010 かわいらしい従者
さっきの戦いの場から少し離れた森の入り口。
JC弁慶を木陰に寝かせた俺は傍らで魔法大全を読んでいた。JC弁慶は白い一重の和装で、あまりに薄着だった。風邪をひかれても困るので[無限収納]から防護防寒用マントを取り出して掛けてやった。
「う~~ん。」
「目が覚めたか?」
JC弁慶が目を覚ましたようだ。俺は元の賢者だ。姿も元に戻って、銀髪碧眼。
JC弁慶にはいろいろ聴取すべきことがある。
甲冑を纏っていた時には、野太い声を発する身の丈2mの大男だったのに、甲冑が壊れた今は華奢な女の子であること。本来、武蔵坊弁慶は男じゃなかったのか、ということ。なぜ、1000本の刀を集める誓いを立てていたのか、ということ。そもそも、なんで武器が薙刀でなくハルバートだったのか、ということもだ。
JC弁慶の容姿は、白髪にルビーのような赤い瞳に透き通るような白い肌。アルビノだ。身長は145cmくらい。ボブカットがよく似合うかわいらしい女の子だ。
うん、胸もかわいらしい、ゲフンゲフン。
JC弁慶はそのひとつひとつに答えをくれた。
「妾は、元々は、検非違使別当を務める貴族の娘であった。父や兄達のような武者に憧れて、幼い頃から兄達に交じって剣技を磨いていたが、そんな妾の生き方を母は許すはずもなかった。9歳になった頃から母に政略結婚を強要され、その母の手引きで毎夜夜這いを掛けられる日々」
をいをい、平安貴族は9歳の幼女にまで夜這いを掛けるのか!?
確かに10歳くらいの幼女を嫁取りした、などということを本で読んだ知識で知ってはいたが、う~ん、知ってはいたが・・・・
「だが、妾の肌に触れられる者なぞいるはずもなし。夜這いに来た男達は弱っちい貴族の子息だったから赤子の手を捻るようなものじゃ」
9歳の少女に返り討ちに遭う平安貴族。弱すぎだろ。
「そんなある日、母に痺れ薬を盛られた。動きの鈍った妾は危うく手籠めにされそうになった。もちろん、弱った身であったが、負けるはずも無し。唯、なりふり構わない母のやり口が我慢ならんかった妾は遂に家を出奔した。10歳の頃じゃった」
10歳の幼女に痺れ薬を盛る母親…………すげえ。
「出奔後は寺に身を寄せ、そこで知り合った師に僧兵の武技を教わることになったのじゃが、周りの僧兵の男どもが酷い男尊女卑での。妾より弱いことを妬んで嫌がらせのし放題。最初は相手にせなんだが、それがやつらの恨みを買ったのじゃろ。妾が瞑想に耽っていた本堂に火を付けて燃やして妾を亡きものとしようとし、それに失敗すると火付けの罪を妾に擦り付けおった。師は妾の無実を説いてくれたのだが、誰もその言を信じることはなく、むしろ師の立場が悪くなっていった。だから、これ以上、師に迷惑を掛けられぬと思い、寺を出奔した。11歳のことじゃ」
なんか、壮絶な生き様だな。
時代が時代ではあるが、こんな幼い頃から小さな体で必死に生き抜いてきたんだな。
「寺を出奔した妾は仏にある誓いを立てたのじゃ。それは、帯刀する武者と立ち合いをし、勝ってその者から太刀を奪い、奪った太刀が1000本に達した時、妾はそれを無敵の証として、巴御前のように武家に仕官すること。それ以降、妾は名のある武者に挑み、倒した相手から戦利品として太刀を奪っていったのじゃ。武蔵坊弁慶って名乗るようになったのはその頃からじゃ。実際、寺を出奔した時からの僧兵装束だったしのぉ。負けたやつら誰もが『偉丈夫の僧兵に負けた』と吹聴したのは、自らの矜持を保つためだったのじゃろうよ。まさか、名のある武者が僧兵装束の華奢な娘に負けたなんて、言えるはずもなかろうしの。かくして、怪力無双の荒法師、武蔵坊弁慶の誕生じゃ。
目標に日々近づいて行くのが実感できる毎日じゃったよ。そうして、12歳になって、いよいよ1000本目を奪うべく、都で噂の若武者、遮那王と五条大橋で相対した瞬間、エーデルフェルトに召喚されてしまったのじゃ」
牛若丸との立ち合いの直前だな。
目標達成間近での司教帝による異世界召喚。
目標達成まで待てなかったのか?
まあ、司教帝が召喚対象の状況なんて知る由も無いし、知ったこっちゃないんだろうけど。
それに歴史上では目標達成ならずだったし、異世界召喚の結果として非業の死を遂げる結末からは遠ざかったんだから、これはこれでいいのか。
「この世界では戦士の質はともかく武器は強力じゃった。薙刀はすぐに壊れてしまいおった。この世界には薙刀がないので、他の武器を探すしかなかった。中でもハルバートが思いの他しっくりきてのぉ。以後は薙刀に代えてハルバートを武器にすることにしたのじゃ。着用していた甲冑はこの世界に来た最初の頃に潜ったダンジョンで手に入れたアーティファクトじゃ。自分の体のように扱えて発する声も野太い声に変換されるから、対戦相手に舐められることもなく便利なので、以後愛用するようになったのじゃよ」
「へ~、なるほど、これがねぇ」
俺は一旦回収した甲冑の破片を[無限収納]から取り出して観察する。
あれ?
電子回路基板もあるぞ。ロボットアニメなんかに出てくるバトルスーツみたいなもんか?だとすれば、かつてこの世界には元の世界より進んだ文明が存在したってことになる。
気になるな。
スローライフを送りながら先史文明の調査をするのもいいかもしれない。
今後の検討課題になりそうな予感。
でも、そうなると、このバトルスーツ(?)を破壊してしまったことが悔やまれる。
ここまで粉々だと修復は無理。これはもう使えない。弁慶にも申し訳ないことをしたな。
「ごめん。話の腰を折った。続けてくれ」
「うむ、わかったのじゃ。それで、妾は新たに剣を1000本集めて、それを無敵の証として、剣神として名高い東大陸のノイエグレーゼ帝国皇帝レオン・ノイエグレーゼに仕官しよう、そう新たな誓いを立てたのじゃ」
「そうか。ところで、ちょっと気になったから聞くんだけど。さっきから自分のことを『妾』と称してるけど、立ち合い中は『某』って称してたが、その違いに何か意味はあるのか?」
「妾は最初から『妾』としか言っておらぬ。何じゃ、その『某』とは?」
きょとんとして、『何を言っておるのだ?』というように聞き返されてしまった。
それって、甲冑に野太い声に変換する機能でもあったのか?
「何か、荒々しいおっさんのしゃべりだったぞ」
「そうなのかぇ。妾は普通にしゃべっておったのじゃがのう」
本人は気付いてないのか?
俺は一気に気が抜けてしまいそうになった。
でも、問題はまだある。
俺は考える。
弁慶の仏への誓いは俺が打ち砕いてしまった。また、一からの出直しだ。
いや、違うか。
例え、改めて1000本の剣を集めても、もう無敵の証にはならない。
俺に負けた今となっては。
弁慶はこの世界でこれから何を生きがいにして生きていくのだろうか。
「おまえはこれからどうするんだ? 甲冑も剣も全部、俺が壊してしまったんだが。あれだけ強ければ、どこの国ででも仕官はできると思う。勇者の俺が保証するよ」
この世界に来て10日の俺の付ける保証など空手形同然なんだが。
「それは…………」
JC弁慶は、俺をじっと見つめると、サッと身を引き、突然土下座してきた。
「お願いじゃ、勇者斎賀五月様! 妾をあなた様の従者にして欲しいのじゃ!」
従者?
意味がわからない。
「ノイエグレーゼ帝国皇帝に仕官したいんじゃなかったの?」
「誓いが達せられなかった時点で仕官は諦めたのじゃ」
諦めは愚か者の結論だよ。
「また、挑戦すればいいじゃん」
「いえ、あなた様はまごうことなき勇者。剣神レオンより強いお方じゃ」
剣神レオンなんて知らないよ。
勝手に優劣決めないで欲しい。
「そんなのわかんないじゃん。剣神レオンの方が強いかもしれないよ」
「いえ、剣神レオンはあくまでも人間としての最強。でも、あなた様は人を超えた最強。であるなら、妾がお仕えするお方は、あなた様以外ありえぬのじゃ」
いかん。変な風が吹き始めたぞ。
この風に身を任せたらダメだ。
俺は全力で回避に努める。
「ありえるよ。広い世界、もっと相応しい仕官先が見つかるよ」
現在無職でスローライフ希望の従者なんかより、ちゃんとした国の騎士にでもなった方がいいに決まってる。
「見つからなかったら責任を取ってくれるのかえ?」
「取らないよ、責任なんて! 取る謂れもない」
この世界に召喚されたばかりで右も左もわからない上に、女神や聖女に指名手配されている俺に他人の責任なんて取れるはずもない。
「便利じゃよ、従者」
上目遣いをするな。俺は絆されないよ。
「いらない」
「どうしてもかえ?」
「くどい! 俺はエーデルフェルトで一人スローライフを送るんだ。他を当たってくれ」
それを聞いたJC弁慶は、居住まいを正すと、
「左様か。わかったのじゃ」
と言うなり、懐から匕首を取り出して首に当てた。
「従者にして頂けないなら、この場で自害するのみ。元々、勝負に負ければ失うはずだった命。最後に勇者様とお話できたことを僥倖と致そう。」
匕首に力が入り、首の切り口から血が滲み出る。
オイ! 冗談だろ!? 本気で自害するつもりか!?
要求が通らないからって、そこまでするか!?
もう~~っ!
古の武人ってヤツは!
自分の命を何だと思ってやがる!
『袖すり合うも他生の縁』というが、関わった以上、目の前で自害されては堪らない。
「待てっ!! わかった!! わかったから!! 従者にするから!! 頼むから命を無駄にしないで!! トラウマになっちゃうから!!」
慌てる俺の言葉を訊いたJC弁慶が素早く匕首を仕舞うと縮地のごとく縋りついて来た。
「本当か!? 後から撤回とかないであろうな!? なっ!? なっ!?」
「無いから!! それと、近いから!! 離れて!!」
言われたとおりにスッと離れるJC弁慶。
「は~っ、もうっ! こんな形で押し切られるなんて…………」
1人気ままなスローライフ計画が遠のいてしまうのか、と思うと眩暈がしてきた。
結局、成り行きでこいつを従者にすることになってしまった。
でもまあ、こいつの人生設計をダメにしたのは俺だし、その責任は取らなきゃなあ。
せっかく助けた命。死なれるよりはマシなはずだ。
うん。そう思うしかない。
と、無理やり自分を納得させてはみたのだが、疲労感が半端無い。
JC弁慶はニコニコと俺を見ている。
おうおう、俺の気も知らず、嬉しそうだなあ。
等と思っていると、JC弁慶は真顔で正座して恭しく頭を下げてこう言った。
「では、よろしくお頼み申す、斎賀五月様」
なんか、試合で勝って勝負に負けた気分だよ。
「イツキでいい」
俺は居心地の悪さを誤魔化すように不貞腐れ気味にそう告げた。
「わかったのじゃ、イツキ様」
「様はいらん」
「かと言って、これから主として仕えるお方を呼び捨てにするなど妾にはできぬ。どうすればよいのじゃ?」
「様を付けないなら何でも」
「わかったのじゃ、では、主で」
「もう、それでいいよ。それと、おまえ、本当の名は? 武者修行中の名『武蔵坊弁慶』じゃなくて、貴族の娘だったころの名だ」
「名などないよ。強いて挙げるなら、『橘中納言別当正嗣の娘』といったところじゃ」
そう言えば、本で読んだことがある。
平安貴族の女は、『●●の母』や『〇〇の娘』といった呼ばれ方をする、と。
小野小町や清少納言や紫式部は通称名に過ぎない。
「主に名を付けて欲しい」
「俺でいいのか?」
「もちろんじゃ」
期待感に満ち溢れた目でジッと見られる。
落ち着かいない。
よく見ると、真っ白い髪と透き通る白い肌に目を奪われた。
「白亜」
自然に口をついて言葉が出た。
「『白亜』? それが、妾の名?」
ああ、そうだ、これでいい。
俺は、木の枝で地面に『白亜』と綴ると、
「これがその綴りだ。おまえはこれから『白亜』だ。おまえのそのきれいな髪や透き通った肌を表す名だ」
「この字が『白亜』。『白亜』『白亜』『白亜』! ありがとう、主。この名、大切にするのじゃ!」
白亜は、自分に付けられた名を何度も繰り返し復唱すると、本当に嬉しそうに俺に礼を言った。
その日、俺にかわいらしい従者が出来た。




