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「血」  急にあいつ、あんなに強くなりやがって。なんで。わからんか。血のせいだよ。

 ふん、と鼻を軽くならすと師は回想から覚めた。次いで、ゴーマにこう告げる。

                                        

「とはいえあの町で自分たちが傷つけられた復讐心もあって、少々おまえたちは熱をいれすぎたようだな。ルートヴィヒへ裏切りの罰を与えることに。

 そのせいで、またルートヴィヒも自室で臥せることになってしまった。せっかく奴も昨日、やっと起きあがってきたというのにな。あの夜に、おまえたちから受けた傷がよくなって」


 昨日の訓練のせいで、またしばらくルートヴィヒの奴は起き上がれないだろう。痛めつけることを許されて、嬉々として兄弟子の二人はルートヴィヒをしたたかに痛めつけたので。

 ただその一方で今回の訓練では一切の傷を受けていないはずのジマも、当分は休息を必要とするだろう。また自分から臥せるくらいに、容態が悪くなったからには。

                   

「ルートヴィヒの奴がああなったのも自業自得ですよ。あいつが裏切るから悪いんです」

         

 師が会話を再開したことで、ゴーマも返答する。その顔には怒りが浮かんでいる。


「まだ仕返しをし足りないという顔をしているな」


 師は微笑した。ゴーマはうなずく。


 実際そのとおりだ。ルートヴィヒのせいで、かなりの傷を負ったんだ。今回の訓練でこっちも奴を相当に痛めつけはしたけどよ。その程度の仕返しじゃ、こちらが負った傷に見合わない。仕返しし足りない。俺にしても、ジマにしても。

 

 だがそのルートヴィヒにも一応、ジマも俺も負わしてはいるのだ。自らの手によって、あの戦いの折に傷を。云ってしまえば、そのときに些少だが仕返しをしてもいることになる。

 そのことを考慮し、師は過度に俺たちがルートヴィヒを痛めつけることは許さなかった。ある程度痛めつけることは許したものの。そのことが、俺やジマにとってすこしばかり不満ではある。

                    

 そのうなずきとゴーマのものいいたげな視線を受けて、師は軽くため息まじりにこうたしなめた。


「おまえたちは今回、ルートヴィヒのせいでかなり手ひどい目にあった。だから俺としても、その気持ちがわからんでもない。が、これ以上、奴に仕返しをすることは許さんぞ。

 おまえたちとしては、奴を殺したいくらいに憎いのかもしれん。二人で襲えば奴を殺せもするだろうが、絶対にするなよ。そんな真似は。弟子同士の争いは禁じているんだしな。この俺が」


 師は念を押した。ゴーマは師を見つめて問いかける。


「ルートヴィヒの奴が狙ってきたら? 奴は俺たちに殺意を持っています。それは今回の一件でもあきらかでしょう。だったらまた、俺たちを殺そうとしてくるかもしれませんが?」

                 

「そんなことをさせぬためにも、おまえたち二人は常に一緒にいろ。おまえたちは仲がよく、これまでも大体いつも一緒に行動していたがな。今後はまえにも増して、そうしろ。

 あるいは、俺のそばにいるのもいい。もしおまえたちが自らの片割れと離れて、一人にならざるを得ないときにはな。

 ルートヴィヒは、おまえたちに二人がかりで向かってこられれば未だ勝てん。まして俺には到底敵わん。そうすれば、奴はおまえたちを狙うに狙えなくなるからな。いくら殺したくとも」


 対応策を師は示し、強く忠告もした。


「まかり間違っても一人にはなるなよ。俺の目が届かず、おまえたち二人のうちの片割れが来れないところで。おまえたちは、もはや一人きりでは奴の敵ではない。

 そのときにはおまえたちを殺す好機が到来したとみなして、奴も狙ってくるやもしれん。そうなれば、奴に殺されてしまうだろうからな。一人になったおまえたちは」


 くそ。ゴーマは苦り切った顔をする。


 もはや敵わないだって? 一人きりで俺たちは。一人きりなれば、奴に殺されるだって?

 たしかにそれは事実かもしれないが、不快だな。そう云われるのは。俺たちはこれまで、いつだってあいつを虐げてきた。見下してもきた。

 そんなあいつに、もはや俺たちは敵わないと指摘されてはひどく悔しい。いまや、それが事実であったとしてもだ。

 

 込み上げてくる不快さを強い火酒で紛らわそうと、ゴーマは一気に杯をあおる。その様子を見てゴーマの内面の気分を察し、師は口を開く。

 

「悔しいか? おまえたちが個人では敵わぬほどの力を、ルートヴィヒの奴が身につけたことが」


 ゴーマは素直にうなずく。眉間を潜め、酒のなくなった杯を悔しさから強く両手で握りしめる。


「急にあいつ、あんなに強くなりやがって。なんで」


「わからんか。血のせいだよ。アルプレヒト公爵のな」


 ふっ、と師は微笑する。


「ジマに関しては、本当に捨て子にすぎん。俺が手下にしようと路傍で拾ったな。が、ルートヴィヒの奴は違う。あいつは本当は、あのアルプレヒト公爵の孫だ。たった一人のな。

 表向きには奴もジマ同様に捨て子だったということにして偽っているが。

 そのことは、おまえも良く知っていよう。幼いころから、俺のもとで弟子としてそばにいるだけに」


「ええ。ルートヴィヒを師は過去さらってこられました。それはよく存じております。そのときには身を置いていましたので。自然とそのことが知れてしまう境遇に。つまりは、師の身近にいたために。俺は師の弟子に、すでになっていたこともあって。

 そのとき俺はまだ幼かったですが、記憶に残る年齢でしたし。そのうえ恵まれもしましたから。師が奴をさらって以後も、そのお話を存分に聞く機会にも。ルートヴィヒの経歴を俺はすでに知っているので、とくに隠す必要もないという事情からお伺いしましたしね。これまでに、師からも幾度となく」


 ゴーマはため息をつく。


「やはり、奴の力の源は血ですか」


「だろうな。その血を流すなら、そうおかしな話でもない。奴が急に強くなるのも。あいつが、その躰に流している血。それは俺すら敵わぬ、この王国で最高の武人の血なのだから」


 師は杯をかたむけた。


 俺はかつて見込んだ。ルートヴィヒには、剣に於いて天賦の才があると。

 そんな思いを抱いたのも、俺が知ってもいたからだ。奴の身に、その血が流れている事実を。

 ルートヴィヒが公爵の血を流しており、そのじつの孫であるのなら奴にそれだけの才が備わっていたとしてもおかしくないはずだしな。


 くわえて奴が剣の才に関する片鱗をときに見せるとあっては、余計にだ。その片鱗を見たときには、思ったものだ。さすがは公爵の血を持つだけあって、さもありなんと。その血が流れているのだから、当然だと。

                    

「過去には大して奴がその資質をあらわさず、見込み違いと思うときも長くあったりはしたがな。やはり血は争えんものだ。いまではたしかにルートヴィヒの奴は、公爵の孫だと思うしかない。その腕の上達ぶりを、こうも見せつけられてはな。ゴーマとジマの二人に一対一の訓練で勝ってから、ミゲールを倒すときに至るまで。

 あいつが強くなっていくのも当然だ。俺すら敵わぬ相手の血を、その身に宿しているとあっては」

                 

 師は軽く肩をすくめる。

                   

「アルプレヒト公爵は、個の力ではこの王国の誰一人として敵わぬほどの豪傑にして驍将だ。俺にしても公爵の強さは認めざるを得んからな」


 無言でゴーマは嘆息をつく。


 知ってはいた。ルートヴィヒが、その血を流していることは。それでも、あいつはいままで弱かった。ときに瞠目することをやってのけたとしても、俺にもジマにも敵わなかった。

 

 だからこの王国で随一の強さを誇る公爵の血を流していても、関係ないと思っていた。その血を流すからには、ルートヴィヒの奴が強いはずだなんてこともろくに思いもしなかった。

                    

 それも当然だ。幼いころから奴と何度戦おうが、必ず俺たちが勝つんだ。そんなことを思うはずがない。公爵の血を流していても、あいつは所詮は雑魚。弱いんだと決めつけて見下すのが、むしろ常だった。

 

 でもいまはそうした考えを変えざるを得ない。こうも、その強さを見せつけられては。

 

 師の云うことに納得するしかない。アルプレヒト公爵の血、おそるべし。悔しいが、そう思うしかない。

 悔しさを強い酒でごまかすために、ゴーマは杯をぐいとあおった。

                    

「アルプレヒト公爵の強さのほどは有名な話ですが、本当に叶わないのですか? 師のお力でも」


 ゴーマは訊いた。


 いま尋ねたことについては、過去に何度も師本人から聞いてもいる。俺のみならず、ほかの二人の弟子たちも。しかし、どうしても信じられない。師は、とてつもなく強いというのに。そんな師のうえを行く者がいるというのは。

                    

 話には聞いても、実際にこの目で確かめたこともない。その公爵の強さのほどを。だから余計に猜疑せざるをえない。本当に、公爵は師を上回るのだろうか、と。

                    

 未だにその思いは、俺のうちに根強くある。おかげで公爵の話がでたついでに、そのことを本人の口からあらためて確かめてみたくなった。それで思わず、こうして尋ねてみたのだが。


 ゴーマはじっと師を見て答えを待つ。

                    

「敵わんな。奴の力は熟知している。到底、俺の及ぶところではない」


 あっさりと負けを認めると、師は酒をあおった。


 自分で云っておきながら、負けを認めるのは悔しい。


 悔しさに感情を支配され、師はしばし押し黙る。

 ゴーマもまた押し黙った。師が黙ったことで。顔には、残念そうな表情があらわれている。師が会話をしようとしないので、彼も思いに浸った。

                    

 俺の本音としては、師が一番であってほしかった。師はあまりにも強く、それゆえ俺が敬意を払うに値する男と認めているからだ。

                    

 だからこそ、俺は師に自ら従ってもいる。

 ほかの二人の弟子は師に強制されて従っているが、俺はちがう。自らの意志で、師のもとにいる。実際に、俺は自ら望んで師のもとへ弟子入りした。

 

 師の傭兵時代に、父がその副長として同じ傭兵隊、灰色の狼にいた縁で。


 昔、幼いながらも俺は師の強さにあこがれ、口を利いてもらったのだ。父に頼んで、師に。そのもとで剣の修練に励めるように。

                    

 師も引き受けた。父とは親友だったので、その息子である俺の願いを。


 それ以後、俺は師のもとでずっと過ごしている。まれに修行の激しさに負けて逃げ、連れ戻されたりしたことはあるにせよ。

                    

 それでも俺は基本的にはずっと師の強さにあこがれ、その腕前に近づきたいと思ってきた。師は、俺がそう思うほどの男なのだ。


 だがその師本人が、公爵に対しては剣の腕前で負けを認める。師は負けず嫌いだというのに。いつだってあっさりと、公爵の強さは自分よりもうえだと。いまにしても。

                    

 となると、やはり公爵はひどく強いのだろう。ゴーマは眉をしかめる。苦々しい気がする。自分の認める男が、あの忌々しいルートヴィヒの祖父に負けると思うと。

                    

 俺は師の庇護を受けられる立場にある。ルートヴィヒは、自らの祖父の庇護を受けられる立場にある。

 受けようと思えば、そうできる星のもとにあいつは生まれついている。

 

 しかし俺とルートヴィヒに庇護を授けてくれるであろう者には、大きな差がある。その力や身分や地位において。


 俺に庇護を授けてくれる師は強いが、単なる平民で死刑執行人にすぎない。

                    

 だがルートヴィヒの庇護者になるかもしれないその祖父は師よりも強く、身分も地位もはるかにうえなのだ。強大な権力、財力、広範な領土まで持っている。

                    

 しかももしその庇護を得られれば、ルートヴィヒの奴は与えられる立場にいるのだ。公爵の持てる力のすべてを。庇護者の公爵と同じ血を流す以上、それらを授けられる資格が奴にはあるのだから。

                    

 強さにしても、そうだ。これまで俺は奴を見下してきた。所詮は俺より弱い雑魚に過ぎないと。

 それでも、思うときがなくもなかった。あの公爵の血を流すだけに、奴は強さを伸ばす可能性を秘めているのだと。

  

 ゴーマは顔をしかめる。


 まったく認めるのはとても癪ではあるが、奴が俺より恵まれた生まれにあることはあきらかだ。その恵まれた生まれが、俺は妬ましくてならなかった。

                    

 俺とは身分がちがう。素質もかけ離れている。奴はじつのところ高貴な出だが、俺はそうじゃない。俺は単なる賤民に過ぎない。素養にしてもあの公爵の孫なら奴は優れているかもしれないが、俺は単なるどこにでもいるような傭兵の息子。いくら師という達人に可愛いがられていたとしても、そんな身では奴には天分で及ばない可能性はある。これまでそう思うこともあった。そんなときには、奴がひどく許せなくなってしまう。

                    

 つまるところ俺とルートヴィヒは、互いに庇護者を持っているにせよだ。

 庇護者の格は、俺より奴の方がうえなのだ。それも段違いに。

 あるいはもしかすると、互いが持つ天分に於いても。その血統の差からして。

 

                    

 だから俺としては、はなはだ奴が憎らしくてならない。俺は奴に嫉妬せざるをえない。そばにいるだけで、気にいらねえ。虫唾が走って仕方がなくなる。それが、俺が奴を憎む理由でもある。

                    

 なので、これまで俺は奴をいたぶってきたんだ。

 今回にしても師の答えを聞いて正直、悔しくはある。俺と奴の庇護者の格のちがいを、あらためて認識させられてしまったので。それが現実なのだし仕方ないという思いはあるから、飲み込まざるを得ないのだが。

 いつものように、今回も奴への悔しさを。火を飲み込む思いで。


 軽く舌打ちをすると、ゴーマは杯を見る。


 酒の力を借りるか。苦々しい気持ちを掻き消すために。


 ふたたびゴーマは酒を、ぐいっとあおった。

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