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傭兵たちは、死刑執行人たちから必死に逃走する。ルートヴィヒは、死刑執行人を倒す策を思いつく。

 夜の町では、阿鼻叫喚と恐慌の渦が広がっていた。

                    

 傭兵たちはあとを追ってくる、一人の黒装束の男に完全に恐れをなしていた。いまや応戦すらしようとしなかった。悲鳴を上げながら、相次いで逃げ出している。総崩れの態で、みじめったらしい遁走曲を奏でていた。

 黒装束の男に追いつかれた傭兵は、背後から斬り殺されている。

                    

 怖え。やばい。必死になって傭兵たちは逃げていた。死にたくないばかりに。

                    

 もはや、だれもその逃走を押しとどめられなかった。

                    

 その場には傭兵たちを指揮する立場の小隊長もいたが、彼でも無理だった。彼自身も逃げ出していた。

 

 小隊長は自分の力をもってしても、兵たちの逃走はすでに止められないことを思い知っていた。まるで奔流のように勢いづいている。兵たちは黒装束の男に完全に恐慌をきたし、浮足立っていた。

                    

 黒装束の男は強すぎる。くそ、相手は、殺せと命じられている死刑執行人なのだ。殺さなければならないというのに。

 

 黒装束の男の正体は小隊長のみならず、いまやその場にいる全員が知っていた。誰かが気づいて叫び、死刑執行人だと正体を明らかにしたこともあって。

                    

 本来なら、自分たちが殺さなくてはならない相手をまえにして逃げるわけにはいかんのだが。


 小隊長は考えるが、行動は伴わない。


 逃げる兵のあとに残って一人で立ち向かうこともできるが、そんなことをしてなんになる? 殺されるのがおちだ。

 いまは悔しいが、逃げるしか手がない。どこかで対峙するにせよ、兵たちの状態を立て直してからにするしかない。

 

 小隊長は遅まきながら、一時撤退の指令を出す。逃げる足を止めずに。しかし兵たちのなかには恐怖のあまり、町からの逃走を図る者もいた。

                    

「嫌だ。こんな町にいるなんて、もうごめんだ。あんな危険な奴と、同じ場所にいられるか」


 一筋の奔流のように逃走していく兵たちが枝分かれをはじめる。散り散りになろうとする動きがあらわれた。小隊長は焦り、冷や汗を流す。


 まずい。どこかで態勢を立て直したいのに、散り散りになればできなくなる。

 この状況なんとかふせがなくては。


 逃げる足は止めないが、からくも威厳を保って小隊長は怒鳴り散らした。


「てめえら、脱走する気か。わかっているんだろうな? 隊がこの町に滞在しているんだ。町を離れたら、隊からの脱走とみなすぞ。脱走は軍令で禁じられていて、実行すれば死刑だ。

 軍令ではそういう奴らがいた場合、斬り殺すことも許されているんだ。軍令違反の咎でな。それが嫌なら、軽はずみな真似はするんじゃねえ。町から逃げ出す奴は、小隊長の俺が許さん。斬る」

                    

 その脅しを含んだ怒声は、兵の抑制に効いた。恐慌をきたした兵たちの逃走は止められないにせよ、散り散りになろうとする動きはかろうじて避けられた。

 それでも少数は、恐ろしさのあまり町からの逃走を図った。だが、うまくいかなかった。

                     

 そういう者は、逃げる傭兵たちに並走していた二人の黒装束の者たちの手にかかった。

 その二人とは、もちろんゴーマとジマである。

 師の動きを知り、その手助けをするために彼らも逃げる傭兵たちを追ってきていたのだ。傭兵たちの左右に分かれ、町の家々の屋根を跳躍して伝いながら。

 脱走を試みる者がいれば、町から出さぬために彼らは短剣を投げつけ、素早く殺していった。

                     

 ひいいい。もはや恐れるあまり、脱走する者はいなくなった。結果、傭兵たちは一目散に逃げていく。ある場所へ向かって。

                     

「隊長だ。隊長のいる教会へ逃げろ。隊長は強い。きっと、黒装束の奴らを倒してくれる。俺らを救ってくれるはず」

                    

 誰からともなく、傭兵たちのなかからそうした叫び声が上がる。同調した彼らは教会へ向かって次々と遁走した。

 そのあいだにも、黒装束の男たちは容赦はしない。逃げる兵に、執拗に追い討ちをかける。

 師のベルモンは、その背後から。ゴーマとジマの二人は脱走する者がいなくなれば、兵たちの左右から。

 師は追いついた者を剣で切り捨てた。ゴーマとジマは遠くから短剣を投げつけ、傭兵の急所を巧みに狙い撃ちにしていった。 


 そしてその光景を、教会の切妻屋根に登って眺めている者がいた。ルートヴィヒである。

                     

 教会の屋根こそが、この町のなかでもっとも見晴らしのいい場所だった。どこよりも高く、町全体を一望できた。死刑執行人の動向を探るために適していると選んだ場所が、そこだった。

                    

「弱いな。傭兵の奴らは」


 ルートヴィヒはため息をついた。

 町には燃えている場所がいくつかある。その紅蓮の輝きと冴え冴えとした銀の月明りで、ルートヴィヒには町の光景が夜間にあってもよく見えた。とくに見晴らしのいい、この場所では。

 おかげで、町の状況を把握できた。


 傭兵たちは、総崩れになっているようだ。すでに朧と化した、師たちの攻撃を受けて。

 案の状というべきか。傭兵たちだけで死刑執行人と対峙すれば、こうなる。わかりきっていたことだ。

 欠けてもいることだしね。奴らに曲りなりにも太刀打ちできる手練れが。俺とミゲールというあの隊長が。なら、当然の展開というものだろう。これは。


 このあいだにも傭兵隊の狂態の演じようを、ルートヴィヒはじっと見つめる。

 

 俺と隊長を除いた傭兵隊全体を一人の手練れと見立てた場合、いま連中は三人の手練れたる死刑執行人に追われていることになるからね。

 三対一では、敵うはずもない。おかげで師や弟子たちに殺されて、個体としての力を奴らに削ぎ落されている。つまりは段々とその数を、傭兵隊は減らしていっているわけだ。

                     

 ルートヴィヒは舌打ちをする。このままだと、全滅するか。あるいは、かなり数を減らされることになりそうだな。傭兵隊の奴らは死刑執行人たちにとても敵わず。


 ため息をつくと、今度は兵の流れをじっと見入って考える。

 

 うえから見ていても、兵による一筋の奔流は行き着くさきを求めている。

 向かうさきは、この教会か。その遁走の方向と、自身の隊長に救いを求めて大騒ぎしている状況からして。


 冷ややかな風に長い黒髪を舞わせながら、ルートヴィヒは状況を的確に判断する。

                     

 次に、その目は兵の流れを追っているうちに死刑執行人たちの動きを捉える。兵たちを含めたこの流れのなかで、目立つ動きをしているだけに。

                     

「どうやらこの様子だと、無傷の連中とやりあうことになるか」


 夜の町のなかで、死刑執行人たちは鮮やかに動いている。兵を斬り、刺し、貫き、殺し続けている。彼らに次々と屠られるばかりで、兵たちは抵抗できない。

 ルートヴィヒは兵の醜態を見て吐息をつく。

                     

「まったく役に立たないな。あまり期待はしていなかったけれど、傭兵どもは。数が多いんだからさ。せめて連中を傷つけるくらいのことは、してくれるとありがたいんだけどね。

 奴らを殺すまではできなくとも。こちらがより有利に、連中と対するためにもね」

                    

 死刑執行人たちが怪我を負えば動きも鈍くなり、そのぶん仕留めるのが楽になる。それだけ、こちらが連中に勝つ確率が高くなるわけだが。その動きからして、師たちが傷一つ負っていないのはあきらかだ。


「まあいい。このぶんだと、連中も兵を追って教会へ向かってくる。ここで連中を迎え撃てば、まだ勝ち目はある」

                   

 いらだたしげに黒髪を凛然と掻き揚げたあと、ルートヴィヒの姿は教会のてっぺんから消え失せた。 



「総崩れになっているだと? わが隊が、死刑執行人連中に追われて。しかも味方は奴らに殺されて、その数をどんどんと減らしているだと?」


 教会の中央にある一室で、副隊長がわめいた。隊の近況を副隊長の耳にいれるために、新たにここへやってきた一人の部下からの報告を受けて。

 副隊長の周囲では同室にまだいた、護衛役の四人の傭兵がざわめく。

 部下の報告は以後も続く。


「はい。連中はあまりに強く、味方はとても敵わないようでして。いまは隊長に救いを求め、わが隊の多くの者がこの教会を目指して逃げている最中です。奴らの攻撃を受けて、始末されながら。

 もちろん町のほかの場所で待機して、この逃走にくわわっていない仲間もわずかばかりいるようですが」


「ええい。どうなっているんだ。いくら強くとも、わが隊の連中が三人ばかりの死刑執行人から逃走しているだと? それも奴らにやられてばかりでいるとは。信じられん」


 副隊長は怒鳴ると、いらだたしげに椅子を蹴とばした。椅子は派手に壁にぶつかり音を立て、そのまま床に落ちていった。

 なお怒りが収まらない副隊長は、くそが、と下劣に毒づく。

 そのとき、部屋の扉が乾いた響きとともに開いた。音につられて副隊長がそちらを振り向くと、ルートヴィヒが立っていた。


「おう。戻ってきたか」


 いらだたしげな口調で、ルートヴィヒに副隊長は云う。


「随分な、いらだちようだね」

                        

 ルートヴィヒは冷笑を浮かべる。副隊長のいらだちの原因については、速やかに洞察した。


「味方が総崩れになってその数をどんどん減らされていたら、それも当然か」


「知っているか。そうだ。まったく奴らめ。忌々しいまでに強い」


 副隊長は物に怒りをぶつけた。

 握りしめた右手で卓をドンと強くたたく。低くどすを利かせた声で悪態もつく。


「あの、くそ野郎どもめ。このままでは済まさん。なんとかして皆殺しにしてやる。

 こうまでやってくれたんだ。その報復のためにもな。さらには奴らを殺すという、こちらの当初の目的を達するためにもだ」

                     

 しかし、どうやって? 副隊長は眉間を曇らせる。


 その気はあっても、打開策は未だ見つからない。こうもいらだっていれば、余計にいい考えも浮かばない。まずは落ち着かなくては。 

 

 物に当たり、怒鳴り、悪態をついたこともあって、怒りはすでに多少なりとも発散されている。おかげで一つ深呼吸するだけで、なんとか自制に成功した。冷静さも取り戻した。

 そのせいもあってか、ふと思い出す。目のまえの黒髪の若者を、ついさきほど自由にさせてやった理由を。


「どうだ? こっちは、せっかくおまえを自由にさせてやったんだ。奴らの動向を探り、連中と決着をつけるために有利な場所を決めたいというおまえの意見を容れてやってな。

 なにかしら、収穫を持ち帰ってきたんだろうな?」

 

 副隊長はルートヴィヒに回答を求めた。

 多少その口調が皮肉めいていたのは、この若造を罵ってやるつもりだったからだ。自分からそんな意見を出しておいて、収穫がないなどと伝えてくれば。

 が、そうはならなかった。

 ルートヴィヒは連中と対するにもっとも有利だと思う場所を見つけ出してきていた。

                     

「傭兵たちは、この教会へ向かっている。ならいっそ、味方全員をすべてこの教会に集めた方がいい。ここで死刑執行人の奴らと決着をつけるために戦力を集結させるんだ。

 この教会こそがこちらにとって連中と決着をつけるための、いまもっとも有利な場所だと思うから」


「ほう、勝てるのか? それで」


 疑いの眼差しを副隊長は送ったが、ルートヴィヒは動じなかった。微かににやりと、その唇に歪んだ冷笑をたゆたたせただけだった。

 すでにルートヴィヒは思いついていた。師たちと戦う場所を決めたことで、連中を始末するための策も。

                      

「ふ、なにやら勝算の高い妙案でもありそうだな」

              

 黒髪の若者の自信ありげな様子に興味をひかれ、副隊長は微笑する。


「ならとりあえず、聞くとしようか。詳しく話せ。おまえの考えを」


 うながされてルートヴィヒはうなずき、述べる。

 心の裡に秘めた、自らが思い描く勝利するための算段を。


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