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 学童からの帰り、もう夕焼け空の薄暗(うすぐら)い時間。通学路の途中(とちゅう)にある公園の前を通ると、ランドセルを無造作(むぞうさ)に投げ出して遊んでいる、数人の小学生がいた。

 ここは、休日になればたくさんの人が(つど)う、大きな公園だ。砂の地面にブランコや鉄棒、すべり台やアスレチックなどの遊具が(そろ)う、この”子供広場“がまず東西に一つずつ。広い”芝生(しばふ)広場“や木々が生茂(おいしげ)る区画、各種スポーツができるグラウンドやコート、公園をぐるりと一周するランニングコースなどもあった。


 平日の小学生の居場所はもっぱら子供広場だ。この日は上級生が多いように見えたが、一人、知っている顔がいた。同じ三年生の大地(がいあ)だ。

 ふと、お母さんの「大地(がいあ)くんとはあまり仲良くしちゃだめよ」という言葉が脳裏(のうり)によぎった。その言葉を守るつもりもないけれど、かといって積極的に関わる気もない。すっと視線をはずそうとするも、ガイアとばっちり目があった。


「よ!  晴翔(はると)!」


 声をかけられて、晴翔(はると)は無視も出来ずにうっかり足を止めた。


「よう」


「帰りか」


「そう、学童の。ガイアさんはずっと公園にいたの?」


「うん」


 二人が(はな)していると、上級生たちは放り出していたランドセルを背負い始めた。そして「俺ら、帰るからな!」と大地に声をかけると、わいわいと連れ立って公園を出て行った。


「じゃあ、ぼくも帰るよ」


 ハルトが言うと、ガイアが()けてきてガシッと(かた)を組んできた。


「もうちょっと遊んで行こうよ。どうせ、今家帰っても、お母さんいないんだろ?」


 なんでそんなことをガイアが知っているのだろうと、ハルトは首を(かし)げた。ガイアは友達が多いから、どこからか聞いたのかもしれない。けれど、本人同士はクラスが一緒(いっしょ)になったことはないし、同じ学年だからお互い知っている、という程度の間柄(あいだがら)だ。

 そして彼の言う通り、今家に帰っても、ハルトのお母さんはおそらくまだ仕事から帰ってきていないだろう。


 ハルトは、彼に(なか)ば引きずられながら、公園に入った。


「ガイアさんは帰らなくていいの?」


「学校じゃないんだから“さん付け”やめようよ」


 ガイアは質問には答えずに言った。そしてハルトの肩に(から)めていた(うで)をはずすと、近くにあったブランコに駆けて行って、立ち()ぎを始めた。力強く結構な()(はば)でブランコを漕いでいたかと思うと、タイミングよく、サッカーボールを()るように片足を()り出し、ポーンと(くつ)を飛ばした。靴は()(えが)いてかなり遠くまで飛んでいった。

 ハルトが「すっげぇ!」と素直(すなお)に感心していると、


「できねーだろ」


 とガイアがニヤリと笑って挑発(ちょうはつ)してきた。そんな態度を取られれば、さっきの感心なんてどこかにいって、男のプライドがもたげてくる。


「できるに決まってるだろ」


 ハルトはランドセルを、ブランコを(かこ)(さく)の近くに置くと、同じように立ち漕ぎを始めた。しかし、まずここで差がついた。

 ハルトは普段(ふだん)、公園など寄らずに学童から家にまっすぐ帰ることが多い。だから、立ち漕ぎなんて、ほとんどしたことがなかったのだ。

 たどたどしく(ひざ)()()ばしをしても、なかなか勢いはつかない。なんとか振り幅が出てきたところで靴を蹴り出すも、ハルトの靴は、ブランコの柵をわずかに()えたところに落ちた。ガイアがはははと声を上げて笑ったので、ハルトはむうっとむくれた。


「ちょっと調子が悪かっただけだ」


 ハルトは()()()()で靴を拾いに行き、そのままランドセルを背負った。ガイアは(はる)か遠くに落ちた靴を拾いに行っている。


「やっぱり帰るよ。暗くなってきたし……」


 ハルトは言った。公園を見渡(みわた)すと、子供広場で遊ぶ子供の姿はポツポツで、みんなそろそろ帰ろうか、という雰囲気(ふんいき)だ。それから犬の散歩をしている人が何人か。

 子供広場の先にある、木々立ち並ぶ区画──子供たちは森と呼んでいるそのあたりは、もう真っ暗に感じた。


 靴を取ってきたガイアもランドセルを背負った。


「おう、じゃあまたな。オレはまだ帰らないけど」


「暗くなってから一人で遊んでると、危ないんじゃない?」


「一人じゃねぇよ」


 ガイアはハルトに向かって手を()ると、森の方に駆けていった。

 人懐(ひとなつ)っこく、(あらし)のような勢いで(から)んできたガイアに呆然(ぼうぜん)としながらも、ハルトは少しドキドキしていた。ほんの少し一緒にブランコをしただけ、だけど、ものすごく楽しかったように感じたのだ。




 公園を通り過ぎた先にある高層マンションの一室が、ハルトの家だ。一応インターホンを()したが、案の定、お母さんはまだ帰っていない。ハルトは自分でオートロックの玄関(げんかん)を開けて、建物に入っていった。

 家のドアを開けてハルトを出迎(でむか)えるのは真っ暗な部屋と、耳がキンとする静寂(せいじゃく)だ。急いで玄関の電気をつけて部屋に入ると、すぐにリビングダイニングの電気もつけた。


 綺麗に片付いたダイニングテーブルの上には、


『今日はおそくなるので、ごはんをかって先に食べてね。火はつかわないでね』


 と、何度も使い回されたメモと千円札がある。


「今日も、でしょ」


 彼はため息をつきながら、メモに向かって言った。



 ハルトは千円札を(にぎ)りしめてマンションから一番近いコンビニに行くと、おにぎりやお弁当の並ぶ(たな)の前をうろうろとした。

 一年生の時、この留守番が始まったころは、正直、楽しかった。(だれ)にも文句を言われたり(おこ)られたりせず、予算いっぱいにハンバーグ弁当やジュースやお菓子やプリンなんかを好き放題に買うなんて、ほとんどの子供にとっては夢のようなことだろう。そして、ソファに座って好きなテレビを見ながらそれらを食べているのは、パーティーの気分だった。

 でもそれも、ほとんど毎日となってくると、もうここに食べたいものなんてなかった。お弁当もおにぎりもパンも、全部同じ物に見えてくる。

 ハルトは目をつぶると、棚に適当に手を伸ばしてお弁当をひとつ、ひっつかんだ。


「今日はスパゲティか」


 昨日もスパゲティじゃなかったっけ? いや、牛丼だったっけ? どうせ、どれを食べても味は一緒なんだけど。ジュースと、ついでにレジ横のガラスケースに並んでいる唐揚(からあ)げを買って、ハルトはマンションに(もど)った。

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