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もしあの世というものがあるのなら、せいぜいそこで有難く思うがいい。

「さあな」


 師はルートヴィヒを見ようともせず、けんもほろろに冷たく答える。

 ルートヴィヒは、じっと師を見つめる。


 その表情からは、なにも読み取れない。師がこちらの問いの答えを知っているのか、そうでないのかも定かじゃない。

 

 しかしこちらをろくに相手にしないとなると、その答えを知っていたとしても云う気はないというわけか。ならこれ以上、師に問いただしたところで無意味だな。


 そう悟り、ルートヴィヒは口をつぐんだ。

                  

 一方で、ミゲールの様子をずっと眺めていた師は唇を歪めて微笑する。


 じつのところ、俺としては知ってはいるが。ルートヴィヒが口にした問いへの答えを。が、教えてやる気はない。

                  

 そんな真似をすれば、話さなければならなくなるからだ。


 秘密にしておきたい、ルートヴィヒの血統のことまでも。


 だから口には出さず、胸のうちでその答えを師は披歴した。

                  

 奴が驚いたのはな、ルートヴィヒ。おまえの顔を見たからだ。


 師は口元を歪める。

                  

 どうやら相当に驚いたようだな、ミゲール。

 ルートヴィヒの顔を見たときの、おまえの顔。見ものだったぞ。

 おまえは気づいたのだろう。奴の顔を見て。あまりに似ていると。おまえがかつて愛した女の顔に。

                  

 師は低く嗤う。


 だから、おまえ好みだと云ったろう? ミゲール。ルートヴィヒの顔は。


 おまえは俺がそう云ったときに、どうやら受け取ったようだがな。俺がおまえのことを男色家だと思って、そう云ったのだと。

                  

 だがちがう。俺は奴の顔がおまえの愛した女の顔にそっくりだと知っていたからこそ、そう云ったんだよ。

                  

 ふん、と師は鼻を鳴らし、死んだミゲールをみつめる。


 どうだ? ミゲール。おまえが驚いたように、奴の顔はじつに公爵令嬢そっくりだったろう?

                  

 それも当たり前だ。ルートヴィヒの血統を考えればな。


 今度はルートヴィヒに、ちらりと目をやる。

                  

 ルートヴィヒの奴は、一人息子なのだからな。おまえが愛した女、アルプレヒト公爵令嬢の。

                  

 師は内面でそう告白する。


 ルートヴィヒは、王家を除けばこの国で最高の名家の一族だ。奴はアルプレヒト公爵家の血を、その身に流している。アルプレヒト公爵家の現当主の、じつの孫なのだ。

                  

 その後、師は床に倒れたミゲールの屍をふたたび見つめて胸のうちで語を紡ぐ。

                  

 ミゲール。感謝しろよ、この俺に。

 最後にはこうして争いあうことになったとはいえ、おまえはもと俺の部下。この礼拝堂で殺す気でいたにせよ、昔の部下に多少の慈悲はかけてやろうと考えて、おまえの相手をさせてやったという一面もあるのだから。かつて、おまえが愛した女の息子に。

                  

 かつて愛した女の息子の手にかかれば、おまえもその最後に多少なりとも浮かばれるだろう思ってな。それだけじゃない。俺からのおまえへの配慮はまだある。おまえにルートヴィヒの顔を拝ませてやり、その胸に抱かれて死なせてやったことにしてもそうだ。


 師は冷笑する。

                  

 いま死にゆく際に奴の覆面を剥ぎ取れば、おまえは対面することになる。かつて愛した女と瓜二つの顔と。おまえが奴の覆面に手を掛けたとき、それを剥ぎ取るだけの力くらいは残っているように見えたので必ずな。

                  

 そうすると、おまえはかつて愛した女に最後を看取られながら逝くような次第になる。おまえの死を看取るルートヴィヒが、公爵夫人と瓜二つであるだけにな。

                  

 しかも覆面を剥ぎ取ろうとするときのおまえは、ルートヴィヒとほぼ接した体勢になっていた。それだけでなく、おまえの重心はルートヴィヒの方へ傾いていた。その覆面を剥ぎ取るためにな。

 くわえて、そのときのおまえは息も絶え絶え。ルートヴィヒの間近で、すぐに力尽きるのは確実だった。

 

 とするとおまえは、力尽きたときには前のめりに倒れ込むのはあきらか。結果として、かつて愛した女と瓜二つの顔を持つ男の懐に抱かれる形になる。

                  

 事実、そうなったろう? 


 それはいわば、かつて愛した女の懐に抱かれて逝くのと同じようなものだ。

                  

 まさしく、極楽のなかで死ねるような思いを味わえるはずだ。かつて惚れ抜いた女の胸に抱かれて死ぬ。そんな形で力尽きるのなら。もし極楽というものが、いずこかに存在するとすればな。

                  

 かつて公爵令嬢を愛したおまえにとっては、ひどく望ましい死に方だったはずだ。


 師は唇を歪ませる。

                  

 おまえは女に関しては、一途な方だった。ましてもう若くもないのに、その顔には未だ童臭も残している。顔がそうなら未だ心も童臭が抜けきれずに存外幼く、女に一途な気質も変わっていまい。そう見当をつけていたが、どうやらそのとおりだったみたいだしな。公爵令嬢に酷似するルートヴィヒの顔を見て、驚いたからには。

 あの女への慕情を未だ断ち切れず、心の奥底にでも燻ぶらせてしまい込ませていたのだろう。

                  

 その憶測がついたからこそ、こんな死に方をさせてやったんだ。いつまでも童臭の抜けないおまえには、似合いの死に方だろうと思ってな。惚れた女の胸のうちで死にゆくだなんて。


 師はにやりとする。


 最後に見れて良かったろう? ミゲール。

 本当に、おまえにはぜひ見せてやりたかったんだ。ルートヴィヒのその顔を。

 奴の顔があの女と瓜二つだと、おまえに悟らせてやるためにもな。でなければ、味わわせてやれないからな。惚れた女の胸のうちで朽ちていく満足感を、おまえに。

                  

 せっかくの最後だ。せめて幸福感を味わわせて死なせてやろう。


 そう寛大に考えた、この俺に感謝しろよ。それで俺は、あえて邪魔しないでおいてやったんだから。おまえが、ルートヴィヒの覆面を剥ぎ取ることも。その胸のうちで力尽きようとすることもな。

                  

 かつての部下に対しての、せめてもの温情だ。


 今回おまえは、俺を自らの手下にしようとして怒らせはしたがな。それでもおまえは、かつて俺の部下としてよく働いてくれもした。なのでおまえへの怒りは解けないまでも、最後にお情けでこうした配慮を掛けてやったんだ。

 もしあの世というものがあるのなら、せいぜいそこで有難く思うがいい。


 師はほくそ笑んだ。その師の様子を見て、弟子たちは訝しむ。

                

「いかがなさいました?」


 ジマが尋ねると、ゴーマも師の思いを忖度する。


「お喜びになっているのですか? 師を怒らせた傭兵隊長を、ルートヴィヒが始末したことで」


「そんなところだ」 


 師は自分の意中を打ち明けはしなかった。そんな真似をして、ルートヴィヒの血統の秘密までいちいちここで話す気になどなれない。

                   

 師は軽く肩をすくめると、あいまいにごまかした。   


「まあ、なんにせよ勝負はついたわけだな」


 師はルートヴィヒに微笑をむける。


「ミゲールとの対戦、なかなかの好勝負だったな。これでルートヴィヒ、おまえはそこそこ鍛えられたろう」


 ええ、とルートヴィヒは答える。否定する気はなかった。そのとおりだったから。

 傭兵隊長との戦いは、きわどい勝負だった。それによって自分が鍛えられた気が、たしかにするから。


「この勝負で、おまえを鍛えるという目的は達せたわけだな」


 師は話を続ける。


「さらには、我々がこの町で遂げようとしていた目的も果たせた。ルートヴィヒがミゲールを倒したことで。この町にいる俺たち以外の奴らを、これで全員殺せたはずだしな」


「そうですね。いましがた殺せましたしね。傭兵隊の最後の生き残りである、ミゲールという隊長も」


 ジマがそう返答する。これで、もはやいないはずだ。傭兵隊、灰色の狼の生き残りは一人として。町の外に誰も行かせず、全員始末したつもりなので。連中はこの町のなかで。


「この町にもとからいた住人も全滅しているでしょうしね。その始末は傭兵隊が、ほぼやってくれたみたいですしね」


 ゴーマが付け加える。


 町の住人を始末していた傭兵たちが云っていたはずだ。わずかな生き残りを除いて、住人をほぼ全滅させたと。そいつらが住人を殺し回っていた際、俺たちも町をうろついていたが。そのときに傭兵どもが町の連中をよく知る男に、住人の全滅ができたか否かを確認しているところに出くわして。

 こちらは夜の闇に身を潜ませながら、この町の広場でたしかにそう聞いたんだ。だからその話は事実だろう。


「この手で殺しもしたしな。町の生き残りも、多少は俺たちが。町にいた悪人の始末も、傭兵隊の奴らがやったみたいだし」


 ゴーマが云った。悪党の始末についても、傭兵隊の奴らが云っていたのでたしかな話だろう。

 次にジマが首を傾げる。


「ただ、町のどこかに生き残っていた女もいたらしいですが。そいつらは、どこかの家で傭兵たちの慰み者になっているとか。そいつらが、この町の住人たちの最後の生き残りとも聞きましたが。その女たちが始末されたかどうかは、わかりません」

                  

 自分たちが殺した、口ひげの男を含めた三人の傭兵の話。それを思い出しながらジマは云う。


「その女どもなら俺が殺した。その家にいた傭兵ともどもにな」


 師が答える。では、とゴーマはつぶやいた。師はうなずき、話をまとめる。


「町の住人も悪党も、灰色の狼の傭兵どもも、いまやすべて始末されたはず。もはやそいつらのなかで、生き残りはいないだろうよ。一切な」


「でしたら、この町にいる必要もなくなりましたね。これでもう」

 

 ゴーマがそう云うと、師は弟子たちに命ずる。


「その通りだ。この町にもう用はない。だから帰るぞ。王都へと」


「もうすこしだけ、休ませてもらってからでいいですか? 帰るのは。疲れてしまって」


 青ざめた顔でジマがそう願い出た。今回の戦いで負った怪我のせいで、すぐにはまだ動けそうになかった。ゴーマも頼み込む。


「俺からも頼んでいいですか? 俺も、もうすこし休んでいきたくて。躰が重いので」


「いいだろう。いつまでも、ここにいる気はないが。あとすこしだけなら、待ってやろう」


 師は承諾した。ほかならぬゴーマの頼みでもあるので。


 ありがとうございます、とジマとゴーマは各々云うと、その場に座り込む。


 ルートヴィヒも隊長との戦いのせいで疲労もあったので、床に座り込んだ。

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