きっと気に入るさ。おまえ好みの容姿だろうからな。ルートヴィヒの容姿について師はそう告げ、ミゲールと斬り結ぶ。
「本当に、おまえはなめた口を利くようになったな。元上官だった、この俺に向かって」
ベルモンの頭からは、もはや煮えたぎる怒りの溶岩が噴出する寸前だった。噴火前の火山さながらに。床にぺっ、と唾を吐く。
「まったくもって、気にくわん。その俺をなめきった態度。そんな態度を取るおまえを殺さなければ、こちらとしては気が済まん。
おまえの部下になれだあ? ふざけやがって。どう説得しようが、俺の気持ちは変わんねえよ。そんな舐めた態度を取られたんじゃあ、こっちもおまえへの殺意を鎮められっこねえもんなあ。
おまえがその話をした直後にも相当にむかついたが、いまにしてもぶち切れそうだしな。
おまえにしたって自分がやられるまえに俺を殺そうと図り、この町までやって来たんだろう? 俺を追いかけて。
せっかくお互いに、自分が殺したいと思っている相手にここでようやく巡り合えたんだ。この際、しっかり決着をつけようじゃねえか、ええ?」
「いちおう聞いておきますが、もちろんないでしょうね? 力づくで屈服させれば、私の部下になるということも」
ため息交じりにミゲールは尋ねる。師は歪んだ笑みを投げつける。
「死んだ方がましだぜ。俺のかつての部下だったてめえなんぞに、頭を下げて生きるくらいなら」
「そうまで拒まれては、もはや殺すよりほかに致し方ありません。私も数多の部下をそちらに殺された以上、黙ってもいられない。その仇を討たせてもらいます。
ましてあなたを生かしておけば、このさきも俺をつけ狙うでしょう。このままあなたを放っとくのは、こちらにとって危険ですからね」
ミゲールは、全身にまとう瀟洒な灰色の外套を手で剥いだ。なかから、優美な銀の肩当てと胸当てがあらわれる。
戦いにおいて動きやすさを重んじ、敵の攻撃など当たらない自負があるミゲールは軽装を好んだ。最低限、急所となる心臓を防御できさえすればいいと考え、胸当ては左胸付近にだけ広がっている。
肩当ては防御を考えてというよりも洒落者なこともあり、見た目の良さを気にして身に着けていた。動くのに邪魔だし、息苦しくなるので兜もかぶっていない。足には革製の長靴を履いている。
ほかには灰色を基調とした、瀟洒な衣服を身につけていた。
戦うに際して邪魔な外套を床に放り捨てると、ミゲールは腰に差す剣の柄に右手をかける。
師もその動きを見て、ミゲールにならう。無言で腰に差す剣の柄に右手をかけた。すらりと剣がその鞘から抜かれる。
それ以降、彼らは長く動かなかった。互いの剣が届く間合いに入るまえに、彼らは相手を殺すための隙を探っていた。
だが両者ともに、隙が見てとれない。以降、彼らは互いに相手の隙を見出そうと、その状況のまま固まった。両者が緊迫するなかで、時間だけが過ぎていく。
そのあいだに、隣の通路での会話も聞こえくる。おかげでその内容は、あらまし彼らの耳に入っていた。師は弟子のルートヴィヒが彼らを葬る策を立てていたことを知ると、それによって眉間に深い縦しわを刻む。
ルートヴィヒの野郎。くだらん策をたてやがって。
師は内心で舌打ちする。ミゲールもその内容を耳にして微笑をする。
「たしか、ルートヴィヒとかいいましたな。あなたを裏切ってこちらに味方した、そちらの元弟子の一人は。
こちらに入ったその新参者はどうやら腕もたち、頭もそこそこ冴えるようだ。こちらの副隊長から聞いておりますよ。いい手下を育てられましたな。グロー隊長」
「ふん。最近になって、ようやく使い物になってきたという程度にすぎん」
「まあ、俺としてはそちらの手下を一人ものにできたことですし、それでとりあえずは満足しましょうか。グロー隊長。あなたとその弟子すべてを、わが手下にくわえることには失敗したにせよ」
「奴をおまえの手下のままではいさせん。奴は必ず、こちらが取り戻す」
「ほう、ご執心のようですな」
「一人たりとも失う気はないんでな。せっかく手塩にかけて育てた手下は」
「失う気がないというのは、こちらも同様ですがね。まだ顔も見たこともない相手ですが」
「ほう? まだ見てないのか?」
「まだ会ってもいないものでしてね。こちらの新参者となったその弟子が、私の部下になってから。もちろん、そのまえに会ったことはあるのですが。
こちらの部下が馬車でもめたときと、もう一度。こちらがあなたの家へ出向いたときにも。たしかそのときに私を出迎えた者は、ルートヴィヒという名だったはず。そう記憶しておりますしね」
記憶を思い起こしながら、ミゲールは補足する。
「ですが、そのいずれの出会いでも奴は死刑執行人の覆面をかぶっていましたから。会ってはいても、その顔を見る機会にはまだ恵まれていないというわけです」
「ふっ。見たら、さぞや驚くだろうな」
師は人の悪い笑みをひけらかす。
「かもしれませんな。その容姿の説明も受けていますしね。かなりの美貌を持つ男だと。奴の顔をすでに見ている、こちらの副隊長から」
「きっと気に入るさ。おまえ好みの容姿だろうからな」
くくく、と師は低く嗤う。ミゲールは微かに眉をしかめる。
ベルモンのその科白は、まるでこちらに男色の気があると云わんばかりではないか。ミゲールにはそう聞こえた。
腹ただしいことだが、いまは相手を殺すための隙をうかがっている真っ最中だ。そんなくだらない揶揄などに、かまってなどいられない。
「それは、会って顔を見るときが愉しみですな」
ミゲールは、そっけなく冷ややかに応じた。
「ともあれ、私の部下になったからには新参をそちらに譲る気はありません。部下が極端に減ったいま、手下は一人でも貴重ですしね。まして新参が使えるとあれば、なおさらです。
そういう手合いは部下として置いておけば、なにかとこちらの役に立ちますので。とくに、こちらが人斬り商売で身を立てているからには。ああいう奴を使う状況も多いでしょうしね」
「手下の数の減少と、その有能さから手放す気はないというわけか」
「そうです」
そう云った途端、唐突にミゲールが師に仕掛けた。
相手の隙を見い出せたわけではない。しかしこのままにらみ合ったままでいても、らちが明かない。ここは、あえて相手に剣が届く間合いに踏み込ませてもらう。
互いに話し込んで、すこしは相手も油断しているはず。あわよくば斬れるかもしれない。そう観て。
甲高い金属音が鳴る。数度の剣戟を経て、彼らはふたたび後方へ互いに飛んで距離を取った。
あいにくと、ミゲールは師を斬れなかった。師もミゲールを斬れず、結局そのまま彼らはふたたびにらみ合う状況になった。
強い。剣を交えてみて内心、ベルモンは舌を巻かざるを得なかった。
手下になれと生意気をほざくこの元部下を殺してやろう。そう考えて、たったいま本気で剣を交えてみた。なのに殺せなかった。生意気な口を叩くだけはある。
こいつとともに傭兵稼業で俺が身を立てていたころには、ここまでの強さじゃなかった。もっとこいつは弱かったはず。
それが、ここまで強くなるとは。相当な修練をし、血みどろの修羅場も数多くぐりぬけてきたのだろう。
もっとも、こいつの剣の天分は俺ほどじゃない。
それは傭兵時代からわかっていることだ。
いかにこいつが強くなろうとも、この俺がやられるということなどはありえない。
その天分の差もさることながら、俺にしてもこれまで修羅場を踏んでこなかったわけじゃない。こいつと別れて以降、くぐり抜けてきたつもりだ。こいつ以上の修羅場を、賊として。
天分のみに頼らず、己を鍛え上げたという自負もある。
だからこの勝負。最終的に制するのは、この俺となるはずだ。とはいえ、強さを増したいまのこいつ相手に傷一つ負わないで勝てるかというとそいつはいぶかしい。
こいつがここまで腕をあげたとなると、大怪我すら負いかねん。剣を交えている最中に、対処をすこしでも誤れば。そうならぬよう、ここは腹をくくってかからねば。
ベルモンは眉をしかめる。
かたやミゲールの方でも、実際に剣を交えたことで実感していた。自らの成長を心の底から。
自身の力がもっと若いころと同じままなら、ベルモンの手にかかってすでにやられていたことだろう。剣を交えた直後のこの時点で。
事実、過去にはいくら対峙しても、ベルモンには軽く子供の手をひねるようにしてのされていたのだ。ベルモンが灰色の狼の隊長だったころには奴相手に剣の修練をよくしたが、そのときにはそうなるのが常だった。
だが、いまはちがう。対等に戦える。それも、互いに本気で剣を交えているというのに。
そう、相手も本気になっている。過去に付き合いがあり、奴のことを知っているので俺にはわかる。
今日の奴の動き。本気のときに、奴が見せる動きだ。ひどく素早く、撃ち込みもとても力強い。しかも傭兵から退いて久しいのに、俺の見立てではまだ実力もそうまで衰えていない。
おそらくは日常、奴にしても剣の練磨をしているせいだろう。が、その相手といまや自分は対等に戦える立場になった。
こうまで成長できたか、この俺も。
ミゲールとしては、喜びもひとしおだった。
しかし、喜んでばかりもいられない。相手はあの凄腕の初代隊長だ。昔にはとても敵わなかった人間を相手にしているんだ。
いまも強さが目に見えて衰えていない以上、まかり間違えばこちらが殺される恐れは充分にある。勝つ自信はあるにせよ、剣を交えてそれなりに強い相手と戦っているからには。
一筋の冷たい汗がミゲールの顔を伝った。
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