第25話 叫び声と涙声
【紅林優香】
お化け屋敷でグロッキーになっちゃった青海さんのために、私が提案したのは……ジェットコースター。
すぐ傍にあったし、お化けの恐怖を振り払うならこういう爽快感のあるやつがいいっしょ。
それに、ジェットコースターも自然に手を握ったり出来るしね!
……と、思ってたんだけど。
「悪いな優香、一人後ろの席になっちゃって」
「あはは……ジャンケンで負けちゃったんだし、仕方ないよ」
肝心の席決めで、青海さんに孝平の隣を取られてしまった……!
ぐむぅ、みすみすライバルに塩を送ることになるとは……!
青海さんのことだから、ここぞとばかりに攻め……。
「……孝平くん」
んんっ? 攻めるような気配が感じられない……?
ていうか、なんかいつもの覇気みたいなのがないような?
「少しだけ、私の話を聞いてもらっていいかしら?」
あと、妙に顔色悪くない?
……あっ、まさか。
「いいけど……もうすぐ頂上だぞ?」
「だからこそ、伝えおきたいことがあるの」
青海さんは、そっと目を閉じる。
「貴方と過ごした日々……幸せだったわ……」
穏やかな表情で告げる様は、まるで『最期の言葉』。
「ま、まさか玲奈……!?」
孝平も、それで気付いたみたい。
「ジェットコースターも苦手だったのか……!?」
「別に苦手ではないわ」
いや、この期に及んでそこ強がる意味って何?
「ただ、私の命はその頂までだと思うから」
どれだけジェットコースターが苦手だろうと、ジェットコースターに命を奪われるようなことはないから安心していいよ……。
「さよなら、孝平くん……愛して……いるわ……」
「逝くな! 玲奈ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
いや別に逝かないし、何なのこのノリ?
「きゅまぺぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
そんで青海さん、さっきから叫び声が独特だね?
◆ ◆ ◆
【青海玲奈】
怖い怖い怖い怖い!
ジェットコースターとか何なの!? 意味がわからない!
こんな、高速で上下するだけの物体に乗って何が楽しいというのよ!?
どうせ落ちるなら、最初から登らなきゃいいじゃないの!
あっあっ、また登りに……死刑台に登る受刑者というのはこういう気分なのかしら……あっ、駄目、落ち……。
「ぴょきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
◆ ◆ ◆
【白石孝平】
「ぜぇ……ぜぇ……大したことはなかったわね……」
ジェットコースターから降りた後、玲奈はファサッと髪を振り払う。
息は荒く、足も生まれたての子鹿の方がまだいくらかしっかりしてるだろうってくらいに震えてるけど……何がそこまで玲奈を駆り立てるんだろう……。
「俺は、ちょっとキツかったかもな……悪いんだけど、一旦休憩にしないか?」
俺に出来るのは、そう提案することくらいだ。
「うん、そうだね。それがいいと思うよ」
優香も、慈愛に満ちた笑みで追随してくれる。
「そう……私は全然平気だけれど……二人が言うなら仕方ないわね……それなら、そこのベンチで……うっぷ……少し、休みましょう……」
フラフラと、ゾンビのような頼りない足取りでベンチの方に向かっていく玲奈。
「悪いけど肩を貸してくれ、玲奈」
「仕方ないわね……」
表面上のやり取りとは真逆に、俺が肩を貸して玲奈をベンチまで運ぶ。
「ちょっと、飲み物買ってくるな」
そして、玲奈をベンチに座らせてから近くの自販機に向かった。
◆ ◆ ◆
【紅林優香】
「青海さん、大丈夫?」
青海さんの隣に座って、ハンカチでパタパタと風を送ってあげる。
これでちょっとはマシになればいいんだけど……。
「何の確認、なのかしら……? 最初から、何の問題もないけれど……?」
「お、おぅ……」
ここまで強がれるのも、ある種の才能なのかもしれないね……なんて、一周回ってちょっと尊敬の念さえ湧いてきたような気がする。
と、半笑いを浮かべていたところ。
「いいからほら、こいよー!」
「やっ! もうあるきたくない!」
「わがままいうなって!」
「やーっ!」
そんな、幼い二つの声が聞こえてきた。
そっちに目を向けると……兄妹かな?
小さな男の子が、彼より更に年下だろう女の子の手を引っ張ろうとして抵抗されてるみたい。
「あっ、フーセン……!」
お兄ちゃんとのやり取りに気を取られてたせいか、女の子が手にしてた風船を放しちゃった。
風船が、宙へと舞っていく。
「ごめん青海さん、ちょっと行くね」
「……えぇ」
早口で青海さんに断ってから立ち上がって、即全力ダッシュ。
「ふっ……!」
二人の手前で、大きく踏み切った。
精一杯、風船へと手を伸ばして……よしっ、掴めた!
「……っとと」
風船に集中してたせいでちょっとフラついたけど、着地も無事成功。
「はいっ、風船。今度はしっかり持っててね」
しゃがんで風船を女の子に差し出すと、女の子はしばらくポカンと口を開けてたかと思えば男の子の後ろに隠れちゃった。
「あ、ありがとう、おねーちゃん」
代わりに、男の子の方が風船を受け取ってくれる。
「うん、ちゃんとお礼言えて偉いね」
「ん……」
頭を撫でると、男の子はちょっとくすぐったそうに身を捩った。
「……ほら、いくぞ!」
「やっ!」
それから、また男の子が女の子の手を引っ張って抵抗されるって光景が繰り返される。
「こらこら、無理矢理に手を引っ張っちゃ可哀そうでしょ?」
アタシは、極力優しい声を意識しながら男の子を窘めた。
「お、おねーちゃんにはかんけーない!」
男の子は、唇をキュッと引き結んでそう反論してくる。
「でもね? お兄ちゃんなら、妹を守ってあげなきゃでしょ?」
「そんなの、わかってるもん……!」
「そっか、偉いね。じゃあ、無理に引っ張っちゃ駄目なのもわかるよね?」
「でも……だ、だって……ぼく……」
あっあっ、ヤバい泣いちゃいそう……!
言い方がキツかったかなぁ……!?
「やぁこんにちは!」
どうしようかとワタワタするアタシの後ろから、そんな声。
同時に、円形に切られた紙を持った手がニュッと伸びてきた。
そこに描かれているのは……。
「僕の名前、わかるかなー?」
「あっ! ヤマンくんだ!」
若干ラフ気味ではあるけど、確かに織山ランドのマスコット、ヤマンくんだ。
「うんっ、そうだよ!」
そして、それを手にして……アタシの背中に隠れる形で喋ってるのは、孝平。
裏声だけど、アタシが聞き違えるはずはない。
「君たちのお名前も、教えてもらえるかなっ?」
「ぼく、そうた!」
「……わたし、はな」
さっきまで泣きそうになってた二人の涙は、すっかり引っ込んでいた。
「教えてくれてありがとう! そうたくん、はなちゃん!」
孝平は、ヤマンくんの絵をぴょこぴょこと動かす。
「今日は、お父さんとお母さんときたのかなっ?」
「うんっ!」
「そうなんだね! お父さんかお母さんは、近くにいるのかなー?」
「……それが」
その質問で、またそうたくんの表情が沈んだ。
「おとうさんもおかあさんも、どっか行っちゃって……」
あぁ、迷子だったんだね……。
「ぼく、さがしにいかないとっておもって……」
「なるほど! それで、はなちゃんと離れないようにしてたんだねっ!」
「う、うん……」
あっ……。
そう……だったんだ。
無理矢理引っ張ろうとしてたのも、自分も心細い中でしっかり妹も連れていかないとっていう使命感からで……。
なのに、アタシったら一方的にそれが悪いことだって決めつけちゃって……。
「安心して! 僕なら、君たちのお父さんとお母さんを探すことが出来るから!」
「ほんとっ?」
「うん! なんたって、ここは僕のおうちだからね!」
裏声ながら、孝平の声はとっても頼もしく聞こえる。
「それじゃ、案内のお兄さんを紹介するからその人についていってくれるかなっ?」
「うんっ!」
そうたくんが頷いたところで、ヤマンくんが描かれた紙を引っ込めて。
「やっ、こんにちは。案内のお兄さんだよ」
今度は地声で、私の後ろから孝平が姿を現した。
「こんにちはっ」
「……こんにちは」
そうたくんが元気よく、はなちゃんはちょっと気弱な感じでそれぞれ挨拶を返す。
二人共、さっきまでよりずっと安心した表情だ。
「うん、しっかり挨拶出来て偉いね」
そんな二人の頭を、しゃがみこんだ孝平が優しく撫でた。
「それじゃ、お兄さんについてきてくれるかなー?」
「はーい」
「……うん」
二人の返事を受けて立ち上がった孝平は、一度だけこちらを振り返る。
「悪い、ちょっと迷子センター行ってくるわ」
それから、小声でアタシにそう言ってから二人と手を繋いで歩き始めた。
「あ、うん……」
アタシは、ぼんやりとそれを見送る。
やっぱり……凄いなぁ、孝平は。
誰も傷つかないようにって気を使って、考えて。
昔っからそうやって、みんなにとって良い結果になるよう立ち回るんだ。
あの時だって──






