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ぽかんとしながらひとつまばたきをすると、木々や地面の色が自然の色よりも鮮やかになった。まるでカラフルな絵画の中に入ったかのようで、それと一緒にさっきより眩しくも感じた。思わずまたぱちぱちとすると、そのたびに少しずつ、気付くかどうかというくらいに景色が変わっていった。錆びたフェンスはなくなって整った生垣になり、トラテープはお正月に見るようなしめ縄に、古い倉庫は、綺麗な木造の小屋になった。
フェンスだった生垣の一部は門のように開かれていた。ガイアはそこから飛び出していった。
秘密基地から出た先は、そのまま見慣れた公園のようでいて、様子が違った。地面には足の置き場がないほどに四季折々の花がいっしょくたに咲き乱れ、クスノキや樫のたぐいが初夏のように青々と葉を茂らせている。
ガイアが考えなしに踏んでしまった花々は、風にそよいだだけという顔をして平然とその身を起こしてまたその綺麗な姿を見せた。
「すっげえ! なあ!」
ガイアがハルトとレイに向かって言った。
「うん、だけど……」
ハルトは不安げに眉をひそめながらその場に突っ立って、動けないでいた。レイがそんな彼の手を取って、ガイアに追いつこうとする。ハルトは仕方なく足を動かした。
「ハルトくんの家で料理をしようと言い始めたときは、ひょっとしてもうココには来てくれなくなっちゃうかもって不安になったけど、君たちが戻ってきてくれてよかったよ。僕が寂しくなっちゃうもの」
「ここはもう、君の国なの? ぼく、ちゃんと“行く”って言ってなかったよ?」
ズンズンと公園の道を進んでいくガイアとレイに引っ張られながら、ハルトはキョロキョロと辺りを見回した。
その葉の合間にたわわにオレンジの花を咲かせた金木犀の高木があるかと思えば、子供広場の桜は満開で、公園を横切る石畳の道の両脇に植えられたイチョウ並木は金色に輝いている。それぞれの植物が自分たちが一番きれいに輝く瞬間を見て欲しいと主張しているようだった。
種々の花の芳香や若葉の匂いに誘われて、鼻からすぅと息を吸うと、ひときわ濃く漂っているキンモクセイの甘い香りが幸せを呼ぶ。耳をすませば、木々のざわめきや虫の音、鳥の声、せせらぎや自分たちの足音が、心地よく旋律を奏でている。
そして、そんな風景が、香りが、音楽が、だんだんとハルトの不安な気持ちをかき消して、夢心地に足元をふわふわとさせた。
広い公園をひとしきり見て回るとお腹がすいてきて、秘密基地の小屋に戻った。小屋の中は朽ちた倉庫ではなくて、古いけれど手入れの行き届いた、昔の日本家屋になっている。外から見た印象よりも、ずいぶんと広い。
土間のかまどの使い方なんてさっぱりわからなかったけど、そんなもの使わなくたって、いつも通りの方法でごはんは食べられた。つまり、草や泥や花を盛り付けるだけだ。
お腹がいっぱいになると、畳にごろんと寝転んだ。ぽかぽかとした太陽の光が差し込んで、立ちのぼるイグサの匂いは鼻に心地いい。自然と、うとうとと眠くなってしまって、気付けば薄暗くなっていた。
小屋から出てみると、暮なずむ空が、オレンジや赤や紫や様々に彩られて、月と星も一緒にきらめいていた。美しい光景に思わず見入っていると、だんだんと星々瞬く夜が、天空を占拠していく。
しかし、いつもの公園のように真っ暗にはならなかった。見上げる木々も、足元の草花もほんのりと輝き、街灯は影を作らない。昼間の明るさとも全く違うけれど、電飾きらめくイルミネーションの中にいるような、そんな明るさがあった。
幻想的な光のあふれる公園で、ハルトとガイアとレイは心ゆくまで遊んだ。何時間たったのかわからないけれど、ちっとも疲れなかった。それでも少し飽きてきて、小屋にもどると、夕飯を食べた。
もとの秘密基地では膝をつきあわせるほどにせまい小屋だったのが、とても広くなっているので、なんだか少しおちつかない。そして、明日もあさってもこれが続くのだと思うと、ちょっと寂しさも感じた。
「──ぼく、やっぱり、家に帰ろうかな……」
ごはんを食べながら、じょじょに浮かない顔になって俯きがちだったハルトが、ついにポツリと言った。歯切れ悪く、ハルトは続けた。
「ひょっとしたらぼく、ただ、お母さんに心配かけたかっただけかもしれない。本当のほんとうに見つからないのは、ちょっと、困るかも……。学校も、嫌いじゃないし……」
ガイアもレイも、何も言ってくれないので、ハルトは顔をあげた。ガイアはさっきまでのハルトのように俯いて、レイはハルトをじっと見ながら、悲しそうな顔をしている。
「せっかくココまで来てくれても、ほとんどの子がハルトみたいに帰りたいって言う」
「ごめん。でも、今日は帰るけど、また遊びに来るし……」
「帰りたい子をひきとめることはできないけど、ココから帰るには条件があるよ」
「条件?」
「心から、きみの帰りを待っていてくれる人が、いること」
ガイアとハルトは不安そうに顔を見合わせた。だって、自分が家族にとって必要ないんだと思って、家出してきたのだ。親が自分の帰りを望んでくれるのか、自信はなかった。
「ガイアも帰りたい?」
レイが聞いた。
「オレは……。別に家に帰りたいわけじゃないけど、ココじゃレストランは開けないから、帰ろうかな」
「レストランならココでもできるさ! 今も、僕たちにおいしい料理を振舞ってくれてるじゃない」
「違う。オママゴトじゃなくて、ハルトの家でやったみたいにちゃんと料理して、たくさんのお客さんに食べてもらいたいんだ」
「そう……素敵だね」
レイは寂しそうに眉をさげながらも、笑顔を作った。
「そのレストラン、僕も行っていいかな」
「もちろん! 店ひらいたら、絶対来いよな! もちろんハルトも!」
「帰っちゃうのは寂しいけど、また秘密基地で遊べたらいいね。あ、もし、帰れなかったら、僕とずっと一緒にいてよね!」
「うん!」
ハルトとガイアは同時に言って、力強く頷く。
「じゃあ……もう夜もふけたし、寝る時間だ。
今夜は泊まっていって。また、明日ね」
レイにうながされて、いつの間にか用意されていたふかふかの布団に、ハルトとガイアはもぐりこんだ。急にどっと疲れがやってきて、身体もまぶたも、重くて仕方がなくなった。




