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勝負の天秤は、次第に傾きはじめる。ルートヴィヒにも、焦りの色が見えはじめる。

 西の通路でも、師と隊長による激しい一騎打ちはまだ終わっていなかった。


「ふん、ルートヴィヒの奴。生意気にも、いろいろと考えてやがる」

                   

 師は戦いながらも、耳の片端にルートヴィヒとゴーマの話をとらえていた。 


「とはいえ、どうやらほかの弟子二人もルートヴィヒの策に嵌められて苦労しているようだ。ルートヴィヒの奴め。なかなかにやる、というところか。もっとも、思い通りにはさせんがな」     

                    

 ふっとベルモンは嗤う。


 ミゲールを破れば、俺は弟子二人のもとへ行ける。そうなれば、あいつの策も終わりだ。とっととミゲールと勝負をつけ、あいつの策を無惨に打ち砕いてやる。


「おらぁ。はやく、くたばっちまえ」


 振りかぶり、師は剣を勢いよく叩きつけた。甲高い金属音が響く。二つの剣が重なる。相手のあまりの強打のせいで、剣でふせいだミゲールの腕がしびれる。その直後に、ミゲールの片膝ががくりと下がる。ここぞとばかりに、師は重ねた剣のうえからのしかかる。

 たまらずミゲールは、そのまま床に片膝をつけた。のしかかってきた師の重圧のせいで。

 

 その体勢のまま、必死にミゲールは受け止め続ける。自らの剣で。そのうえに重なる師の剣を。

 だが徐々に、師の剣は下がってくる。じりじりと押され、そのうちにミゲールの頭を割ろうとするかのように、彼の額の寸前まで迫ってきていた。


 ぐうう。ミゲールはうめき、しかめ面をする。


「ふふふ。苦しそうじゃないか。どうした? ミゲール」

        

 微笑し、師はさらに剣を下方へ押し込んだ。師の体重がミゲールに一層、重くのしかかる。その苦痛でミゲールは、またもうめく。こんな体勢では、うえからかかる負荷がきつくてならない。

                    

 その負荷を支え、斬られないようこらえるためにミゲールの太ももがひどく震える。ミゲールは、両ひざを床につけないでいるのがやっとだった。

 

 二人の勝負の行方は、一方に傾きだしていた。

 当初こそ互角に戦っていたが、次第にミゲールは形勢不利になっていた。攻勢に出る機会が次第にすくなくなり、防戦一方になりつつあった。

                    

 くそっ。思わずミゲールは毒づく。


 ベルモンの野郎。この野郎は、尋常じゃねえ。剣を交えれば接戦すると思っていたのに。その当初は実際にそうだったのに。時が経つにつれて、どんどんと強くなっていきやがった。いまではこっちが不利になるほど、力に差がついている。畜生め。とんでもなく強ええ。それでもなんとか戦いは続けられていたが。しかし戦いが長引いちまったことで、こっちは段々と消耗する始末。その反面、むかつくことに相手はまだ余裕がありやがる。腹ただしいが、こんな状況では長丁場は不利だ。このまま戦い続ければ、いつかはやられてしまうかもしれねえ。

 そのまえに味方が来れば、助かるが。まだか? まだ味方は来ないのか。


 ミゲールに焦りが見えはじめてきていた。


 味方の誰かが、敵の一角を潰せばこちらが勝つというのに。新参も一対一なら、必ず勝つという話だったろうが。

 手下どもも、まだ手こずってるのか。むこうの弟子一人を、複数で相手どっているってのに。一体、何をしていやがる。はやく応援に来い。

                   

 瞬間、ふっとうえからの力が抜ける。ミゲールが訝しんだ刹那、下から蹴りが放たれた。

 慌てて、ミゲールは剣を握りながら背を伸ばし、後方へ跳躍して反転する。

 蹴りは当たらない。さきほどまでミゲールが身を置いていた場所を素通りし、空振りする。

 ミゲールは間一髪、後方に宙返りをして難を逃れていた。


「やるじゃないか、ミゲール。ははは」

                    

 破顔して、ベルモンはミゲールの方へ突っ込んだ。宙返りで離れたミゲールとの距離を、一気に詰めてくる。ミゲールは剣を構えた。


 くそ。隙があれば攻め込んで勝ちたいが、いまのままではなかなかそれも難しい。とりあえず防御に徹するか。もうひと踏ん張りすれば、必ず味方はくるはず。合流すればこちらの勝ちだ。それまで耐えてみせる。

 ミゲールは師の剣を受け止めた。

                    

 一方で東の通路でも、まだ戦いが続いている。


「なかなかやる。あの訓練のときよりも、ずいぶんと粘るじゃないか、ゴーマ。今回は、俺に油断しないと云うだけあって」


 剣で攻撃を繰り出しながら、ルートヴィヒは玲瓏に高笑いをする。ゴーマが、むっとして叫ぶ。


「うるせえ。俺を見下す態度を取るんじゃねえ」


「仕方ないだろう? 事実、俺の方が腕は上なんだから。やっぱり、おまえ一人じゃ俺には敵わないんだよ。いまやね」


 ルートヴィヒは、うっすらと嗤う。ゴーマとともに、剣戟の音を奏でながら。


 互いに繰り出す剣の手数は、俺の方があからさまに多い。今回ゴーマはすぐにやられず粘りはするものの、勝負はどう見ても俺の方が押している。

 こちらが優位に立っていると思うと、嗤いが込み上げてきてならない。

                    

「くっ、ちっと強くなったくらいで、生意気な口をききやがって。これまで俺やジマに、散々に虐げられていた分際のくせに」


 ゴーマは悔し紛れにつぶやく。途端に、ルートヴィヒは声を張り上げて反駁する。


「ゴーマ。おまえこそ、分際をわきまえろ。とくと思いだせ。一対一の訓練で、俺に負けたことを。おまえの実力は俺より、もう下なんだよ。格下の分際で、俺に偉そうにほざくな」

                    

 そう侮蔑され、ゴーマは歯がみをする。


 云い返せない。一対一でルートヴィヒにのされてしまった、直近の訓練を思い出す。

 

 悔しいが、そのとおりかもな。認めたくねえけどよ。比べてしまえば、いまの俺はこいつより実力的に格下なんだろう。

 ルートヴィヒの野郎は、紛れもなく強くなった。しかもほんの若干だが、また強くなっている気もしやがる。俺がのされた、あの訓練のときよりも。

 あらためて戦ってみて、そう思う。もしかすると気のせいかもしれねえが。

 いずれにせよ一対一では、いまの俺はこいつにゃ敵わねえ。事実、もう攻撃は仕掛けられない。防戦に徹するので手いっぱいだ。

 攻撃に回れば、隙を突かれてすぐ殺されかねねえ。

 防戦に徹すればまだもつだろうが、このままじゃやべえ。


 ゴーマは冷たい汗をかきながら、苦りきった顔をする。ルートヴィヒは口角の片方をつりあげ、端麗だが歪んだ笑みを象る。


「さて、どうなるかな?」

                  

 なにがだ、とゴーマは苦しそうにしながら問いかける。


「おまえたち三人の死ぬ順番のことさ。まあ師は手強いし、最後になるだろうからね。

 まず死ぬのは、弟子であるおまえたち二人のうちのどちらかなのはたしかなんだけどさ。どちらが死ぬのは先かな? やっぱりジマかな? 最初に死ぬのは。奴はほんの若干だけど、おまえより弱いしね。

 いや、それともおまえかな? ゴーマ。だっておまえは、もうかなり俺に追いつめられているものね」


 戦いつつ、状況を把握しているルートヴィヒはそう云った。


「そんなことになって、たまるもんかよ。すぐにジマなり師なりが、敵をぶち殺して俺の応援にかけつけてくらあ。そのときは、ほえ面かくな」


「手練れの傭兵隊長が相手をしているんだ。さしもの師も手こずるだろうし、すぐにかけつけてくるとは思えないね。それにジマにしても、傭兵たちに苦戦しているようだよ」


 ルートヴィヒは愉快そうな色を、美しい黒い瞳に浮かべる。

 視線を送ったさきでは、ジマが傭兵たちと互角の戦いを未だ演じていた。


 ジマは傭兵たちに手こずっているようだ。

 とはいえ、ジマは傭兵たちの命を徐々に奪っていっている。その攻撃を巧みにかわしながら。


 副隊長を含め、戦っている傭兵たちはすでにのこり三人となってしまっている。

 

 その事実からしてみれば、人数を減らされている傭兵たちの方が不利そうではある。

 しかし彼らはまだ複数いるうえに、そこそこ手強い副隊長もいる。体力的にも見た目からして、まだ彼らには余裕がありそうだ。

 

 もちろん必死に戦ってきたこともあり、傭兵たちもそれなりに疲労は否めないようではある。それぞれ苦しそうな表情を浮かべている。

 

 だとしても、いままで傭兵たちは複数の味方とともに手助けしあいながら戦ってきたしね。その成果が戦いのさなかで幾分かの余裕を生み、彼らに体力の温存を許しているのだろう。

                    

 しかるにジマは次々に途切れなく襲ってくる傭兵たちの相手を単独でしてきたこともあって、着実に疲労を貯めこんでいるようだ。躰の切れも次第に悪くなってきてもいるように見える。

 表情も相当に苦しそうだ。もはやひどく消耗しきっているのは、目に見えてあきらかだ。

                    

「あれじゃ、そう簡単に傭兵たちを始末できないんじゃないかな?」


 ルートヴィヒはとがった顎を、ゴーマの背後で戦うジマに向ける。

                    

「でもまあ、こちらの味方も殺されているしね。ほぼ対等に戦っているようにも見えなくもないし。あっちの決着は、もうすこし長引きそうかな? むしろあっちがあんな様子じゃ、おまえの方が俺にさきに殺される可能性の方がやっぱり高いかもね」


 ぐぬう、と眉をしかめながらゴーマは押し黙った。


 なにか云い返してやりてえところだが、それ以上にジマの様子が気にかかる。普段から仲がいいだけに、傭兵どもに手こずっているというジマの身を案じずにはいられない。

                    

 だが、ジマは背後にいる。いまのままでは、様子をうかがうことができない。にしても、なんとかして様子を知りてえ。

 そのためにはすこしばかりよそ見をすればいいことだが、戦いのさなかにそんな真似をすれば隙ができる。

 それを見逃すほど、ルートヴィヒは甘い男じゃねえ。隙を突き、攻撃をしかけてくるのは決まっている。俺の身だって、危険にさらされるだろう。

 

 それでも、俺としてはいまそうせざるを得ない。ジマの奴が、どうなっているか心配だ。どんな具合なのか、無事なのかどうか、確かめてえ。


 その欲求に耐え兼ね、ゴーマはジマの様子を目にするためにうしろをちらりと振り向いた。

 

 その瞬間、ルートヴィヒは強く足をまえへ踏み出した。


 好機。そうとらえて、ゴーマのつくった隙を見逃さない。鋭い突きをゴーマに向けて一気に放つ。

                    

 その動きに、ゴーマの方でも気づいた。血相を変えてルートヴィヒの方へ向き直り、とっさにその突きをかわす。同時に、左肩に焼けるような痛みが走る。

                    

 ゴーマは、ルートヴィヒの突きを完全には躱しきれなかった。黒装束の左肩の部分は裂かれしまっていた。そこからは血が流れだしている。

                   

 ゴーマは低く唸り声を上げ、斬られた肩に手を当てる。

 

 戦いのさなかのすこしのよそみで高い代償を支払うことになったが、どうやら傷は浅いようだ。まだ余裕で戦える。

 だが斬られたことで、ルートヴィヒへのゴーマの憎しみはさらに燃え上がらざるを得ない。

                    

「てめえ、やってくれたなあ」

              

 怒りの形相をあらわにするゴーマに、ルートヴィヒは酷薄にして美しい笑みをにじませる。


「安心しろ。おまえを殺しても、すぐにそのあとをジマにも追わせてやる。そのあとは師もだ。死んでも寂しくないように、道連れにしてやるよ」

                   

「そうはいくか」


 ゴーマが叫んだとき、ジマがまた一人傭兵を斬り殺す。

 

 貴様ぁ。やりやがったな。手下をまた一人失ったことで副隊長が叫ぶ。

                    

 あと二人、とジマはぜいぜいと息を切らしながらつぶやく。耳で状況を把握したゴーマは叫んだ。

                   

「いいぞ、ジマ。その調子でやっちまえ」


 そう、とっととやるんだ。ゴーマは胸のうちでつぶやいた。


 俺としてはジマの手助けを期待してるからよ。ルートヴィヒは、俺たち二人には敵わない。そいつは訓練の際にも証明されている。

 だからジマがこちらに合流してくれさえすれば、ルートヴィヒに追いつめられているこの窮地から俺も脱出できるはずだ。


 だが、ジマから声を上げての返答はなかった。うなずくだけで終わった。敵の相手をするのに必死で、ジマとしてはゴーマへの返答はそれだけで精一杯だったのだ。

                    

 かたやルートヴィヒはジマと傭兵たちの状況を知って舌打ちする。


 いささか、まずいか。ジマの相手をするのは、のこり二人。そこそこ強い副隊長は健在とはいえ、二人ではジマの相手をし続けるのは厳しいかもしれない。


 一抹の不安が、ルートヴィヒによぎる。

 ルートヴィヒは、ちらりとジマを観察する。


 ともあれ、ジマが疲れきっていることに変わりはない。ならジマが、傭兵たちをあっという間に葬るということもあるまい。しかし、ジマは着実に傭兵たちを葬っている。

 そのことはたしかなだけに、ここはゴーマの始末を急がないと。

 話にもならない。俺がゴーマを葬るまえに、ジマに傭兵たち全員を始末されては。そんなことにでもなれば、こちらの策が崩れる。

 ジマがゴーマの応援に駆けつけ、こちらの策を逆利用されて敗れてしまう。


 ルートヴィヒにも焦りの色が見えはじめる。


「もうおまえの相手も終わりだ。ゴーマ。そろそろ仕留めさせてもらう」

                    

 ルートヴィヒは黒い瞳を剣呑に光らせた。


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