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ルートヴィヒは自らの思い描く策で死刑執行人を仕留めるために、部屋を出ていく。

 ルートヴィヒは、さらに口を開く。


「それに火を使う策は、そもそも実行は無理だったよ。そちらの隊長が反対したんだから。教会に火をつけることに」


 ルートヴィヒが案じたこの火を使う献策も、副隊長の口から隊長に伝えられていた。ただこの案に隊長は反対した。ルートヴィヒは軽く肩をすくめる。

                   

「となると、仕方ない。その反対を無視して実行というわけにもいかないものね。この傭兵隊でも首領の隊長に逆らうことなんて許されていないから。その命令は絶対で」


「その通りだがな。しかしそれも、この教会が隊長にとって大事な故人が祀られている場所だからだが。まさかこの教会が、そんな場所とはな。知らなかったぜ」


 隊長はそう云っていたものの、大事な故人が誰だとは副隊長は聞いていない。いちいち詳しく話す必要もないと教えてくれなかったのだ。

 

 ルートヴィヒは微笑する。


 俺も同じだ。その故人が誰だかはわからない。隊長と副隊長の話し合いの場にいなかったので当然だ。その話の内容を知っているのは、あとから副隊長を通じて聞いているためだ。

 だがその副隊長自体が聞いてない以上は、こちらに伝えられるわけもない。その故人の正体を。当然ながら、それが誰かほかにまるで知る由もない。

                  

「おかげで、隊長に云われちまった。燃やせば大事な故人が祀られた教会が灰になってしまうので、それは許さんと」 


 副隊長は苦笑する。


「この教会で奴らを迎え撃つ策はいい。血で汚れたところで建物が無事なら、なかを洗えば元通りになるので。

 だが大事な故人に縁ある教会が灰になってなくなるのは我慢できんし、失敗する可能性が高いなら実行する必要もないと拒まれれば従わざるを得ん。部下である、こちらとしては。隊長の命令は絶対だ。教会ごと奴らを焼き殺す策は、あきらめるよりほかない。

 そのためこちらとしては、残されたもう一つの策。教会で連中を迎え撃つ策を、取らざるをえなくなったわけだが」


 そうだね、とルートヴィヒはつぶやく。副隊長は肩をすくめる。

                

「ま、執着してもはじまらんか。失敗する可能性が高いうえに、実行を禁じられた策に。実行すれば、面白いかもしれんとは思ってみてもな」


「いまは、専念した方がいいと思う。この教会でこれからはじまる、奴らとの戦いに。教会で奴らを討つと決めたからには」


 ルートヴィヒがそう云うと、頬に傷のある逃げてきた傭兵の一人が口を挟んできた。

                     

「すいません。連中を仕留めるために、教会で罠を副隊長たちが仕組んでいたとは知らなくて。

 それで、つい閂を表扉にかけちまいましたが。死刑執行人どもが怖くて、俺らが逃げこむ際に必死で。この教会に、連中が入って来ないようにするために。

 そんな余計なことはしない方が良かったですかね? 連中には、教会に入ってきてもらわなくては困るんでしょうから。教会で仕留めるつもりだったなら」


 頬傷の傭兵の問いに、副隊長は首を振った。


「いや、かまわん。こちらは教会のなかで奴らを仕留めようとしているんだ。そのために、たしかに奴らを教会内に誘い込みたくはあるがな。だったら、むしろ扉を開けておくよりも閉めておいた方がいいとも思うしな」


「え? どういうことですか? 奴らを入れたいのに、扉を閉めておいた方がいいってのは? 奴らをなかへ入れたいんだったら、やっぱ扉は開けておいた方がよかったんじゃないでしょうか?」


 頬傷の傭兵は怪訝そうな表情をする。


「どうかな? 扉を開けっぱなしにしておいたら、すんなり入ってくるっていう考え方はよ。奴らがわの視点に立ってみたら、ちっとばかり甘いんじゃねえのか?」


 副隊長は、無精ひげだらけの顎を撫でまわした。


「そりゃ、こっちとしては教会内で奴らを仕留めるための策を用意してあるんだ。奴らを教会内に引き入れはしてえ。こちらの用意した策に引っ掛けるためにもな。

 だったら、奴らをなかへ入れるためにはよ。たしかに常道ってもんだろう。この教会唯一の出入り口である表扉の鍵。そいつを掛けないのが。表扉を開けっぱななしにすることで、そこから奴らが入ってきてくれることを期待してな」


 この教会の造りを副隊長もすでに承知していたこともあって、そう云った。

 ですから、と頬傷の男は反論したが、副隊長は片手をあげてその口を押しとどめた。頬傷の男は黙り、副隊長はさらに説明を続けた。


「けどよ、奴らにしたって教会内に入ろうとするなら、そのまえに一考くらいするんじゃねえのか?

 教会内に罠が仕掛けられてるかどうかってな。教会内へ入るのは危険か否かってことくらいは、必ず考えるはずだ。教会へ入ろうとするなら、そのまえに。

 とすると、表扉を開けておくってのは逆効果になるんじゃねえか? 怪しまれかねんだろう? 教会内に誘い込むためにわざとそうしているのでは、と。

 その場合なかへ入るのは危険と観て、逆に奴らは教会内へ入って来ないかもしれんだろ」


 副隊長は続ける。


「もちろん、奴らは俺たちの皆殺しを目論んでる。だとしたら扉が開いていれば、ここぞとばかりに入り込んでくるってことも考えられるが。

 しかしそれとは逆に危険と観れば、身の安全を第一に考えるやもしれん。目的を達するのをやめて、帰っちまうってこともあり得る。

 そうなるとこっちとしては困っちまうだろ。俺たちも奴らを逃がす気はなく、ここで殺すことを目論んでるってのに。その企てが実行できなくまっちまうんだしよ」


「ですが閂で内側から閉ざしてしまったら、扉は開きませんぜ。奴らはいま、こじ開けようとしてますけどね。それで開くとは限りませんし。そしたらむこうは入れなくて、俺たちを殺すのをあきらめて帰るってこともあるんじゃ?」

                

「その線もあるな、むろん。だが俺には薄いと思えた。扉が閉まっていた方が、開いている場合よりも、連中が教会に入らずに消えるって可能性はな」


「どうしてです?」


「こちらが扉を閉めておくってのは、どういうことだ? 入ってきてほしくないっていう意志表示だよな。

 ではなぜ入ってきてほしくないのか? その理由として、普通は見て取らないか? 

 こちらが奴らを恐れているからだと。だから扉を閉めたのだと。

 なら連中にしてみれば、教会に入ってもとくに危険は潜んでいないということになる。

 だったら扉を閉めておいた方が、こちらにとっては好都合だ。

 そうすることによって危険がないと思わせられる以上、奴らの油断を誘いやすくなる。教会への侵入を、奴らもさしてためらわなくなりやすい。

 まして奴らは、こちらを弱体化させることに成功した。俺たちの仲間をかなり始末してな。いまの奴らは目的を達するのにあと一息ってところだ。

 せっかく、ここまでの状況にしたんだ。なかに入っても安全なら目的を達するのによい、せっかくのこの機会をみすみす取り逃がすとも思えん。

 こういう考えから、俺は推測したんだ。扉を閉めておけば、むしろ連中が教会内に入ろうとする意志を固めやすいと。奴らほどの手練れなら、扉を固く閉めておいてもなんとか入ってくると思えたしな」

                      

「ははあ。小難しい理屈ですが、そういうことですか」


 頬傷の傭兵は納得した。実際にはその見当は間違っており、すでに死刑執行人側に読まれて扉が閉まっていても罠があると見抜かれているのだが、それをむろんのこと副隊長は知らない。だが知らぬがゆえに、うまくひっかけられればと思いつつ、副隊長はなおも口を開く。

                   

「もっとも、実際には連中がどう考えて、この教会内に入ろうという意図を固めたかは知らん。しかしすくなくとも俺には俺なりの、いま述べたような憶測があった。奴らが表扉をまえにしたとき、どう判断するかというな」


 こう判断したものの、教会内に罠があると見抜かれてしまっていれば、俺の頭の巡りは奴らよりも下ということになるが。ふっと、自嘲の笑みを副隊長は浮かべると、さらに云う。

 

「だから俺は逃げ込んできたおまえたちから、閂を掛けたことを知らされはしたがな。わざわざ開ける必要もないと思って、表扉は閉ざしたままにしておいたってわけだ」


「なるほど。表口の扉一つをとってみても、あったってわけですね。奴らとの駆け引きが。

 奴らを教会に引き込むことができるかどうかの」


 頬傷の傭兵は納得すると、問いかける。


「じゃあ、その駆け引きに副隊長は勝ったってことですか。奴らが教会に、こうして表口の扉から入ろうとしてるってことは」


「そういうことになるかもしれんな。俺としては、そうであって欲しいものだが。駆け引きを打っておいて負けるのは腹ただしいものだしな」


 副隊長は微笑する。

 おそらくは奴らにしても、まずもって読んでいることだろう。表口の扉が閉まっているからには、その理由を。とすると、こちらと奴らのあいだで表口の扉をめぐっての読み合い、駆け引きは確実におこなわれたと云えるはず。その結果こちらの勝利に終わったと思えるが。こうして奴らが表口の扉から入ってこようとしている以上は。

 その駆け引きにすでに負けていることを副隊長は知らない。それでもその事実を知らないために、副隊長はこう思った。奴らとの駆け引きに、俺は勝ったのやもしれんな。奴らとの戦いは、もはや避けられんが。そうなるまえに駆け引きに勝てたのは、とりあえず幸先はいいな、と。副隊長は内心で勝利に浸った。

 

 ひるがえり、ルートヴィヒはただ黙って聞いていた。副隊長の表扉についての縷々とした説明を。


 教会の表扉に関しては、ルートヴィヒは副隊長の好きにさせていた。

 正直、表扉のことなどどうでもよい。副隊長のように、表扉に気を配る必要などない。そう考えていた。

 

 もちろん副隊長が云うような扉の駆け引きが成り立ち、それが有効に働く場合もあるだろう。しかし、いまはその駆け引きは無用だ。

 死刑執行人の連中だって、それほど馬鹿ではない。扉を開いていないから、なかへ入っても危険はなく安全とはやすやすと思わないだろう。連中の誰かがそう思ったとしても、ほかの奴が見抜くはずだ。

 扉の開閉に関係なく、教会内に危険は潜んでいる可能性があることにも。

                      

 だがそれでも、連中は教会のなかへ入ってくるだろう。 

                      

 なかに危険があろうとなかろうと、連中としては教会内へ入ってくるしかないからだ。もはや、そうするしかないのだ。奴らがここで、自分たちの目的を達するつもりなら。

                      

 仮に教会内に危険が潜んでいても、打ち砕いてしまえばいい。ことにあの不敵な師は、そう考えるはずだ。

 だからこの表扉の件については、こちらも口を差しはさまなかった。どうせ連中は入って来るんだから、表扉をどうしようがご勝手に。俺としては、そう思っていた。


「ともあれ、連中は表扉からなかへ入ろうとしている。入ってきたら、おまえらも奴らを始末するのに力を貸せ。頼むぞ」

                      

 副隊長が云うと、傭兵たちは各々承知する返答をする。ある者は無言でうなずいた。ある者は承諾の意を短く返答する。

 ただ、さきほどルートヴィヒと云い争いをした鼻の大きい傭兵だけは別の反応を示した。

 部屋の片隅で、自身の大きな鼻を不愉快そうに鳴らす。

                   

「ふん、奴らを教会で迎え撃つのはいいけどよ。新参の野郎は、奴らと対しても殺されない状況にあるからな。お気楽な立場で、うらやましいこったぜ。てめえだけ命が保証されている状況下で奴らと戦えるだなんて、なんともよ」

                     

 鼻の大きい傭兵にはルートヴィヒへの反感がある。

 それで嫌味を云ったのはルートヴィヒにもわかった。だがあいにくと、その批判は間違っている。正そうとして、ルートヴィヒは反論した。

                     

「べつに。同じだよ。立場は俺も、おまえらと。いまはたしかに、師には俺を殺す気はないみたいだけどさ。いつ気が変わって、俺を殺そうとするかわからないしね。

 ほかの弟子たちだって、俺を憎んで殺したがっている。それだけに、師が俺を殺すなと命じたとしても従わないかもしれない。こちらの命を狙う危険だって充分ある。それほど俺も、お気楽な立場ってわけではないんだよ」


 このとき外から聞こえてくる音に、ほかの響きが混ざりはじめた。ばき、ばき、という響き時々、間を置いて聞こえだしてきた。どうやら死刑執行人が表扉を叩く衝撃を受けて閂は壊されようとしているようだ。

 その響きから表扉の状況を知り、ルートヴィヒはずっと座していた机から腰を浮かせた。


「じゃあ、俺は行くよ。音からして、奴らもそろそろ教会に入ってきそうだから」


「行くがいい。おまえの策に基づいて、奴らを始末するんだ。そうしてくれなければ、策が成り立たんしな」

 

 副隊長は送り出しながらも、不安を募らせてぼそっとつぶやいた。


「しかし正直なところ、一抹の不安はあるが。手強い死刑執行人どもを教会で迎え撃って、本当に仕留められるのか」

                      

 ほかに連中を仕留める策はないので乗るしかないが、自身の不安は隠しようがなかった。その心のあらわれを示すかのように、副隊長の眉間には太い縦じわが刻まれている。

 それを目に止め、ルートヴィヒは軽く肩をすくめて云った。


「もし俺の策に乗るのがどうしても不安だというのなら、幸いにもここは教会だ。策の成功を神にでも祈るんだね」


 もちろん、神を嫌う俺としては祈る気などないけれど。


 ルートヴィヒは背後を振り返り、まっすぐに歩を進める。歩くたびに響かせていた長靴の乾いた音が止んだとき、ルートヴィヒは部屋にただ一つある扉のまえへ立っていた。

 腕を伸ばして把手を握り、彼は扉を開けて部屋を出ようとする。しかしその途中、ルートヴィヒはふと扉を開く動作を止めた。微かに顎を引き、後ろを振り向いて言葉を付け足しもする。


「もっとも、神が願いを聞き届けてくれるとは限らないけれど。神なんて、残酷なものだから」 


 微笑がルートヴィヒの唇にこぼれる。

 その笑みは酷薄で冷ややかだったが、副隊長やほかの傭兵たちも思わず息を呑んで魅せられてしまうほどに美しかった。

 彼が高雅で凛然とした際立った美貌を持つだけに。

 

 だが、それもほんの短いあいだだけのことだった。


 ルートヴィヒが首を傾けるのをやめてその向きを変えると、長く艶やかな黒髪がさらさらと紗のように流れ落ちて彼の顔を覆い隠していく。


 副隊長たちが呆然と見とれるのをやめて素に戻ったとき、すでにルートヴィヒは後ろを見せていた。自身が握る把手に力を込めて扉を開きながら、背に届く長い黒髪を垂らして。

                     

 ふたたび部屋を出ていく靴音が響いたあとには、扉は錆びた音色を奏でて閉まりはじめる。

 やがてその高雅な後ろ姿は、副隊長たちの視界から完全にかき消えた。

 扉の閉まる音とともに。


                      

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