ミゲールの誘いに、ルートヴィヒは打算を巡らせる。
「なんだ?」
ルートヴィヒは問い返す。
「おまえはわが隊に入っておきながら、いまはまたベルモンの方へ寝返ったようだがな。ふたたび、こちら側に戻る気はないか?」
ミゲールはルートヴィヒに誘いをかけた。
ふたたび新参を味方につけて、ほかの死刑執行人と二人で戦って倒す。それが、こちらがいま取れる選択肢の一つだが、新参はどうでるか?
ミゲールは言葉を重ねる。
「いま、おまえも聞いたろう? ベルモンの奴が云ったことを。
その言葉のとおりだ。とりあえず、俺たちにはまだ残されているんだ。共闘し、そこの死刑執行人ども三人を倒すという道も。おまえだって奴らを殺したくて、こちらに身を一度は投じたのだろう? その決意を大事にしろ。
俺と手をふたたび結べば、うまくすれば奴らを殺せるかもしれないんだぞ。その機会を、むざむざ損なう必要はあるまい」
魅力的な申し出だ。
ルートヴィヒ頭に打算を巡らせる。
隊長と手を組み、ここから巻き返しを図る。
今度こそうまくやって、師や弟子たちを殺す。その後は傭兵隊長とともに壊滅した傭兵隊の再起を図り、俺の望みを叶える道を歩んでいく。それが叶うなら申し分ない。
だがそれを叶えるために、この申し出に乗るべきだろうか? どうする? ふたたび師を裏切るべきか?
ルートヴィヒは、眉をひそめて迷う。
その素振りから、弟子の逡巡を師も見抜いた。ほかの二人の弟子も。
「師よ。あなたはルートヴィヒがご自身に従うかどうかを見極めるために、奴とあの隊長との戦いを仕向けられました。その答えが、もうすぐ得られそうですね」
ゴーマがにやつくと、ジマも尋ねる。
「ただあいにくと、あの隊長の誘いに乗ってルートヴィヒがふたたび裏切る可能性は否めませんが。そのときには、いかがします?」
「そうだな。ルートヴィヒの奴を失うのは、こちらとしても惜しい。
だからもし奴がミゲールの誘いに乗れば、そのときにはだ。気を失わせて連れて帰り、今後じっくりと奴に地獄を見せて調教し、本心から屈服させてこちらに従わせるのも一手だが」
師は顎先を指でつまみながら考え込む。
「しかし、ルートヴィヒは裏切りを働いた。なのにこちらは寛容にも、その帰順を赦してやったのだ。そのあげくまたすぐに裏切られたとあっては、さすがにこちらとしてもルートヴィヒに興ざめだな」
師は自身の近辺に立つルートヴィヒに、ちらりと視線を送る。
「帰順を赦してやった、俺の寛容さを踏みにじる行為だ。
そんな真似をされたとあっては、俺としてもさすがに怒りを禁じえん。そのときには、あいつを殺すのも一興かもしれんな」
おお。では。ゴーマとジマは歓喜の声をあげる。そんな彼らの態度を見て、師は首を振った。
「勘違いするな。おまえたちとしては奴を殺せるとなれば、うれしいんだろうがな。まだ殺すと決めたわけではない」
師は毅然と云った。
「俺としてはあのルートヴィヒを必要とするんで、殺さずに従わせて使い続けたいところではある。かといって、さきほど俺はルートヴィヒに剣を突きつけて始末しようとしたように、あいつをけっして殺せないというわけでもない。
事実、あのとき俺は本心からこいつを始末してやるつもりだった。もしルートヴィヒがあくまでこちらに敵対し、帰順しないというのであれば。
あのときは、あくまで俺に従わないという選択をこいつにされては面白くなかった。もしそんな選択をすれば殺す、という怒りに駆られてもいたこともあって。
あくまでも敵に回ろうとする奴を、いつまでも見逃してやれるほどに俺は寛容ではないんでな」
「ではいまは、お迷いになっているということですか」
「そうだな。あいつを殺せなくもないんだが。冷静になって考えてみると、やはり俺の裡にあいつを失うには惜しいという心情が強くあると気づくんでな」
師は決断をつけられないことに、いらただしさを覚えて云った。
「ともあれ、あいつがまたしても裏切ったときにはだ。あいつをどうするかは、俺が決める。ついさきほど、おまえたちに云ったろう? ルートヴィヒがふたたび裏切ったそのときには、状況に応じて然るべき判断をくだすと。
おまえたちは黙って、その判断に従えばいい。わかったな」
はい。二人の弟子はうなずき、師の判断を待つことにした。
二人の弟子たちを黙らすと、師は考え込む。
ルートヴィヒが奴の誘いに乗らず、こちらの命令に従ってミゲールと戦うならよし。しかし誘いに乗って再度裏切れば、俺としても決断しなくてはなるまい。ルートヴィヒに見切りをつけて殺すべきか。生かすべきかをな。
師はルートヴィヒを見やる。
ルートヴィヒ。おまえが奴の誘いに乗るかどうかは自由だがな。選択次第では、おまえには悲惨な末路が待っているぞ。
また裏切れば死ぬか、あるいは生かすことにすれば、おまえは派手に痛めつけられる次第になるだろうしな。
生かした場合には、単に今回の裏切りの罰を与える以上に痛めつけてやる。いまそう決めた。いったんは許してやったのに、ふたたび裏切られては許せんからな。その報いを十二分にくれてやろう。俺に逆らえないよう、徹底して調教してやるためにもな。
だからおまえがいまどういう選択をするかは、それなりの覚悟をして決めるがいい。
師が内心でそうつぶやいたとき、ふたたびミゲールが誘いをかける。逡巡して答えない、ルートヴィヒにいらだって。
「おまえは、奴らを殺したいんだろ? じゃあ、俺とともに戦え。そうすれば、いまからでも勝てるかもしれないんだぞ。あえて、その好機を棒に振るな」
ルートヴィヒは考え込む。
どうすべきか?
誘いに乗って裏切るか否かは、勝ち目があるかどうかで決まるけれど。勝ち目があるなら、裏切るのもいい。こいつらを殺せて、俺の望みを叶えられる道を歩んでいくことになるから。
でも果たして、誘いに乗ったとして勝ち目はあるんだろうか?
正直、ないというのが正しい見方だろう。隊長は師に敵わなかった。俺も弟子二人を同時に相手をして、勝ちを得られなかった。長々と戦えたが、押されて敵わなかったのが事実だ。
あのまま戦い続けていたら、おそらく負けていただろう。
仮に俺と隊長がその相手を変えたとしても、得る結果は同じだろう。俺は師に敗れ、隊長も弟子二人に敵わないはず。俺と隊長の力がほぼ互角という、師の見立てが正しいのなら。俺は弟子二人と単独で対峙しても倒せなかったし、隊長も師に敵わなかったんだしな。
ついさきほどまでは、隊長と合流することも考えなくもなかった。俺と隊長の二人で共闘し、勝利をつかもうとして、副隊長率いる傭兵たちが全滅して以降に。けれど、いまや状況は変わった。
いまでは俺と隊長が共闘しても、なんとかなるだろうという一縷の光明すら見えてこない。
この場で戦えば乱戦となる。戦いを制御できず、結局は数の差で負けてしまう可能性の方が高いしな。
もしこの場で俺たち二人が組んだとしても、師が云うようにまず勝てないだろう。
まったくの可能性はないとは云えないが、ほぼ無理だ。よほどの奇跡でもおこらない限りは。
ルートヴィヒはため息をつく。
でも奇跡なんて、そうそう都合よく起こるものじゃない。それを期待して戦うのは、ばかげている。
覆面に隠されて表情は外から見えないが、ルートヴィヒはしかめっ面をする。
やるからには、勝ちたいからね。勝ち目が充分にあると思えるなら、誘いに乗ってもいい。でも負けるのはまず確実なのに、隊長の誘いを受けてふたたび裏切り、のるかそるかの賭けに出るのはためらわれる。
なにせ俺は一度、さっき帰順を赦されたばかりだ。寛容にも、師は裏切った俺を受け入れたんだ。
それなのにその温情を踏みにじってまた裏切ったら、師だって面白くないだろう。激怒するにちがいない。俺だって、そんな真似をされれば憤る。
まして師は、俺よりも感情の起伏が激しい。そんな奴が温情を踏みにじられて裏切られれば、いくら俺を失うに惜しいという気持ちがあったとしても、そんな思いは吹き飛んでしまいかねない。我を忘れて怒りに任せ、衝動的に俺を殺そうとすることだってあり得る。
俺と隊長が手を組んだとして、我々二人を師が破った暁には。
仮に殺す気がなくとも、俺を本心から屈服させるために連れ帰って地獄を見せるとまで云っているんだ。いま師の口から出た話を聞くに。
ならまたも裏切れば、自分が見せられる地獄の度合いがきつくなるだろう。ふたたび裏切ったことで師は怒り狂って、まず間違いなくね。
一度裏切ったことで、俺には相応の罰が待っているんだろうけどさ。
でもそれ以上にきつい責め苦を、あえて自ら求める必要もないだろう。負けるのが見えているのに、またしてもわざわざ裏切ることで。
ルートヴィヒはため息をつく。
隊長の誘いに乗ったところで、勝つ見込みは極めて低い。しかも負けたときに、こちらが支払わなければならない対価は大きい。となると。
わずかな時間で忙しく頭を巡らせて答えを得ると、ルートヴィヒは決断をくだした。
ルートヴィヒはミゲールに、自身の回答を伝える。
「無理だ。この町での戦いの帰趨は、もはや決した。残念だけど、もう」
誘いに乗って、ふたたび裏切りたいという気持ちはある。
俺は師たちを殺したいし、叶えたい望みもあるから。
でも危険が大きすぎる。今回の俺の策は敗れた。それによる勝敗はついた。ふたたび裏切ったとして勝てる見込みもない。
そういう事態になった以上、今回はもう危険を犯してまであえて裏切る必要はない。
ルートヴィヒは考えを改めていた。
いまや師に帰順して、命の保証もされたのだ。
隊長と対峙したとしても、そうだ。隊長と戦ったところで、もしこちらが危険になれば俺を鍛えるためぎりぎりまで待つかもしれないけれど、救いの手だって師はきっと差し伸べるだろう。俺を失いたくない気持ちが働いて。
もちろん隊長と戦えば、その救いの手が入るまえに殺されるということも考えられるけど。
しかし俺と隊長の実力がほぼ同じだという師の見立て。それが正しいなら、むざむざ俺は隊長に殺されることもないだろう。
弟子二人と相手をして消耗した体力も、すでにそれなりに回復している。いまに至るまで多少の休息を取れたこともあって。幸いに、動けないほどの怪我もない。戦ったところで、こちらがひどく不利ということもなさそうだしね。
隊長とは対等に戦えそうだ。
とすると、いまは下手に誘いに乗るより、隊長と戦った方が危険はすくないだろう。
それに、裏切る機会はなにも今回で終わりというわけではない。いずれ待っていれば、訪れることもあるはず。裏切っても、より勝てる見込みが高い好機だって、きっと。
だったら、そのときに裏切ればいいんだ。なにもいま、すすんで危険な賭けに出る必要はもうない。あえて隊長の味方につかねばならぬほどの義理もこちらにはない。いまは師の命令に従った方がいい。
そうルートヴィヒは考え、断りの返答を口に出したのである。
「ああ、そうかよ。なら、いいや」
ミゲールは舌打ちした。




