106 エピローグ - 公爵位
白亜とリーファと遊んだ翌日、俺は王宮に呼び出された。
王宮へは、白亜、シルク、セリアも呼び出されている。
王宮は厳重な警備態勢が敷かれ、警備兵や近衛騎士達も緊張した面持ちなことが伺えた。
俺が王宮に着くと、そのまま応接室に案内された。
俺達は大きなソファに座った。
俺の左横には白亜、右横にはシルク、シルクの横にセリアだ。
向かいにはジョセフさんが、その右にサリナ、左にエルネストが腰掛けた。
「司教帝が勇者様の追討命令を布告しました」
開口一番、ジョセフさんがそう切り出した。
「どういうこと?」
俺の質問にジョセフさんが答えた内容はこうだ。
4日前、白昼堂々聖都に現れた斎賀五月なる者が神殿の召喚の間に置かれていたセレスティア像を聖剣で破壊した。更に、それを止めようとした司教帝に切り掛かり、聖剣で傷を負わせて行方を眩ませた。
司教帝はこれを女神セレスティアへの、そして、聖皇国への叛逆行為と認め、斎賀五月の追討命令を全世界に向けて布告した。
「あり得ないわ! だって、その日、イツキは一日中わたしと一緒にいたのよ!」
サリナが立ち上がって抗議した。
「落ち着きなさい、サリナルーシャ」
「でも!」
「勇者様がそんなことをなさらないことぐらい、私にも解っているよ」
ジョセフさんがサリナを宥める。
「では、誰がイツキ君を騙ってそんなことをしたんだろうね? しかも、そいつは聖剣を持っていたという話じゃないか。ボクは、聖剣はイツキ君が持っているカルドボルグだけだと思っていたんだが、他にもあるのかな? そもそも、聖剣というのはそう何本もあるものなのかい?」
シルクがセリアに尋ねる。
「聖剣はカルドボルグだけよ」
「でも、司教帝の斬られた場所には聖樹印が残っていたそうしゃないか? なら、やはり聖剣に斬られたんじゃないのか?」
「まさか、あんた、イツキが犯人だと思ってるんじゃないでしょうね?」
セリアがシルクに詰め寄る。
「もちろん、イツキ君を疑ってる訳じゃない。だが、司教帝が聖剣に斬られたのも事実だ。司教帝の傷の周りに聖樹印が刻まれていたことを多くの者が目にしている事が、それを裏付けている。たぶん聖剣は本物なのだろう。だから、もう一度訊く。聖剣は他にもあるのか?」
シルクは冷静だ。
「無いはずよ。もしあるとしたら…………」
「あるとしたら?」
「私以外の高位存在。別の神が作ったもの」
「別の神?」
「ええ。でも、わたしの知る限り、神界でそんなふざけた真似をする神はいないはずよ。いるとすれば、神界を追放された邪神…………そうね、邪神ならあり得るわ」
「邪神か。そいつはやっかいだね」
「そうね。あ――――っ! もう! せっかくイツキとのんびり田舎暮らしができると思ってたのに! 神界に戻って色々しなくちゃならなくなったじゃないの!」
「神界に戻るのかい?」
「戻って邪神対策よ! そう言うあんたは!?」
「ボクも魔族領に戻って色々準備しなくてはね」
セリアとシルクの会話を黙って訊いていたジョセフさんが俺に語り掛けて来た。
「勇者様。我が国の国民の多くは勇者様を信頼しております。此度の暴挙は勇者様を騙る不届者が勇者様を貶めるために起こしたものだと。でも、そうは思わない者もいます。」
「リザニア聖教徒ですね?」
「ええ。我が国に住む多くの信徒は大丈夫と思われます。しかし、狂信的な者や聖皇国からの移住者は別です。他国からやって来る冒険者もです」
「当然でしょう」
「ですから、勇者様にはこれまで通りの姿でお過ごし頂くことを提案します」
セレスティアから逃げなくてもよくなったせいか、最近、元の姿で過ごすことが多くなった。
称号も勇者のままだ。
だが、まあ、[容姿変換]して過ごさなければならないとしても、外見だけの変化だけならお安い御用だぜ。
「称号もできれば勇者以外で」
「なぜです?」
「司教帝は女神様同様の勇者探知能力を持っています。勇者称号のままではすぐに居所を掴まれます」
えっ? セレスティア同様の勇者探知能力?
やばいじゃん。
ここに居るの、バレてるじゃん。
「安心しなさい。アナトリア王国全土と魔族領全土には、あんたを司教帝の探知から隠蔽する情報結界を張ったわ。だから、この国と魔族領では能力を隠す必要は無いわ。でも、容姿は変えときなさい。不届者に襲われたくなかったら」
俺はコクコクと黙って頷いた
そんな俺の前にジョセフさんが小箱に入ったブローチのようなものを差し出して来た。
「これは公爵の身分証です」
「誰の?」
「勇者様のものです。あなたはただいまを以て、アナトリア王国の公爵に任じられました。我が娘の夫になるのなら当然の身分かと。本当は王になって頂ければ一番良かったのですが。拒否されましたので、せめて公爵位くらいは」
「これ貰わないとダメ?」
「貴族の称号があなた様を守ることもあるのですよ。一般人が貴族に手を掛ければ死刑です。貴族社会でも最高位の貴族に手を出せば最悪は死刑、良くてもお家取り潰しです。だから、最高位の公爵位を用意しました。これは他国でも同様なので、司教帝も安易には手を出し辛いでしょう。まあ、お守りだとでも思って受け取って下さい」
はっきり言って貴族なんかにはなりたくない。
でも、ジョセフさんが俺の事を想って用意してくれたものだ。
ありがたく受け取ろう。
「気を使って貰って済まないね、ジョセフさん。公爵位、有難く受け取らせて貰うよ。ちなみに、俺の爵位には白亜やロダンのみたいな『名誉』は付かないの?」
「『名誉○○』ってのは一代称号よ。爵位が世襲されることのない一代貴族に与えられるものなの。いわば、名誉職ね」
サリナが教えてくれた。
「つまり?」
「お父様はあなたを一代貴族ではなく、世襲貴族にするつもりなのよ」
「王族の嫁ぎ先としては、きちんとした世襲貴族でないと後々困ったことになりますので」
ジョセフさんがサリナの後を引き取った。
なるほどね。
父親として娘の嫁ぎ先の社会的な地位も確保しておかないと安心できないってことか。
でも、な~んか、それだけが理由じゃないような気がする。
が、まあいいか。
「わかった。ありがたく貰っておくよ」
俺は受け取った小箱を[無限収納]に入れると、ジョセフさんに挨拶して応接室を辞した。
■
ここは迎賓館の玄関前の広場。
シルクは魔族領にその日のうちに帰還することを決めた。
親衛隊やメイド隊、馬車など、大所帯なのでセリアもシルクの[転移]を補助する。
「大変お世話になりました。今後ともお嬢様をよろしくお願い致します」
執事のベヘモットさんが丁寧なあいさつをしてくれた。
「イツキ殿、今度はガヤルド公都で会いましょう。白亜殿もな」
「うむ、アップルジャックとは今度手合わせしたいと思っておったところじゃ」
「その時はお手柔らかにお願いしたいものですな」
「俺も転移装置の設置に伺うつもりだから、その時はよろしく」
親衛隊長のアップルジャックさんの挨拶に、白亜と俺が返す。
「じゃあ、イツキ君。しばしの別れだが、ボクはまたキミの元へ戻って来るよ」
「ああ、待ってる。それとも俺が君のところに行くのが先かな?」
俺は魔族領に転移装置を設置しに行かなければならない。
「そうだったらいいね。いずれにしてもボクは忙しい。そこでボクに変わってキミのサポート要員を用意した。遠慮なく使ってくれたまえ。シャルトリューズ!?」
「はい、お嬢様」
「キミはイツキ君に同行して、ボクに代わってイツキ君の身の回りの世話をすること」
「畏まりました」
「イツキ君に求められたら、ボクに代わってイツキ君の夜の相手をすることも許そう」
「もちろん、その時は心を込めてお世話致します」
シルクがシャルトリューズさんに指示を出している。
シャルトリューズさんも冷静に受け答えしている。
どうやら、シャルトリューズさんの残留は決定らしいが。
でもね、シャルトリューズさん。
最後のは拒否していいんだよ。
シルク、無茶言ってるし。
そもそも『求められたら』なんて無いし。
シルクに夜の相手を求めたこともないし。
セリアと白亜が俺を睨んでいる。
リーファがじーっと俺を見ている。
やめて!
冤罪だ。
風評被害だ!
訂正を求める!
「みんな疑心暗鬼になるといいよ。それじゃあね」
そう捨て台詞を残してシルクが魔族領のガヤルド魔公爵公邸に転移して行った。
リーファはシャルトリューズさんが館内に連れて行ったが、白亜とシルクは残っていた。
その二人は相変わらず俺を睨んでいる。
誤解させたままで去りやがって。
今度会った時には、公衆の面前で耳を掴んでやるからな。
魔公爵の威厳をぶっ壊してやる。
■
翌日、セリアが神界に帰って行った。
自室から。
「また来るわよ。それまで元気にしてなさい。白亜もリーファもね」
そして、俺に近づくとそっと耳打ちした。
「あんたのこと、神界からしっかり監視してるから、妙な事するんじゃないわよ」
ストーカー宣言した女神はそれだけ言うと姿を消した。
■
そして、いよいよ俺達の帰還。
俺達も少人数だから、セリア同様どこからでも転移できる。
なので、俺とリーファの滞在する部屋から転移することにした。
ベッドに腰掛けながら、隣のリーファの頭を撫でる。
今回、帰還にあたり、リーファを俺の正式な養女にした。
だから、リーファの正式名は斎賀リーファ公爵令嬢だ。
「いきなり貴族だなんてびっくりしていないか?」
「……………………大丈夫。」
「そうか?」
「…………何になってもリーファはリーファだから」
何になっても変わらない、か。
そうだな。
俺も変わらない。
勇者になろうが、公爵になろうが、俺は俺だ。
俺の理想も変わらない。
『かわいい奥さんに膝枕されながらの穏やかな時間』を過ごすこと。
だから、行こう。
俺達の家へ。
白亜を見ると黙って頷いてくれた。
シャルトリューズさんがリーファを抱き抱える。
準備はできた。
俺は転移陣を顕現させる。
よし、全員入っているな。
俺が[転移]を行使しようとした時、部屋に入って来た誰かが俺にボディアタックして来た。
「わたしも行くから!」
サリナだった。
手には大きなスーツケース。
「わたしもイツキの家でイツキと一緒に住むから」
サリナが改めて言う。
「白亜ちゃん、一緒にイツキを落とすわよ。お師匠様もセレスティア様もいない今がチャンスなの。わかるわよね?」
「うむ、わかっておる。だが、サリナよ。今度こそ、協力してくれるのじゃろうな?」
「任せとけぇ!」
君ら、何の話をしてるの?
それにサリナ、ジョセフさんはこのこと知ってるの?
「ジョセフさんはこのことは?」
「一応、口では止められたけど、それだけだった」
「ならいいけど」
「良くないわ! 急いで! イツキ! お父様以外にも追手はあるのよ!」
追手は弟のエルネストとその手勢。
姉だけが婚約者と一緒に住むことが許せなかったらしい。
自分も白亜と一緒したかったが、たぶん俺が同行を許さないことも解っていた。
ならば『姉だけに美味しい思いはさせるものか』と言うことで、サリナのネヴィル村行き阻止を決断したらしい。
俺もサリナと一緒に住むことに異論は無い。
なら、直ちに[転移]だ。
サリナが俺にそっと囁く。
「わたし、もう絶対に離れないから覚悟してね♡」
その時、エルネストが俺の部屋に駆け込んできた。
俺は邪魔されないように転移陣の周囲に[結界]を張る。
エルネストが結界の壁を叩きながら叫んだ。
「サイガイツキ! おまえばかりいい思いしやがって! 絶対に許さん! せめて白亜を置いていけ!」
俺は白亜を見て、
「白亜さん。愛されてるね」
と言ってやったら、
「イツキのバカ!」
と、そっぽを向かれてしまった。
と、エルネストが特級魔導士を連れて来やがった。
結界を壊すつもりか?
なりふり構わんな、こいつ。
おっと、もたもたしてる場合じゃない。
さあ、帰ろう。
今度こそ、我が家へ帰るんだ。
俺はネヴィル村の自宅を思い浮かべて一言。
「転移」
こうして、長いようで短い旅が終わり、俺達は王都から我が家に無事帰還を果たしたのだった。
これで第2章は終わりです。
第3章以降は舞台をアナトリア王国の外に移します。




