好感度測定アプリ
T沙はいつものように、学校帰りに近くのショッピングモールのフードコートで友達とおしゃべりしていた。
ワンコインのコーラにワンコインのハンバーガーで延々と居座っていられる、高校生にとってなくてはならない場所だ。
「あ、やばいそろそろ帰らないと怒られる」
T沙はスマホの時計を見るとカバンをつかんで立ち上がった。
「門限早すぎない?」
R華が言う。
「うーん、うち厳しいんだよねホント」
「つきあい悪いなあ、T沙は」
「ホントにごめん」
そう言ってみんなにバイバイした。
本当は門限なんてもっと遅いけど、見たいテレビもあるしおしゃべりもだんだん退屈になってくるし、切り上げ時というのが本音だ。
だが、つきあいは大切にしておかないと学校カーストで転落してしまい残りの高校生活を満喫できない。
目の前のバス停からバスに乗り、T沙はSNSで友達とのおしゃべりの続きをする。同じような話の繰り返し。正直つまんない。
SNSのタイムラインにアプリの広告が表示された。
「え?”好感度測定アプリ”って何?」
普段は読み飛ばす広告だが、すごい気になって読んでみる。
”あなたはみんなに好かれてる?このアプリを使えばあなたの好感度を測ることができます”
”使い方は簡単!この無料アプリをダウンロードして知りたい相手をカメラで写せば相手があたなをどう思ってるか好感度で表示します”
「へえ、無料なんだ。それなら面白そうかも」
T沙はアプリをダウンロードすると起動させてみた。使用契約に同意しますか?などよくあるめんどくさい画面をはいはいと決定していくとカメラに写っている画面が出てきた。
「ふーん、これで相手を写せば好感度がわかるのか」
使い方は本当に簡単そうである。アプリを閉じると再びSNSに没頭した。
「ただいまー」
家に帰ると自分の部屋に行って制服から着替える。
居間に行くとママが夕食を並べてるところだった。
「T沙、手は洗ったの?」
「これから洗うよ!」
「今日はパパも早く帰って来るからみんなで食べましょうね」
「げっ、パパいるの?」
「なんてこと言うのよ!」
本当にママは口うるさい。
手を洗って台所から料理のお皿とかを運ぶのを手伝ってるうちにパパが帰ってきた。
「ただいまー、おーT沙!」
パパがハグしてこようとする。いつものようにさっと避ける。
「パパ、セクハラ!」
「セクハラはないだろう」
パパはいつものように悲しそうな顔をする。めったに怒ったりしないやさしいパパだが、年頃の娘にとってはそういうところが逆に気持ち悪い。
3人で食卓を囲む。たわいない話をしながら食事をする。
食事が終わってママと一緒に片付ける。T沙は自分でお皿洗いは手伝うくらいには良い子だと自負してる。
ソファに座ってスマホをいじる。パパとママはテレビのお笑い番組を見ていた。ふとさっきのアプリを試してみたくなった。
「ねえパパママ、ふたりの写真撮ってもいい?」
「え、何よ藪から棒に」
「どうしたんだよ、T沙」
「えー、なんとなく。いいから二人とも並んで!」
並んだふたりをアプリで写す。写真の下に青字に黒い文字で好感度が出る。ママ30、パパ30
「ねえ写真見せてよ」
ママが画面をのぞきこんでくる。しまった、これはどうすればいいんだ?
とっさにアルバムを開く。そこには普通の写真と一緒にアプリで撮った写真があった。
「ちょっと、これママの顔変じゃない?」
ちょっと不満のようであったがなんとかごまかして自分の部屋に戻る。
「これは面白いわね。写真撮っていい?って感じで撮ればいいのね」
なんとなく使い方がわかってきた。これで明日は友達の好感度を測定しよう。
翌日、学校に行くと友達に「写真撮ろう!」と誘って歩いた。最初は友達と普通に撮って、それから友達をアプリで撮る感じだ。
いつも遊ぶわけじゃないが普通に話しをする程度のつきあいの友達の好感度は、0から5くらいの間だった。黄色字に黒い文字で出てくる。
「まあそんなものよね。マイナスとかじゃないからいいや」
そして、いつもつるんでる友達を撮る。マイナス25 灰色字に赤い文字で浮き出る。
「え 嘘・・・」
別の友達も撮ってみる。マイナス25、マイナス20、マイナス23・・・
そしてR華を撮る。マイナス30
「どうしたの?すごい顔色悪いよ」
R華が心配そうに顔をのぞかせる。
「う、うん、ちょっと具合悪くて」
「早退したほうが良くない?先生に言っておいてあげるから」
「そうする。あ、でも先生には自分で言うから大丈夫」
いつも一緒に仲良くいる子たちがそんなに私を嫌ってるなんて、もう何を信用したらいいの?
家に帰ると自分の部屋に閉じこもる。ベッドに潜り込んで考える。どうして?あれだけみんなとうまくやろうとして頑張ってきたのに。寂しさと悔しさと怖さで涙が出てきた。
「T沙、どうしたのこんなに早く帰ってきて。具合でも悪いの?」
「ちょっと具合悪くて早退してきた」
「ちょっと、そんなに泣くほど具合悪いの?どこか痛いの?」
「なんでもないって!」
T沙の様子を見て、ママは部屋から出た。
ぐすんぐすん言いながら、布団から顔を出すと枕元においてあるクマのぬいぐるみを抱きしめる。
「クマちゃんはずっと一緒だものね。あなたは裏切らないわよね」
そう言ってアプリをクマに向ける。マイナス15
ぽとり、とスマホを落とした。
「クマちゃん・・・私のことが嫌いだったのね」
クマは5歳の誕生日プレゼントとしてT沙のもとにやってきた。それ以来寝るときはもちろん友達の家に行くときなども、ママに背負い紐でくくってもらって一緒に行っていたくらい大好きであった。
一緒におばあちゃんの家や海や山などの家族旅行も行った。あまりにボロボロになったので小学校3年生のときに一度ママに捨てられた。クマが居なくなって泣きながら探し回り、ゴミステーションで回収直前に発見して持ち帰ったこともあった。
ボロボロになったクマは、ママが修理した。綿を詰めて、無くなった目と鼻はそれらしく見えるボタンを買ってきて縫い付けた。それ以来ずっと一緒に居る。
「それなのに、クマちゃんは私のことが嫌いなのね。私はこんなに好きなのに」
T沙は泣きながらクマを抱きしめた。
抱きしめながらクマをどう扱ってきたかも思い出してきた。嫌なことがあったときはクマを壁に投げつけたこともあった。汚れてくると朝洗濯機に放り投げて行って、帰ってくるとママが洗濯物と一緒に乾かしてくれていたものを当然のように回収した。
何度も目や鼻が取れかけ、破れて綿が出てくるたびママが直しておいてくれた。
「ごめんね。私、すごい自分勝手だった。一方的過ぎるよね、これ。きっとクマちゃんはママのことが好きよね」
しばらくクマを抱きしめてから、T沙はクマを膝に載せた。
まんまるいしっぽが取れかけているのが見えた。
「ごめんね。こんなに一緒に居たのに気がつかなくて」
そういうと裁縫道具を出して、しっぽを縫い始めた。鼻のボタンも取れかけていた。一度ボタンを全部はずすと鼻先の部分に厚い布があてがわれていることがわかった。きっと何度も縫っているうちに穴だらけになってしまったのだろう。鼻を縫い付けるとT沙はお風呂場にクマを連れていった。
洗面器にお湯と洗剤を入れると、静かに手洗いをした。お湯が汚れていくのがわかる。柔軟剤で仕上げ、手ですすいで絞ってから室内の物干しにかけた。
「きれいになったわね」
様子を見ていたママが静かにほほえむ。
「12年よ、ママ。クマちゃんがうちにきて」
「もうそんなになるのね」
ふたりで静かに干されたぬいぐるみを見上げた。
翌日の放課後、いつものメンバーでいつものようにフードコートでたむろしていた。
「T沙、もう大丈夫なの?」
R華が心配そうに聞く。
T沙は黙って好感度測定アプリを開くと、隣の子に向けた。マイナス25
「え、何で」
向けられた友達はびっくりしたように言う。
ほかの子にも向けた。マイナス23、マイナス20
「どうして」
「そんな」
最後にR華に向ける。マイナス30
「いったいどういうこと?」
「これはみんなが私に対して思ってる好感度よ。みんなに嫌われてたのね」
T沙は泣きだした。
「そうよ。他の子はわからないけど、私はT沙が嫌いだったわ。いつも話の途中で門限だって先に帰って。SNSだって既読無視とかしょっちゅうで。勉強だってよく出来て成績とか私じゃ追いつかないくらい良くて」
R華はそう言うと泣きだした。
「R華なんて嫌い。いつも人のこと考えないで振り回して。家がお金持ちだからっていつもみんながほしがってるアクセサリーとか買ってみせびらかして。どれだけ悔しかったか」
T沙は泣きながら言う。
カシャッ!シャッター音にびっくりしてT沙は隣を見た。友達がスマホをひっくり返して画面を見せる。マイナス25
「T沙も私が嫌いだったのね」
「え!そんなことないよ」
ほかの子たちもアプリをダウンロードして写し合う。マイナス20から25
「結局、私たち無理してたのね」
ひとりがぽつりという。
「嫌われないように、好かれようとして。孤立するのが怖くて、本当のことも言えないで」
しん、とする。みんな同じ思いだったのだ。
「ねえ、みんなで原宿行ったときのこと覚えてる?」
しばらくの沈黙のあと、誰かがぽつりと言った。
「覚えてるわ。R華が食べかけのクレープ落として大騒ぎしたわよね」
T沙が顔をあげる。
「花火大会行ったのも覚えてるわよ」
T沙が言った。
「やっぱりR華がたこやき落として大騒ぎしたわよね」
ぷっ!と吹き出してR華が言う。
「そんなこと言うなら初詣のことも忘れてないわよね?T沙が甘酒飲みすぎて酔っ払って大変だったこともね」
4人でクスクス笑う。
「私、このアプリ消すわ。無理して良く思われようなんて思わない。人からどう見られようと私は私だし」
T沙はアプリを消した。
「そうね。もし嫌ならそれは嫌って言えるのが友達だし」
ふたりもアプリを消した。
「R華はどうするの?」
じっとスマホを見つめるR華にT沙は聞いた。
「うん、私もそう思う。だけどこのアプリ、イケメンには使いたいかなあ。私がどう思われてるかってすごく気になるじゃない?」
「もう、R華ったら!」
4人で大爆笑した。
フードコートの大きな窓から見る夕日はきれいだった。




