死にたがり少女が異世界転移して、死にたがり男子と結ばれる話
【人は見た目よりも中身が大切】
そんなの嘘。
ただの綺麗事だ。
現実はそんなに甘くない。
「ブス」
「デブ」
「気持ち悪い」
「見苦しい」
「こっち来んな」
「マジ無理」
「死ね」
自分が一番よくわかってる。
私だって、もっと可愛く生まれて来たかった。
鏡を見るたびに絶望する毎日。
友達とおしゃれして、人並みに恋愛をしてみたかった。
でも、私はブスだから。
もうこれ以上傷つきたくないから。
だから私は、残酷な世界から消えることに決めた。
*
仁子は目を覚ますと、知らない部屋にいた。
「……ここ、どこ」
部屋はログハウスのようなデザインになっていて、仁子はシンプルな木のベッドの上にいた。
慌ててブランケットを捲って確認すると、着慣れた制服のままでホッとした。
これは夢?だって最後に覚えているのはーーーーーー。
思い出した瞬間、ハッとして左手首を見た。そこには白い包帯が丁寧に巻かれてある。
「夢、じゃない……」
何故ならこの傷は、仁子自身がつけたものなのだから。
それにしても、ここはどこだろう。仁子はそろりとベッドから下りると窓から外を見た。
「な、なにこれ」
窓の向こうには、鬱蒼と茂る広大な森があった。空には細長の雲がオレンジ色に色づいている。
一瞬誘拐されたのかと思ったが、こんな自分を誘拐しても誰の得にもならないと、すぐさまその可能性を打ち消した。
仁子が呆然としていると、ドアの軋む音がして誰かが入ってきた。
現れたのはスラリとした長身の男。顔につけられた仮面を見てギョッとする。
「あ、あの、き、き、気分はどうですか……怪我、を……していた、ので治療しておきまし……た」
言葉につかえながら話しかけられて我にかえった仁子は、慌ててお礼の言葉を伝えた。
彼は着古したシャツにズボン姿で、耳下まで伸びた髪は金色だった。耳を真っ赤に染めてワタワタしている。
食事を勧められて、仁子は自分が空腹であるとようやく気づいた。お言葉に甘えて頂くことにした仁子は、案内された一人用の椅子に腰掛けた。
出されたのはスープと黒パン。くたくたに煮た野菜スープは、素朴な味でどこか懐かしさが感じられた。パンは硬かったので、ちぎってスープに浸して食べた。
「……おいしい」
今まで何を食べても味がしなかったのに、出された食事は美味しかった。
青年は仁子が食べ終わるのを見届けると、食器をさげてくれた。
「わたし、町田仁子といいます。あの、どうしてここにいるのか分からなくて。ここはどこなんでしょうか」
アッシュと名乗った青年は、森の中で倒れていた仁子を見つけてここまで連れて帰ったのだと教えてくれた。
最後の記憶がフラッシュバックする。
仁子は都内の自宅で手首を切った。
もう何もかもがどうでも良くなって消えることにしたのに、自分はまだこうして生きている。
一度捨てた命、どうにでもなればいい。仁子は半ば自暴自棄になりつつ、しばらくの間ここに居させてほしいと青年に頼んだ。
絶対に断られるに決まってる。誰がこんなブスと一緒にいたいと思うだろうか。
ところが、青年は快く了承してくれた。少々挙動不審だが、これで野宿はしなくてすみそうだ。
こうして、仁子は青年と共に暮らすことになった。
二人の生活は、まるでお姫様と召使いのようだった。
アッシュはひとつしかないベッドに仁子を寝かせ、自分は床にブランケットを敷いて寝ていた。もちろん寝る時も仮面をつけている。寝にくくないのだろうか……。
ほぼ自給自足の生活なので、しなくてはいけない事は山ほどある。それなのに、掃除も洗濯も彼がやってしまうので、仁子はいつも手持ち無沙汰になってしまっていた。
そこで料理をかって出ることにしたのだが、結局それもアッシュがすることになり、仁子は怪我の療養という理由で毎日のんびり過ごしていた。
こんなブスの面倒を見るなんて奇特な人だと思った。どうせすぐに飽きて追い出されるのだろう。
そう思っていたのに、青年は飽きる事なく仁子の面倒を見てくれた。
毎日欠かさず傷の手当てをし、家の中は仁子が過ごしやすいよう細やかな配慮が見てとれた。
アッシュは、十歳の時この森に捨てられたらしい。森の奥で彷徨っていたところを、この家の家主に拾われたそうだ。
二人はほぼ自給自足の生活をおくりながら、誰とも会うことなく細々と暮らしていた。その家主が二年前に亡くなり、以来アッシュはずっとひとり暮らしているのだという。
いろいろ聞きたいことはあったが、深入りするつもりはなかったので追求はしなかった。
彼の方も仁子についてあれこれ聞いて来なかったのでお互い様だ。
一月が過ぎ、手首の傷はほとんど癒えた。しかし、切った時に神経を損傷したようで、左手の感覚はほとんど無なってしまった。
そんな仁子を不憫に思ったのか、アッシュは毎日仁子の左手をマッサージしてくれた。
湯に薬湯を入れて、皮膚の強張りをほぐしていく。その手つきはまるで宝物を扱うようだった。
この時、仁子は初めて人肌の心地よさを知った。彼に触れられると、ドキドキが止まらなかった。
ーー彼の顔を見たい。
いつからか、仁子は仮面の裏に隠された素顔を見たいと思うようになっていた。だが、何か事情があるのは明らかだ。
彼を困らせたいわけではないので、仁子は聞けずにいた。
ところがある日、ちょっとしたはずみで仮面が外れる事故が起きた。
「あっ……!」
アッシュは慌てて仮面を拾ってつけ直したが、仁子は彼の素顔をしっかりと見てしまった。
「アッシュ、あなた……」
「ご、ごめん! こんな醜い僕だけど、絶対に変なことしないから! だから離れていないでっ」
それは悲痛な声だった。
醜い? 逃げる? 仁子は彼が何を言っているのかすぐには理解できなかった。
何故なら、彼は今まで見たこともないくらい美しい顔をしていたからだ。まるで古の男神が、この世に降臨したのかと思わせるほどだった。
気がつくと、アッシュは立ち尽くす仁子の足元に縋り付いて泣いていた。
アッシュは子供の時、醜いせいでこの森に捨てられた。運よく森の住人に見つけてもらえて生き延びたが、彼が死ぬとまた一人ぼっちになってしまった。
孤独に耐えられず死ぬ場所を探していた時、アッシュは森で仁子を見つけたのだった。
仁子はアッシュと同じ目線にすると彼に尋ねた。
「ねえ、アッシュ。私を見てどう思う? 醜い? 気持ち悪い?」
そう尋ねると、アッシュは涙に濡れた目を見開いて仁子を見つめた。
「な、何を言っているの? 天使のように綺麗で、澄んだ心を持つニコが気持ち悪いだなんて……そんなことあるわけない!」
それを聞いて、仁子は漸く理解した。
この世界では、彼は醜く、逆に自分は美しいのだということを。
「あはっ、あははははははは」
なんと滑稽なのだろう。仁子は涙で視界が霞んだ。
アッシュも仁子も、不条理な世界のルールに踊らされているだけだった。
それなら、私がアッシュを心から愛してあげる。だからアッシュも私を愛して。
どこか歪だが、これが二人の幸せの形なのだと思った。
「アッシュは醜くなんかないよ」
仁子は手を伸ばしてゆっくりと仮面を外した。冴えるような青い瞳から、涙が頬を伝って流れている。
ねえ、アッシュ。二人ならきっとお互いの欠けたところを満たせるはず。
ちょっと不便かもしれないけど、誰にも邪魔されずここで一緒に生きていこう?
そうすれば孤独に耐えることもないし、誰からも嫌悪されることもない。
見つめ合う二人の距離が徐々に狭まっていく。
仁子が目を閉じると、唇に柔らかいものが触れた。やがて啄むような口づけが激しいものへと変わっていく。仁子はアッシュの首に腕を巻き付けて、もっとと強請った。それに応えるように、アッシュもギュッと仁子を抱きしめる。
唇を離すと、濡れた銀糸が二人の間を繋いだ。
しばらくの間見つめあった後、互いの手を取りあった二人は、一つだけしかないベッドになだれ込むと、快楽の渦に引き摺り込まれたのだった。
【完】
ありがとうございました!