策がまずは思惑どおりの展開になり、ルートヴィヒは勝ち誇る。
ふふふ。やはり思ったとおりの展開になったね。
ルートヴィヒは両腕を組み、立ちながら通路の壁に背もたれていた。その顔には、満足げな微笑が浮かんでいる。これまで彼は、ここで聞いていたのである。表扉から入った、死刑執行人たちの会話を。
どうやら、連中は二手にわかれたようだ。それも師は単独で。弟子たち二人は組んでという形で。しかも安っぽい挑発に乗って、師は西側に行くらしい。それにより、弟子二人は東側に来ることになったようだ。
きっとそうなるだろうと思っていたが、いい展開だ。
ククっとちいさい嗤い声をルートヴィヒは漏らした。
この調子で、俺の思惑どおりに事がすすめばいい。そうすれば、師や弟子二人に死を与えてやれるはずだから。
そうルートヴィヒが思った矢先、ゴーマとジマの二人が姿を見せた。通路の直角の曲がり角を曲がって。
瞬間、二人は驚いた表情を見せた。曲がると一本の長い通路が北に向かって伸びていたが、そのさきに黒い艶やかな長髪を持つ人影を認めたことで。
「おい、ありゃ、ルートヴィヒだよな?」
ゴーマがジマに確認した。ジマはうなずく。
「だな。この教会にいやがったんだ。あいつ」
「師の見間違いじゃなかったってわけだ」
弟子二人に対し、ルートヴィヒの方でも黒い瞳を向ける。覆面をしているが、その話や体格、雰囲気から相手が兄弟子の二人だとわかる。
連中が覆面をつけていることも気にしなかった。そうする理由にしても承知している。朧として暗躍するときには、いつもつけるんだ。自分だって、そうしてきた。いちいちその理由を、二人に問い質して確かめるまでもない。
そのため、ルートヴィヒは彼らが覆面をつけていることについては言及しなかった。ただ無言で、じっと弟子二人を見つめた。
その視線に気づき、ゴーマは低く嘲笑う。
「よお。てめえ、いまどんな気分だ? 俺らを裏切り、傭兵隊がわについたはいいがよ。奴らは、ほとんど俺たちが壊滅してやったぜ。てめえとしちゃ、さぞかし悔しいだろ? せっかく奴らを味方に選んだってのに、そいつらを早々にこうして潰されちまってはよ」
ルートヴィヒは返答しなかった。代わりに冷笑すると、優雅な身振りで片腕を上げる。手のひらをうえにし、指を数度やんわりと前後に動かして彼らに向かって挑発するように手招きをする。
たったそれだけの行為だったが、ゴーマとジマを憤激させるには充分だった。
「なめやがって」
ゴーマは吐き捨てた。ジマも眉をしかめる。
「俺たちを挑発してるつもりだろうがよ。ルートヴィヒごときに、なめられて黙ったままでいられるか。いくぞ」
そうゴーマが声をかけるとジマも、おうと答える。
ルートヴィヒなんぞは、いつも虐げてきた輩だ。そのいつも見下してきた相手が、生意気にも挑発してきやがるとは。腹が立つ。
怒りで、彼らは完全に自分を見失ってしまった。
たわいないその挑発に乗り、二人とも剣を抜いて駆けだした。勢いよくルートヴィヒに迫ってくる。
「殺しゃあしねえよ。五体満足で生け捕りにしろと師に命じられているからな。だが生け捕るためにも、相当に痛めつけてやる。おう、ジマ。この際、俺ら二人に敵いやしないことを徹底的に思い知らせてやろうぜ。あの野郎に」
怒りの形相を剥き出しにしてゴーマが叫ぶと、ジマも嬉々とした表情を見せてうなずく。
馬鹿が。その二人をルートヴィヒは冷ややかに見下していた。挑発に乗せて自分の方へ二人を引き寄せるのが、こちらの狙いだというのに。
正直、挑発に乗ってこちらへ迫ってこなければ、何度でも繰り返してやるつもりだった。おのずからこちらに近づいてくるまで、奴らに挑発を。なのにこうも簡単に、たった一度の挑発に乗って迫ってきてくれるとは。まったくもって楽でいい。
冷笑しながら、ルートヴィヒはちらりと目を向ける。長く伸びた通路の中央、ルートヴィヒから見て右がわ、弟子二人から見れば左がわにある扉に。
その扉を弟子二人が駆け抜けていったことを確認すると、ルートヴィヒはにやりと嗤う。彼は手招きした手で、ぱちんと指を高く鳴らした。その態度を兄弟子二人が怪訝に思った刹那、彼らの背後で扉が開く。
その扉のむこうは、さきほどまでルートヴィヒがいた部屋だった。この建物の中央にたった一つある部屋であり、そこから副隊長と生き残った傭兵八人が飛び出してきていた。
ルートヴィヒが指を鳴らせば、それを合図に飛び出してくる手はずになっていたのだ。
行けえ。副隊長は叫んだ。呼応して傭兵たちは咆哮する。各自が武器を手に持って兄弟子たちに駆け寄り、その背後から襲いかかろうとする。
兄弟子二人は苦い顔をした。急停止して背後を振り向く。そのあいだにも傭兵たちのうちの二人がジマとゴーマに差し迫る。彼らは弟子たちの頭を砕かんとして、それぞれの武器を振り上げる。
弟子たちはとっさに自らの剣を持ち上げた。高い金属音が鳴り響く。弟子二人の頭は砕かれていなかった。寸前で間にあっていた。傭兵たちの武器を、彼らは剣で受け止めていた。
だがそれで、一連の動きは終わりではなかった。今度はルートヴィヒが剣を抜き、素早くゴーマに襲いかかる。くっ、とゴーマは顔を険しくする。前面にいる敵を蹴り飛ばし、彼は急いでルートヴィヒの方へ振り返った。
ルートヴィヒの剣が宙を斬ってくる。ふたたび金属音が鳴った。ルートヴィヒの動きが素早く激しかったせいか、今度はより高らかに。ゴーマは助かっていた。またも頭を斬られる寸前で、ルートヴィヒの剣を受け止めていた。自らの剣で。
以後、二人は互いの方へ向き直る。双方とも、自らの剣は相手の刃から離さずに。
その状況を利用し、彼ら二人は剣を利用しての力比べに興じる。剣で押し合い、自分の刃先をなんとか相手の躰に力づくで埋め込ませようとする。
傭兵たちも動いていた。殺意を剥き、兄弟子二人にまっすぐに迫ってくる。その相手はジマがした。彼は一人で傭兵たちを相手どる。
その攻撃をさばきながら、ジマは気遣って立ち回る。傭兵たちが、万が一にも背後を見せているゴーマを傷つけないように。傭兵たちもジマに攻撃を集中させる。
かたやゴーマは叫び声を上げる。ルートヴィヒと、なおも力比べに興じながら。
「てめえ、挟み撃ちを目論んだな」
「そう。これも、おまえたちを仕留めるための策の流れのひとつ」
ルートヴィヒは肯定する。そのあいだにも、つばぜり合いをしている二人の腕に力が込められる。強い負荷がかかり、互いの剣がきしむような金属音を奏でる。
図らずも力比べになったが、負けるのがお互いに嫌な彼らはなおもやめようとしない。
そのせいもあって、互いに顔を間近に近づけながらの彼らの会話は続けられた。さきんじてゴーマが口を開く。軽く鼻でせせら笑いながら。
「はっ。やっぱり、なんか策がありやがったか。なにかしらの罠を教会内で仕掛けているかもしれねえと予想してたが、そのとおりだった。
やる気があるこって、そりゃ結構だがよ。誰だよ。身の程しらずにも俺らを仕留めるっていう、その策とやらを考えだしたのは。傭兵隊の野郎の誰かか?」
「俺さ」
ルートヴィヒは腕に力を込め、剣を前へ押し込んだ。ゴーマも抵抗するが、力はルートヴィヒの方が上回っていた。じりじりとルートヴィヒの剣は近づいていく。ゴーマの躰の方へ。ゴーマの剣を押しながら。
「ああん? てめえだと?」
わめいてから、ゴーマは舌打ちをする。
どうやら、力比べではルートヴィヒには敵わないようだ。形勢不利だ。こりゃ、とっとと力比べは見切りをつけた方がいいな。
ゴーマは即座に局面を打破するべく動く。
ルートヴィヒを倒すのに手段を選ぶ気のないゴーマは金的を狙った。
ルートヴィヒの股ぐらに向け、蹴りを勢いよく放つ。ルートヴィヒはそれを鮮やかにうえへ跳躍して躱した。ただし躱すには、その際にゴーマの足に乗らざるを得なかった。
もちろん跳躍して着地するまでの隙を狙って攻撃してこられては、それを避けるのは難しい。
そこで蹴りの力を利用し、できる限り遠くへ飛んだ。二人のあいだに距離を取り、容易に攻撃してこられないように。
ルートヴィヒは弧を描いて反転し、鮮やかに宙を舞う。
その動きが素早く終わって距離もできたために、ゴーマは相手の隙をついて攻撃はできなかった。
勝負は仕切りなおしとなった。
すでに軽やかに着地し終えていたルートヴィヒは、相手の出方を見る。それはゴーマも同様だった。周りではジマと傭兵が争っていたが、その喧騒をよそに二人のあいだに張り詰めた空気が流れる。
しかし互いに隙がなく、二人とも容易に相手に手を出せない。自らが勝つために、二人とも相手の隙を欲した。
二人は互いを見つめながら相手の隙を探す。そんな流れになったが、それによって生じた時間は会話する絶好の機会でもあった。この好機を見逃さず利用しようと、ゴーマはさきほどの会話を続けようとする。
「ルートヴィヒ、てめえよ。てめえごときが仕掛けた策で、俺たちが仕留められるって本気で思ってるのかよ?」
「思ってるさ。充分に仕留められる勝算があるとね。だから、仕掛けさせてもらったのさ。この教会におまえたちが向かっていたこともあってね。この教会で、おまえたちを仕留める策を」
ルートヴィヒは美しいが、冷たい笑みを閃かせて答える。
「待てよ? おまえがこの教会で、俺たちを仕留めようと考えたってことはだ。あらかじめわかってたってわけか。俺たちがこの教会に入り込んでくるってことまで。
俺たちが危険を感じて、教会に入らないっていう可能性だってあったってのによ。実際、教会に火をつけておまえたちが外に出てきたところを殺すって手もあったので、俺は師に進言したんだが。そうはならないって考えたのか?」
ゴーマが問うと、ルートヴィヒはうなずく。
「当然さ。おまえたちは結局のところ、教会内へ入り込むしかないだろうと俺は思ってた。それだけじゃない。この教会は表口から入ると、通路は左右にわかれているけどさ。
それを見れば、おまえたちが二手にわかれるだろうってこともわかってた。
もちろん師が単独で、おまえたち二人が組んでという形になるということもね。おまえたち弟子二人を師が失いたくない一心で、きっとそうするだろうって予想してね。
そこでどうせなら、その状況をいっそ利用しようと思いつきもした。それが、この教会でおまえたちを殺すという策を仕組んだきっかけってわけさ」
「なんで俺たちを仕留める場所に、この教会を選んだんだよ?」
ゴーマとルートヴィヒの声は、自然とおおきくなっていた。すでに自分たちのみならずジマと傭兵たちが争い、周囲は騒然としている。声を大にしなければ、会話が聞こえないからだ。
「この教会を戦いの場に選べば、こちらにとって都合がよかったからさ。おまえたちをそれぞれ引き離すことを、ここでは楽にできると思えたんでね」」
ルートヴィヒは微笑する。
「ああ? 俺たちを引き離すためだあ?」
ゴーマが叫ぶと、ルートヴィヒはうなずく。
「この教会に入れば、おまえたちはおのずと二手にわかれると思えたんでね。ならおまえたち三人全員を、それぞれ独りにさせやすい。
教会に入れば、道が左右にわかれている。その状況を知れば、俺たちを逃がさないように左右の道をおまえたちはふさごうとするだろう。左右の道を、双方ともに進んでね。
そうなれば師はおまえたちと行動を共にするとは思えなかったので、放っておいても一人になると観ていた。
あとはおまえたちを引き離すだけだが、それも簡単にできる。事実そうなったろう? たったいま。おまえとジマは、こうして引き離されて。
しかも全員が一人になったときを狙って攻撃すれば、殺しやすくなるんでね。三人が集まっているときに、おまえたちを狙うよりも」
ルートヴィヒは唇を歪めて嗤った。




