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ルートヴィヒとゴーマは、一対一の戦いに興じる。

 師とミゲールによる二人の会話は、東の通路にも漏れ聞こえてきていた。

 そのおかげでルートヴィヒの策を、ゴーマとジマの二人はさらに深く理解することができた。

                

「けっ。ルートヴィヒ。てめえと、この傭兵隊の隊長が師と対等に戦えるだ? そんなことできるわけないだろう? 笑わせやがる」


 ゴーマはせせら嗤った。ルートヴィヒと剣を交えながらも。すかさずルートヴィヒは反論する。


「そんなことはないさ。現実にいま、隊長は師と善戦しているだろう?」


 師と隊長が、対等に戦っているであろう様子は耳でもうかがい知れた。

 西の通路から両者が刃を激しく打ちあわせる高い金属音が、幾度もこちらにも響いてくる。咆哮や気合いの絶叫とともに。

 うぬぬ、とゴーマは悔しそうにうめく。


「傭兵どもの隊長の力が、ここまでだと知っていたのか?」


 尋ねるゴーマにルートヴィヒは首を振る。

                  

「隊長が手練れだとは聞いていたよ。ただ、その実力のほどを自身の目でたしかめたことはないんでね。その実力がどれほどのものかは、実際には知らなかったさ」


「そんなんで、てめえもよくあの隊長に師の相手を任せたな。負けりゃ、てめえらが全滅するかもしれねえってのによ」

                      

 剣を振りながら、ゴーマは嗤う。


「はっ。そういや、あの隊長が師の相手を自ら望んだって話だったな。だとすりゃ、隊長の云うことは断れねえか。あいつの傭兵隊に入りたての、新参者のおまえにゃその立場上」


「それもある。が、あの隊長は、もとはと云えば師の部下。師の強さは充分に知っているはず。なのに師と戦うことを自ら望んだんだ。師を恐れもせず、勝つ自信をにじませてね。そういう態度を取るということは、隊長は相当に腕が立つといういい証拠だと云える。

 そこで俺はあの隊長の強さを、もとからこう見込んでいたんだ。

 そこまでの自信があるなら実際に、師とも互角か、それ以上にだって戦えるはず。それが無理でも、すぐには倒されずに長くはもつだろう。きっと、そのくらいの実力は持ってるにちがいないってね。

 だからこそ、俺は師の相手をあの隊長に任せたんだ。でも、その判断は正しかったようだ。どうやら、俺の見込みどおりだったみたいだしね」


 この最中にも、剣戟の音が西の通路から響いてくる。

 こちらと同様に、西の通路でもまだ勝負がついておらず激しい攻防が続いているようだ。

 剣を巧みに繰りながら、ルートヴィヒは付けくわえる。


「それに、俺はおまえたちに恨みがある。なろうことなら師を含め、おまえたち全員をこの手で殺してやりたい。だったら師は隊長に任せて、とりあえず俺としてはおまえと戦った方がいい」


「どうしてだよ?」


「一対一で戦う以上、俺はおまえをこの手で殺せる。そのあとには、ジマと師の二人だって殺せる可能性があるからね。おまえを殺したそのときに、まだ二人が生き残っていたら」


「そりゃ一人殺せば、ほかの奴らも全滅させられるのがおまえの策だからよ。たしかにそのとおりだが。あくまで可能性のうえでの話ではあるけどな。俺にしたって、むざむざ殺される気はないからよ」


「殺されるんだよ、おまえは俺に。おまえはもう俺には、一対一で戦えば歯が立たないんだから」


 このときルートヴィヒの突きが鋭く、ゴーマの顔に向けられる。

 一瞬、ゴーマの顔にその突きは突き刺さるかのように見えた。が、ぎりぎり回避された。

 瞬時に、ゴーマは顔を左に傾けて避けたのだ。

 しかし、完全には回避できなかった。

 その鋭い突きは、ゴーマの頬をすれ違いざまに切り裂いた。

 ゴーマの頬から鮮血が飛ぶ。がっ、とゴーマはうめく。頬を切り裂かれた痛みで。

 

 畜生。やられちまった。ゴーマは苦い顔をする。                    

 だがそれとは逆に、自分は未だルートヴィヒになんの傷も与えられていない。

 頬に熱い痛みを覚えながら、ゴーマは思う。

 どうやら俺は、劣勢に立たされているらしい。そのことについては現状、認めざるを得ないか。

 ゴーマは顔をしかめて吐き捨てる。


「けっ、俺らを自分の手で全滅させられるって気が満々なわけだ。たいした自信じゃねえか、てめえはよ」

 

「でも俺が師の相手を引き受けて戦えば、きっとそうはいかない。

 おまえたち全員を、俺がこの手で殺すことまではできないだろう。

 さすがに強すぎて、俺一人で師は倒せない。いまの俺の実力では、せいぜいその相手をするのが精一杯になるだろうから。

 とはいえ、もちろんそう簡単に俺も殺される気はない。

 戦えば、俺も殺されぬよう随分と粘りはするだろう。その結果、俺と師との戦いは長引いていただろうさ。けれどそうなれば、そのあいだに倒されていたはず。おまえたち弟子二人は、こちらの味方の誰かに」


 「ああ? なんだと、てめえ。俺らが殺されるだと? あの雑魚に過ぎない傭兵どもに。そりゃあよ。あの傭兵隊長は強いようだが、むざむざ殺される俺らじゃねえぞ」


 ゴーマは怒りに任せて蹴りを放つ。ルートヴィヒの足を靴のかかとで砕こうとする。ルートヴィヒは軽く上方へ跳躍して蹴りをかわす。

 しかも宙にいるときに躰をひねってそのまま回転すると、うしろ回し蹴りを放ってゴーマの顔を狙う。 

 うおっ。蹴りが早すぎ、思わずゴーマはくらいかける。急いで首をすくめてかわす。蹴りは素通りしてゴーマは難なきを得た。

 冷や汗をかいたが、ルートヴィヒは間髪おかずに剣を兄弟子の頭上に叩きつけてくる。それをゴーマはかろうじて剣で受け止める。勝負はまたもつかない。彼らの剣の打ち合いはまだ続く。


「ざっけんな。聞き捨てならねえことをほざきやがって」


 怒りが収まらず、ゴーマは猛る。ルートヴィヒは軽く嘆息をつき、事実だ、と冷然と告げる。


「もし俺が師の相手をすれば、隊長がこの各個の戦いで、おまえたち二人の弟子のどちらか一人の始末に回っていた。

 その場合には、おまえたちのどちらかが朽ち果てて終わっていたはずだ。対峙していたところで、隊長には歯が立たずに」


「そんなわきゃねえ」


「現に、師と対等に戦っているんだぞ。おまえたちが一人で敵う相手じゃないよ、あの隊長は」

                     

 ルートヴィヒは冷笑する。


「まして弟子が一人殺されれば、残ったおまえたちの片割れも殺される流れになる。

 だがそうなると隊長が師と戦わなかった場合には、俺はおまえたちを殺せなくなる。

 ただすくなくともその最後には、味方が合流してくることで師に関しては俺の手にかけることもできるかもしれないが。おまえたち二人が殺されたときには、俺もまだきっと師と戦っていただろうから。師は手強く、俺一人で倒すのは無理な話なので。

 でも合流してきた味方の力を借りれば、多勢に無勢で勝てるはずだ。そうすれば、俺のこの手で師のとどめを刺せることだってあるだろうしね。

 もちろんほかの人間が、師のとどめをさすということもあるかもしれないけど。でも、俺が師のとどめを刺す確率はあるわけだ。

 けれど、それだけしかできなくなる。たとえ、そうすることができたとしても。

 つまり俺にとっては、師と隊長が戦うのは好都合だったんだ。この手でおまえたち全員を殺すことを望むなら。だから隊長が師との戦いを望んだとき、渡りに船で任せたという事情もあるのさ」


「ふん、隊長に師を任せた、てめえなりのわけはわかった。だがよ」


 人の悪いひねくれた笑みをゴーマは口元に浮かべる。


「なんだかんだ理由つけてるが、てめえが師と戦わなかったのはよ。結局のところ、師にびびってのことなんじゃねえのか。てめえは師と戦っても、容易にゃやられねえ。決着がつくのを長引かせられる。そんなことを云ってたがよ。

 実際のところは真剣勝負を挑めば、てめえじゃ一瞬で師にやられちまうのがおちだと思ってんじゃねえのか?」


 ゴーマはルートヴィヒに剣を撃ち込んだ。


「そうなりゃ、てめえの策は裏目に出る。こちらの味方が合流し、傭兵どもが敗れてしまう流れがつくられちまう。

 しかもそんときゃ、てめえはなにもできずに無力になっているだろう。やられて、師に生け捕りにされているだろうからよ。師は、おまえを手元に戻したがっているみたいだしな」


「そうだな。俺が師と戦っても殺されはしない確率は、おまえの云う通りあるだろう。師がこの俺を、手元に戻したがってるという理由から」


 剣を振りながら、ルートヴィヒはつぶやく。

 

 師とこの兄弟子たちが、教会に入って来たときの会話。さきほど師が隊長に向けてした会話。それらを聞くことで、すでに確認済みだ。師がその気でいることは。

 まあ効かずとも、もとからわかってもいたことだが。弟子を失いたくないと、師は思っている男なので。


「もちろん、あるいは師の気が変わって殺されちまっているってこともあったろうが。

 だけでなく生け捕られた場合には、裏切った罰だって待っていることだろう」


 ゴーマは続ける。


「まあね」

                 

 ルートヴィヒは肯定する。そんな可能性があるってことはすでに心得ているので、いまさら驚きはしない。


「でもそんときゃ、おまえの策は破れる。

 そうなることを、てめえはひどく恐れたんじゃねえのか。策が破られてしまうだけじゃなく、下手をすれば自分が殺されかねないことも。生け捕られて、罰を与えられることも。

 それで、師との対戦を自ら避けたんだろ。

 そんな事態になるのが怖くて仕方がなかったんだろ。

 なので不利な戦いに、こそこそと後ろを見せた。いかにも小心な臆病者がやりそうな、逃げの選択をしてみせた。それこそが、てめえの本音なんじゃねえのかよ?」

                     

 ゴーマがそう叫ぶと、ルートヴィヒは冷笑する。


「ふ、憐れなことだね」

 

 なにがだ、とゴーマが問うと、ルートヴィヒは、ふんと低く鼻を鳴らす。


 この際だ。こいつが俺を罵るつもりなら、せっかくだ。それに乗ってやる。舌戦でも、こいつに勝利をおさめてやるためにもね。

                

 ルートヴィヒは返答する。                    


「ゴーマ、おまえさ。いま、かなり俺に追いつめられているんだろ? そんな状況がみじめでくやしくて、せめて口では勝とうという腹で俺を貶めようとしてるんだろ?

 そうした思惑もあって、そんなひねくれた見解をしてみせているんだろ? 随分とみっともないことだな」


 ルートヴィヒは唇を歪めた。途端に、ゴーマの表情も歪む。


 図星を突かれた。まさにその思惑から、こっちはルートヴィヒの奴をけなしてみせたのだ。真意を洞察されては云い返せない。

 ぐっとつぶやくと、ゴーマとしては押し黙るしかない。その代わりに、ルートヴィヒが口を開く。

                 

「云っておくけどさ。俺は師を恐ろしいとは思うけれど、戦えないほど怯えちゃいない。

 たしかに俺には、師を倒せるほどの力なんてない。将来はもしかしたら研鑽を積めば、そのうちに身につくかもしれないけれど。いまは、まだね。

 それでも現状にあっても、もってはいるよ。師と戦えば、しばらくはほぼ対等には渡りあえる実力はあるという程度の自負は。攻撃よりも防御に徹すれば、だけど。

 もちろん、ずっとは無理さ。

 だけど師と剣を交えても、ゆうに持ちこたえられていたはず。各個の戦いで、おまえたち弟子がこちらの味方に殺されるまでの時間くらいなら。

 だったら俺が師の相手をしていたとしても、こちらの策が裏目に出るなんてこともない。 

 俺が生け捕られたり、死ぬということもない。つまり、見当違いもいいところというわけさ。おまえの云っていることは」

                     

「はっ。口ではなんとでも云える。相手は師だぞ。真剣勝負をすれば、おまえごときが短時間ですらもつものか。たとえ、なにをしようともな。まったく、思いあがりやがって」

                  

「まあ、わからないだろうけどね。俺の力量のほどなんて。俺より格下のゴーマには。格下だけに、その力量についての推測すらもつかないんだろう?」


 ルートヴィヒは哄笑する。うぬ。血相を変えて、ゴーマは唸った。


「格下だと? 云ってくれやがって。俺をあんまりなめんじゃねえぜ。てめえは」


 ゴーマは激昂した。目をぎらつかせ、ゴーマはルートヴィヒに襲いかかった。

            

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