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一つ生き延びる機会を与えよう。

「仕方ない」


 ルートヴィヒは深く吐息をつく。両腕から力を抜いて、剣も下ろす。


 三対一となったこんな状況で、下手に逆らっても痛めつけられるだけだ。そうなるのも、ばかばかしい。もはや抵抗する気も失せた。がくり、と片膝も床につける。

                   

 それでいい、と師は微笑する。


「ざまあねえな、ルートヴィヒ。俺たちを殺そうとしたが、無駄に終わったな」

                    

「もうおまえの負けだ」


 ゴーマとジマの嘲笑が高らかに響く。

 

 ルートヴィヒは剣を握る拳に力を込める。


 くやしいが、そのとおりだ。なにも云い返すことができない。

 一体、なんでこんなざまに。こんなはずじゃなかった。俺の策は完璧だったはずだ。

 事実、成功しかけていた。

 ジマは本来なら殺されていたんだ。副隊長が相手取っていたときに。


 そうなればそのあとには、副隊長が合流して俺とともにゴーマを殺す。最後には師をも始末する。そういう展開になっていたはずなのに。

                   

 ところが、そうはならなかった。

 

 それどころかあろうことに、俺の策は完全に裏目に出た。

 逆に、敵が有利になる状況をつくりだしてしまった。こうして敵の三人が合流し、俺が敗れる展開に至ってしまった。

                   

 すべてはジマの相手をしていて、最後にこちらを裏切ったあの鼻の大きい傭兵のせいだ。あいつの裏切りで副隊長が死に、俺の策は狂ってしまった。あんな雑魚が裏切るなんて、まったく予想外だ。いや、でも俺の詰めが甘かったのか。

                   

 ルートヴィヒは思い返す。


 勝つためには、立てておかなければならなかったというわけか。こんな不測の裏切りが起きることすら読み切って、それを防ぐ手立てを。


 でもこんな裏切りが起きることまで読みきれるか。くそ。

                   

 ぎりっ、とルートヴィヒは歯を噛みしめる。


 勝つために、俺は尽力したはずだ。負けるだなんてことは、ほぼなかった。それでもこうして敗れるとは、どういうことだ? 


 ルートヴィヒの脳裏にある考えが浮上する。

                  

 もはや神が、俺の勝ちの邪魔をしているとしか思えない。俺の詰めの甘さからできた隙をしっかりと見逃さず、そこに神がつけ込んできたとしか。

 勝つ見込みの高かった戦いに負けるとなると、神の悪意を信じざるを得ない。

                   

 ルートヴィヒは深いため息をつく。心底から神を呪いながら。


 そこまで俺が憎いのか、神め。いつもいつも、この俺にろくでもない運命を与えやがって。


「さあ、どうする? ルートヴィヒ。このまま、こちらに降参するか? 

 それとも、やはり俺たちと引き続き敵対するか?」


 師はルートヴィヒを見下ろして選択を突きつけた。

                     

「わかっているよな? おまえには。なぜ俺がなんら手もくださず無事おまえを生かしているのか、その意図が。俺はほかの弟子どもに、おまえを殺さず生け捕りにしろとも命じていたんだ。それはどうしてだと思う?」


「俺を手下に戻すためだろう?」


 美しい顔を苦汁の色で染めながら、師を見上げてルートヴィヒは答える。師の考えなど、長年の付き合いからわかっていた。


「そのとおりだ。おまえはまだ失うには惜しいんでな。俺の手元に生かして置いておきたかったんだ。手下として、弟子としてな」


 師は微妙に口の端を歪めたが、長くは続かなかった。


「だがいつまでも手を下さないと思っていたら、大間違いだ」


 師はやにわに表情を厳然と引き締める。

                    

「俺もそう寛容な人間ではない。あくまでも、おまえが俺に敵対してだ。手元におくことを望んでも叶わないなら、これ以上おまえを生かしておく理由もない。始末させてもらう」


 師の目をルートヴィヒは、じっと見つめた。師の心の深淵を読み取ろうとするかのように。

 その結果、ルートヴィヒは見抜いた。


 師の云っていることは真実だ。本気で俺を始末する気だ。この俺を。

 

 もしこの申し出を拒めば、師は俺に襲い掛かってくるだろう。

 そうなれば、師はあまりに強力だ。俺が敵わないことは目に見えている。

 そのうえ弟子たち二人も、師とともに牙を剥いてくるかもしれない。

 師という強力な手練れだけでも相手をするのはひどく厳しいのに、ほかの弟子二人までもともにかかってこられれば俺は終わりだ。

 一縷の希望すらない苦境に追い込まれ、死ぬしかないだろう。


 そのことを悟り、ルートヴィヒの頬に冷たい一筋の汗が伝う。

                    

「とはいえ、おまえも死にたくあるまい」

                  

 冷然とした表情の師に、ルートヴィヒはうなずく。


「なら、ふふふ、おまえに一つ生き延びる機会を与えよう」

                     

 師は微笑し、腰のわきに吊るしてある小袋のなかに手を入れる。

 

 取り出したのは黒い覆面だった。

                    

 それを師はやんわりと投げつける。ルートヴィヒに向けて。黒頭巾はひらひらと宙を漂い、ルートヴィヒの手前の床上に舞い落ちる。


「もしおまえが生き延びたいというのなら、戻れ。ふたたび俺のもとへ。戻る気があるなら、その証としてそいつをかぶるがいい」


 師はそう宣告する。ルートヴィヒはその覆面を見て、はっと気づく。


 それは俺のものだ。賊として暗躍するときに使うものだ。

                   

「今回おまえは裏切ったが、それでも俺は思っていた。ふたたびおまえが、俺のもとへ戻ることを選ばざるを得ないときが必ずやってくると。こうして、いまのようにな。

 そのときには、俺はおまえに思い知らせてやるつもりだった。あくまでおまえは、俺の弟子であり手下であるのだということを。その思惑もあって持ってきたんだ。この覆面を。

 俺たちが泊まっていた宿。そこでこの黒装束に着替えることになったときに宿のおまえの部屋へ立ち寄ってな。ゴーマとジマが、自分たちの部屋で着替えている合間に。

 おまえに思い知らせてやるときに、こうして使うためにな」


 師の科白を聞きながら、ルートヴィヒはその覆面をみつめる。賊としての暗躍時に、その覆面を常につけていたというわけではない。この覆面ではなく、仮面をつけるときもあった。

 しかし賊としての暗躍時の大半に、目のまえにあるこの覆面をつけていたのはたしかだった。


 師の科白はまだ続く。


「長年、俺のもとで過ごしてきたおまえだ。賊として俺たちの裏稼業に長らく身を浸してもきたし、そのあいだつけてきたんだ。賊として暗躍する際には、顔を隠すためにその黒い覆面を。

 おまえもいまから俺のもとに戻るなら、賊としてこちらに合流することになるってわけだ。ならおまえにも、そいつで自分の顔を隠してもらうってのが筋ってものだろ。

 賊として暗躍するときには、いつも顔を隠しているように今回もそうしてもらおう。今回賊として暗躍している俺たち全員がこうして覆面をつけているようにな」


「これをかぶるのか?」


 敗れたという衝撃で悄然としていたルートヴィヒは弱々しくつぶやいた。


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