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師ベルモンは、女たちのいる家に侵入する。

 平屋の家のなかでは、傭兵たちの酒宴がにぎやかに繰り広げられている。

 未だ殺されていない町の女たちも連れこまれている。


 その家は、町のなかではかなりましな部類のつくりだった。

 部屋数が二つしかないが、広間はそこそこ広い。

 

 別室でも傭兵たちの数人が酒に溺れていたが、より兵が多くいるこの広間での乱痴気騒ぎの方が派手だった。広間のなかで傭兵たちは酒に酔い、踊り、笑い転げて馬鹿をやらかしていた。

                  

「くはあ、やっぱ酒はうめーな」

                  

 酔って赤ら顔になった傭兵が、喜びの声を上げた。

 そのそばでは、町の生き残りである九人の女たちがすすり泣いている。そこそこいい容姿だったために、ここに連れ込まれた女たちだ。

 彼女たちはいましがた、傭兵たちに乱暴されたばかりだった。その躰は毛布が巻きついているだけの、半裸の状態になっている。

 その彼女たちのまえには、麦粥が盛られた木製の器がいくつか床に並べられていた。いくつかの熟れた果実とともに。


「でも、せっかくの酒もまずくなるぜ。目のまえで、あんなにめそめそ泣かれちゃあよ。しらけて、仲間と盛り上がっているこの宴の場も暗くなっちまう」


 赤ら顔のそばに立つ若い傭兵が、すすり泣く女たちを見て肩をすくめる。

                   

「まあ、たしかにな」

                 

 赤ら顔の男が同意し、女たちをどやしつける。

                  

「おまえら、いつまでも泣いてんじゃねえ。うっとおしい」


 赤ら顔の傭兵は座っていた椅子から、にわかに立ち上がった。

 怒りの形相をあらわにして女の方へ近づくと、女のうちの一人にきつく前蹴りを入れる。

 その衝撃で顔面を蹴られた女は、歯が二本ほど折れた。口からよだれ混じりの血を吐き、苦しそうにうめく。

 ほかの女たちは怯えた。ひっと叫んで互いに寄り添い、身を丸めて縮み上がる。その姿を面白そうに眺めながら、部屋のなかにいるほかの傭兵たちが哄笑する。


「そうだぜ。とりあえず、飯を食わせるために一休みさせちゃいるがよ。おまえたちにゃ、これからも俺たちを楽しませてもらいてえんだ。そのためにも泣いてばかりいないで、とっとと飯を食え。

 とりあえず腹をふくらませてよ。めいっぱい俺たちの悦びのために働いてくんな」


 赤ら顔の隣で椅子に座っていた白髪の傭兵が、女たちのまえに置かれた麦粥を指し示しながらそう命じた。

                 

「まったくだ。こうなったのも、おまえらの運命だ。いい加減開き直って、おまえたちも俺たちと一緒に楽しんだ方が身のためだぜ」


 赤ら顔がそう云ったとき、唐突に響き渡った。部屋の閉められた扉の外から、怒号と断末魔の悲鳴が。


 「ああ? なんだ、一体?」


 異変に気づいた赤ら顔の傭兵が、扉の方を振り向く。

 扉の外の騒ぎは、さらにおおきくなってゆく。

 ほどなくして別室へとつながる広間の扉が開き、傭兵の一人があらわれた。

 その男は片手で抑え込んでいた。血を滴らせる、自身の胸を。扉を開いたと思ったら、すぐに嗚咽をもらして床にくずおれる。

 どうやらこと切れたようだった。


 その後、男の後方に隠れていた一人の人物が姿を見せた。その躰は黒装束で覆われているが、体格的に見て男なのはあきらかだ。

 顔にも覆面はつけられていたが、その目だけは隠されていない。灰色の瞳で、黒装束の男は広間の光景を見つめている。

 その男は、死刑執行人たちの師ベルモン・グローだった。その右手には、血で汚れた剣が握りしめられている。


「誰だ? てめえ」


 赤ら顔の男は黒装束の男を見つめて問いかけた。

 この家の傭兵たちには、死刑執行人が黒装束を着て自分たちを殺し回っているという情報がまだ伝わっていないようだ。外にいる傭兵たちのあいだでは結構知れ渡っているようだが。

 ベルモンは内心で考える。

 知っていたら、こいつらは俺を見て怯えていたかもしれんな。が、知らぬがゆえにこいつらはこちらを低く見ているようだ。単なる闖入者と思い込んでいるようだ。こっちは、そんな生易しい存在じゃないというのに。こいつらの命を奪う、死神みたいな存在だっていうのにな。ベルモンは嗤う。

                  

「なんだ、てめえは。俺らの仲間を殺しやがったのか。そんなふざけた真似して、命がいらねえのか」

                    

 白髪の男が倒れ込んだ仲間を見て逆上し、椅子から立ち上がった。腰から剣を引き抜き、黒装束の男めがけて勢いよく突っ込んでいく。仲間の敵討ちと云わんばかりに。

                   

 ベルモンは灰色の瞳に残忍な悦びを湛えた。


 死を与えられると思うと非常に愉しい。


 ベルモンはあっさり白髪男の突きをかわし、逆に相手の喉元に剣の切っ先を突き立てた。

                  

 くはっ、と白髪男は末期の吐息を漏らす。自分がやられたと知ったときには、もう遅い。

 ベルモンが剣を引き抜くと、白髪男はその目まで白くさせて床に倒れ込んだ。床にはその首から流れだす血が、どくどくと広がっていく。

                   

「この野郎」


 赤ら顔の男は怒りの形相をあらわにする。彼を筆頭に、部屋にいるのこりの傭兵全員も。一斉に武器を手に持ち、ベルモンへ切りかかっていく。

 その光景を見てベルモンは喉元を、くくと低く鳴らす。人を殺せる悦びで。

                  

 所詮、傭兵たちは複数で襲い掛かったところでベルモンの敵ではなかった。

 傭兵たちも実戦をくぐり抜けてきた経験から、相当な剣の腕前を持つ。

 すくなくとも彼らにしてみれば、一般人など取るに足らない相手に過ぎない。

 たとえ数人で襲い掛かられたとしても、軽く片づけられる。

 その自信が、充分にある者たちだった。

 

 そんな彼らを、ベルモンは力量ではるかに凌駕した。

 ベルモンの剣が一閃するたびに、傭兵たちは次々に彼の手にかかって打ち倒されていく。

                   

 傭兵たちはベルモンの犠牲になるばかりだった。

 その腕は叩き落とされる。足は切り離された。いくつかの首が乱れ飛ぶ。その都度、床や壁に血がまき散らされる。そのあいだ彼自身はかすり傷一つ負わない。

                   

 鮮やかな剣技を見せて、ベルモンは部屋にいた傭兵たちを存分に叩き斬った。

 全員を屍に変えてやったあとには確認する。周囲を見渡し、未だ生きている傭兵がいないかどうかを。

 

 息のある傭兵は誰もいない。隣室の傭兵もこの広間に入るまえに、みな片づけた。

 もうこの家屋には自分に手向かう傭兵は、いまのところ一人もいないと見ていいだろう。


 血の滴る剣を手に持ちながら、彼はにやりと笑む。

                   

「やはり殺しはいいな」


 ふたたびくぐもった低い嗤いを漏らすと、ベルモンは自らの躰を女たちの方へ向け直した。その灰色の瞳で、九人の女たちをしっかりと見据える。

 

 身を寄せ合い、目のまえで惨劇が繰り広げられたせいで震えあがっているこの女たち。

 こいつらの顔には見覚えがある。普段、俺たち死刑執行人を見下してきた女たちだ。

 こいつらはよく目にする。

 処刑を執行するために、時として俺たちはまさしく今日のようにこの町を訪れるが。

 そんなとき、こいつらは処刑を見にやってくる。

 処刑に興奮を見出し、退屈な日常を一時だけでも紛らわそうとする見物人として。

 そのときに死刑執行人を見るこいつらの目は、常に腹だたしいものだった。

                   

 絶えず俺たちを見下すかのような、接することすら拒む冷ややかな目線を投げつけてくる。まるで穢れた汚物を見るかのように。


 もちろん、そんな奴らはむかついてならない。不快と憤りを強く感じる。


 ベルモンとしてはその女たちを目のまえにして舌打ちを禁じ得ない。

 

 逆に女たちも見返していた。彼女らを睨みつけるベルモンを。

 ただし、とベルモンは思う。この女たちには相手が死刑執行人だとはわからないだろう。素顔をさらしていても、わからなかったろう。

 

 なにせ死刑執行人は、処刑時に黒い覆面をいつもつけている。覆面を外しているときになぞ会ったこともない。その素顔を一度として見てはいないのだ。

 

 くわえて、こちらがいまつけている覆面も死刑執行人のものとはちがう。

 

 死刑執行人が黒装束を纏って、この町で暴れ回っているという件についてもここにいた傭兵たちが知らぬのだ。とするとその件をここにいる女たちも伝え聞いておらず、傭兵どもと同様に知るはずもないだろう。

 そんな状態では、女たちには相手が誰だかわかろうはずもない。

 ベルモンはそう断じたが、実際その通りだったようで女たちは目の前の男を見て、誰なのとつぶやいたりしている。

 それでも彼女たちは、目のまえの男に期待した。相手は見知らぬ男で、そのうえどうも不機嫌のような感じはする。

 

 しかし男は、いままで自分たちを苦しめていた傭兵どもを殺してくれた相手だった。

                   

 正直に云えば、凶悪な傭兵どもを容赦なく皆殺しにしたこの目のまえの男は怖い。

 その黒装束も、見るからに怪しげだ。善人とは云い難い雰囲気を、全身から漂わせているようでもある。それでも期待感の方が恐ろしさを上回った。


 これまで怖くて口もきけなかったものの、女たちの一人はついに意を決した。

 震えながらもベルモンに尋ねる。期待と希望を込めた目を向けて。


「た、助けに来てくれたのよね? 私たちが、この獣みたいな奴らの相手をもうしないで済むように。誰だか知らないけど、私たちをここから連れ出してくれるんでしょ? 私たちが安全でいられるところにまで」


 女たちにとって、都合が良すぎる勝手な意見が流れる。

 その途端、縋るような複数の視線がベルモンに突き刺さる。

 しかしながら、その期待や希望をベルモンは容赦なく粉微塵に打ち砕く。

                 

「残念だが、ちがうな」


 そうつぶやくベルモンの灰色の瞳には湛られていた。

 

 人をいたぶったり、殺せたりするときに浮かぶ色が。残忍な悦びが。

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