た。
ロダンはリーファを抱いた俺を見て、
「ろりこんはいかんぞ。イツキ殿」
と、真面目な声でほざきやがった。
揶揄うどころか真面目に注意かよ。
おまえは大きな勘違いをしている。
これは娘に愛情を注ぐ父親の構図なんだよ。
間違ってもロリコンなんかじゃない。
「ああっ! またリーファだけ甘やかして!」
2階から降りて来た白亜の開口一番のセリフ。
「これから勉強するんだよ」
『勉強』と訊いた白亜がピタリと動きを止める。
「白亜も一緒に勉強するか? おまえ、数学が壊滅的だったし」
「うげっ!」
あ、こいつ、『うげっ!』って言ったぞ。
白亜がぎこちなく回れ右すると、
「妾は鍛錬があったのじゃ!」
そのまま一目散に屋外に逃げていった。
やれやれ、困ったヤツめ。
まあ、いい。
「じゃあ、昨日の続きを始めようか」
リーファを居間の隅に置いた椅子に座らせると、本棚から数学の本を持ってくる。
本棚には、シルクが送り付けて来た本がたくさん詰まっていた。
リーファに手渡したのは『因数分解』のテキスト。
日本の高校一年で習う内容だ。
実のところ、リーファは頭が切れる。
この2ケ月間で、掛け算、割り算、少数、分数、確率論、統計、確率、三角関数をマスターした。
そして、今は因数分解。
もう、白亜より先に進んでいる。
そのうち、俺にも追いつくだろう。
そうなったら、シルクに教えて貰うことにするか。
大魔法使いのシルク先生に。
ああ、シルクの弟子のサリナでもいいな。
物凄い集中力でテキストを読み、問題を解くリーファを眺めていた俺は、居間の壁に駆けられたカレンダーに目をやる。
12月の紙面に並ぶ数字の今日の日付まで、数字の上に×印が…………
サリナが壁に掛けたカレンダー。
今年のカレンダーだけでなく、その裏には来年のカレンダーも隠れている。
12月だから来年のカレンダーが用意されてるのが普通?
そうだね。
それだけなら普通だよね。
でも、これは違う。
来年のカレンダーは王都から戻って来た翌日に駆けられたものだ。
10月にだ。
そして、来年のカレンダーの6月3日に真紅のハート型の印が書き込まれている。
俺の誕生日にだ。
俺はカレンダーが掛けられた日を思い出す。
―――――――――――――――――――――
「『18以上が大人なんだよ』って言ったわよね?」
カレンダーを居間に持ってきたサリナが俺に確認を取って来た。
「大人になったら、わたし達、毎日朝まで確かめ合うのよね?」
サリナの俺を見る視線が異様だ。
「だからね。カウントダウンを始めようと思うのよ」
来年のカレンダーの俺の誕生日に真紅のハート型の印。
そして、今年のカレンダーの今日のところには×印。
それぞれを嬉しそうに書込むサリナ。
「解禁日が待ち遠しいわ」
エルフは長生きだから、恋愛感情や性欲が薄いんじゃなかったのかよ。
「エルフって、子供が出来難いのよ」
カレンダーを壁に掛け終える。
そして、俺の手を握って万遍の笑みでこう言った。
「だから、出来るまで毎晩頑張りましょうね! イツキ♡」
―――――――――――――――――――――
俺はカレンダーを親の仇でも見るように睨んでいた。
このままでは本当にサリナに全部搾り取られてしまう。
しかも毎晩となるとシルクも黙っていない。
どうする俺?
視線を感じて、その方を向くと、シャルトリューズさんが俺を見ながら何かメモっていた。
「何してるんですか?」
「お嬢様へ報告する為の観察記録を」
「何て書いたんですか?」
「いえ、『旦那様がサリナルーシャ様とのチョメチョメを心待ちしている』と」
どうしてこの人は真顔で俺を追い込む真似をするんだろう。
「大丈夫ですよ。旦那様のHP量なら毎日3ピ――――」
「わあああああああああああああああああああああああ!」
何てこと言い出すんだ、この人は!
リーファもいるんだぞ!
恐る恐るリーファを見ると、彼女は俺をじーっと見ていた。
勉強の手を止めて。
そして、鋭く斬り込んできた。
「お兄ちゃん。『3P』ってなに?」
しっかり訊いてたのか。
俺はリーファの頭を撫でるべく手を伸ばす。
「リーファは気にすることじゃないんだよ」
「わたしも混じってもいい?」
伸ばした手が止まった。
俺の頬、今、痙攣してる?
「こんな幼い子まで交えて4Pだとは、旦那様は鬼畜ですね」
シャルトリューズさんが無表情で追い打ちを掛ける。
「シャルトリューズさん、ちょっと黙ろうか」
「黙らなかったら、口封じに私を手籠めに――――」
「しないから! お願いだから! 俺を追い込まないで下さい! もう勘弁して下さい! この通り! お願いします!」
俺はシャルトリューズさんにジャンピング土下座した。
今、解ったよ。
この家で一番立場が弱いのは間違いなく俺だ。
もう、旅に出ちゃおうかな?
そう思っているところに来客。
アインズ支部長だった。
「悪いが今から魔族領に行ってくれないか? 魔族領のアップルジャック殿から応援要請が来ている」
土下座を止めて立ち上がり、真剣な表情でそう言うアインズ支部長に向き直る。
「話を聞かせて貰いましょうか?」
第3章の始まりです。




