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第40話 あの日のやり直しを

「玲奈、今度の休みにデートに行こう」


「………………へ?」


 俺の提案に、玲奈はポカンと口を開ける。


 特に前フリもない突然のお誘いだったし、まぁそうなるのも当然かもしれない。


「……そ」


 そ?


「それは良い心がけね」


 しばらく硬直した後、玲奈はそう言いながらファサッと髪を振り払った。

 澄ました表情をしてるけど、顔はだいぶ赤くなっている。


「だけど、急にどうしたの? 貴方からそんなことを言い出すなんて珍しいじゃない」


 それから、少し訝しげに首を捻った。


 実際、俺からこういう提案をしたことは今までにない。


 いや……正確に言えば、一回だけあったか。


「一年前の、やり直しをしたいんだ」


 一年前のデートは、俺の方から申し込んだんだから。


「……そう」


 俺の言葉に、玲奈はどこか神妙な顔つきとなる。


「そうね……私も、思っていたの。やり直したい、って」


 玲奈としても、あの時のデートは不本意なものだったんだろう。

 実際、あのデートのせいで今ここまで話が拗れてるわけだしな……。


「今度こそは、孝平くんの目を釘付けにしてあげるんだから」


 と、珍しく意気込んだ様子を隠そうともしない。


 でも……一年前のあの時だって、俺の目は君に釘付けだったんだけどな。


「あとさ」


 最後に、重要なことを伝えなければならない。


 そう……これが一番大事なことだ。


「お願いがあるんだけど──」



 ◆   ◆   ◆



 そして、デート当日。


「はぁっ、どうしてこんなことになったのだか……」


「こっちの台詞すぎるんですけどー」


 待ち合わせ場所には、これ見よがしに溜め息を吐く玲奈と頬を膨らませる優香の姿があった。

 もちろん、ミスってバッティングしてしまったとかそういうわけじゃない。


 俺から、『三人で』のデートを提案したんだ。


「ごめんな、二人共」


 二人にとって不本意だろうことは間違いないので、俺としては謝罪するしかない。


「でもほら、どっちかとだけデートするってなったら『勝負』において不公平だろ?」


 それでもこういう形にしたのは、そういうわけである。


「じゃあ、片方ずつとデートすれば良かったんじゃ……?」


 優香の言うようなことも、考えはした。


 だけど……。


「そしたら、どっちが先かで揉めそうだったからさ」


「ぐむ……」


 その様が想像出来たのか、優香は口を噤む。


「ま、仕方ないところね。この『勝負』に関して、孝平くんが平等さを重んじてくれているのは今に始まったことじゃないし」


 一方の玲奈は、既に頭を切り替えたような表情だ。


「それに、孝平くんの初デートの相手が私というのは未来永劫揺るぎない事実だもの」


 かと思えば、口元に手を当て「ほほほ」と露骨に煽る調子で笑う。


「そーだよ孝平! よく考えたら青海さんとは一回デートしてるんだから、次はアタシと単独デートじゃないとそれこそ不公平じゃない!?」


 覿面に煽られた優香は、頭から湯気を出しそうな勢いで憤っていた。


「そこはまぁ、『勝負』が始まる前だからノーカンってことでどうか……」


「むぅ……まぁいいけどさっ」


 けど、どうにか納得してくれたみたいだ。


「重要なのは、過去よりも今だもんね!」


 と、俺の腕に抱きついてきた。


 この前向きさも、優香の美徳の一つだと思う。


「この女、恥ずかしげもなく……やっぱり、脳内がピンク色に染まりきっているようね」


 そんな優香に、玲奈がジト目を向ける。


「ふっふーん? 羨ましいんなら青海さんもやればー? もう片方の腕、空いてるよ?」


「別に、羨ましくなんて……」


「あっはー、素直になれない誰かさんは大変だねー。孝平のこの逞しい腕の感触を味わえないなんて。はぁ、しゅきぃ……」


 今度は優香の方が煽る調子で言いながら、マーキングでもするかのように俺の腕へとすりすりと頭を擦り付ける。


「ぐむむ……!」


 玲奈は、悔しげにそれを睨むのみである。


「あー……その、玲奈。こっちの腕に、来てくれないか? ほら、なんていうか……片方だけだとバランスが、な?」


 苦笑気味に、空いている方の腕を玲奈の方へと差し出す。


「孝平くんがそう言うなら仕方ないわね……!」


 すると玲奈は、ススッと寄ってきていそいそと俺の腕を取った。


「それじゃ、行こうか」


「おー!」


「そうね」


 三人揃って、歩き出す。


 ……うん、まぁ、わかっちゃいたけどこの状況。


「すげぇ、なんて堂々とした二股なんだ……」


「二人共満足そうなのがレベル高ぇな……」


「あの兄ちゃん、凄腕のホストか何かか……?」


 当然、目立ちますよねぇ……。


 でも、俺は堂々と胸を張って歩く。

 何も恥じることはない……とは、とても言えないけど。


 今日は、二人をエスコートすることに全力を注ごうと決めているから。



 ◆   ◆   ◆



 最初にやってきたのは、ゲームセンターだ。


「クレーンゲームでもする?」


「それもいいんだけど……まずは、あそこだ」


 と、優香に対して俺が指したのはプリクラのコーナー。


「結局……付き合った日記念ってわけには、いかなかったけどさ」


 それは、優香から告白を受けた日に優香と交わしていた約束。

 あの時の優香が望んだ形じゃないけれど、せめて少しでも約束を果たせればと思った次第だ。


「……覚えてて、くれたんだ」


「そりゃ覚えてるさ」


 驚いたように小さく呟く優香に対して、笑みを返す。


「ほら、撮ろうぜ」


「あっ、うん!」


 促す俺に対して、満面の笑みが返ってきた。


 二人並んで、プリ機のカーテンを潜る。


 少し遅れて、玲奈がそれに続いた。


「って、なんで青海さんも入ってくるの!?」


 そんな玲奈へと、優香が驚愕の目を向ける。


「そりゃ入るでしょう。私だけ一人外で待っていたら、ぼっちの人みたいじゃない」


「青海さんそういうの平気な人でしょ!?」


「流石に、一人プリクラ待ちだと見られるのはちょっと……」


「納得出来るだけに拒否しづらい!」


「ま、まぁまぁ優香、これも記念ってことで……」


 優香に対して、そう取りなす。


 俺としても、ここで玲奈をハブるというのは避けたいところだ。


「……まっ、しゃーないか」


 優香も、どうにか納得してくれた様子だ。


「……この三人でいるのも、もうちょっとの間だけだもんね」


 それから、ポツリとそう付け加えた。


 その表情がどこか寂しげに見えるのは、たぶん俺の気のせいじゃないと思う。


「そうと決まったらほら、もっと寄って寄って!」


 それをパッと笑顔に切り替えて、優香は玲奈を俺たちの方へと引き寄せた。


 結果、俺を挟んで三人が密着する形となる。


「ちょっ、そんなに引っ張らないで……! 私は貴女と違って、はしたない真似は……」


「狭いんだから仕方ないじゃーん。あー、仕方ないなー。狭いんだもんなー」


「……そうね。狭いのなら仕方ないわね」


「……前から思ってたけど、青海さんって見た目の印象より百倍くらいチョロいよね」


「は? なんですって?」


「なんでもありませーん!」


 なんて、ギャーギャーと騒がしくしながらもパシャリ。


 笑顔の優香と苦笑気味の俺、それから仏頂面ながらもどこか嬉しそうな表情の玲奈がプリントされたシールが残ったのだった。

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