策に嵌めたという優越感から、ルートヴィヒは勝ち誇る。
ゴーマと戦いをすすめながら、ジマと傭兵たちの様子を目にしたルートヴィヒは微笑する。
「ジマと傭兵たちも、いい勝負をしているね。あちらの勝負は、まだ長引きそうだ。それでいい、傭兵たち。おまえたちはべつに、無理に勝たなくてもいいんだから」
「ああ? どういうこった?」
疑問を抱いたゴーマは尋ねた。
その刹那、ルートヴィヒは素早く突きを出す。からくもゴーマが避けたが、ルートヴィヒは攻撃を止めない。次々と剣を振る。
その攻撃を剣で受けて、ゴーマはさばく。そんな剣の応酬が繰り返されるさなかに、ルートヴィヒは答える。
「俺は考えていたんだ。こうして今回の策を実行するまえから。
傭兵たちを味方とし、俺の策を用いてそちらと戦ったときを想定して。
俺と隊長、それに傭兵たち。この三者がそれぞれの相手と局地戦で対峙したら、そのなかでもっとも勝利を得やすいのは誰かって。
師にはもちろん、容易に勝てないだろう。
隊長が師の相手をすることを、自ら望むまえからそれはわかっていた。俺や隊長、ほかの傭兵たちといったこちらの味方の誰が相手をしたところで同じだってね。
こちらの策がうまくいけば、師にだって最終的には勝てるかもしれないけれど。局地戦のいずれかをこちらが制し、多勢に無勢でかかる状態になれば。
でも師が手練れであるからには、局地戦のときにすぐに殺すというのは難しいものね。
となると当然、もっとも局地戦で勝利を得やすいのはさ。おまえたち二人の弟子と、渡りあう奴ということになる。師の相手を隊長が務めることが決まった時点では、俺か、のこりの傭兵たちのどちらかだってね。
ただし、傭兵たちの人数は残りすくなくなることはこちらも予想しえた。こうまですくなくなるとは思っていなかったけど、まあかなり減らされているだろうとは思ってた。この戦いがはじまるまえに、おまえたちがこちらの傭兵を削いでいたことを考えれば。
しかしそんな状況では、傭兵たちがそちらの弟子一人との戦いを優位に進めることは難しい。
とはいえそこそこの手練れである副隊長がいるという状況を加味すれば、ほぼ互角に渡りあうことくらいはできるだろう。だからすぐに決着はつかない。そう考えていた。その考えは、おまえたちがほとんどこちらの手勢を削ったあとも変わらなかったし、間違ってもいなかったが。
現実にジマと戦って、いまそうなっているようにね。
だったら、もっとも勝利を得やすいのはさ。傭兵たちと対していない、余りもののもう一人の弟子。そいつと対峙する奴ということになる。つまりは、この俺ということに。
俺の力なら、弟子一人を一対一で破るのは容易だしね。
であればその余りものの弟子と対する俺のために、それ以外の味方はつまるところ時間を稼ぎさえすればいい。その余りものの弟子が、俺に葬り去られるまでのあいだね。その一騎打ちに、余計な邪魔をいれないようにして。
そうすれば、おのずと勝利はこちらのものになるんだから。
いまの状況にあっては、めでたくその余りものの弟子の役回りを務めることになったおまえを俺が敗ればさ。俺を含めた傭兵隊がわが、そちらの死刑執行人がわに勝利する流れが生じるわけだしね」
「そういうことかよ」
疑問が解消され、ゴーマはつぶやく。ルートヴィヒは執拗に剣で攻撃を繰り出しながら、こうも付け足す。
「だからといって、歓迎しないわけじゃない。俺以外の誰かが相対している奴に勝つっていう事態も。俺が自分の相手を殺すまえにね。
そうなれば味方が各個の戦いで勝利した以上、そちらが全滅する流れが生じる。
俺としても目的は、おまえたちを全滅させることにある。だったらべつに、味方が勝つことにこしたことはないしね。目的を達することこそが、こちらとしてはなにより大事なんだから」
「俺たちを自らの手で殺すことを望んでいるにせよ、それにおまえは固執していないってことか」
「この手でおまえたちを殺せなくなるのは、残念だけどね」
首肯し、ルートヴィヒは剣戟の音を響かせながら薄く嗤う。
「勝利するならしろ。できないなら無理して勝利しようとせず、時間をとにかく稼げ。俺が一対一の戦いで勝利するまで。俺としてはどちらでもいい。
いずれにせよ、こちらが最後には勝利を手にする。師やおまえたち弟子二人を殺すという、そういう絵図を描いているんだからね」
自分の策は単純だが、有効だろう。
ルートヴィヒは確信していた。
まず敵を孤立させ局地戦をつくりあげる。局地戦でも味方が有利になるような状況で。その局地戦で味方が勝利を得られやすいように。
局地戦で勝利を得ればその都度、味方同士が合流する。それにより、その力を増大させながら味方は未だ存命する敵を破っていく。
いまこちらが勝つには、この手しかない。
この策こそは勝つためにいまこちらが採れる、自分の思いつく限りで最善の策のはず。
この策はもともと頭に描いていた、死刑執行人がわと傭兵がわの彼我の戦力の吟味があったことで思いついた。
死刑執行人がわは三者。傭兵がわは自分と隊長及び、残りの傭兵すべてを一人の人間とみなして、それで三者。その彼我の戦力を比べれば、傭兵がわに有利となる。
そこまでは考えて、俺は死刑執行人たちを裏切った。裏切ったときには、それしか考えていなかった。だが死刑執行人を破る策を出そうとした機に、ふと気づいた。
もともとこちらが有利と見たからこそ、俺は裏切ったんだ。
だったら死刑執行人どもを倒そうとするなら、その際には仕組めばいい。三人の死刑執行人を孤立させて一対一で当たる局地戦の方式をとり、そのすべてで傭兵がわが優位に戦いをすすめられる対戦を。
そうすれば、よりこちらの有利さは高まる。間違いなく勝つことができるのでは、と。
もちろん師には隊長を、ゴーマとジマにはそれぞれ自分か残りの傭兵を当てたのは、その組み合わせにすれば最終的にはこちらが勝つ可能性が高いと見込んでのことだ。
だから俺は喜んで受け入れた。師と当たることは隊長自身が決めたわけだが、その選択を。それを副隊長から聞かされたときも、いっさい拒絶なんてせずにね。
ただこの策を実行するにあたっては、欲を云えばもっと傭兵隊の兵力が残っていてほしかったというのが本音だ。
教会で戦う直前にもしそれなりに兵力が残っていたら、その場合でもそいつらをすべて弟子の一人に俺は振りわけるつもりだった。それが可能だったら、弟子の一人と対する傭兵たちの勝率はより高くなっていたろう。今回の戦いがはじまるまえに残っていた傭兵たちの実数に比べて、多少なりとも弟子一人にぶつける数がいまより多くなっていたぶんだけ。
でも、あてははずれた。
傭兵たちは結局、ジマと少量の人数で相対することを余儀なくされてしまった。
もっと残存兵力が多ければ、いまその戦いはさらに有利にすすめられていただろうに。
今回自分が出した策にしても、よりその成功が確定的にもなっていたはずなのに。
正直、なくもない。
こちらの兵を師たちにこうまで事前に削られていなければ、という思いも。
が、いまそれを愚痴ったところでなにもはじまりはしない。
ともあれ現状、首尾よく敵をこちらの策に嵌めこめはしたんだ。それにより、こちらが優勢な状況にあることには変わりないはず。
こうまですれば死刑執行人どもと対するこの教会での戦いは、よもや負けることはあるまい。
こちらに軍配が上がるに決まっている。
ルートヴィヒは、ふふふと低く嗤う。かたやゴーマは眉間をひそめる。
「おまえの筋書きはわかった。おまえとしちゃ、してやったりというところか。いまのところ、事はたしかにおまえの思い通りに進んでいるようだしな」
「この勝負、もらったよ」
策に嵌めたという優越感から、ルートヴィヒは勝ち誇る。そうした上から目線の物腰がゴーマの癇に障り、彼はわめいた。
「ほざくな、ルートヴィヒ。結果的に、どうやらここまではうまくいきはしたようだがよ。てめえの筋書き通りに、すべて事が運ぶとは限らなかったろうが。
だいたい、俺たちが教会に入って来ないってことも考えられたしな。
それにてめえ、云ってたよな? 俺らが二手にわかれるって予想もしてたって。
けどその予想がはずれて、もし俺たちが三人一緒に同じ通路へ向かってたらどうしてたんだよ?」
その可能性があったことに気づいたゴーマは指摘する。ルートヴィヒは、にべもなく答える。
「師は、敵をみすみす逃がすような奴じゃない。教会に入って来ないってことは、思っていなかったよ。きっと入ってくると思っていた。
ほかに入れるところもないから、必ず教会唯一の出入り口である表扉からね。
入ってさえくれば、まず二手にわかれないなんてこともないとも思っていた。
きっと二手にわかれて、教会に二つある通路のどちらもふさぐだろうと予想していたから。
こちらの人間を、その通路のどちらからも一人として逃がさないようにするためにね。
よしんば予想がはずれて、三人が一緒に同じ通路へ向かったとしても問題はなかったよ」
ルートヴィヒは剣を振りながら、にやつく。
「いまのこの形でそれぞれが対戦する結果になることには、変わりなかったろう。
なんとかして持ち込んだだけだしね。
西の通路では、隊長と師。
東の通路では俺と傭兵たちが、おまえたち二人をそれぞれ引き離したあとにその一人を相手取って対戦するという流れに。
まあその形を整えるために、それなりに労力は割かなきゃならなかったろうけど。
おまえたちをそれぞれいま戦っている通路におびきよせ、さらに三人を孤立させて引き離すためにね。
でもちょっと挑発すれば、単純なおまえたちのこと。
やすやすと、この形での対戦に乗ってきたはず。だから、多少の手間がかかったって程度で済んだろうけど。
とはいえ、いちいちそんな手間をかけるのも面倒だったからさ。こちらの予想どおりにおまえたちが二手にわかれてくれて、本当に感謝しているよ」
ルートヴィヒは口元に歪んだ笑みを閃かせる。
当然、気づいていたさ。ゴーマ、おまえがいま指摘した状況があり得ることも。でもその対処も考えていたんだよ。こっちはしっかりとね。
「けっ、てめえには抜け目なんてねえってか。偉そうに。むかつくんだよ。そんなふうに鼻高々に、したり顔をして俺を見下ろしてんじゃねえぞ」
ゴーマがいらだたしげに叫ぶ。怒りに任せて突進し、ルートヴィヒに剣で斬りつけもする。
ルートヴィヒは自身の剣で、相手の斬撃を易々とさまたげる。
二人の剣が重なり合う。両者の顔も間近に迫る。
両者はともに相手の躰に自身の剣を埋め込もうと、ふたたび力比べをはじめる。
そんな状況下でルートヴィヒに対し、ぎらっとゴーマは目を剥いた。
「たしかにてめえは、しっかり案を練ったようだ。そのあげく、実際におまえは成功したようだ。俺たちを、てめえの策にはめ込むことに。
けどよ。ここまでうまくいったからといって、これからもすすむとは限りゃしねえんだ。すべてがおまえの思惑どおりに。
俺たちだって、そう簡単にてめえなんぞに始末されるつもりはねえ。
てめえ自身にも、わかっているようだがよ。てめえの策は諸刃の剣だ。てめえの策を利用して、逆にこっちが勝つこともできるんだ。付け込む隙は、いくらでもあるんだ。
みてろ。てめえごときの策に嵌まってやられるなんざ、むかつくからよ。
誓って、てめえの策を逆用してそちらを破ってやらあ。まずは、ルートヴィヒ。手はじめに、おまえを始末してな」
語気強く叫んでから、ゴーマは力を振り絞ってまえへ剣を押した。ルートヴィヒも自身の剣をまえへ押し込む。重圧がかかり、二人は互いに押されて後方へ飛んだ。
しかし、それで事は終わらない。勝敗はまだついていないのだ。着地した二人は床を強く蹴ると、自分の目のまえの敵に向かって猛然と駆けだした。




