おまえの命、ここで絶たせてもらおう。来るなら覚悟するがいい、新参。
師は低く嗤う。
「ほう、一度拒まれたくらいで誘いを掛けるのをやめるか。随分と、あきらめのいいことだな」
「一度拒んだんだ。いくら俺が誘いを掛けてみたところで、どうせ考えはもう改まらないだろうからな。だったらこれ以上、しつこく誘いをかけるのは無駄というものだ」
早々に見切りをつけると、ミゲールは考えをあらためる。
戻る誘いを新参に断られたことで、こちらに残されていた三つの選択肢のうちの一つが潰えた。こうなったら残る選択肢は二つのみ。
一つは、敵四人を相手にして一人で戦いを挑んで全滅させるということ。これができれば身は安全となるが、ひどく危険な手ではある。グローの野郎一人を相手するだけで手こずったんだ。なのに、さらに三人までも同時に相手して立ち向かい、なおかつ全員に勝つことを目的とするとなると実行は躊躇せざるを得ない。
破滅は必至で、完全に新参の策が逆に用いられてしまう展開となってしまうだろう。
もっとも、こちらは手下を殺されたんだ。その仇は討ってやりたい気持ちはもちろんある。手下を殺したグローと弟子二人を始末して。
新参にしても、いまは憎々しい。完全に俺の敵に回りやがって。殺してやりたい。だが破滅を承知で戦い、見事に玉砕する気などさらさらない。
となると、残された手は一つ。逃げるしかない。これが最後の選択肢だ。
こちらは手下を完全に失った身のうえ。一旦ここは逃げて再起を図り、数を増やしてから死刑執行人どもの始末に乗り出す方が賢明だろう。今回のお礼参りは必ずするにせよ、その実行はそれからでいい。
一人で連中に当たるよりも、そうした方が数が多いぶんだけ勝つ可能性も高くなるわけだしな。
なにもいまここで、連中を始末することに固執する必要もない。ここはとにかく逃げ切って、後日に勝利を手にしてやる。
ミゲールは密かに心にそう決めた。一方で師は二人の弟子に指示を出す。
「おまえたち、もしルートヴィヒが危なそうならミゲールを狙って殺せ。手下を鍛えようというのに、殺されては意味がないしな。
ただ、本当に危なくなるまでは待て。こちらとしては、ルートヴィヒの力量をあげたいんだ。奴を鍛えるために、死線を越えさせて。修羅場に奴の身を投じてな。多少その身が危険なぐらいでは、ミゲールは殺すなよ」
ルートヴィヒの予想どおり、危険なときは彼を助ける命令を師は出した。
「わかりましたが、どうして俺たち二人をあの隊長と戦わせないんです? 俺たち二人が戦っても、訓練になると思いますが」
ゴーマが云うと、ジマもうなずく。
二人の弟子は、ルートヴィヒに師が罰を与えようとしていることには気をよくした。だがその反面、師がルートヴィヒの力量をあげさせる目的もあって戦いを仕組んでいることには不服をもっていた。
「力量をあげさせるために戦わせるなら、俺たちがやっても」
ジマが云うように、そういう気分が多少なりとも二人にはあった。師は嘆息し、この弟子二人を戦わせない理由を説明する。
「まずおまえたちは、個の力ではミゲールに及ばない。一対一では、ほぼ確実に殺される。
かといって二対一で戦わせれば、どうなるかその勝負の行方は確実に読めん。
あるいは、そこまで労せずしておまえたちはミゲールに勝つかもしれん。怪我をしてるいまでも、力でおまえたちがミゲールを上回ってな。
ミゲールはルートヴィヒとほぼ互角なら、そうなる可能性は高いしな。現におまえたちは、さきほどルートヴィヒとの戦いで奴を押していたようだし。
そうなると、おまえたちの訓練にならない。もちろん、やらせれば多少なりともおまえたちの力をあげる効果は得られよう。しかし苦戦しそうにないから、その効果は微少だろう。ルートヴィヒが得られるほどには、その効果は望めまい。
その一方で、おまえたちの怪我の程度がひどいということもある。そのせいで逆に、二人して奴と戦ったところでおまえたちが不覚をとってしまい殺される危険もけっしてないとはいえん。すこしでも隙があれば、ミゲールも腕が立つ以上はそれを見逃さないだろうしな。
つまり以上のことからおまえたち二人が奴と戦ったところで、いわば有害無益でしかないわけだ。
まあ俺にしても奴と戦う利点はいまやないというのはおまえらと同じだが。やられることはないので害こそないが、奴をもはや楽々と葬れる以上は俺の腕があがるわけでもないしな。もっとも俺の嗜虐性が疼いていたら、ミゲールは俺が殺すことにしていたろうが。その場合には俺の疼きを抑えるという利点ができるからな。だがいまはこれまで散々、殺し回ってきたせいでその疼きはねえ。だからミゲールと戦わせるにあたって、もっとも利点があるルートヴィヒにやらせることにしたんだ。俺がそう決めた以上は、もうてめえらも文句をぐたぐた云うんじゃねえ。黙って従え」
師はこれ以上の反論は許さなかった。彼らの口を閉ざさせようと弟子二人をにらみつける。その強い眼光を浴びて二人は不承不承納得したようにうなずき、黙りこくった。
そのさなかにもルートヴィヒは師に命じられたにもかかわらず、まだ動こうとしない。戦いに万全を期すために、もうすこしだけ身を休めたかったからだ。同じ理由で、ミゲールも動かなかった。
しかし師としては、弟子のその態度が不満だった。
なんで動かねえんだ。ルートヴィヒの奴は。弟子に命令を無視されたようで、癇に障るぜ。
師はいらつきを抑えられない。
「おらぁ、行けっつってんだろ。ルートヴィヒ。とっとと戦いやがれ」
師は怒鳴りつけた。ルートヴィヒは軽く肩をすくめ、仕方なくミゲールに向かって歩みはじめる。乾いた靴の音を奏でながら。
刀剣も腰からそのあいだに引き抜く。室内の所々に飾られた礼拝堂内を照らす銀の燭台の光を受けて、その刃が煌めいた。
「ほう。命じられたとはいえ、恐れず向かってくるか。いい度胸だ。が、俺は裏切り者は嫌いでな」
ミゲールは淡い茶色の瞳を剣呑に細める。向かってくるからには、相手をしなければならない。ミゲールは、すでに抜いていた剣を一振りする。
「おまえはこちらについておきながら、ふたたび寝返って古巣に戻った。そんな裏切り行為はただでさえ許せんのに、寛容にもこちらはそれに目をつぶって再度俺のもとへ戻るよう手を差し伸べてもやった。
にもかかわらず、おまえは差し伸べられた手を払いのけたんだ。
そんな真似をしたおまえは、もう部下ではない。敵だ。敵に回ったからには、その報いをしっかりと与えてやる。殺すことに躊躇はしない」
ミゲールはそう告げた。
疲労は充分にとれていないものの、剣を取ってから動かずにいたことで体力も多少は回復している。怪我もない。いまは問題なく戦える状態だ。
ミゲールは死刑執行人たちを見回す。
なろうことなら、一人で四人全員を同時に相手して皆殺しにしてやりたいところだ。
それができる状況でない以上やはり逃げるしかないが、この四人を果たして突破できるだろうか?
ミゲールが懸念すると、見透かしたように師は弟子二人に指示をする。
「おい、ゴーマとジマ。ミゲールが逃げようとするかもしれないから、そうさせないようよく見とけ、おまえら。逃げられて殺せなくなっては厄介だ。もし逃げそうなら、その動きを即座に止めろ。
俺たちが入ってきた扉も、一応は閉めておけ。鍵もかけろ。扉はこの礼拝堂がわから、すぐに開けられる仕組みのようだがな。閉めておけば奴が逃げようとしたとき、わずかなあいだであろうと扉を開けるために時間を必要としよう。
そのあいだに、こちらとしては奴を扉のまえで足止めすることができる。それによって、奴が逃げることを妨げられるやもしれん。あるいはその時間に追いついて、奴を仕留めることも可能になるやもしれんしな」
弟子二人ははうなずく。ジマは扉を閉めた。鍵もかける。
ミゲールは舌打ちする。
こちらの意図を見抜かれているか。そうたやすく、逃がしてはくれないというわけか。
こうなると、結局は逃げるに際して敵四人すべてを相手にしなければならないかもしれん。
ミゲールは吐息をつく。
じゃあ、どうやって逃げる?
この状況を切り抜けるために、頭を巡らせる。
新参と一対一で戦えるなら、そうだな。まずは新参だけでも殺すか。
そうすれば、残る敵は三人。すこしは逃げやすくなる。新参は強いようだが、グローの野郎ほどじゃない。なら、たやすく殺せるだろう。
ただし新参が殺されそうになれば俺をほかの連中が狙ってくるらしいので、それには気をつけなくてはならないが。
しかしいまは、新参を殺すことに専念するのが得策だろう。とりあえずは一対一でどうやら戦わせてくれるようだし、それなら殺しやすいしな。
確実に一人でも敵の人数を削れるなら、こちらとしては越したこともない。よし。
決断したミゲールは剣の鋭い切っ先を、ルートヴィヒに向けて告げる。
「おまえの命、ここで絶たせてもらおう。来るなら覚悟するがいい、新参」




