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女たちは逃げるために、師に刃を向ける。

「なんなの? こいつ。なんか怖い」


 女の一人は、目のまえの男にそういう印象を持った。

                   

「私たちを連れ出してくれないわけ? じゃあ、なにしにここにきたの? あんたは」


 女が問うと、師はふっと嗤う。


 もちろん、傭兵どもや町にいるほかの連中を殺しにきたわけだが。

 そいつらを皆殺しにするというこちらの目的を達するためにな。それが、この家屋に来た理由でもある。

 町で敵を殺しているうちに、兵が出入りしているこの家の存在に気づいたんでな。

 ここに町の女が連れこまれているとも知った。どうやら外にいる傭兵たちは、この家にいる町の女に興味津々の様子だ。おかげで町に潜むさなかに、この家の話について傭兵たちが外で盛り上がっている騒ぎを耳にしたんでな。

 なら俺としてはこの場所を見逃せまい。

 俺たち以外の、町にいる奴らを皆殺しにするという、こちらの目的を達するためにも。


 覆面のなかで師は唇を歪める。

                   

 しかし、その理由をいちいち伝える必要もないな。そんなことをしても意味がなかろう。こちらが得をするわけでもないしな。そこで師は、こう答えるにとどめた。


「おまえに云う必要はない」


 ぐっ、と女は押し黙った。冷たくあしらわれたせいで、瞬時に受け答えできずに。そのまま考え込みもする。


 連れ出してくれないわけ? だったら、自分たちで逃げるしかないわよね。


 女は考えを切り替えた。

 

 傭兵たちがまだ生きていたときにも、そう思わないでもなかったけれど。こんな場所には、もういたくないから。もっと安全な場所へ行きたいから。でも、と女は悔しそうに唇を噛む。

                   

 でも傭兵たちは、数のうえでもその力にしても私たち女よりもまさった。隙すら見せなかった。それじゃ、こっちとしては始末におえない。

 その複数の目をかいくぐって逃げるだなんてできやしない。

 もちろん、傭兵たちを始末して自由を得るだなんてことも。女の身で、私たちは敵うわけなかったから。多くの傭兵たちを相手にして。

 けれど、いまはちがう。

 相手はただ一人、目のまえのこの男だけ。たぶん、きっと。どうやら仲間はいないみたいだし。すくなくとも、いまこの男の周りには。見たところ、それっぽいのは周りにいなさそうだから。

 ただ目の前のこの男は、ひどく強そうだけど。

 実際、複数の傭兵を易々と始末できるほどだし。

 それでも相手が一人なら、その隙を突けばなんとかなるかも。倒して逃げ出せるかもしれない。

  

 でも本当にこいつが一人じゃなきゃ、無理。

 もしこいつの味方がどこか近くにいるなら、絶対にかなわない。

 きっと、返り討ちにあうだけ。非力な女の身で複数の男に立ち向かったところで、相手なんてできやしないから。女たちは、ここに結構いるけれど。でもたとえこっちの人数がそこそこ多くても駄目でしょう。だから、まずは本当にこの男が一人でここにいるのかをたしかめないと。

 この男をなんとかして、ここから逃げ出そうとするのなら。

                   

 そう決めると、女は目のまえの男に尋ねる。


「ほかに誰かいるの? 誰かと一緒に連れだって、ここへ来たの?」


 いいや。男は短く答える。

 やっぱり。女が自分の考えの正しさを確認したとき、男に逆に尋ねられた。


「なぜ、そんなことを訊く?」


 べつに。そうつぶやいただけで、女はほかになにも答えない。


 答えられるわけもない。云えば、自分の考えを明かしてしまう。そのあげく相手に警戒されてしまい、逃げ出せなくなっては元も子もない。

                   

 彼女は押し黙り、ふたたび考えに耽る。 

 見ればうまい具合に、手元には短刀が転がっている。果物を剥くためのものだ。

 自分たちの食事に使えと傭兵たちによって用意されたのだ。これを使って一思いに相手を刺してその命を絶てば、私たちは逃げ出せる。

 もう傭兵たちだっていないんだから。いまは、ここから逃げだす好機なのよ。

 幸いにも、男との距離も近い。立ち上がって一気に刺せば始末できる。

                   

 女の目が剣呑に光る。はやくここから逃げ出したい一心で、女は短絡的な行動に出た。床に転がる手元の短刀を手に取る。瞬時に立ち上がり、男に迫って始末しようとする。

 

 女にとってみれば、素早く行動に出たつもりだった。

 しかし凄腕の師にとってみれば、単なる市井の女の動きなど遅すぎる。

 女のそんな攻撃など、児戯に等しい。

 手に持つ彼の剣が一閃する。短刀を持った女の手首が宙に飛ぶ。女の切られた腕からは血も噴出する。

  

 無様に声を裏返して、女は苦痛に耐えきれず叫んだ。膝からくず折れると、床に躰をのたうち回らせる。

 他の女たちからも、一斉に悲鳴が上がった。

 そのなかの一人は、すぐに切られた女を気遣うようにそばに寄る。もう一人のやや年を喰った女は、ちがった反応を見せた。


「なんなのよ、あんた。なんてひどいことをするの」


 やや年を喰った女は怯えながらも、ベルモンをにらみつけて大声でなじった。

 が、ベルモンは意に返さない。


「ひどい? その女がそうなったのも、そいつがさきに俺を狙ったからだろう? 俺は自分の身を守ったまでだ。俺が悪いわけではなかろう」


「そうだけど。でも、なにも手を飛ばすなんてことまでしなくとも」


「刃を向けて人を狙えば、どんな目にあうことも覚悟しなくちゃならないのさ」


 それぞれに怯えている女たちの姿を見て、ベルモンは嬉しそうに哄笑する。

 恐怖におびえるあまり、ほかの若い女が逃げようとする。

 

 瞬時に、師の目が光る。

 胸からちいさな短剣を取り出し、それを投げつける。短剣は飛び、逃げる女の顔の脇を素通りした。うしろから、まえへと。その後、音を立て壁に突き刺さる。

 若い女の足は止まった。足は恐怖で震えて、女はその場にへたり込む。


「逃げるんじゃねえよ。そんな真似をすることは、許しちゃいない」


 師は冷然と云い放つ。女たちはひどく怯えた。


「いいぞ。もっと怯えろ。もっと叫べ。ほら」


  師は煽ったものの、女たちは乗らなかった。

 その怯えの声は大きくならなかった。たったいま手首を斬られた女が、べつの煽りをしたせいで。


「みんな、聞いて。もう傭兵たちはいない。いるのは、もうこいつだけ。

 しかも、こいつには私たちを助ける気はないのよ。いま見たでしょ? こいつはこちらをこうして平気で傷つけるわ。逃がす気だってない。こいつは傭兵たちと同じ。こうして、こちらに惨い真似をする私たちの敵だわ」


 女は斬られた怒りで高揚したのか、ひとしきり朗々と演説をぶった。

 手首を斬られた痛みで顔に苦痛の色を滲ませ、ときにうめきながらも。


「でも相手は、たったの一人なのよ。こいつさえいなくなれば、あたしたちはここから逃げ出せる。そのあとにはうまくすれば、傭兵たちのいるこの町からも逃げ出せてもっと安全な場所へ行けるかもしれない。

 みんなで襲ってこいつを始末して、どこか安全な場所へ行きましょ」


「ふん、嗤わせる。なにを云うかと思って黙って聞いていれば、全員でこの俺を殺すだと?」


 師は冷たく嗤う。昂然と、こうも云い放つ。


「面白い。やれるものなら、やってみるがいい。おまえらごときに、倒される俺ではないわ」


 その自信たっぷりの傲然とした物云いに、女たちは腰を引かせる。その様子を見て手首を斬られた女は、ふたたび口を開いて朗々と煽りだす。女たちを奮い立たせようとして。


「大丈夫。怖がらないで。私たち全員で襲えば、きっと始末できるわ。なにしろ、相手はたった一人なんだから。いい? 身の安全を図りたいなら、ここが正念場。みんな、決断しないと」

                    

 手首を斬られた女は、主導的な立場だった。ここにいる女たちのなかにあっては。そういう立場にある者の云うことだけあって、ついに女たちは渋々ながらも重い腰を上げる。

 それぞれ顔を見合わせて意志の統一を図るかのようにうなずくと、師に襲い掛かろうとして彼女たちは手に取った。

 傭兵たちの持ち物だった、床に転がる剣を。

                   

「まあ、いい判断なのは認めよう。このままじゃ、おまえたちに助かる道なぞはないのはたしかだしな。俺を始末しなければ、おまえたちは死ぬしかない」

                  

 ベルモンはにやつき、その手に持つ剣の切っ先を女たちに向ける。その刃に、部屋の灯火の微かな光が反射する。

                  

「俺には、まるでないんでな。おまえたちを助けてやる気などは」


 ベルモンはそう付けくわえ、唇を歪ませる。

 所詮、この女たちは俺にとってみれば傭兵どもに次ぐ、狩るべき哀れな獲物でしかない。

 そもそも俺はおまえたちを嫌悪しているしな。


 師は低く嗤う。

                    

 今回、抵抗力があり多数で群がってくる傭兵どもはすぐさま殺した。ちょっとした油断が命取りになることもあるために。それに、連中をいたぶって殺す必要もなかった。女どもという、あとで愉しめる連中がこんなにも残っているのだからな。

                    

 ベルモンはねっとりとした目つきで眺める。次々と女たちを、ねぶるように。


 女たちは半裸だ。毛布をしっかり身に巻きつけて、服代わりにしているだけの状況だ。

 が、その手には剣も握っている。命を奪う凶器を手にしている以上、油断は禁物ではある。

 それでも、単なる女がこの俺を倒せるわけがない。

                    

 しかし俺の命を狙ってくるというのなら、しっかりと相手をしてやろう。

 

 そのついでに返してやるよ。

 普段、おまえたちがこの俺を見下ろしてきた礼を。せっかくだから、この際に。

 どうせ殺すにしても、少々いたぶってやることでな。

                    

 そう心に決めたベルモンは、不気味に高く嗤う。だがその笑みが、女を攻撃に誘う。

 笑みを放ったことで、ベルモンが油断したと女の一人は受け取ったのだ。

 隙ありとみなし、奇声を発してベルモンに走り込んでいく。

 剣の切っ先を彼に向けて。両手に握った剣で、ベルモンの躰を貫くべく。

                    

 その姿はベルモンの目にも止まったが、まったく動じもしない。

 女の剣はみるみる近づき、その刃先が彼の躰にあと数歩で当たる状況となる。

 その矢先、ベルモンは落ち着きながらも素早く剣を一振りさせた。

 空気を裂く音がしたと思うと、突きを放った女の腕が切り取られていた。剣を握る腕が一本、宙を舞っていく。

                   

 腕を切り取られたことで、女は甲高く痛ましい叫びを上げる。

 

 ベルモンは、にやりとする。


 むかついていた奴らを好きなように料理できる、いまのこの状況は俺にとって快い。この際、愉しんでやる。

                       

「遊んでやるよ、女ども。そちらが俺に害意を抱くなら、いまから相手をしてやろう。

 おまえたちが、向かってくるというのなら思い知らせてやるよ。その命を絶つまえに、おまえたちに。俺には到底敵わないのだということをな。

 おまえたちを完膚なきまでに叩きのめし、みじめな気持ちにさせて苦しめてやる。そうするのも、なかなか面白そうだしな」

                     

 ベルモンは冷然と云い放ち、腕を切った女を見下ろした。


「いま向かってきた、おまえ。おまえもそうしてやる。

 もう一本の腕を残しておいてやったのも、わざとだ。その命を絶たなかったのもな。

 おまえにもう一度、剣を取り、俺と遊ぶ機会を与えてやったんだ。まだまだ、おまえを苦しめてやるためにもな。

 またおまえが相手をして欲しいと望むなら、俺としてはかまわんぞ。向かってくるがいい。受けて立ってやる」

                    

 片腕を切られた女は返事をしなかった。それどころではなかった。斬られて以後すぐ倒れ込んだ彼女は、半狂乱の態でわめいていた。腕を奪った男への、呪詛の言葉を。


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