弟子たちの懸念を一喝し、彼らを率いて師は教会へ向かう。
師はなおも続ける。
「ルートヴィヒの奴もそうだ。あいつも、あの教会に潜んでいるんじゃないのか?」
「傭兵連中の方へ寝返ってから、あいつもまだその姿を一度として見ていませんからね。あいつとも結局のところ、町中では会いませんでしたし。だからまあ、その可能性もたしかに否定できませんが」
ジマは云うと、師は断じる。
「いや、きっといる。俺もあいつと町中で、会っちゃいないがな。さきほどあの教会のうえから、町の様子をうかがっている奴を見かけた。その人影が、なんとなくあいつっぽかった。
暗いのでよく見えなかったが、まあおそらくは奴だろう。そんなところに姿を見せるんじゃ、奴もまだ教会にいるだろうよ」
師は傭兵たちのあとを追いかけながらも、その最中に抜け目なく捉えていた。自身の灰色の瞳に、教会のうえで蠢いていた人影を。
一方で弟子たちは、そんな人影に気づいていなかった。だから師の云うことが、正しいかどうかもわからない。弟子たちは不審顔をしたが、やがてゴーマが軽く肩をすくめて指摘する。
「けど傭兵たちが劣勢ないま、この状況をあいつが知ってればもういないかもしれませんよ。このままではあいつ、いつもの結果に終わっちまいますからね。脱走したはいいが、結局は俺らに捕らえられて終いっていうふうに」
ゴーマは内心で思う。
俺にしても、これまで師のもとから逃げ出した経験はある。師から受ける仕打ちや訓練の辛さに負けて。もっとも師に可愛がられていたこともあって、さほど辛くは当たられないので脱走した経験は極めてすくないが。
ジマもそうだ。師によってもたらされる過酷さに負けて逃走をした経験はある。それにしたって俺が救いの手を差し伸べることもあり、逃走した経験はそこまで多くない。
しかしルートヴィヒはちがう。奴は師から過酷さをもたらされるというだけではない。俺やジマからも嫌われているので、救いの手だって差し伸べられない。師はもちろんのこと、俺やジマからも一切。
俺たちは長いあいだずっと四人で暮らしてきた。
だから奴には、救いの手を差し伸べてくれる相手がずっといなかったってわけだ。それどころか、逆に俺たちにも虐げられる始末だ。
そんな日常に嫌気がさし、奴は俺たち以上に幾度となく師のもとからの逃走を試みている。牙を剥き、逆に師や兄弟子である俺たちを殺そうとしてくることさえあった。
だがその結果は哀れなものだった。逃げたところで、結局はいつも師や俺たち兄弟子二人に捕らえられて連れ戻された。牙を剥けば、師や兄弟子である俺たちに取り押さえられることとなった。奴が泣こうがわめこうが。どんなに抵抗しようがな。
それが常だったが、今回もどうやらそうなりそうだな。
ゴーマは冷笑する。ジマも同じく薄く笑んだ。
「傭兵たちを頼りにして脱走したんだもんな。そりゃ、やばいわ。あいつの立場から見てみりゃ。このまま町に居続けたら」
兄弟子にジマも同調する。うなずいてゴーマは微笑する。
「おかしくねえよ。とっくに、どこかへとんずらしてたって。俺らに捕まるのを嫌がってな。あいつ、傭兵たちを頼って裏切りやがったけどよ。その頼みの綱の傭兵どもは、もはやあいつを守れねえに決まってるしよ。頼りの傭兵どもがほぼ壊滅したって云っても過言じゃない、こんな有様じゃあな」
「かもしれんが、まだここにいる可能性は否めないだろうが」
語彙強く師に反撃され、弟子たちは恐懼して押しだまった。弟子たちを睨んでから一息ついて落ち着きを取り戻すと、師は断をくだす。
「だとすると俺たちとしては、あの教会にやはり入り込まねばならん。
ミゲールを殺すためにも。さらにはあのなかにいるやもしれん、ルートヴィヒの奴を連れ戻すためにもな」
師は鼻でふっと微かに笑んだ。ゴーマは眉をくもらせる。
「いま、敵側は不利な状況にあります。なら身の安全を考えてルートヴィヒを含めた敵どもは、普通は逃げだしていてもおかしくないわけですが。
それでも、もしルートヴィヒやあの隊長が逃げ出さず、なおここにいるというのならですよ?
勝つ策があって罠を張ってあの教会で待ち受けているって可能性は、やっぱ考えられるんですが。それでもですか?」
「くどい」
師が叫ぶ。それでもめげずに、ゴーマが一つの案を師に進言する。
「いっそ教会に、火をつけてやるってのはどうですか?」
「そいつはいい。焼いて教会にいる奴らを始末するってんなら、奴らを殺す手間が省けるもんな」
同調するジマに、ゴーマはうなずく。自分たちが宿にいるとき、そこへ傭兵たちも火をつける手を提案したのは覚えている。その手をここで、今度はこちらが逆に使うのも悪くない。そうゴーマは思っていた。
「それだけじゃない。焼き殺せなくても、火が回ればなかの奴らは外へ出てこざるをえない。そのときに討つようにすれば、こっちは教会に入り込む必要はなくなります。
傭兵隊の隊長にしたってルートヴィヒだって、あの教会に潜んでいるなら火をつけりゃ焼け死にたくなくてでてくるでしょうし。そうすればあちらの仕掛けた罠に、むざむざかからなくて済みますよ」
罠にかからずに済む利点があると思えばこそゴーマは奨めたのだが、師はすげなく拒絶した。
「いや。その手は使えん。万が一にもないとは云えんのでな。ルートヴィヒが焼き死んだり、火で極度の大怪我を負う恐れも。今後も奴をなにかと利用したい俺としては、奴に大過あっては困るんだ」
師はじろっと弟子をにらみつけて、語気強く云った。
「おまえたちは用心深く、罠を回避したいとみえるがな。罠などあったところで、そんなもの粉砕してやればいいんだ。
連中は俺たちより弱い。それはここに至るまでのあいだに、おまえたちもよくわかったろう。そんな奴らが張った罠など、恐るるに足らんわ」
云い終えると弟子たちから視線をはずし、師は自分の足下で横たわる傭兵を見た。
まだ生きている。もっとも弟子と話す最中に、その呼吸が足元から伝わってきていることで知ってはいたが。この傭兵が息を引き取っていないことは。
にやりと嗤い、傭兵への尋問も再開する。
「おまえの答えを、まだ聞いていなかったな。さあ、云え。聞かれたことに答えなければ、自分が苦しむだけだぞ」
傭兵は震えながらも微かにうなずくと、師に対して答えた。
「出入口はほかにない。あそこからしか入れない」
「嘘ではないだろうな?」
「嘘をついてどうなるんだ。嘘をつく理由なんてない」
「そうか、わかった。ご苦労」
微笑して、師は握る剣の柄を振り上げる。その刃を下にしたまま。
知りたい答えを得たいま、この傭兵に用はない。ほっといてもいずれ死ぬんだろうが、せっかくだから殺してやる。殺しは嫌いじゃないんでな。
やめてく、と傭兵が色を失って叫ぶ。云い切ることはできなかった。師の剣が真下に一気に降ろされたために。刃が喉に突き刺さる。鮮血が噴出する。瞬間、口をパクパクさせたかと思うと、傭兵は首を横にがくりと倒して絶命した。
普段から人を殺し慣れていることもあり、その死に弟子たちもまるで動じない。傭兵の死を平然と受け流し、ゴーマは教会を見つめる。その建物の造りをひとしきり眺めると、ため息交じりに云う。
「たしかに、窓から入るということはできそうにねーな」
「ふん。まあ、ああも狭くてはな」
師は剣を一振りして、刃についた血をのぞいた。剣を腰の鞘に納め、そのまま教会を眺める。
いましがた口を割らした傭兵の答えからして、あの教会にほかの出入口はないらしい。となると、教会に入るための選択肢は一つしかない。
「やはり、表口から入るしかなさそうだ。行くぞ」
決断すると、師は教会へ歩を進めた。弟子たちも、恐れを抱く師の指示には従うよりほかない。ゴーマが渋々ながらも嘆息をつき、ジマを見つめて顎先を教会に向ける。ジマもちいさく肩をすくめると、二人は師のあとを追った。




