追いつめられたルートヴィヒは、渾身の一撃を。
弟子二人の攻勢をまえにして、再度ルートヴィヒは追いつめられていた。
一度は踏ん張ったものの、やがてじりじりと後退を余儀なくされてしまった。そのあげく、ついに東の通路の最奥付近にまで押されてしまった。
情けない。こんな程度なのか、俺の力は。
結局、俺は敵わないのか? この二人に、同時に掛かって来られたら。奴らは手負いだというのに。
無力感に苛まれながら、ルートヴィヒは内心でつぶやく。
だいたいこいつらは手負いのくせに、なぜ力が衰えない?
そのとき、ゴーマが剣を振りながら叫ぶ。
「気張れよ、ジマ。負傷して苦しいだろうが、ここが踏ん張りどころだぞ。俺らはかなりの怪我を負った。だから戦っているうちに、こいつに遅れをとるかもしれねえ。
けど遅れを取れば、こいつに殺されちまうかもしれねえんだ。そうならないよう必死に、ありったけの気力を振り絞って戦えよ」
「わかってる。俺らは、二人で同時に掛かっているっていうのによ。こいつは、たった一人だ。それなのに、俺らがこいつに負けられるか。ましてこいつは、俺らより年下だってのに」
「そうだ。ついでに云えば、俺らは負傷したが、それもこいつが元凶なんだ。こいつが裏切らなければ、こんなことにならなかったんだ。
俺らがこんな負傷を負ったのも、すべてこいつのせいなんだ。まったく許せねえ。俺らをこんな目にあわせた野郎なんかに、負けられねえぜ」
そういうことか。二人の叫びを聞いて、ルートヴィヒは得心した。
手負いなのに、こいつらの力が衰えないわけがわかった気がする。手負いだからこそ、というわけか。
ルートヴィヒはため息をつく。
手負いになり、死ぬかもしれないという恐怖が呼び起こされて必死になっているのか。
くわえて、俺には負けられないという思いも奴らには強くある。俺への恨みから。人数と年齢の差ということからも。なら余計に必死になるだろう。
そしてその必死な心情が、二人の肉体を鞭打っている。奴らの心の奥底からも、戦うための闘志と気力を引き出しているんだ。
奴らは手負いになりはしたが、それによって戦い続けられる利点も手にしたというわけか。
もっとも奴らが手負いになったことで、利点を得られたのは当の本人たちだけじゃない。こちらもだ。
手負いになったことで、奴らの力は衰えた。それによって、二人と対等に渡り合えるという利点をこちらも得られているんだ。なら俺一人で、こいつらを倒せる見込みだって充分にあるはずなんだ。
そうルートヴィヒは自分に云い聞かせた。
だが、現実はちがう。ついさきほどまではこいつら相手に粘れはしたものの、時が経つにつれて戦いは有利に運ばれていく。俺ではなく、こいつら二人の弟子にとって。
「おら、やっちまえ」
ゴーマの叫びとともに、二人の弟子は前に出る。ルートヴィヒを一層うしろへ押していく。
いい感じだ。ゴーマはにやつく。とはいえ、現状は誉められた状態じゃない。二人がかりで、ルートヴィヒ一人を倒せずにいるとは。
普段なら、すぐに倒せるというのに。二人同時にかかれば、ルートヴィヒなんざ。
あいにく、いまはそれができない。
もちろん、その云いわけはできる。傷の痛みがうずき、躰に響く。出血もあって、消耗も激しい。俺もそうだが、ジマにしてもだ。
だからそう簡単に二人がかりとはいえ、倒せないときてる。
にしても、情けない限りだ。いつも難なくやってのけられることが、いまはできずにいるというのは。
いまのところ、なんとか戦いを押すことはできている。それも、手負いになったことで必死になれたからだろう。その自覚はある。
しかし手負いになったことで戦いを押せる恩恵を受けたとしても、それよりも与えられた損害の方がはるかに大きい。二人がかりでルートヴィヒ一人を倒しきれないほどに、いまは衰えているのだ。二人の力は。しかも、自分たちが受けた傷だって以後に残るかもしれない。
手負いになったことは、けっして喜ばしい状況ではない。けれど状況がそうなった以上、いまはそのことを嘆いても仕方ない。そんなことをして、状況が変わるわけでもない。いま俺たちとしては、できることをするしかない。
せいぜい必死に戦って、奴を倒してやる。
「二人がかりで、こいつ一人をすぐにぶち倒せねえのは不本意な状況だがよ。俺たち二人がかりなら、こいつは倒せるはずなんだ。負けてたまるものかよ」
ゴーマは一心不乱に剣を振る。一方でルートヴィヒは防御しながら、冷然と鼻を軽く鳴らす。
ふん、それは不本意だろうな。二人がかりでこの俺一人を倒せないっていうのは。普段なら難なくできることが、できないというのは。でも、そんなあちらの心情なんて知ったことじゃない。
こちらとしての問題は、どういまの状況を乗り切るかだ。どう奴ら二人を倒すかだ。しかし。
ルートヴィヒは眉をしかめる。
いまは対等に渡り合えるはずなのに、こちらはむこうに押されてしまう。だとすると、いまの俺と奴らの状況が対等であるということは思い違いなのだろうか?
ともあれこうして長々と奴ら二人と戦えてはいるものの、やはり俺は敵わないのか? こいつら二人を相手にしたら。
ルートヴィヒは内心で悔しさを見せる。
くそう。忌々しいが、どうやらそうらしい。勝ちたいが、どうにもならない。倒したくても無理だ。どうしてだろう?
もちろん、奴らが必死になっていることが効を奏しているからだろう。そのせいで、奴らめ。異様な粘りを見せている。
その粘りを、こちらとしては打ち崩せない。むこうは二人がかりなだけに、攻撃の手数でも負けてしまっていることもあって。
そのせいもあって、こちらはどんどんと押されていってしまってもいる。
ルートヴィヒは低くうめく。
奴らは手負いでその負傷と疲弊の具合からして、こんなに長々と戦えるはずないのに。いつ倒れてもおかしくないのに。ひどく苦しいはずなのに。
奴らの必死さに妨げられて、俺はこの二人を倒しきれない。
からくもまだ二人と戦えてはいるものの、劣勢に立たされてしまってもいる。
こんな状況、許しておけるものか。俺だって、負けられない。負けられないんだよ。
ルートヴィヒは心のなかで叫んだ。
必死さが奴らから力を引き出すなら、俺だって。
必死になって、ルートヴィヒは二人を倒そうと試みる。
より速く動くんだ。剣を振り下ろす腕に、一層の力を込めろ。
彼は必死に躰の酷使を試みる。肉と骨がきしむ思いで。
しかしすぐに、ルートヴィヒは顔を険しくする。
だめだ。俺もここまでの戦いですでに消耗し、ひどく疲れている。躰の酷使を試みても長続きしない。
試みは無駄に終わった。逆に、余計な試みで消耗がなおのこと早まってしまった。
力が躰から抜けていく。躰から、こぼれ落ちていく。
時間が経つにつれ、この二人を同時に相手するのはより厳しくなってくる。
「俺は負けられないというのに」
ゆっくりとだが後退せざるを得ないルートヴィヒを見て、弟子二人は嬉々とする。ゴーマは意気揚々と叫ぶ。
「追いつめているぜ、俺たちはルートヴィヒを」
おう、とジマは返答する。
勝ち誇る二人を眺め、ルートヴィヒは眉間を険しくする。
一体なんのために、俺は戦っているのか?
俺の望みを叶えるためだ。
でも同時に、この戦いは俺の命を守るためでもあるんだ。勝たなければ、俺は死ぬかもしれない。
だってこの戦いに際し、俺は師を裏切ったんだしね。裏切りの代償は、死で支払わされる恐れだってないとは云えない。
一応いまは、師は俺を殺す気はないみたいだけど。教会に入ってきてから師や弟子たちが口にした、俺の身柄に関する言動を聞いた限りでは。口に出しているからには、いまはそれが本心なんだろう。
師がその気でいるのなら、俺は死ぬことはない。ほかの弟子たちにしても俺を殺やしないだろう。師は死刑執行人の主で、弟子たちはその命令に従わざるを得ないんだから。
だけど、とルートヴィヒは付けくわえる。もしも師の気が変われば? 最終的に殺されないとは、云い切れないんだ。
師の気分一つで、俺の運命なんてどうとでも変わってしまう。
だからこそ、俺は勝つべく戦ってきたんだ。裏切ってから、いまに至るまで。望みを叶えようとするだけではない。この命と、わが身を守るためにも。
もし殺されなくても、これで負ければ手ひどく裏切りの罰を受けるのは確実だからね。
俺は相当に痛めつけられることになるだろう。考えるだけで、ぞっとする。そんな目にあうのは冗談じゃない。
だから。ルートヴィヒは強い勢いで剣を振る。
こんなところで負けられるものか。負けて望みはかなわず、あげくの果てに死か苦痛を与えられるだなんて、そんなみじめな目にあってたまるもんか。
内心でそう叫ぶと、ルートヴィヒは後退を止めて踏みとどまった。
高らかに、雅やかに裂帛の気合をあげる。同時に剣を振り上げると、渾身の力を込めて一気に振り降ろす。
その攻撃を、ゴーマは弾き返そうとする。自らの剣を下から上へ振って。戛然と剣が鳴る。うおっ。ゴーマが叫ぶ。その攻撃の勢いに、ゴーマは打ち負けた。
彼の剣は、その手のうちから落ちない。それでも、ゴーマの剣は弾かれてしまった。振り上げた、逆方向へと。腕ごと大きく下へ。しかも、その衝撃で体勢もしたたかに崩す。
こいつ。ゴーマは叫んだが、遅かった。
ルートヴィヒは剣を袈裟斬りにする。ゴーマの頭を裂くつもりで。
そのとき、まだゴーマは体勢を整えられない。
くそおお。ゴーマは咄嗟に後方に跳躍する。血しぶきが飛んだ。




