「暴露」 師は、過去と胸中の思いを暴露する。
一方で師も酒を飲むと、苦々しい顔をしながら大きくため息をついた。
公爵への負けを認めることで心を占めた悔しさを追い出すように。
卓に盃を強く置くと、師はふたたび語りはじめる。
「ただし力のほどは認めていても、あの公爵は憎くてたまらんが」
師は怒りを吐露する。
「俺は死刑執行人を気に入ってはいる。ことにその務めは、嗜虐性の強い俺には好ましいんでな。だがいくら務めを好んでも所詮、死刑執行人は世の底辺の人間。卑しく、それゆえ人に軽侮されてしまう。その立場は気に入らん。
そんな身分に俺を堕としたのは、あいつだ。あの公爵だ。人に見下される立場に落とされたことについては、俺は怒りを禁じ得ん」
師は公爵に深く恨みを抱いている。そのことは、弟子一同が長年の付き合いから知っていることだ。そのことについて、いまはとくに云うべきこともなにもない。ゴーマは黙って、師の言葉を聞いていた。
「なろうことなら、殺してやりたいくらいだ。あの公爵は。俺を死刑執行人に堕としてくれた、その礼をしてやるためにも」
ここで師は、長いため息を唐突に吐いた。
「ただあいにくと、その実現は難しい。奴は公爵であり、この王国の軍の最高司令官でもある。高い身分と地位を持つだけに、その周囲は警戒も厳しい。容易に奴には近づけん。
そのうえ奴は、王国随一の豪傑ときている。途轍もなく強く、よしんば奴の近くへたどりつけたとしても殺せるかどうかはわからん。こちらが実力で、はるかに劣るだけに。
そして勝利が確実でないなら、奴を狙うのは危険すぎる。それでいままでも殺す機会を伺いはするものの、実行に移すことはなかったのだが」
師はちいさな樽を手に持ち、杯に酒を注いだ。ゴーマはというと、だまって話を聞いていた。師が公爵を狙わないこの理由を聞いてもとくに驚かない。
いままで何度も師から聞かされていて、俺を含めて弟子全員がこのことについて知っているんでね。そうした理由で、公爵を憎くても殺せないと。
「もっともこちらの憎悪を晴らすために、報復として公爵には痛手をくれてやったが。奴が溺愛してやまなかった一人娘を殺しもしてやったしな。あのウルグス町でさらい、外の近郊へ連れ出してから」
樽を卓に戻し、ふたたび手に杯を持つと師はにやりと嗤う。
すでに過去の失火で、ウルグス町の大部分は焼失している。景観も昔に比べて様変わりしている。おそらくは、そのせいでだろう。
ときに死刑執行人の務めでウルグス町にこれまで何度も赴きはしていたものの、その過去を思い出すことはあまりなかった。
今回も同じだ。町にいたとき、ろくにその過去は頭を過ぎらなかった。
とはいえ、その過去が事実在ったことに変わりはない。あの公爵の愛娘がウルグス町に寄ったときに俺は手を下してやったのだ。
あの娘がとち狂い、ろくに伴もつけずに外出した隙をついてやって。
腕の立つ公爵もその場におらず、護衛も気にせずに済んだので事は簡単に終わった。
この話については、ゴーマ以外のほかの弟子は知らない。公爵の血をルートヴィヒが流している事実を知らないというのと同様に。ゴーマ以外の二人の弟子には、公爵を師が憎んでいることだけは聞かせてある。なぜ憎むようになったか、その理由についても。
ただし、公爵とルートヴィヒの関係にまつわる話は聞かせていない。ゴーマ以外の二人の弟子には、聞かせる必要はないと思っているので。だがゴーマだけは知っている。むろんそんな相手には、この話を隠す必要もない。
ミゲールとルートヴィヒの戦いの折のようにほかの弟子がそばにいればこんな話を口に出す気はないが、いまは奴らもいない。それなら遠慮なく口にも出せるしな。
話の内容を知っている相手にいまさら云っても仕方ないことかもしれないが、口に出した勢いにのって話をさらにさせてもらうことにしよう。
「で、そのついでに、俺はさらいもしてやったわけだが。あの町で娘が産み落としたばかりの公爵の孫を」
「ルートヴィヒの奴をですね」
ゴーマの指摘に、無言で師はうなずいた。ミゲール率いる灰色の狼を潰したあの夜に至るまで、罪人の処刑を除いて俺はウルグス町の住民を殺しはしなかった。なに一つとして危害をくわえなかった。あの界隈で、朧として暗躍することもなかった。
ただし奴ら母子はあの界隈での唯一の例外だ。
町の住人ではない公爵令嬢とその息子ルートヴィヒには手を出したんでな。
くくっと師は嗤う。
正直、最初からルートヴィヒの奴をさらう気があったわけじゃない。奴もあの娘、つまり公爵令嬢と同様に殺そうと思ったんだがな。すくなくとも公爵令嬢の命を奪おうとして、その当の本人と対面を果たしたときにはそうだった。
だが結局は弟子なり下僕なりにし、俺のために利用しようと思い直してさらって育てることにしたわけだ。安直に殺すより、奴には俺のために働いてもらった方が得策と判断したこともあってな」
師は杯をゆるやかに弄ぶ。
もっとも乳飲み子を手ずから育ててやるほど、俺は慈悲深くない。育てるのに手のかかることは、当時つきあいのあった娼婦どもにすべてやらせたが。ルートヴィヒだけでなく、拾ったジマにしてもな。
ついでに云えば、連中の名は俺がつけたのではない。ジマは父母が誰かもわからんので、その名はそいつらがつけたんじゃない。ルートヴィヒにしても、生みの母の公爵令嬢がつけたわけでもない。二人の名は、奴らを育てた娼婦どもがつけたものだ。
ルートヴィヒを産み落とした母親の公爵令嬢は、息子である奴の名を考えていたのかもしれんがな。それが、どういう名だったかなんてことは知らん。どうでもいいので、あの公爵令嬢を殺す際にも本人に俺は聞いてもいないしな。
俺にしても、自身で奴らの名をつけるのは面倒だった。そこで娼婦どもがつけた名を、そのまま奴らに拝借したってわけだ。
師は杯を手のなかで弄びながら、ふんと低くつぶやく。
「それでも、いままで幾度も奴を殺してやろうかという思いがときによぎったが。奴は、俺が憎むアルプレヒト公爵の血をその身に流す孫。そう思うと、どうしても殺意や憎悪が湧いてくるときがあるんでな。
まあ、これこそが俺がルートヴィヒを憎む理由なわけだが」
師は口元を歪ませる。
「とはいえ、ルートヴィヒにはなにかと利用価値がある。下僕や弟子としても有用だ。その打算が殺意を思いとどまらせ、俺は奴を今日まで生かしておいたわけだが」




