ゴーマは顔を斬られ、怒声をあげる。ジマは状況を打開するため、妙案を浮かべる。
ぎゃああああ。ゴーマは絶叫を上げる。
顔に傷を負ったが、それは致命的なものではなく彼はまだ死んでいなかった。
とどめ。ルートヴィヒは内心でそうつぶやくと、振り下ろした剣を素早くうえへと跳ね上げる。
今度こそゴーマの命を絶つために、その首を跳ね飛ばすことを狙って。
ぐおお。ゴーマは猛った。殺されないために、彼も必死に剣を振り下ろす。高い金属音が響く。
ゴーマは、今度は間に合った。二人の剣は互いの刃で受け止められていた。
「くっそおお。ルートヴィヒ。てめええ」
怨嗟で猛った咆哮をゴーマは上げる。怒りに任せて、ゴーマは剣を遮二無二ルートヴィヒに振るいだす。それによって、ふたたび彼らは剣を交えることになった。
剣を振るたびに、ゴーマの顔から血しぶきが飛ぶ。
傷は深く、動くたびに激しく痛む。とはいえ、どうやら目は無事らしい。
斬られる寸前、とっさに目を閉じたのが効を奏したのだろう。斬られたのは、まぶただけのようだ。そこから伝ってくる血と痛みのせいで、かすかにしか左目は開かないが視界の方は効く。目に入ってくる血のせいでその視界もにじみはするが、景色は見える。
だがろくに開かず見えないとあっては、すくなくともこの戦いのあいだは左目は死んだも同様だ。ろくすっぽ使えないままだろう。
おかげで、とくに左からの攻撃は避けづらい。剣で相手の左からの攻撃をふさぐことも難しい。片目しか効かなくてはろくに距離感が取れず、相手に攻撃も当てずらい。
ひでえ状況だ。ゴーマは眉をしかめる。
一方で、ルートヴィヒは嬉々としていた。
いまこそ、ゴーマを殺す気は熟した。
そう観たルートヴィヒは間断なく攻撃を入れてくる。
奴が左目を不自由しているのは確実だ。ルートヴィヒは、にやりとする。そんな程度のことは、その怪我の具合を見ればすぐにわかる。
なら仕留めるためにも、とくに奴の左へ攻撃を多くいれてやる。
ぐうう。ゴーマはそれでもよく防いでいたが、完全とはいかなかった。
腕や頬などに幾筋もの切り傷が、たちまちのうちにつくられた。
くそおぉ。攻勢に出たばかりに、こんな目にあうとは。
状況を打開するために動いたが、そうすることでより一層の窮地に陥っちまった。こんなことになるくらいなら、攻勢に出るんじゃなかった。まだしも防御に徹していた方が良かった。後悔したところで、もはや遅いだろうが。
ゴーマは内心で愚痴る。
ああ、くそ。目からの出血がひどいぜ。そのせいか、どんどんと体が重くなっていく。動くたびに、苦しみも増していく。
ゴーマはからくも攻撃を避けながらも、急激に息を派手に切らすようになっていった。
ゴーマとしては非常な窮地に陥ったわけだが、その窮状は彼の対戦相手にとっては悦びだった。
「勝った」
ルートヴィヒは薄笑みを浮かべていた。その様相をいらだたしく思いながら、ゴーマは叫ぶ。
「勝っただぁ? なに寝ぼけてやがる。まだ勝負はついちゃいねえ」
「強がりを」
ルートヴィヒは笑みの彫りをより深くする。
ぐう、とゴーマは唸る。
またしても図星を突かれた。その悔しさで、きつく歯を噛みしめてきしませもする。
その様子を見て、ルートヴィヒは満足気な表情をする。
「そのとおりだ。自分でもわかっているようだね。おまえたちは、もう終わりだってことを。
いまのおまえは、いわば半死半生。このままでは、間もなく俺に殺される。ジマしても、窮地の只中だ。まさしく絶体絶命のね。
もしあのジマに迫ってくる傭兵が攻撃をすれば、すぐに決する。ジマと、その相手をしてきた傭兵たちの勝負は。
あいにくとジマには、あの傭兵の攻撃をかわす術はない。いまのところ、副隊長の対応に追われて手いっぱいなだけに。
あの傭兵に攻撃されれば、ジマはすぐにでも殺されるはず。その後にはすぐに、副隊長とあの傭兵も近くにいる俺のもとへ来て合流を果たすだろう。この俺の策に沿ってね。そうなれば、こちらとそちら。そのどちらが勝利を掴むかは、もはやあきらかだ」
ぐ、とゴーマは喉をつまらせた。血に染まる顔には、苦い表情が浮かぶ。
そりゃ、こっちもわかっている。なので、ルートヴィヒに反論ができねえ。
しかし、押し黙ってもいなかった。なんとか窮地を脱するために、彼は弁を振るった。
「いいのか? てめえ」
「なにが?」
「てめえとしちゃ、固執しちゃいないんだろうが。
てめえが憎んでならない、俺やジマ、師の三人をよ。てめえのその手で殺すってことを。
けどてめえとしちゃ、やっぱ不本意じゃねえのか。あの鼻でかの傭兵にジマを殺させる、だなんてことになる結果は。
もしそうなりゃ、てめえはジマを殺せなくなっちまうんだぞ。そんな事態になって、てめえ本当に未練はねえのかよ。本音を云えば、望んでんだろ?
その手で殺したいんだろうが。憎い俺たち三人を、てめえはよ。なのに他の奴に、その生死を委ねていいのかよ?」
剣を交えながら、ゴーマはルートヴィヒをそう挑発した。
無駄だということは、俺にもわかっている。止められるわけがねえんだ。こんなことを云ったところで。傭兵たちが、ジマを殺そうとしていることを。奴らにしてみれば、ジマを殺せば勝利が確実になるんだもんな。そりゃ当然だ。
でもよ。すこしの時間だけでもいい。
あの鼻でかの傭兵の動きを止められるならよ。勝利は逆に、こちらのものになる。
いまのジマにゃ、あの鼻でかの傭兵と副隊長の二人を同時に相手どることはできない。
けど鼻でかの傭兵の動きが、すこしでも止まりゃあよ。
そのあいだに、ジマなら副隊長を始末できるはず。
そうなりゃ、あとはあの鼻でかの傭兵だけだ。ジマが相手をしていた傭兵どもの残りは。
まして、あの鼻でかの傭兵は負傷している。ろくに動けないだろうから、いまのジマでも簡単に葬れる。そうなりゃ、ジマは助かる。ついでにこの俺もな。当然、そうなる。
だって、あの鼻でかの傭兵の攻撃を止められなきゃよ。ジマはやられちまうんだ。
その場合には、そろってこっちに来ちまうだろう。ジマがいま相手をしている敵二人は。
そいつらまで来ちまっちゃあ、ルートヴィヒを含めた敵すべてに俺が対処できるわけがねえもんな。
いまだって、もうルートヴィヒ一人の相手をするだけで手一杯だってのに。
結果、俺は殺されちまうだろう。
そうなりゃ、師だって死を免れられねえ。
あげく、すべてがルートヴィヒの思惑どおりに本当に運んじまう。
そうなっちゃ、こっちとしてはたまったもんじゃねえ。
ごめんだぜ。全滅するだなんて。あの野郎のちんけな策なんかに嵌まっちまって。
そうならないためにも、あの鼻でかの傭兵がジマを殺そうとしていることをいまはなんとか止めてえ。
ジマがあの副隊長を始末する時間を稼ぐためにも。
それさえできりゃ、あとはジマの力で全滅するんだ。ジマと、いま戦っている奴らは。
その後には、ジマはこっちの来援にくるだろう。
結果、こっちが助かるってことになるもんな。
ルートヴィヒなんざ、俺とジマの二人でかかりさえすれば打ち破るのは容易いし。
ゴーマはルートヴィヒの強力な剣の一撃を自らの刃で受け止め、歯を食いしばる。
まあ、あの鼻でかの傭兵の動きを、いま止めるのは難しいかもしれねえがよ。ルートヴィヒには、俺たち三人への殺意があるんだ。そのルートヴィヒの望みを逆手にとり、うまく口で誘導すれば、あるいはってこともある。
ルートヴィヒが乗ってきて、あの鼻でかの傭兵の動きを止めるってことも絶対にないとは云えねえ。
浅はかかもしれないが、いまは使える手があるならそれがなんであれ縋りてえ。
俺やジマ、師が助かるためにも。
駄目で元々で、やるに越したことはねえ。それでいまこう云ってルートヴィヒの誘導を試みたわけだが、どう出る? ルートヴィヒの野郎はよ。
こっちの思惑通りにいかねえかな? やっぱ。
ゴーマは胸中でそうつぶやいたが、その通りだった。
艶やかな美しい黒髪を左右に細やかに揺らしながら、ルートヴィヒは首を振った。
「だけどこちらとしては、なにより大事なのは勝つことだ。憎いおまえたち三人をこの手で殺せなくなる以上に嫌なのは、負けることなんだ。
もうこちらの勝ちは動かないと思うけど、油断は禁物だ。
師も無事だし、隊長に対して戦いを優勢にすすめているようだしね。隣の通路から聞こえてくる様子を伺うに。
もしもおまえたち二人を殺すよりさきに、師が隊長を始末してこちらに駆けつけてしまえばさ。こちらとしては取り返しがつかない。
師がやってきておまえたちのどちらかと合流すれば、こちらが敗北するという憂き目にあってしまう。
もちろん俺としてもそんな事態に陥るのは、はなはだ遺憾だ。そうなるくらいなら、いっそ」
「いっそ?」
ゴーマにうながされ、ルートヴィヒは口を開く。
「いっそ悪くない。あの傭兵がジマを殺して終止符を打つのも。この教会での戦いに。
俺はこの手でジマを殺せなくなるけれど、それ以外に不都合な点はなにもないしね。
すくなくともゴーマと師という二人を、この手で殺せる可能性も残るわけだしさ。勝利だっておさめられる。おまえたち三人を殺すという目的も達せられるしね。
そもそもこちらとしては、目的を達することがなにより最優先なんだ。
だったらあの傭兵が終止符を打つという結果は、余程ましというものさ。こちらの敗北という形で終わるより。
それにゴーマ。おまえがいま、ことさらにさ。なぜ俺の手でおまえたち三人を殺せと挑発したのか、その理由も読めている。
俺がおまえの挑発に乗って、ジマに迫るあの傭兵を引かせれば、自分たちが勝つ方向へ事が動くと考えたんだろう? でもそんな見え透いたおまえの手に乗る気なんて、俺にはさらさらない。だから」
ルートヴィヒは鼻の大きい傭兵をせかすために叫んだ。
「おい、鼻でか。ジマを殺すなら、はやくやるがいい」
ゴーマは嫌な顔をした。
こっちは、あの鼻でかの傭兵がジマを殺そうとする動きを止めたいんだ。それなのに逆に殺すようにうながされちゃ、困るんだよ。
「ざっけんな、こら。余計なこと云うんじゃねえ」
ゴーマは叫んだ。
どうやら叶わなかったようだ。ルートヴィヒを利用しようとする、こっちの思惑は。
もともとこちらの期待も薄かったし、それは仕方ねえ。
かといって、ジマが殺されるのをこのまま座視する気もねえ。
自分たちの命を守ることも、こちらの勝利もあきらめたわけでもねえ。となると、ここはもう脅すしかねえか。くだらん手だが、あの鼻でかの傭兵を。
そうすりゃあの傭兵もジマを殺そうとする動きを、あわよくば怯えて止めるかもしれねえもんな。
これも駄目で元々。試してみるか。
「おい、てめえ。そこの鼻のでかい傭兵。てめえも大人しくしてやがれ。いまさら、しゃしゃり出てくるんじゃねえ。余計な真似をしたら、ぶっ殺すぞ」
しかし、その脅しは効を奏さなかった。
鼻の大きい傭兵は、その足を止めようともしない。副隊長の方が恐ろしく、鼻の大きい傭兵はその命令に大人しく従っていた。
その状況に副隊長は満足し、ルートヴィヒも悦びを唇に刻む。
結果が望み通りにならなかったことで、ゴーマは悔しそうに唸った。
ジマも舌打ちをする。
どうやらゴーマが俺のために骨を折ってくれたようだが、残念だ。事は失敗に終わったようだ。
しかし俺としても、自らへ有利に状況を好転させたい。なら、どうすればいい?
ジマは考え、とっさに妙案が頭に浮かんできた。
思いついたぞ。にんまりとし、さっそくジマは傭兵に手を打つことにした。




