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「公爵への復讐」  それは、師の望み。

 師はため息をつく。


「ふん。俺としたことが。隠している秘密がばれて処断されることを恐れ、こうして公爵の顔色をびくびくとうかがわねばならんとは。

 いかに相手がやろうと思えば俺を殺しうる権力者とはいえ、情けないかぎりだ」


 師は火酒をあおると、話題を一旦変えた。


「それにしても実際、ルートヴィヒが俺に忠誠を誓う状況が来ればいいのだが。

 なにせアルプレヒト公爵は、自身の血を流す者に跡を継がせたいと望んでいる。

 だが奴には、公爵令嬢という一人娘以外に子は授からなかった。いまでは奴の血を流す者は、ただ一人。ルートヴィヒだけだ。

 とはいうものの、そのルートヴィヒは公爵の意に沿わぬ男の子供でもあるが。

 かつてはじつの孫でありながら、公爵が堕胎までさせようとした経緯すらあるな。だがそれでも、いまの公爵にとってルートヴィヒの存在は有難いだろう」


 師は手に持つ杯を、指で軽くはじいた。


「いかなる事情があろうとも、ともあれルートヴィヒの奴が公爵の愛娘の実子であることに変わりはないのだ。

 そうである以上、一応は奴を手に入れられれば叶うことになるのだしな。自身の血を流す者に跡を継がせたいという、公爵のその望みは。

 つまり公爵が自らの後継ぎの座を、ルートヴィヒに譲る可能性は極めて高いわけだ。もしルートヴィヒが公爵のもとへ戻れば。

 ほかに自らの血を流す者が一人もいないという現状を鑑みれば、公爵は孫である奴にその座を譲る以外に選択の余地がないわけだからな。自身の血を流す者に跡を継がせたいという、その望みを成就させようとするならば」


 杯をかたむけて酒を一口含んでから、師はなおも語る。


「しかもそうなったとき、もしルートヴィヒが俺に服従しており意のままに操れるなら、いずれ俺は手に入れられることになる。この王国で王家を除けば最高の名家、アルプレヒト公爵家の力のすべてを。

 ルートヴィヒが当主となったあかつきには、俺は裏から奴を操ってアルプレヒト公爵家を乗っ取れるんだからな。それにより、俺はアルプレヒト公爵にも復讐できるわけだ」


 師はにやつく。


「アルプレヒト公爵は、ひどく大事にしているからな。アルプレヒト公爵家を。奴の大事なものを奪ってやれば、充分復讐になる。

 だからこそ俺はルートヴィヒを失う気にはなれないし、奴を完全に従えたいとも思うんだが」

                   

 ですね、とゴーマは応じる。


 王家に次ぐ名家の公爵家を乗っ取るなどとは、大それた話ではある。ただ師のこうした考えも昔から知っているので、いまさら聞いてもとくに驚きはしないが。


「もちろん、いまの状況ではそんなことは無理だ。ルートヴィヒは師の俺をすら、たやすく裏切りやがるしな」


「今回も裏切りましたしね」

                   

「そうだな。それで今回、おまえたちを介してきつい仕置きをしてやったわけだが。

 痛めつけて恐怖で縛り、奴を完全に服従させるために。それができれば、もう二度と裏切りなどせんわけだしな。

 しかしながら、その仕置きにも果たしてどれほどの効果があるかどうか」


 師は軽く肩をすくめる。


「なんだかんだ云っても、奴はかのアルプレヒト公爵という豪傑の孫。それでか奴は存外、心が強い。一見、その姿形が繊細なために脆そうに見えるもののな。

 そう、いわば鉄のごとき心を持っている。その高雅で優しそうな容貌のしたに隠してな」


 ゴーマは、うなずいて同意した


 師の云うとおり、奴は繊弱な男ではない。あの黒い瞳の奥に、たしかに鉄のような意志の強さを見て取れることもある。そのことはこちらもわかっている。なので、とくに否定する気はない。


「多少の失敗では、あきらめないところがありますしね。ほんとに執拗な奴とも評せますが」


 ため息をつく。ゴーマはルートヴィヒを嫌っている。そのためゴーマはルートヴィヒに対して、あまりいい表現を使わなかった。しかし云ってることは間違いではなかったので、師はうなずく。


「ゆえに、そう簡単に屈しはしない奴だ。

 事実、これまでだって俺は奴を数え切れぬくらいに痛めつけてきた。常人なら、もはや魂の奥底にまで俺への恐怖が深く刻み込まれていてもおかしくはない。

 おまえやジマがそうであるように。

 だが、それでも奴は俺に幾度となく逆らう。今回にしてもな。ならば今回あの町での一件の仕置きとして奴を痛めつけはしたが、それで効き目が出るとは限らんというわけだ」


「ですね。なんだかんだで、あいつって我々に害をもたらすことが多いですしね。逆らって仕置きを受けたとしても、まるで懲りず。

 始末が悪いことに、あきらめが悪い奴ですので。

 今回の件で奴は失敗しましたが、またなにかやらかすかもしれませんよ」


 ふう、とゴーマはため息をつき、ルートヴィヒのことを思う。


 あいつのことだ。きっと挫けず、屈せず、また害を我々にもたらすだろう。

 実際のところ、いまのうちに除いておいた方が我々の身のためだとも思う。それでそのことを言外に匂わせるようにそう云ったのだが、師も気づいたようだ。


「だからといって、奴を除く気はないが。俺としては、いまのうちは」


 そう返答すると、にやりと師は笑む。


「まあ、見てろ。いまは無理でも、いつかは奴を完全に服従させてやる。

 そのためにも、奴は手元に置かねばな。手元に置くことで、役に立ちもするので。

 奴には、ほかにも使い道があるゆえ。

 公爵が憎くなったとき、その孫を痛めつけてこちらの怒りを解消することもできるしな。

 憎い公爵の孫を下僕として使えば、こちらの留飲も下がる。

 まして奴は、公爵の血のせいでか有能だ。下僕として使える一面もある。

 それだけ利用価値もあるんだ。そうした点があることも、俺が奴を失いたくないという理由であるんでな」


 ルートヴィヒを失いたくない理由は、かように俺には多くあるというわけだ。師は低く嗤った。


 ゴーマは軽く肩をすくめる。


 本心は奴を除きたいのだが、これ以上は自身の意見を主張する気はない。以前から聞いていたこともあり、こうした答えが師から出るのは知っていたので。

 もし執拗に除くことを主張すれば、師の怒気を買いかねない。

                   

 そこでゴーマは師の考えを汲んで、こう云った。

                    

「師に奴を始末する気がなく、今後も手元に置いておかれるおつもりなら、くれぐれも入らないようにしなければなりませんね。ルートヴィヒの耳に、奴自身に関する生まれの秘密は。知れば奴は、アルプレヒト公爵家へ逃げ込んでしまうかもしれませんから」


 弟子の云わんとしているところを察し、師はうなずく。


「もちろんだ。完全に服従させぬうちは、ルートヴィヒ本人にその秘密を知られるのはまずい。

 いまルートヴィヒの奴は、ここから逃げたがっている。

 その心境にある奴に本当のことを知られてしまえば、すぐにでも庇護を求めてアルプレヒト公爵のもとへ駆け込みかねん。おまえの云う通りにな。

 公爵は奴の祖父だけに、求めれば庇護を受けられるかもしれないと考えてな。

 その結果もし公爵がルートヴィヒを孫と認めれば、だ。遺憾ながら俺は、公爵に処断される危険な状況に陥ってしまう。

 娘殺しがばれるのはもちろんまずいが、仮に奴がその件を知らず出奔したとしても確実に知れてしまうだろうしな。

 奴をずっと、こちらが粗末に扱っていたことは。ルートヴィヒの口から公爵に。

 のみならずルートヴィヒの方でも、なんとか公爵に俺を殺させようと仕向けるであろうし。ルートヴィヒも、こちらに殺意を持っていることで」


「ルートヴィヒの奴なら、まずそうするでしょうね。

 となると、俺とジマも危険に陥ります。奴が公爵の孫と認められ、そのもとで庇護されることになれば師と同じように。

 俺たちは長年、ルートヴィヒの奴を虐げてきましたからね。その非を鳴らして、奴はきっと俺たちをも殺すよう公爵に働きかけるでしょうから」


「奴の母親を俺が殺したこと。それがもし奴に知られでもしたら、なおさらそうなるだろう。

 俺をより一層憎むだろうしな。

 あげく俺への憎悪が増したぶん、いまよりも当然難しくなるだろう。俺が奴を完全な支配下に置くことは。

 それどころか、そのときにはルートヴィヒの奴は俺の手下でもなくなっているわけだ。俺のもとを抜け、公爵の庇護下に入るからには。

 ゆえにそのときには、ルートヴィヒを俺の手下に戻すということにも骨を折らねばならなくなってしまう。

 そうなっても、こちらは困る。俺としてはルートヴィヒを手放す気はないし、本心から奴を服従させたいんでな。公爵家をものにするという目的を達するのみならず、奴本人にもほかに利用価値があることから。

 だから俺やおまえとしては互いのために、黙っていた方が都合が良いわけだ。

 ルートヴィヒに関する秘密は、誰にも知られぬように」


 師はゴーマに、にやりと笑いかける。


「もっとも今後、ルートヴィヒが俺に完全な忠誠でも誓えば話はべつだが。

 完全に服従して俺の意のままとなれば、奴が公爵の孫だと知れたとしても問題なかろう。

 その場合にはすくなくとも、奴を粗末に扱ったことでこちらが公爵に罰されられることはない。

 奴を通して、公爵を操れるだろうしな。

 つまりは奴という孫の口から、公爵にこちらのとりなしをさせることも可能であろうゆえ。 

 もちろん娘殺しがばれれば、なにをさしおいても俺を公爵は殺そうとするかもしれんが」

                     

「そのときには無駄でしょう。師に忠誠を誓うルートヴィヒが、いかにとりなしても。

 愛娘を殺されたと知っては、必ず師を公爵は狙おうとするでしょうから」


「だがそれさえ秘密にすれば、公爵に狙われることはなかろう。

 さらには、ルートヴィヒが公爵を利用して俺を始末しようとすることもな。

 そのとき完全に俺に忠誠を誓っていれば、奴はこちらに危害をくわえる気にすらならんだろう。たとえ、俺が奴の母に手を掛けた一件を知ったとしてもな。けっして、俺には刃向かわんだろうよ。まるで腑抜けのようにな」

                    

 くくっと、師は低く嗤う。


「でしょうね。奴が師へ忠誠を誓っていれば到底、手を出せなくなるでしょうし。師には。師への恐怖におびえて」


 ゴーマも薄笑みを浮かべる。師は軽く肩をすくめる。


「ただ俺としてはその一件、決して露見させるつもりはないが。いまこの件を知っている者以外には、もう誰にも。

 誰かに漏らせば、なにかの拍子で話が広まるということもある。

 あげく、公爵の耳に入ってはまずいからな。

 そのうえほかの者の耳に入れば、結果として公爵令嬢の敵討ちをしようという者も出て来るやもしれん。そうなっては、こちらも身の安全を守れなくなるやもしれんしな」


「ですね」


 ゴーマが答えると、師は話を続ける。


「とはいえその話を明かす気はないにせよ、ぜひともそこまでの心境にルートヴィヒには至って欲しいものだ。

 とにかくルートヴィヒが俺に完全に服従しさえすれば、こちらは保証されることになる。公爵から身を守れるだけの安全を。俺のみならず、おまえとジマもな。 

 ルートヴィヒを完全に飼いならせたなら、奴からおまえたちへの殺意も消せる。

 となれば俺同様、奴が祖父の公爵を通しておまえたちに危害をくわえようとすることもない。俺はルートヴィヒによって、おまえたちという手下を失う恐れは一切なくなる。

 こちらにとって不都合なことが消える次第になるしな」


 師は付け加える。


「さりとて、公爵家からの危害が来ないことを願うならばだ。奴がアルプレヒト公爵家の当主になってくれることが一番なのだが。奴が完全に俺の支配下にあるうえで。

 そうなれば、公爵家の力はすべてルートヴィヒの奴に受け継がれる。

 それでもそのときに奴がわが支配下にあるなら、むろんのこと俺たちはアルプレヒト公爵家から危害を受ける恐れを一切気にせずに済むようになるしな」

                     

「しかも師の、公爵への復讐も成りますしね。師に服従した奴が、公爵のあとを継げば」


「そういうことだ」


 師は低く嗤った。


                    

                

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