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戦い終わり、ルートヴィヒは一人、思索にふける。

 夜気で床は冷え切っていたが、ルートヴィヒは気にしなかった。

 血のついていない方の手で懐を探り、彼は布を取り出す。

 その布で丹念に片手についた血をぬぐうと、彼はあたりに投げ捨てた。ぬぐった血がつき、もう使い物にならないその布切れを。

 それから戦いで疲れ切っていた躰をほぐすようにすこし伸びをすると、片膝を立ててそちらに身を委ねる。

                   

 帰るのか。はっきりいって、虚しい。

 今回望みを叶えようと策を巡らせたものの、結局はなんにもならなかったのだ。そう思うと、徒労感が募る。

 

 ルートヴィヒは嘆息をつく。

                   

 しかも今回、俺は師を裏切ったのだ。ほかの弟子二人を、かなり傷つけもした。師に禁じられているというのに。弟子同士で相手を極度に傷つける真似なんてすることは。

 もちろん、それなりに満足感は得られたが。憎らしい弟子二人を、多少なりともこの手で傷つけられたことで。

  

 だが連中に手傷を負わせたことが、いまは俺にとって害になる。今回の裏切りと奴らの手傷を負わせたせいで、それに対する罰がこのさき俺のまえに待っているのだから。

                   

 ミゲールという隊長との戦いがその罰となると師は云ったが、それだけで済まないことは先刻告げられている。

 帰れば、ほかにさらなる罰を受けることになるのは確定しているわけだしね。


 陰鬱な表情をすると、ルートヴィヒは肩を落とした。

                   

 このままでは気が滅入る。気分転換に、すこしべつのことを考えるか。ルートヴィヒはすこしばかり気になっていた隊長のことを考えた。その遺骸を見つめて。

                   

 こいつ、たしかに驚いていたよな? 俺の顔を見て。見間違いじゃない。あのときの隊長の顔を思い出しても、やはりそうとしか考えられない。

                   

 でも本当に、なぜ驚いていたのだろう? ルートヴィヒは眉をひそめる。理由はいくら考えても、やはり思いつかない。

                   

 おそらく俺の知らない理由で驚いていたのだろうが。ルートヴィヒはちらりと師を見る。あるいは、師ならなにかを知っているかもしれないけれど。ルートヴィヒは首を振る。

                   

 さっき聞いて、どうなった? 何も答えてくれなかったろう? だったらいま試しにまた尋ねてみたところで、同じ結果が待つだけだろう。

                   

 いや、同じことを二度聞けば、下手をするとしつこいと怒りだすかもしれない。そうなれば、こちらが痛い目にあわされかねない。そう思うと、とても聞く気にはなれない。

                   

 となると、いまは答えを得られないということになる。だったら、これ以上そんなことにいつまでも煩わされていても仕方ないだろう。

                   

 そう自分に云い聞かせると、彼はふたたび思考を転じた。顔の向きを変え、今度は祭壇を見つめる。口元を歪めた。 

                   

 それにしても気の毒に。ミゲールというあの隊長も。


 神を信じていたにもかかわらず、最後には裏切られたというわけか。信じていた神に。あの男を死から守るために、神はなんらの救いの手も差し伸べなかったのだから。

 勝負は俺が勝ったのだし、そういうことになるだろう。


 ここでルートヴィヒは、ふと思いつく。


 まさか神が、この俺をあえて助けたということはあるのだろうか? あの戦いのさなかに奴の剣が折れ、勝負は俺が勝つ方へ流れはしたが、それは神の助力によるものなのだろうか?

                   

 普通に考えれば、あのとき剣が折れたのは、あくまで俺の力によるものだ。

 俺が渾身の力を込めて叩きつけたから折れた。それだけのことにすぎない。べつにこちらが狙って、ああなったわけじゃないしね。


 でもこの戦いに、神が介入していたらと考えるとどうだろうか?

 剣が折れたのは、やはり神の助力? 


 剣が折れたことに、ルートヴィヒはミゲールと違った感慨を持った。

                   

 だけど。ルートヴィヒは自身に問いかける。

 

 そもそも俺は神を忌み嫌っている。そんな俺を、神があえて助けなどするだろうか?

                  

 むしろ神がいて、あえて救おうとするならばだ。神は俺ではなく、あの男の方をこそ選ぶのではないか? あの男は神を崇めていたのだから。


 普通は誰だって自分に敵意を持つ奴よりも、崇める者の方を救うだろう。神だって、それは同じなはず。わざわざ自分を崇める者を見捨てて、憎む奴を助けまい。

                   

 それに神にしてみれば、奴は利用価値だって高いはず。神のために奴の方が働くはずだしね。神を崇める気持ちが、俺より強いぶん。


 かたや俺は、無慈悲な神のためになにも役立つつもりはないしね。


 そう、誰が役立ってなんてやるもんか。むしろ神を貶めてやる。神に害をなしてやる。俺はそう思っている。

          

 そんな望みを抱く俺なぞ、神にとって利用価値なんてないはずだ。

                   

 それとも、この俺に救う価値があったとでもいうのか? あの隊長よりも。ルートヴィヒは顎さきに拳をあてて考え込む。

                   

 もし神が真に善なる存在だとするなら、より罪深き方を誅するのが筋だろう。

                   

 だとしたら、俺よりも奴の方が現時点では目に余る罪を犯していた? 今回、死んだのは奴だったということは。

 

 かもしれない。ルートヴィヒは首肯する。

                  

 あの隊長は傭兵だ。傭兵として、かなりの罪をこれまで犯してきてもいるだろう。

 反面、この俺にしても犯してきている。神に背く罪を、これまでに数多く。

 

 死刑執行人という職のうえでも、いままで俺は手を染めてきた。様々な残酷な所業に。

 ただその職は、世に必要とされる真っ当な仕事だ。その職で残虐な真似をしても、罪を犯したことにはならないだろう。すくなくとも、普通の死刑執行人にとってみればそうだ。

                  

 ただし、王都の死刑執行人である俺たちはちがうかもしれないが。必ずしも、真っ当なことをしているとは限らないときもあるしね。嗜虐性の強い師のもとにいるせいで。

 くわえて、賊としても神に背く罪をかなり犯してきた。

                   

 だから罪人という点では、俺も奴と変わりはないんだけれど。

 でも罪の総量としては、現時点では奴の方が多かったのかもしれない。それで今回、神はあの隊長を誅したのか?

 俺より長く生きている分だけ、あの隊長の方が罪をより多く犯していることはありうるものね。

                   

 でも現時点ではそうであっても、将来的に見れば俺とあの隊長。このままどちらかを生かしておいた場合、より罪を犯す可能性は俺の方が高いと思うけど。


 ルートヴィヒは視点を変えてみた。現在から未来に。

                   

 そもそも俺は復讐しようとしているんだ。神に。世間に。俺自身が憎む者に。その達成のためには今後、俺はどんな罪だって犯すつもりだ。必要とするなら、無限にでも。

                   

 対してあの隊長は、俺とはちがって神を深く信じていた。それだけに、神はそのおこないをたやすく止められるだろう。もし仮に奴が目も当てられぬほど凶悪で、罪深い奴であったとしても。

 もし神が真実存在するなら、たちまち云うことをきかせられたはず。奴になにかしら、ありがたいお告げでもくれてやれば。

 神の云うことなんて、聞くつもりは毛頭ない俺とは違って。

                   

 とすると今後生かしておいたら危険度はどちらが高いかといえば当然、俺ということになるだろう。あの隊長ではなく。だとしたら危険な目を摘み取ることにした方が世のため人のため、さらには神のためにもなるはず。

 ここで俺を殺していた方が、善なる神にとって好都合に思えるんだけど。

                   

 それでも俺を殺さなかったというのなら、神は見逃したのだろうか? 当面のところ、この俺を。まだ俺がそこまでの罪を犯していないから始末しようとはせず。罪を無限に犯すつもりはあっても、まだ手を染めていない者をさばくわけにはいかずに。

                   

 まずは優先したというのか、神は? 実際に俺より罪を犯している可能性のある、あの隊長の裁きの方をこそ。

                   

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