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祭壇のまえで、両者は激しく戦う。

 両者の戦いは、祭壇まえではじまった。

 祭壇まえは礼拝堂内でも広い。そこで戦うにしても不自由はない。

 両者はまず剣の切っ先を数度突き合わせると、すぐに斬りあいに突入した。剣戟の音が、高らかに幾度となく響き渡る。二人は剣と己の躰を見事に駆使し、技の応酬を見せあう。

                   

 ミゲールは剣を振り上げて一気に落とす。その斬撃を、ルートヴィヒは真正面から剣を斜めに構えて受け止める。その直後には、自らの剣のうえで相手の刃を素早く滑らかに擦り下げる。

 相手の刃はルートヴィヒの刀剣の柄付近から切っ先へと走り、そのまま宙へと駆け落ちる。たちまちルートヴィヒは弾けるように剣を振り上げてミゲールに切りつける。

                   

 ルートヴィヒの剣は、ミゲールの左肩に向けて斜めに落ちてくる。その剣をミゲールは咄嗟に躱す。その後は反撃に転じ、突きを出す。それをまたルートヴィヒが半身をくるりと回して躱す。さらに回転を止めず、躰を敵正面に戻しつつ力を込めてミゲールの額を剣で横薙ぎに狙う。

                   

 ミゲールはとっさに剣を立てて、その攻撃を受け止める。両者の攻防は素早い動きで、なおも鮮やかに繰り返しおこなわれた。その光景を見て、ゴーマは悔しげにうめく。

                   

「俺、さっきもルートヴィヒと戦ってるときに感じたんだけどよ。ルートヴィヒの野郎、やっぱなんかまたすこし強くなってねえか?」


 だな、とジマが同意する。師はじっとルートヴィヒの戦いぶりに見入りながら云う。

                 

「ルートヴィヒは習得能力と洞察力に秀でている。反射や体術にも見るべきものがある。今回も、おまえたちと結構な戦いを演じたのだろう? その戦いを通じて、己の力を多少なりとも高めたのやもしれんな。その秀でた習得能力で」


 幼いころからルートヴィヒをそばに置いているだけに、師はよくその才能を知っていた。しかし、当のルートヴィヒは隊長との戦いに苦心していた。

 戦いの最中、その眉をルートヴィヒはしかめる。


 師は俺と隊長が互角と云ったが、実際には力の差がある。あきらかに技量と速度については、隊長の方がうえだ。

 腕力については同等程度みたいだが、動きに関してはちがう。こちらとしては、むこうについていくのがやっとだ。一応はついていけるから、互角という評価を師は下したのかもしれないが。

                   

 それにしても、自分よりうわ手の相手と戦うのはいささか苦しい。

                   

 だが戦わざるを得ないなら、この際だ。俺以上である、この隊長の力。せいぜい見極めて味わってやる。戦うあいだに相手の動きをよく見て学び、その力を吸収するんだ。どうせならこの一戦、自分のために役立ててやる。

                   

 またしてもルートヴィヒは敵の攻撃を躱した。勘と頭の両方を研ぎ澄ませて。敵の動きを洞察によって先読みして。時には目で敵の動きを追って反射的に。

 数度敵の攻撃を躱したあとには、反撃に転じる。ルートヴィヒは汗だくになりながらも忙しく立ち回り、必死でミゲールの動きについていった。

                  

「しかし、たしかに強くなっているな。ルートヴィヒの奴は」

                   

 師が評すると、はい、とゴーマもうなずく。


「これも血のなせる業か」


 ルートヴィヒの戦いをみつめながら、師はぼそっと独語する。

 その声があまりにちいさく聞きとれなかったこともあり、弟子二人は怪訝そうな顔をする。


「なにかおっしゃいましたか?」


 気になり、ゴーマが尋ねる。

               

 「いや、なんでもない」


 師はかぶりを振った。


 ルートヴィヒが強くなっている心当たりを思いつき、つい口走ってしまったが、迂闊にも余計なことを云ってしまった。

 

 奴の躰に流れる血。


 その血が奴の強さの要因だろうが、なにもそのことをここで披露する必要はないのだ。


 秘密にしているのだから。ルートヴィヒの血統のことは。ルートヴィヒの身に、武に長けたあいつの血が流れているということは。

                   

 だがその血が流れているだけあって、ルートヴィヒには剣の天分がある。


 その天分があればこそ、俺は奴をミゲールと対等と評したのだ。実際、そう見立てるのも道理だと思うが。


 師は勝負を見守りつつ、思う。

                   

 いまのルートヴィヒは、現実にはミゲールに実力で劣っている。それでもルートヴィヒとミゲールの実力差は、そこまでかけ離れてはいない。この二人と手を合わせた俺としては、そういう感触を得た。

                   

 ミゲールと戦ってもその動きに、いまの実力でもルートヴィヒはついていけるであろう。


 くわえてミゲールには剣の天分が、ルートヴィヒほどにはない。であれば現在の実力でルートヴィヒはミゲールに劣っていても、その差を天分が補うだろう。

                   

 とすると、両者はほぼ互角のようなものと云えよう。師はそう確信していた。俺の見立てに狂いはないはず。両者はいい戦いをするだろう。そう予想もしていた。その考えに、どうやら間違いはなかったようだ。

                   

 師はうなずく。思った通り、なかなかに悪くない。二人の戦いぶりは。見た感じでは、両者は傍目にも充分に互角に見える。師はにやつく。

                   

 このほぼ互角の戦いは、間違いなくルートヴィヒを鍛えるだろう。奴を鍛えるという狙いもあって、この戦いを仕組んたわけだが申し分ないな。かくも白熱した戦いを演じてくれると。

                  

 師は目を細め、以後は熱心に見入りだした。ふたたびルートヴィヒの戦いを。

                  

「こいつ」


 ミゲールとしても舌打ちを禁じ得なかった。


 戦っているうちに、この新参はこちらの動きに対応してきている。

 最初はこちらの方が、技量も速度も上回っていたはず。新参はこちらに比べ、技に於いて多彩さに欠けていた。動きもやや後手に回っていた状況だったはずだ。

                   

 なのに新参の動きが、あきらかに追いついてきている。徐々にではあるが、速くなってきていやがる。その技にも磨きがかかってきた。まったく、やりやがるぜ。


 ミゲールがそう内心で評した刹那、ルートヴィヒが彼に攻撃を仕掛けてきた。

 ルートヴィヒは剣を横なぎに一閃して、ミゲールの頭を下げさせる。かと思うと、瞬時にミゲールの顎を狙って今度は膝蹴りを仕掛けてくる。

 それをすれすれで後方に顔を反らして避けて、ミゲールは思う。


 ベルモンもこういう動きをするので、師仕込みの技だろうが。動きがなかなかに鋭くなってきた。大したものだ。どうやら、いささか侮っていたようだ。この新参を。

                   

 こいつは危険だ。ミゲールは危機感を募らせる。


 さっき云いはしたが。格下の新参ごときが、俺の相手になるかと。ミゲールは思い直した。とんでもない。よくも云ったものだ。そんなこと。認識をあらためるよ。

 性根を据えて、こいつにはかからないと。さもなくば、こいつに敗れかねない。


 ミゲールは危険を覚えた。いままで以上に必死になって、ルートヴィヒとの戦いに興じもする。おかげで二人の戦いは、さらに熱を帯びた。

                   

 二連続の突きを迅速にミゲールは放つ。しかしそのすべてをルートヴィヒは躱しきった。続けざまに、ルートヴィヒは回し蹴りを放つ。それをミゲールは上体を後方にわずかにそらして避けたが、すぐに飛んでくる。彼の顔めがけて、ルートヴィヒの後ろ回し蹴りが。

                   

 それはつい最近の訓練で師と対したとき身につけた、二連続の蹴りだった。その蹴りは鋭く、正確にミゲールの顔を捕らえた。頬に衝撃が走る。ぐう。ミゲールは苦痛でうめく。稲妻のようなその蹴りは、ミゲールの頭と躰を激しく揺らした。

                   

 おお。ゴーマが感嘆する。あの傭兵隊長は強い。見ていてわかる。なのに蹴りをこうも見事に当てるとは。それもあの速度で。とても自分たちにはできない。ジマも舌を巻く。

              

「もうおまえたちでは無理だな。一人でルートヴィヒの相手をするのは。完全に」


 ルートヴィヒの動きを見て、師がそう評する。悔しいが、二人の弟子は云い返せない。そのとおりだったからだ。この戦いのなかでも、ルートヴィヒは確実に成長している。

 己の力を高めていっている。もはや完全に、剣の力量でルートヴィヒに引き離された。そのことを二人の弟子は否応なく、ともに痛感させられていた。


「終わりだ」


 叫んで、ルートヴィヒは立て続けに襲いかかろうとする。ミゲールに、とどめを刺そうと。


 体勢を崩したいま、こちらの攻撃は避けられまい。


 だが宣言通りにはいかなかった。

                  

 やらせん。気を張って態勢を立て直すと、からくもミゲールは受け止めることに成功した。ルートヴィヒの袈裟斬りを自らの剣で。以後、二人は剣舞さながらに繰り返す。剣を流暢に操る攻防を。

                  

 この時点で、両者はもはや完全に互角だった。この戦いのさなかミゲールにルートヴィヒが追いつき、力量の差を埋めたことで。そのことに師も気づく。


 そうなったのも、ルートヴィヒの天分のおかげだろう。ルートヴィヒの奴は見事に鍛えられたというわけだ。

                  

 思い通りになったことで、師はにやつく。

 一方でミゲールも気づく。


 さっきまで俺が有利に戦っていた相手だったはずだ。なのに、すでに互角の状況になったようだ。さきほどまで格下だった奴に、いまや追いつかれてしまったわけか。

 そんな状況になったのは気にくわないが、事実なのだから仕方がない。


 顔をしかめる。

                  

 しかしこちらも負けてはいられない。剣での応酬をかわすあいだにも、ミゲールは見逃さない。ほんの一瞬のルートヴィヒの隙を。


 さきほど不覚を取った、お返しだ。相手の首筋を狙い、剣で突きを入れる。死ぬか、派手に傷つきやがれ。ミゲールは心のうちで叫ぶ。

 生意気にも自分と対等に戦う、この若僧に憎悪を込めて。

                  

 その動きは速かった。ちい。ルートヴィヒは舌打ちする。瞬時に躱したが、避けきれない。その首に細い一筋の傷がついた。そこから微かに血が滴る。

                  

 あとほんのすこしずれていたら、俺は死んでいただろう。ルートヴィヒは冷や汗をかく。

                 

「いまのは、すこし危なかったな」

                 

 師はつぶやく。師やほかの弟子たちも、ルートヴィヒを死なさないよう見張っている。本来ならそんな攻撃があればミゲールの動きを止めるべきだったが、結局それはできなかった。あまりに一瞬の出来事で。

                  

 そのあとも、彼らは二人の戦いを止めない。まだ止めるべき状況ではないと思われたために。実際、傷つけられはしたが、ルートヴィヒの傷はたいしたものではない。まだ充分に戦えるのはあきらかだった。

                  

 互角の戦いが、なおも演じられる。だがその戦いはやはりどちらかといえば、幾分だけミゲールの方が有利に展開していた。元々が地力で上回るミゲールがいまやかなり必死になったことで、ふたたびルートヴィヒは押され気味となっていた。

                  

 このまま勝負を続ければ、負けるのはルートヴィヒだろう。


 師はそう考え、勝負を止めようかと思った。

                  

 ちょうどその矢先に、異変が起こった。渾身の力をこめてルートヴィヒが剣を強く打ちつけた、そのときに。

 高い金属音が響く。ミゲールは自らの剣で相手の撃ち込みを受け止めたが、そのときに叩き折られたのだ。彼の剣が。

                  

「なにい?」

                 

 ミゲールが叫ぶ。

 だが、とミゲールは思う。元が安手の剣だ。質が悪いうえに剣での打ち合いをしているうちに、その衝撃を受けて亀裂でも入ってしまったのかもしれない。なら折れても不思議ではない。折れたとしてもうなずける。

                  

 しかしルートヴィヒにとっては、相手の剣が折れたそのときこそは攻めるのに好機だった。


 とどめを刺してやる。

                  

 ここぞとばかりに、ルートヴィヒは剣を振り上げる。ミゲールは眉をしかめ、急ぎ後方へ跳躍して一気にルートヴィヒから離れた。鋭く振りおろされたルートヴィヒの剣は、空しく宙を切った。

                  

 ただしルートヴィヒの動きは、それのみで終わらない。


 この好機を逃す気はない。剣呑な光を黒い瞳に宿し、ルートヴィヒはミゲールに迫る。ミゲールは、ぎりっと歯ぎしりをする。

                  

 もうほかに武器はない。かといって折れた剣では、こいつの相手はこれ以上できない。まともな剣もなくて、こいつの攻撃は受けきれない。

 思いがけず、窮地に陥ってしまった。このままでは殺されてしまう。とはいえ、死ぬ気もない。ならどうすればいい?

                  

 急遽、ミゲールは頭に忙しく血を巡らせる。瞬時に策を練る。この窮地を切り抜けるために。

 途端に天啓が訪れた。その閃きに従って、ミゲールは行動に出る。

                  

 折れた剣などもはや不要。ならせめて最後に、こちらのために役立たせてやる。


 ルートヴィヒに向かって投げつけるべく、ミゲールは折れた剣を持つ手を勢いよくうしろに振る。

                 

 崩せ。体勢を。ミゲールは胸のうちで叫ぶ。相手が体勢を一旦崩せば、こちらの攻撃をもうたやすく避けられない。その状況を生み出すことをこそ、ミゲールは欲していた。

                  

 体勢を崩せばその刹那、新参の剣を持つ手を思いきり蹴りつけてやる。その衝撃で、奴は剣を手放すだろう。その隙に奪い取ってやる。奴の剣を。

                  

 ミゲールの狙いは、ルートヴィヒの剣だった。剣を奪い、窮地を脱したうえに形勢を逆転させてやる。そう考えたのだ。

                  

 くらえ、新参。ミゲールは剣を投げつけた。ルートヴィヒに向かい、折れた剣が飛来する。

 瞬間、ルートヴィヒは素早く後方に反転して宙返りをする。しかし、それだけにとどまらない。その宙にいる途上で、彼は捕らえていた。飛来する折れた剣を左手で。

                  

 なにゆえ、折れた剣を取る? 

 その意図をミゲールは図りかねたが、すぐに湧き出た疑問を振り捨てた。いま余計なことに思案を巡らせれば、そのぶんだけ時間を浪費してしまう。結果、逸しかねない。自らの企てを、実行に移す機を。余計なことは考えるな。


 一心不乱で、前方に急ぎ駆け寄る。

 さらにすでに着地していたルートヴィヒに、鋭い回し蹴りを放つ。剣を握っているその右手に狙いを定めて。自身の狙い通り、ルートヴィヒの剣を奪い取るために。鞭のようにしなやかな蹴りが、ルートヴィヒの右手を襲う。もらった。ミゲールは内心で勝ち誇る。

                  

 その蹴りは、あとすこしで当たるかのように見えた。その直前、ルートヴィヒは右手を反らして蹴りを回避した。


 ルートヴィヒは読んでいたのだ。ミゲールの意図を。やはり、とルートヴィヒは思った。

                  

 得物が折れたからには敵は形勢逆転を狙い、自分の剣を必ずや奪おうとするに違いない。そのために、なにかしらの攻撃が剣を持つ俺の手に対してくわえられるだろうと思っていたが。剣を手放させるために。案の定だ。

                  

 洞察によって予知していたこともあって、避けるのはたやすかった。

                  

 なんだと? ミゲールは驚愕したが、すぐにルートヴィヒへの対処を迫られた。ルートヴィヒが即座に駆け寄ってきたのだ。裂帛の気合が上がる。剣を握る右腕を伸ばし、ルートヴィヒから鋭い突きが放たれる。

                  

 うおお。ミゲールは叫ぶ。その突きは素早すぎた。なにも考えられず、ただ反射的に避けるしか道がない。ミゲールは自らの右横に、急ぎ跳躍して躱す。

                 

 ルートヴィヒは、ほくそ笑む。


 躱したか。しかし、それも読めている。かかった。瞬時に、折れた剣をルートヴィヒは前へ突き出した。

 ぐう。ミゲールは痛みを覚え、短く唸る。

 

 ミゲールの右脇腹に、折れた剣が深々と突き刺さっていた。

                  

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