ミゲールを追い、死刑執行人たちは礼拝堂へ。
「へっ。てめえにゃ、その覆面が似合いだぜ。俺たちを裏切ったはいいが、結局は抜けられなかったってわけだ。ざまあねえな」
ジマは喜色満面に叫ぶ。ゴーマが続けざまに鼻を鳴らす。
「ふん。おまえ俺たちを裏切って傭兵隊に入ったってことはよ。なんぞ、虫のいいことでも考えてたんじゃねえのか? 今回の一件が済めば、自分の剣の腕でも活かして傭兵隊で活躍して上を目指し、いい暮らしをしようとかってよ」
ルートヴィヒはゴーマと視線をあわせる。
まあ、こいつの云うことは一部正しい。厳密にいえば、自らが望む復讐と野心を叶えるために俺は裏切りを働いて傭兵隊に入ったんだ。
だからゴーマの云うことは、ちがうといえばそうだけどね。望みを叶えられるだけの力を欲して上を目指したという点は、紛れもない事実だ。
その事実は否定しない。ただし、本当のことを云う必要もない。
そこでルートヴィヒは、冷然とこうとだけ答えた。
「だったら、どうだというんだ?」
「けっ。図星か」
ジマが、ペっと唾を吐きだした。師は冷笑する。
「すべては俺たちを殺し、自分の望みをかなえるためだったってわけだ」
事実なのでルートヴィヒは首肯する。ゴーマは顔を醜悪に歪めた。
「けど、そううまくはいかねえんだ。いいか、云っておくがな。今回も抜け出ようとしたあげく失敗したように、てめえは断じて上には這いあがれねえ。
けっして、俺たちがそうはさせねえ。てめえは単なる賊で、同時に世の中から忌み嫌われる死刑執行人で社会の底辺の人間にすぎねえんだ。どうあがいても一生な。そいつをよく覚えてろ」
ゴーマは高らかに嘲笑う声を上げた。
ぎりっとルートヴィヒは唇を噛む。
この云われよう。怒りも覚えるし悔しいが、いまは我慢するしかない。
ルートヴィヒは身を震わせながら、侮辱に耐えた。
だがいまに見てろ。
ルートヴィヒが胸のうちで呪詛を憎い連中に放ったとき、その心を見透かしたかのようにジマが指摘する。
「もうこいつは何度も抜けようとしてるし、今回も俺たちを殺そうともしやがったんだ。またきっと、こいつはどうせ裏切るに決まってるぜ。今回したように。そう思わねえか?」
ジマはゴーマの方へ振り向く。だな。ゴーマも同意する。
「俺もジマと同様のことを思っていたところだ」
ゴーマは師の方を向いて提案する。
「どうします? やっぱいっそのこと、ここでこいつ殺しちまった方がいいんじゃ? 今回、こいつは俺たちにここまでの手傷を負わせるようなことをやってのけてくれたんだ。
またもし裏切ったら、今度こそこっちがとんでもなく痛い目にあうかもしれねえ。師にだって、火の粉が飛んでくるかもしれませんぜ。そうなったら、まずくないですか? だからそうなるまえに、手を打っといた方がこっちの身のためかもしれないですよ?」
だが、当のルートヴィヒは平然としていた。
手を打つ。俺を殺したいってことか。でも、そんな提案をしたって無駄さ。もはや俺が戻ることを承服した以上、師が許すはずないよ。俺を殺すことなんて。
そう思ってルートヴィヒは師を見つめる。すると、師は首を横に振った。
ルートヴィヒは薄笑みを放つ。案の定だ。
師は二人の弟子をにらみつけた。
「おまえたちはもとより、ルートヴィヒを憎み嫌っている。くわえて今回、痛い目にあわされもしたんだ。ルートヴィヒを殺したい気持ちはわかるが、そいつは却下だ。
もちろんおまえたちの云う通り、またこいつは裏切るかもしれん。が、さきのことを心配しても仕方ない。そのときには、状況に応じて然るべき判断をくだすだけのこと。こいつが俺のもとに戻る選択をした以上、いまは殺す必要はない。いいな?」
師にそう諭されては、弟子たちとしても反論できない。
二人の弟子たちは、しゅんと力なく頭をうなだれた。わかりました。師がそうおっしゃるなら仕方ありません。不承不承ながらも、ゴーマは返答する。
だからといって、完全にゴーマは承服できなかった。
俺たちを殺そうとしたんだぞ。ルートヴィヒの野郎は。ルートヴィヒに対する怒りは、簡単に溶けない。
そうとも。そう容易に収まりなんてつくものか。
ゴーマはルートヴィヒをにらみつけて、不快そうに舌打ちをする。
「あーあ。しかしまったく、てめえはよくもやってくれたよなあ、今回」
「そうだ。裏切ったあげく、俺たちを殺すためのくだらねえ策まで弄しやがって。おかげで、俺たちは手傷を負ってこのざまだ」
ジマも苦情を述べ、内心で憤慨する。
ゴーマの奴は、ルートヴィヒ自身の手で傷つけられた。この俺もそうだ。それだけじゃない。雑魚の傭兵どもにも傷つけられた。
だがそれにしたって、ルートヴィヒの策によって痛手を負わされたようなもんだ。
つまり傭兵どもに負わされた傷は、ルートヴィヒの手によってつけられたも同様だ。ルートヴィヒが裏切りを働かなければ、こんなことにはならなかったんだから。
到底、こいつを許せるものか。
ジマだけでなくゴーマも、許せんと思っていた。それが二人の正直な気持ちだった。せめて今回の仕返しくらいはしてやりたい。その衝動に突き動かされて、ゴーマは師に問いかける。
「こいつへの罰は今後、もっと与えてくださるんでしょうね?」
ああ? 片眉を跳ね上げて怪訝そうな表情をする師に、ゴーマはしつこく食い下がった。
「まさか、こいつに屈辱を与える程度の罰しかくださねえってわけじゃねえでしょう? 与えてくださいよ。もっときつい罰を、こいつに。でなきゃ、こっちも納得いきませんよ。
だって、そうでしょ? こいつは俺たちを裏切ったんですよ? そのうえ俺たちは、こいつのせいでこんな手傷を負う破目になったんだ。こいつが俺たちを殺そうとするくだらない策を用いなければ、こんなことにはならなかったのに」
「そうだ。俺たちがこんな手傷を負ったのも、すべてこいつのせいだ」
ジマが、すかさず同調する。ゴーマはなおも、まくしたてる。
「なのにこいつに屈辱を与える程度の罰しかくだされねえんじゃ、俺たちの気が済まねえ。だろ? ジマ」
同じ気持ちのジマは黙ってうなずいた。師はやれやれといった表情をする。
こいつら二人は、今回ルートヴィヒにこっぴどく痛い目にあわされたんだ。多少なりとも、ルートヴィヒへの怒りを発散させねば気が済むまい。
そう思う気持ちもあって、こちらはあえて口出しをしなかった。こいつらが、さきほどルートヴィヒを嘲笑したときには。
ゴーマとジマが、ほざきたいようにさせてやりもしたんだ。しかし、こうまで手傷を負わされてはな。嘲笑したくらいでは怒りは収まらんか、やはり。
師は嘆息をつくと、二人にこう云った。
「俺としても、むろんない。ルートヴィヒにこれ以上、なんの処罰を与えないでいるというつもりは。
たしかにおまえたちの云う通り、こいつは裏切りを働いた。ましてや俺たちの命を狙ったうえ、手下のおまえたちをも傷つける結果まで生み出した。
こいつが、くだらん策を弄したせいでな。俺が普段から、弟子同士で殺し合ったりひどい手傷をつけるのを禁じているにもかかわらずにだ」
ルートヴィヒを、じろりと師はにらみつける。
ルートヴィヒは表情を曇らせる。
裏切ったあげく事ならずして師のもとへ戻れば、然るべき罰を受けるだろうとは覚悟していた。ただでは済まないと。実際、ここまでの真似をしたんだ。そうなるのも当然だろう。
ルートヴィヒは嘆息をつく。
仕方がない。裏切りの代償は、甘んじて受け入れなくてはならないだろう。
かたや師も甘い男ではなく、非情にこう宣言する。
「その咎の償いは、もちろんこいつにはしてもらわなければならない。それに、こいつはまだ目が死んでいない。そのことからして、完全に俺に屈服していないのはあきらかだ。こいつは、もっと打ちのめす必要もある。再度の裏切りを防ぐためにも。俺の支配下に、完全に置くためにもな。
だから俺としても屈辱を与える程度では済まさず、より手ひどくこいつを痛めつけてやるつもりでもいる。こいつに罰を与え、屈服させるためにもな」
にやっとするジマとゴーマを見て、師はこうも告げる。
「だがそれをするにしても、さしあたっては後回しだ。まだ片づけていない敵が、一人残っている。
それも、是非ともこちらが殺したいミゲールの奴がな。あやつを片づけなければ、この町での事は終わらん。いまは、さきにミゲールを殺すのが先決だ。いいな」
師が罰を与えることを承諾し、弟子二人は満足する。二人は目を合わせてにやつくと、もはやそれ以上は師に食い下がることもなかった。
「よし。ならば、ミゲールを始末しに行くぞ」
師は指図する。
「この教会は、俺たちが入ってきた表口以外に外へ出る場所はない。奴はまだ、この扉の奥にいるはずだ。このなかへ籠った以上はな」
だからいままで長々と話をしていたんだしな。奴に逃げられる恐れはないとみて。師は命ずる。
「誰か扉を開けろ」
「ほれ、やれよ。ルートヴィヒ」
ゴーマが兄弟子の立場を利用し、顎をまえへしゃくってうながす。
俺はこいつの兄弟子。同じ弟子として戻った以上、立場はこちらがうえだ。
だったら立場を利用して、今後はルートヴィヒの奴をこれまでになくこき使ってやる。今回の一件の腹いせも兼ねて。
ゴーマとしては、そういう腹積もりだった。
ルートヴィヒはゴーマをにらみつける。
なんだよ。ゴーマは機嫌悪そうにつぶやく。それでもルートヴィヒは云い返さない。軽く肩を落とすにとどめた。
いまやこいつと比べれば、個の力はこちらの方がうえなんだ。なのに、こいつごときに偉そうにこうして命令されるとは。正直、やりきれない。
ルートヴィヒは、深くため息を吐き出した。
でもいくら偉そうにしてるからって、ここでいまさらゴーマに逆らってみても無益だろう。云い争ったとしても、騒々しくしたことで師に咎められるだけだ。
もちろんいまさら翻意して、戦うという選択をするだなんてこともできない。
それができる状況にあるなら、もうとっくにそうしてる。
仕方ない。ここは大人しく従うよりほかないか。
そうあきらめをつけると、ルートヴィヒは腰に吊るす小袋から針金を取り出した。
巷間で朧と呼ばれる賊として暗躍していることから、閉まった扉を開ける小道具程度はいつも持ち歩いている。
隊長の入った両開きの扉を開けるため、その鍵穴にルートヴィヒは針金を差し込んだ。




