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ジマは傭兵に裏切りをそそのかし、自分に味方するよう持ち掛ける。

「まて。ちょっと、まてよ」


 副隊長と戦う手を休めず、ジマは近づいてくる傭兵に叫ぶ。


「おい、ここは取引しないか?」

                      

 ジマの言葉に、鼻の大きい傭兵は歩を止めた。やや首をかしげて訝しむ。なに云ってんだ、こいつ。そんな表情をしている。当然、わけがわからないので尋ねる。

                     

「取引って、なんだよ?」

                    

「俺を殺そうとするのはやめろ。むしろ逆に、俺と戦っている野郎を殺すんだ」


「無茶を云う。なんで俺が、味方の副隊長を殺さなくちゃならねえんだよ?」


「取引と云ったろう。ちゃんと見返りはある」


 どんな? 鼻の大きい傭兵は訊く。

 敵の言葉なんざ聞くな。副隊長は叫ぶが、かまわずジマは伝える。


「云うことをきけば、おまえだけは殺さないでおいてやる。俺たちは敵を全滅させなきゃならねえんだけどよ。おまえだけは必ず見逃してやる」


「なに云ってんだ? こっちは敵方のおまえらを、一人でも殺せば全滅させられるんだぜ。それが、こっちの策だってことは俺も承知してる。しかも、こっちの勝利は目前だ。

 あとすこし、俺がおまえに近づくだけでいいんだ。それで俺はおまえを殺せる。こちらの勝利も決まる。なのに見逃すってだけじゃ、見返りとしての魅力を何ら感じねえな」


 鼻の大きい傭兵はせせら嗤う。それでもジマは説得を止めない。


「おまえだけが生き残れば、みんなおまえのものになるんだぜ。そちらがこの町で集めた金品は。俺たちは、そんな品々なんていらねえからよ」


「信じられねえな。口から出まかせに、そう云っているだけなんじゃねえのか? 結局は金品をこっちに渡すのが惜しくなって、最後には俺を殺すんじゃねえのか? そっちは、こちらを全滅させたがってるわけだしよ」


「けど、いまのままこちらに協力しなければ、おまえが死ぬ可能性もあるんだぜ」


 ジマが指摘すると、鼻の大きい傭兵は、は? という表情をする。


「いや、もう状況は圧倒的にこっちの方が有利なんじゃねえのか? それを知っているから、おまえは俺に裏切りの誘いをかけているんじゃないのか?」


「ちがう。おまえは状況を見誤っている。たしかに俺は追いつめられている。

 もしかすると殺される恐れがあるから、万が一にもそうならないために俺はおまえに裏切りの誘いをかけているってだけだ。

 状況はじつのところ、どちらかといえばまだこっちの方が幾分は有利なんだからよ」


「信じるな。あきらかに、奴は苦境に陥っている。いまや奴の命は風前の灯火だ。

 いまの状況は、おまえの見立て通りだ。おまえが近づくだけで奴を殺せるし、こちらは勝つんだ。そうなれば、おまえの命も助かるんだぞ。

 そいつはおまえを裏切らせたい一心で、嘘をついているだけだ。そいつのくだらん与太話に耳を貸すな」

                     

 副隊長は叫ぶ。それを聞いて、ジマは鼻で嗤う。


 そのとおりだ。図星だよ。よくわかってる。

 でもこっちが勝つには、俺の話をこの鼻のでかい傭兵に信じさせて裏切ってもらわなきゃな。

 もうそうしなきゃ、こっちは死ぬしかないほどに切羽詰まっている状況だもんな。

 この鼻でかの傭兵がやってきて剣を向けてこられちゃ、それだけで俺は終わりなんだからよ。出まかせでもなんでも云うさ。

 けど口だけじゃ、裏切らせるのは難しいか。


 ジマは副隊長と戦いつつ、眉間をひそめる。

                     

 いまは誰が見たって、傍目にはむこうの方が有利に見えるもんな。

 現実にこっちが有利で俺の話が本当だっていう証拠を見せてやらなきゃ、この鼻でかの傭兵も話に乗るわきゃねえか。

 

 ジマは副隊長の相手で疲労の表情を募らせながらも、嗤いを唇に乗せる。

                     

 じゃあここは一丁、疲れちゃいるがよ。すこしばかり無理をしてでも、まだこちらの方にこそ勝ち目があるってところを見せてやるとするか。

 こちらの味方をしないのが、どれほど愚かなのかということをこいつに知らしめてやる。副隊長を俺が殺せるということを、こいつに示してやってな。それができれば、鼻でかの傭兵も死を恐れるだろう。

 

 あの鼻でかの傭兵は、さきほどまで震えて床に転がっていたんだ。立って俺と戦えという、副隊長の命令もすぐきかずに。俺らに怯えて。俺らと戦うことを厭って。

 

 根が、そんな臆病者なんだ。ならもっと怖気づかせてやれば、俺と戦うことをより厭うようにもなるはず。

 そうすれば頭でしっかり計算働かせて、こっちに味方した方が得って答えをはじき出すだろ。自分の命を守るためにもな。

                    

 ましてや生き残れば、金品だって独り占めできるって伝えてるんだ。恐怖と欲を刺激されて傭兵は心ぐらつかせて、きっと事はなる。

 こっちの口車に乗って、裏切るはず。


 ただ無理をするだけに、失敗したら目も当てられないが。俺は体力を根こそぎ使い果たして、あとはもう殺されるのを待つしかなくなる。味方はそれぞれの相手で手いっぱいで、こっちの助けにこられそうもないしな。

                     

 危険な賭けだが、仕方ない。俺に残された体力を考えたらな。いま副隊長の相手をしているが、そのあいだにも疲労の度合いはますます増してきた。このままじゃ、副隊長をさばくのも難しい。

 本来なら腕の差からいってこんな副隊長ごとき、こいつ一人だけを相手にするならすぐ片づけられるんだけどな。けどいまは体力が厳しくて、副隊長一人に負けるとも勝つとも云い切れない。

 いや、消耗の激しさを思えば、もしかするとこのままだと副隊長に負けてしまう恐れの方が強いかもしれない。

 それだったら、いっそここは最後の余力を振り絞って、勝つための賭けに出た方がいい。

 ジマは心を決めた。


「嘘? そうかな? よく見てろ」


 ジマは副隊長をにらみつけた。雄叫びを上げて素早く、力強く剣を副隊長に打ち込んでいく。渾身の力を振り絞り、何度も何度も繰り返し。

 

 腕に劣る副隊長は抗しきれない。苦汁の表情を見せて押され気味になる。最後には吠え声を上げながらジマは半回転し、右足を突き出して副隊長の腹を強く蹴る。

                     

 うおお。副隊長は叫び、蹴られた衝撃で吹っ飛ばされた。副隊長は壁に背中から激突した。その衝撃で背中が痛んで一時的に動けなくもなり、呆然とする。


「どうだ、見たか?」


 ジマは鼻の大きい傭兵を見て勝ち誇る。ただしこれ以上は、副隊長に襲いかからなかった。相手が呆然として隙を見せているだけに、いまは襲う好機であったにもかかわらず。

 

 傭兵に恐怖を呼び起こすため、無理をしたことが響いちまっている。こちらが有利に見えるよう、敵を吹っ飛ばすことまでやってのけたんだ。

 もう体力の限界だ。手足は重く、剣を振る力すらろくに残っていない。

 こうなっては、もはや副隊長か鼻でかの傭兵のどちらかがなんらかのこちらの命を奪える攻撃をちょいとでも仕掛けてくれば殺されるしかない。

 いまや片膝を床につけ、休まざるをえない。そんな状況になっちまった。

 

 それでも無理しただけの価値はあったようだ。鼻の大きい傭兵は一向に近づこうとせず、その顔を青ざめさせて立ちすくんでいる。

                     

 ジマは肩を息で切らせてぜいぜいと喘ぎながらも、にんまりと嗤う。

                     

 あの顔。きっとあの鼻の大きい傭兵はいまの一連の攻防で、俺に恐怖心を覚えたのだろう。まんまと、こちらの狙い通りに。


 ジマは成果を得られて満足げに云う。

              

「わかったか。俺とこいつのどちらが強いか」

                     

 怯えた目を見せながら、鼻の大きい傭兵は無言でこくこくとうなずく。

 彼は副隊長を圧倒したジマに恐怖していた。


 いまの攻防で、敵と副隊長のどちらが強いのかはっきりとわかった。

 まずい。敵がこんなに強いんじゃあよ。迂闊に俺が近づけば、逆にこっちがやられちまうかもしれねえ。

                     

 恐怖で足を凍らせ、鼻の大きい傭兵はジマの言葉を黙して聞く。


「いいか、鼻でか。俺がこいつに勝つのも間もなくだ。それでも俺も疲労していて、こいつに負ける目もないわけじゃねえ。もちろん、このまま戦っていれば勝てると思うがな。けどもしかしたら死ぬかもしれねえっていう危険な橋は、こっちもできりゃ渡りたくねえんだよ。

 万が一にも、俺が死ぬってことがないようにするためにもよ。おまえにゃ裏切って欲しいんだ」

                  

 息を切らせながら、ジマは傭兵に命ずる。


「死にたくなければ、俺に味方しろ。俺がこいつを殺してからでは遅いぞ。もし味方しなかったら、おまえもそのときには殺してやる。それが嫌なら、こちらの取引に乗れ。味方を裏切れ。そこの副隊長とやらを殺すんだ」


「聞く耳を持つな。もし裏切って俺が生き残っていれば、その罪でおまえを殺すぞ」


 まだ痛みで動けない副隊長は、床に腰を降ろして壁に背をつけながらその場で叫ぶ。


 裏切られれば敵が増え、こちらとしても対処に困る。そうならないようこちらとしても、あの手下を味方に押しとどめるのにここは必死ならざるを得ん。

                     

 鼻の大きい傭兵は躊躇した。


 一体、どちらにつくべきだろうか? やはり副隊長だろうか? 味方なのだから、当然そうなのだろう。しかし、この選択は自分の生死にかかわる。失敗は許されない。

 判断を誤り、副隊長に味方して敵がもしも勝てば俺は殺されちまう。

 逆に敵に味方して副隊長が勝てば、裏切りの罪で処断されてまた死ぬ。

 しかも厄介なことに、どちらがはっきりと有利かは正直わからない。

 強さは、敵の方が副隊長よりうえ。だとしても敵は、いまひどく疲弊しているように見える。

 二人の強さと体力を比べれば、どちらが勝っても不思議じゃない。

 こんな状況で、俺はどうすればいいんだ。

 どちらに味方すればいいのか、判断がつかない。


 鼻の大きい傭兵は、おおいに迷った。その心の動きを見抜き、副隊長は怒鳴りつける。

                    

「こら、てめえ。なにを迷っている。いま動けば、敵をやれるんだ。その好機にあるってのが、わからねえのか? ぐずぐずしないで、はやく敵を殺しに動け。俺も動くから」


 副隊長は宣言通りに動いた。顔を険しくして痛みにこらえながらも立ち上がり、ジマの方へ歩いていく。その命を奪うために、のろのろと。


 かたやジマも立ち上がった。もうろくに動けないが、殺されたくないので相手をするしかない。

 ジマはにらみつけながら、近づいてくる敵を待った。

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