「嫉妬」 三人の死刑執行人には、ルートヴィヒへの美貌に対してその気持ちが。
ぐいと酒を一口飲むと、師はゴーマを見て微笑を唇に刻む。
「しかしおまえにしてみれば、有難いんだろうがな。ルートヴィヒの奴は、そばから失せてくれた方が。
ルートヴィヒが公爵の血を流し、名家の当主にすらなり得る立場にあるからこそ、おまえは奴を憎んでいるんだ。気にくわない奴には、そばにいて欲しくないという気持ちがあろう」
師はゴーマをじっとみつめる。
こやつの内心はわかっている。
長い付き合いでもあり、もう何度となくこいつから聞いたことがあるんでな。ゴーマがルートヴィヒを憎むのはなぜか、という理由を。その本心を。
まあ、こいつの気持ちはわからんでもないが。こいつが劣等感を掻き立てられるのも無理からぬことだろうし。ルートヴィヒの奴が恵まれた生まれだと知っているからには。
だから俺としてもその気持ちをおもんばかって大目に見てやっているんだが。こいつがルートヴィヒを虐げてたとしても、なるべく。使い物にならないくらいにルートヴィヒを極度に痛めつけない限りは。
俺とて、こやつが息子のように可愛いのでな。そんなこやつがルートヴィヒを妬んでいるなら、多少なりともその鬱憤晴らしをさせてやりたくもあるゆえ。
師がこう思う一方で、ゴーマはやや恥ずかし気にうつむいていた。
師の云うことは真実なだけに、とくに否定する気はないんだが。劣等感があることをこうして指摘されてしまうと、みっともないという羞恥がつい態度に出てきてしまう。
ただその気持ちを持つのは、俺だけじゃない。ジマにもあるが。そう考えると、ゴーマは師に答える。
「ええ。まあ、みっともない話ですが。ルートヴィヒの奴にそばにいて欲しくない気持ちは、俺はもちろんのことジマにもあります。
ただジマがそういう気持ちを持つ理由は俺とは違いますがね。奴はまるで知りませんから。ルートヴィヒが、アルプレヒト公爵の孫だということを」
ルートヴィヒがさらわれて来たとき、すでに師のもとへゴーマ同様にジマも身を寄せていた。
ただそのときにはゴーマは記憶に残る年だったが、ジマはそうじゃなかった。
そのときジマはまだ三歳だ。記憶に残らない年だった。そのせいで、ルートヴィヒが師のもとへ来たときのことを覚えてもいない。
そのうえルートヴィヒの出自についての話を師はジマに一切することを禁じもした。知らないなら、あいつには話さなくてもいい。そう師が考えて。当然、こんな状況ではジマがルートヴィヒの出自を知る由もなかった。
「奴もルートヴィヒを憎んでますが、そんな心情を抱くのはまたべつの理由からですしね」
ゴーマはそう指摘する。
ジマはルートヴィヒを忌み嫌っている。その理由は俺同様に奴もルートヴィヒに劣等感を抱くからだ。だがルートヴィヒの出自を知らないために、俺と同じ劣等感はジマの奴にはない。
あいつが抱くルートヴィヒへの劣等感は俺とはちがう種類のものだ。
高雅だが、ルートヴィヒの気取ったような物腰。その美しさ。そんな奴の容姿への劣等感こそが、ジマがルートヴィヒを憎悪してきた理由だ。
狒々のような顔をしていて美しさに縁遠いジマは、ルートヴィヒの美貌や気品ある物腰を強く妬んでいる。
もちろんかくいうこの俺にしても、奴の美しさに対する妬みはある。俺も奴には、美しさに於いて敵わないしな。
だからジマの気持ちはわからないでもない。俺としても、そういう心情がある以上、認めざるをえないしな。美しさで及ばない点も、俺がルートヴィヒを嫌う要因の一つだということは。
ただ俺の顔は、そこそこ整っている。自分で云うのもなんだがな。そのせいか俺はジマほど、奴の美しさに対して劣等感は持たない。
それよりむしろ、奴の恵まれた生まれに対しての劣等感の方がどうしてもさきに立ってしまう。奴ほど恵まれた身のうえでないことを、俺が強く意識しているために。
しかしジマはちがう。ルートヴィヒの出自を知らないので、俺のような意識は持ちようがない。そのうえ自身が醜悪であることから、どうしても容姿に対しての劣等感を抱きやすくなっている。
ときおり俺に対しても、妬みを持つこともあるくらいだしな。基本的に仲がいいので、争いにはならないが。しかし根がそんな奴だけに、ジマは激しく憎悪を燃やす。ひどく美しいルートヴィヒに対しては。
そこそこジマも負けん気が強いことから、自分に劣等感を与えて苛むルートヴィヒが憎くて仕方ならなくなるというわけだ。
それにくわえて、いまではルートヴィヒに対してべつの理由からも憎悪を抱いている。ジマだけでなく俺にしてもそうだが。俺たち以上に、ルートヴィヒの奴が強くなったということで。
それは憎くて仕方なくなるぜ。いつも見下して虐げていた奴に、力で上回れてしまっては。
しかも奴のせいで今回、俺たちは二人ともかなりの怪我まで負わされもした。そのことも不快にすぎる。そのことでも、ますます奴が憎くなった。
深手を負わされたことで、けっして忘れられない。今回ルートヴィヒの奴がしでかした、裏切りの一件は。
俺と立場が同じなことで、ジマも同じ考えを持っている。そのことで恨みがましく云っているのを、もう何回もジマの口から聞いているしな。
とりあえず二人して訓練でその報復を一応はしたが、本音を云えば奴への仕返しはまだまだもの足りねえんだ。いつか必ず、どこかでさらなる報復をしてやる。ジマと一緒に。ジマも同じ気持ちだしな。
暗い情念を心の奥底で燃やしながら、ゴーマは酒を口に含んだ。
かたや師は嗤う。しばらくは酒を愉しみつつ、黙っていたが。ゴーマの表情を観察し、その考えを読み取ろうとする。
ともあれゴーマであれ、ジマであれ、常々こいつらは弟子であるだけに俺の身近で過ごしているのだ。日ごろから身近で過ごすこいつら弟子の心情くらいは、俺もわかりすぎるくらいにわかっているつもりだ。
「そうだな。ジマの奴は妬んでいるからな。ルートヴィヒの美しい顔立ちや物腰を。それでルートヴィヒを憎んでもいるわけだが、その気持ちはわからんでもないな。
俺にしたってルートヴィヒの美しさを嫉妬し、さらには癇に障って虐げるときがなくもないんでな。といっても、俺にはジマほどに容姿の劣等感があるわけではない。奴に嫉妬するといっても、いつもではなく稀にだが」
師は酒を呑む。
そう。この俺でさえも、奴の恵まれた容姿に嫉妬するときがある。
その嫉妬は奴を虐げる原因の一つではある。そいつは認めよう。
そのせいで過熱し、ルートヴィヒをつい痛めすぎてしまうこともなくもない。俺だけではなく、こいつらほかの弟子たちもにもそれは云えることだがな。
もちろん、過熱するのはそんなときだけではない。奴への負の感情が過ぎてしまうときがあれば、よくやることだ。
しかしなんにせよ、当然やりすぎはよくない。こちらが殺してしまうやもしれんし、なにより虐げが過ぎればその心が折れて奴は自らの死を選ぶかもしれん恐れだってある。
だからその死を防ぐために奴を虐げすぎない自戒を俺もして、ほかの弟子たちにもさせてあるわけだが。
師は酒臭い息を吐きだすと、皮肉っぽく口元を歪める。
とはいえ奴が心折れてしまって自ら死を選ぶという点については杞憂にすぎず、その可能性はまずないかもしれんな。まったくないとは云えんので一応、懸念してはいるが。
なんだかんだとはいえ、奴はあの強力な公爵の血を流す孫。その血もあってか、奴の心のうちには鉄の意志を持つ。かなりの芯の強さを認めることができる。そんな強さを持つ男が、自ら死を選ぶとは思えんしな。
師は、杯のなかの琥珀色の液体を眺めた。




