皮肉たっぷりに、傭兵隊長は一礼を。
寝返りやがった。あの新参。
ミゲールは舌打ちをする。両開きの扉のむこうは礼拝堂となっている。そのなかにいてもここの教会自体が古く廃れ気味のせいで、死刑執行人たちの会話は筒抜けになっていた。
未だに教会の周囲の壁は堅固で、外界からの音は完全に遮断する。だが死刑執行人どものいる通路と隔てた壁や扉は老朽化し、細かく穴が点々と穿たれている。
そのせいで扉の向こうがわからの音については漏れ聞こえてくるのだ。
「へっ。ベルモンの奴。恐怖で人を支配しようとしているのは、相変わらずだな。傭兵時代と変わっちゃいねえ」
傭兵時代からそうだったので、奴のやり方は俺も承知している。
「しかし、奴ら賊として暗躍してやがったのか。どうりで剣の腕を鍛えていて、やたら強ええわけだ。腕を鍛えていたのは、てめえたちの身を守るためだけじゃなかったってことか」
まあ、奴らがこうも強いわけはよくわかったがよ。まずは俺としては、これからのことを考えねえと。敵さんは、こちらに入って来ようとしてるしな。
さあて、どうするか?
新参は寝返り、敵は一人増えて三人から四人になった。ひるがえるに、こちらは一人。もはや味方は全滅したようで誰もいない。援助が来るあてもなく、孤立無援の状況だ。
この状況下に至って自分が取れる選択肢は、いくつかある。とはいえ、限られているが。
そのなかでも、けっしてすることがないのは降伏だ。グローの野郎は俺を殺すことを目的としている。降伏は、すなわち死を意味する。
むこうとしては目的を達するために、降伏したところで俺を殺すに決まっているしな。
だが殺されるなぞ、まっぴらごめんだ。
ましてグローの奴は、残忍な下衆野郎だ。降伏なぞすれば、ただ殺されるだけでは済むまい。いたぶって殺されるだろう。
あいつは傭兵時代から敵をよくなぶり殺していたが、降伏すれば奴の怒りを買ってもいるだけあって自分も同じ目に遭うのは疑いない。
冗談じゃない。ミゲールは首を振る。降伏は選択肢として考えられても、選ぶのはもってのほかだ。
ほかには、自害するという手もある。ベルモンの奴に殺されるくらいならいっそとも思わなくもないが、これも死ぬ気はないので除外する。同じ死ぬにしても、抵抗くらいしてやる。
こちらとしては、まるで考えられない。降伏による、死も自害も。
「とすると、やはり剣を交えるしかないか」
ミゲールはつぶやく。ほかにこちらが取れる選択肢は三つある。が、そのどれを選ぶにしても剣を必要とするしな。
「悪いが、お借りしますよ、公爵令嬢。あなたの剣を。いまの私は手元に剣がなく、困っているんでね」
ミゲールの片手には、すでに剣がある。公爵令嬢の石碑の裏に立てかけられていた、あの一振りだ。鞘から剣を抜き、ミゲールはその刃を眺める。
安手だが、さしあたって武器として使うのに問題はあるまい。とにかく、いまは実用で役に立ちさえすれば良い。
そう思ったとき、かちりという音が聞こえた。立て続けに、声が外から発せられる。
「開いた」
「よくやった、ルートヴィヒ」
ベルモンの声がする。ミゲールは視線を変え、両開きの扉をみつめた。
どうやら開いたようだ。あえて、俺が掛けた扉の鍵が。こちらが剣を手に入れ、ふたたびの戦いに備えてすこしでも休んで体力を回復する時間を稼ぐために、そうしたわけだがな。
もはや剣も手に入れた。ほんのつかの間でも休めたことで、体力もすこしは回復した。来るならこい。
ミゲールは心のうちで闘志を燃やす。
いままさに扉は中心が割れ、軋みをあげて開こうとしていた。
ほどなくして、黒い覆面をつけた一人の者が扉を開ききった。その者は、覆面から黒い艶やかな長髪を垂らしている。その背後から、同じく黒い覆面をかぶった三人の男も姿をあらわす。
「ふん、やはりいたか」
師は礼拝堂内を見つめた。
礼拝堂は意外と広々としていた。両端の左右には、長い木造りの椅子が奥から並べられている。その左と右の椅子のあいだには広く長い通路が伸びている。その中心の奥に据えられた祭壇の手前に、ミゲールは佇んでいた。
「ようこそ」
皮肉たっぷりに、ミゲールは恭しい一礼を死刑執行人たちに対して施した。
「あなた方は招かれざる来訪者ですが、ともあれやってきたんだ。歓迎いたしましょう。敵意をもって」
その姿を見て、ベルモンは冷笑しつつ尋ねる。
「そいつは、どうも。で、いまさらながら一応聞くが、降伏する気はないよな?」
「もちろん」
そんな気など毛頭ないミゲールは明快に答えた。
「敵意をもって歓迎するとまで云うんだ。あくまで剣を交えようとするか。よかろう。だがおまえと殺し合うのは俺じゃない」
にやりとすると、ベルモンは顎を突き出し、その先端で指し示した。自らのまえにいる、艶ややかで長い黒髪を覆面から垂らしている弟子を。
「相手はルートヴィヒがする。ルートヴィヒに、おまえを殺させる」




