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「家にて」死刑執行人の家で、師はゴーマと酒を酌み交わす。

「あれから一週間か。早いものだな」


 師は一人で酒を飲んでいた。夜、自らの屋敷の広間で長椅子に座りながら。あれ、というのはもちろんウルグス町での騒ぎのことである。


 誰に云うわけでもなく独りごちたはずだが、背後の階上から返答が降ってくる。


「本当に」


 振り向いて師が声のかかった方を見上げれば、ゴーマが階段を下りてくるところだった。


「ゴーマか」


 師はそうつぶやきながら、ゴーマの動きを目で追った。階段を下りたゴーマは、師の後方にある小卓に近づく。


「少々喉が渇いたので、水を飲みにきました」

              

 ゴーマは小卓のまえで立ち止まり、そのうえの水差しを手に取った。とくとくと注いで杯に水を満たす。今度は水差しを小卓に戻して杯を手に取ると、渇いた喉を癒そうとして唇のなかへ一気に水を流し込む。

                 

「酒はどうだ? 付き合うなら、座れ」


 手にした杯を掲げて師が誘いをかけると、ジマは微笑した。


「いただきます」


ジマは師の対面の長椅子に腰をかけた。二人のあいだに据えられた卓上に、ジマは水を飲むために使った自らの杯を置く。


「とりあえず良かったですよね。今回の一件で、我々が裁かれずに済んで」


 にこやかに笑んで、ゴーマは卓上に置かれていたちいさな樽を手に取る。栓を抜き、そこから自らの杯に濃い麦色をした火酒を注いでいく。


 この火酒は強いのだろう。濃さときつい香りから、それがわかる。

 

 ゴーマは自らの杯を口元に近づけて、その芳香を嗅ぐ。しかし悪くない。匂いはきついが、酒好きの人間にとっては得も云われぬ芳香だ。

 満足そうにうなずくと火酒をすこしばかり口に含み、それを飲み干した。

                   

 師の方でも、弟子の表情を満足そうにみつめる。


 どうやら酒の味を、こやつもわかるらしい。自分が美味いと思っている酒を心地よさそうに味わう他者の姿を見るのは、気分的に悪くない。

                    

 師は微笑して自らも杯をあおると、ぐいと飲み干す。喉が焼ける心地がするが、それがいい。酒を味わった師は、杯を自身のまえの卓に置いた。今度は樽を手に持って、杯に火酒を注ぎこむ。


「まあ実際、こちらとしてはあの傭兵どもが同士討ちをしたと見せかけるように多少の小細工もしたわけだしな。あの町の連中を殺しているさなかにも。あの町を去る際にも」

                    

 杯に酒を満たしたベルモンは嗤う。


「むろんそういう細工をしたのは、あの町で起きたことが自分たちの仕業だと国に判断されて捕えられたりしないようにするという単純な狙いがあってのことだが」


 師は卓に樽を戻す。


 ことにあの町からの去り際には時間もあったので、できる限りそうした細工を施した。

 さも同士討ちに見えるように、念入りに抜け目なく。


 続けて、師は杯を手に取った。


「国は見事に引っかかったってわけだ。その小細工にな。真実が国に露見しなかったのは、なによりだ。こちらも王都に帰って以降に国から受けはしたが。あの一件についての事情聴取を。それをやりすごすのも簡単だったしな。裁かれぬために真実を云わず、もっともらしい嘘をつくことで」


「そいつを見抜くだけの材料も、国にはありませんでしたしね」


 ゴーマが口を挟む。


 彼もまた嘘をついていた。事情聴取を受けた折りに、国に対して。師やほかの弟子すべてがそうしたように。口裏を合わせるよう、弟子たちは師に命じられていたこともあって。


「おかげで、こうしてのんきに酒も飲めるってわけだ。狙い通りに、俺たちは国に裁かれずに済んでな」

                    

 ぐい、と師は酒をあおり、にやりとする。


「朧の仕業だと国が勘ぐったと耳にしたときは、なかなか鋭いと思ったが。事実、そのとおりだしな。ウルグス町の一件は俺たちがやったんだしよ。俺たち朧がな。

 しかし結局は真実を見抜けず、こちらにとって望ましい同士討ちという判断を国はしてくれたってわけだ。国の捜査に携わった輩が間抜けで助かったぜ」


 酔いがすこし回っているせいもあってか、師は上機嫌で高らかに嗤う。ゴーマも、ですねと微笑する。

 師は手のなかで杯を回す。上機嫌でいられることで、その高揚感が肴となって酒もまた大層うまい。酒が進んでならん。また杯を口に含むと、師は思いついたこともあって急に話題を転じる。


「ところで、はじめてだな。家に戻って以来、あの一件についてゆっくり話すことは」


 師が卓上に杯を置いたのを目に止め、ゴーマは酒樽を手にとった。


「ですね。とくに話す機会も、いままでありませんでしたしね」


 涼やかな音をたて、樽から火酒がゴーマの手で注がれる。師の杯に。


「おまえたち弟子全員があの夜にそれぞれ受けた傷がもとで家に帰って以来具合が悪く、臥せっている状況が多かったこともあってな」


 火酒が満たされた杯を、ふたたび師は手に取る。そのときふと、ゴーマの頬の十字傷に視線を向けて尋ねる。


「痛むか? ルートヴィヒの奴につけられた傷は」


「まだ多少。随分と良くなってはいるのですが。王都に帰ってから一週間、この家で大人しく療養したこともあって」


 ゴーマは手でさすった。ルートヴィヒに縦と横に斬られたことで、左頬につけられた十字の傷を。縦の傷は左の額から目を通過し、頬にかけて抜けている。横の傷は、一文字に左頬を切っている。

 もう出血はせず痛みもさほどにはないのだが、十字の傷は時間が経過してもまるで消える様子がない。深手だったこともあって、きっと残ってしまうのだろう。


「おまえより、ジマの方が深手のようだ。ルートヴィヒから受けた傷がうずいて気分が悪くなったと云って、また自室で朝から臥せるくらいだからな。昨日は一時的にだが、幾分は健康を取り戻した様子だったというのにな」


「そうですね。昨日は容態が良さそうでしたのに。俺と一緒にルートヴィヒにも仕返しをしてましたから。裏切りの罰を与えるために痛めつけていいと、師がおっしゃられましたので」


 ゴーマの科白に師はうなずき、しばし無言となった。師が物思いにふけっているようなので、ゴーマは邪魔をせずにそのあいだ黙って酒を飲むことにした。一方で師は酔いも手伝ってか、回想に浸っている。

 

 弟子二人とルートヴィヒによる二対一の戦いが昨日あった。この家の訓練場で弟子たちを鍛えるための訓練をおこなわせたことで。

 弟子全員の容態がいくらか良くなったこともあって、師である俺がそれをするよう命じた。

                    

 訓練は最初から、ルートヴィヒとほかの弟子二人が対する形式でおこなわせた。

                    

 その状況で戦わせれば、三人の弟子各自によい訓練になる。そう考えたのだ。


 もっともその訓練がゴーマとジマの弟子二人の力となるのかと云えば、あまりその効果のほどは期待できまいが。

 なにせ弟子二人が同時にかかれば、ルートヴィヒ一人には必ず勝てはする。ルートヴィヒ相手に二人で当たれば奴らは苦戦はしないだろうから、得るものがあったとしても微少だろう。

 俺としてはその理由もあってほかの弟子二人をミゲールと戦わせはしなかったわけだが、今回においてはやらせた。今回はミゲールの場合とちがい真剣勝負ではなく、あくまでも訓練だ。木刀で存分にやりあうことは許したが、真剣を使うのは禁じた。そのうえルートヴィヒのみならず、二人の躰の容態もそれなりに回復していた。しかもこちらが止めようと思えば、すぐに訓練は終えられる。

 この状況下では、弟子同士を戦わせたとしても死ぬということは師である俺が望むか、不測の事故でも起こらない限りはまずもってありえない。つまりやらせたところでミゲールのときと異なり弟子どもが死ぬ害はなく、効果だけは得られるという状態になるだけだ。実害がなく益だけを得られるというのなら、あの二人の弟子にも組ませてルートヴィヒと戦う訓練をやらせるだけの価値はある。たとえその訓練で二人の弟子が得られる効果は微少であるかもしれずともな。

 その一方で、もちろんルートヴィヒには訓練の効果は期待できる。

 自らより強い敵と戦えば、奴の力は伸びるだろうしな。

 

 ただしあの二人とルートヴィヒとを俺が戦わせたのは、訓練だけを目的としてのことではない。

 

 ルートヴィヒに罰を与えるためでもあった。教会で宣言したとおり、裏切った罰はあらためてルートヴィヒにしっかりと与えなくてはならない。今回については一対一でそれぞれ弟子同士を戦わせなかったが、そうしたのもその目的があったればこそだ。だからこそ今回はあえてそういう結果が生まれる訓練だけをおこなったというわけだ。                    


 云うまでもなく二人の弟子は、あの戦いで傷ついたことでルートヴィヒにさらなる恨みを持つに至った。

 その二人と同時に戦えば、報復のために叩きのめされてルートヴィヒが痛い目に遭うのは確実。いい罰になろうからな。

 

 それに、俺としてはルートヴィヒを支配するためにも、できれば奴により一層の恐怖を与えたくもあった。そのためにも、したたかにルートヴィヒをあらためて痛めつけたいという思いもあった。

                    

 直接手を下してルートヴィヒを痛めつけるのは、二人の弟子ではある。しかしながら、ルートヴィヒがいたぶられる結果を生みだすのは、ほかならぬこの俺だ。ルートヴィヒを痛めつけるよう命令を出しているのは、師である自分なのだから。

                    

 そのことをルートヴィヒに理解させて、自分に逆らえばどうなるかを思い知らせてやりたかったのでな。今回あらためてルートヴィヒに。

                    

 もっとも一応のところは、あいつもすでに俺の恐ろしさは理解しているだろうが。俺の手で過去に相当にいたぶってきたやったことで。

                    

 だが今回あらためて思い知らせることで、俺をさらに恐れてくれればしめたもの、と思っていた。そうなれば奴を心から支配するのに当然役立つので。

                    

 しかしルートヴィヒに手を下す役目をこの俺にではなくほかの弟子たちにくれてやったのには、訓練という名目以外にも理由がある。

                    

 ほかの弟子の気持ちを汲んでのことでもあった。といっても、その気持ちを汲んだ相手はジマではない。主に、ゴーマの気持ちを汲んでのことではあったが。

                    

 俺としては、ゴーマをひどく大事にしている。まるでじつの息子のように。それだけに、ルートヴィヒに対する恨みを晴らさせてやろうと思ったのだ。

                    

 今回の一件で、ゴーマはルートヴィヒのせいで痛めつけられてしまった。そのせいで、ゴーマが奴のことを恨みに思っているのは確実だった。

                    

 そこで、したたかにルートヴィヒをゴーマ自身の手で痛めつけさせてやれば、その留飲も下がるだろうと考えたのだ。いわば、親心のような気持ちから。

                    

 ついでにジマにも訓練がてら、ルートヴィヒを痛めつけることを許してやりもした。

 まあ奴も、ルートヴィヒのせいで身に傷をかなり負ったんだ。そんな奴にも留飲を下げる機会をくれてやれば、より俺に懐くだろうと考えて。

 つまりはジマにその許しを与えたのは、俺にとって利点があったからだ。ゴーマと違い、ジマの心を汲んでのことではない。

                    

 ともあれこうして三人の訓練を俺は実施したのだが、結果は二人の弟子にとっては悪くはなかった。


 が、予想通りにルートヴィヒにとってはつらいことになった。

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