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死刑執行人たちは警戒する。教会に、罠が仕掛けられていることを。

 月の銀光が夜空を青白く塗る。町の遠くでは、紅の炎が燃えている。それらの輝きはあまねく行き渡り、不気味に照らしだしている。夜の教会の正面に転がる、累々の屍を。

つまりは、傭兵たちの成れの果ての姿を。

                     

 教会への遁走曲を奏でていた傭兵たちだったが、彼らにしてもただ逃げ回っていただけではなかった。途上で何度も試みていた。苦心しながらも、態勢の立て直しと死刑執行人たちへの逆襲を。

                     

 だがその都度、死刑執行人たちに辛酸をなめさせられてしまった。抵抗は虚しく空振りし、いたずらに仲間を失うだけで終わった。

 誰も死刑執行人たちに、かすり傷一つ負わせられなかった。


 教会のまえでも激しい戦闘がさきほどまで一時的に繰り広げられていたが、結果は同じだった。

 仲間の遁走にくわわらず町に散らばっていた数少ない傭兵も結局ここへ集って戦ったが、徒労に終わった。

 最後には、生き残った傭兵たちは敵の魔手から逃れるために教会のなかへ退いた。数は若干だったが、おかげで傭兵隊は依然として余喘を保てた。

                     

 その結果を招いたのは、死刑執行人がわの不手際だった。

 いかに強くとも、さしもの死刑執行人たちにも限界があった。いかんせんたった三人では、ほかの傭兵の始末に追われてしまっていた。そのせいで傭兵たちが教会へ逃げ込むことを妨ぐ対処にまで手が回らなかったのである。

                     

 とはいえ死刑執行人の師ベルモンは、かけらも持ち合わせていなかった。教会内の傭兵たちを、そのまま目こぼししてやる慈悲などは。


 逃げたところで、あとを追うまで。教会のなかへこもったのなら、入り込んで始末してやろう。そう思っていた。

                     

 傭兵たちが建物内へ逃げ込むと、すぐさまそのあとを追おうともした。が、結局のところ、ほかの傭兵たちを片付けるのに時間が掛かってしまってすぐに果たせなかった。それが済んでも教会に入る表口の扉が内部から閉ざされていたために、すんなり入り込めなかった。開こうとしていまも扉の把手を掴んで幾度も動かそうとしたものの、びくともしない。

                     

 むかつくぜ。入れねえ、これじゃあ。傭兵どもめ。内から処置を講じやがって。


 不機嫌そうに師は舌打ちをする。その師にゴーマは声をかける。


「入れませんか?」


「ああ。どうやら、内部から閂も掛けられたようだ。これでは容易に開きそうもない」


 師は溜息をつき、教会を仰ぎ見た。

 

 彼らの正面に建つ教会は表口から見れば、縦長の建物がまず一つあった。その頂点は切妻屋根になっている。さらにその後方には同じ屋根で奥行きはやや短いものの、より背の高い建物がそびえている。

 俯瞰すれば、大小ふたつの四角い建物が連なるつくりとなっていた。

 表口のある大きな建物が南側。より背が高くちいさめな建物が北側に位置する。

 ベルモンは観察の所見を述べる。


 見た感じでは、どうやらこの教会の出入り口は一つしかなさそうだ。いま自分の正面にある、この表口しか。

 この教会には鎧戸がいくつもありはするが、その大きさは人が出入りできるほどではない。ひどくちいさい。

 開ければ採光や換気はできるだろうが、通り抜けるのは難しい。それができるとすれば幼子くらいで、常人にはまず無理と云っていい。

 

 仕方ない、とつぶやくと師はうしろを振り向いた。


 まだ生きている者がいればいいのだが。内面でそうつぶやきながらも、あたりを見渡す。数秒後にやりとする。

                      

 目当ての者はすぐに見つかった。虫の息だが、とりあえずまだ生きている傭兵が一人だけいた。

 

 これで知りたいことが尋ねられる。彼はつかつかと歩いて扉を離れる。

                      

 通り過ぎる足元には、銅貨や銀貨、銀の食器やその他の金品、ほかには食物も散乱している。

 ついさきほどまで、それらの品々は複数の馬車の荷台のうえに整然と積まれていた。

 しかし教会まえで激しい戦闘が繰り広げられると、その途中で何度も馬車の荷台に勢いよく幾名もの傭兵がぶつかった。死刑執行人に攻撃を受けて。

 なかには不幸にも馬車の周囲にそのまま屍をさらす傭兵もいたが、ともあれそうした衝撃によってそれらの品々は荷台から転がり落ちて散らばったのだ。

                      

 その品々はおそらく、傭兵たちが町から略奪した成果だろう。奴らはどうやら隊長のミゲールのもとへ、その品々を集めていたらしい。

                      

 師は歩む途中で、銀の皿を蹴とばした。

 

 そのことはここに至るまでに気づいていたが、奴らの集めた金品にとくに興味をそそられもしなかった。金品を横取りして、自分のものにする気など起こりもしない。金なら充分に持っていて間にあっている。それに財貨が欲しくなれば、裏稼業に精を出せばよいだけだ。いま、この程度の金に執着する理由はまったくない。もっと異常に多く金があるというのならばともかく。俺も無欲なわけではないからな。

 とてつもなくここに財貨があるなら、しっかりいただくよう考えるが。この程度の金では、まったくそんな気は起きない。

                     

 師は散乱した品々など眼中にない様子で無造作に踏みつけにし、まだ生きている傭兵のもとへ向かった。

 

 その動きに、まだ生きている傭兵の方でも気づいた。戦傷で苦しみ、あえぎながらも。同時にとどめを刺されることを怯えもした。

                      

 死にたくない。生への執着が湧きおこり、傭兵は必死に逃げようとする。が、戦傷が差し障った。躰がろくにもう動かない。

 なんとか這ってでも。そう思い、仰向けの状態からうつ伏せになろうと努力するも無意味だった。そのときには、師が目のまえにすでに立っていた。

                      

 束の間、両者の目があう。傭兵の目には恐怖が広がったが、師はちがう。残忍な悦びを目に浮かべる。唇の片端を吊り上げて嗤いながら、生き残りの兵の胸を無情にも足で踏みつけもした。

                      

 途端に師の体重が重くのしかかり、傭兵はその場から離れられなくなってしまった。傭兵は苦悶の声を上げる。

 もちろん、もとより残忍な師は呵責など見せない。手に持つ剣の切っ先を、傭兵の喉元に突きつけると尋ねる。


「すこし、ききたいことがある。もし知っているなら、素直に吐いてもらおう。

 あいにくと俺の見立てでは、おまえはその深手ではもう助からないだろうが。だがおまえだって、死ぬまえに余計な痛みをわざわざ受けたくないだろう?」


「そりゃそうだが。なにを吐けというんだ?」


 これ以上、つらい目に遭いたくない傭兵は訊き返す。戦傷が差し障り、胸に重しをされていることもあって、さも苦しそうに。

 しかしこの傭兵の苦しみなど、こちらの知ったことではない。師は冷ややかに、聞きたいことだけを口にする。


「教会の出入り口は、あの表口のほかにあるか?」


その答えを傭兵から聞くよりさきに、ベルモンの正面に立つゴーマが口を開いた。


「あの教会に入るのは結構ですが、師よ。すこしばかり、思いついたことを云ってもよろしいですか?」


「なんだ?」


「もしかしたらあの教会には、なにかしら危険な罠があるかもしれませんよ。俺らを仕留めるための」

                      

「罠? でもあの教会、開かねえように内側から閉ざされているんだろ? 閉ざしてるってことは、素直に考えて入ってきてほしくないからだろ。きっと俺たちに怯えきって、傭兵どもはそうしたんだぜ。

 だったら、罠が張られているって可能性はまずないんじゃ? 罠があるなら、むしろ扉を開けておくんじゃねえかな? こちらが教会に入って、罠に掛かりやすくするように」

                      

 近くにやってきたジマが口を挟むと、ゴーマが首を振る。


「いや。扉が開いてないといって、罠がないとは云いきれないだろ。あらかじめ教会にいた奴らの仲間の手で、事前に罠を仕掛けられているってこともある。

 あるいは、さきほど教会へ逃げ込んだ傭兵が仕掛けるってこともあるしよ」


「そうかな?」


 ジマが訊くと、そうだよ、と答えてゴーマは説明をする。


「俺らに追われて、傭兵たちは連中の隊長に助けを求めていやがった。それで奴らはここへ来たんだ。その隊長がいる教会目指して。むろん、奴らを追う俺らもついてきていた。

 だったら簡単に見越せるよな。隊長に救いを求めて、傭兵たちが教会内に入るこむことも。続けて、奴らを殺しまくっている俺らもそのあとを追い、なかに入りこんでくるっていう可能性も。

 事前に、もしくはいまこの状況下にあってもな。とすると、おかしくないよな? その仲間が事前に、俺らを仕留めるための罠を教会内に周到に用意していても。

 さきほど教会へ逃げ込んだ傭兵が大急ぎで仕掛けていても不思議じゃねえ。奴らが教会へ入ったとき、俺たちはほかの傭兵どもと戦っていた。数が残っていて意外と抵抗もされたんで、結構その始末に時間もとられたしよ。その時間を抜け目なく罠を張るために利用してるかもしれねえしな」


「それはそうかも」


 ジマがつぶやくと、ゴーマは続ける。


「だとしたらもし罠があるかもしれない点を留意すると、やっぱ考えられるんじゃねえ? あえて傭兵どもが、教会の出入り口の扉を閉めたってこともよ。

 扉を閉ざされている以上、罠がない。おまえが考えたように、そう俺たちに匂わせるために。

 こちらの油断を誘おうと狙ってな。

 そうすれば俺らが不用心に教会に入って、より罠に陥る可能性が高くなる。そういう悪知恵を、むこうの誰かが働かせているってことはあるんじゃねーの?」

 

「うーん。そう考えれば、やっぱ罠はあるかもしれないな。考えすぎのような気もするけど」

                      

「かもしれないが、あの教会に罠が張られている可能性は否定できない。なら用心すべきだと思うがな。第一、扉を使ってそんな小細工を弄してまでいるのなら、それはよほど俺らを罠に陥れたいってことだ。それだけ俺らを、その罠で仕留められる自信があるってことにもなるしな。迂闊に入りこむことは危険だと思うぜ」

                    

 なるほどな、と返答するとジマは顎先に手をやって考え込む。その一方で師もうなずいたが、すぐに顔を弟子二人に向けて答える。


「一理ある。ジマの云い分にも理はあるが、今回はゴーマの意見が正しいように俺も思える。だがな。罠があるかもしれないからといって、こちらもいまさら引き下がれん。傭兵どもを皆殺しにしようというのに、教会へ逃げこんだあいつらをそのままにしておけるはずもなかろうが。

 まして俺たちが襲撃を受けた宿で入手した情報のとおりに、あの教会にミゲールがいるのは確実だ」


 師は付けくわえる。


「実際、奴は教会から動いた様子がないしな。こちらが町を徘徊しているときにも、会わなかったし」


「そうですね。我々も結局町を徘徊しているときに、あの隊長と会うことはなかったですしね。な?」


 ゴーマが訊くと、ジマは無言でうなずく。師もうなずくと、言葉を繋げる。


「奴は町に出てもいなければ、逃げた様子もなさそうだ。大体、傭兵どもは俺たちに追われたことで隊長のミゲールに助けを求めて、あの教会目指してここまで来やがったんだ。実際、あの教会へ逃げ込んだ奴らもいるわけだしよ。そのことからしても奴は、あの教会にまだいるんだろうよ」


「たしかに、その可能性は高いでしょう」


 ゴーマは同意した。

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