ルートヴィヒは情勢を語り、反感を募らせる傭兵に剣を突きつける。
新参の嗤いが気に障り、鼻の大きい男は喰ってかかる。
「なにがおかしい? 新参」
「おまえの目が、あまりに曇っているからさ」
ルートヴィヒが云うと、口を挟んだ傭兵はいきり立った。なんだと?
ルートヴィヒは冷笑する。
「おまえは傭兵隊の人間の方が、戦いにおいて格上だと思っているようだけどさ。現実は違う。傭兵隊と死刑執行人の力を比べたらさ。死刑執行人の方がはるかにうえなんだ。個別だろうが集団でだろうが、戦いに及べばね。死刑執行人をあまり侮らない方がいい」
「気に入らねえんだよ、てめえ。さっきから、黙って聞いてりゃよ。てめえたち死刑執行人が、いかにもすげえって物云いしやがって」
鼻の大きい傭兵は憤って罵る。その様子を見て副隊長は察した。
どうやらこいつも自分同様、思い知ったのかもしれない。智勇のみならず美まで持つ、新参の凄さを。
その妬みもあって、因縁をつけているんだろう。
強いというだけでない。そのうえ美しく、頭も切れるとなると面白くないのだろう。
副隊長は、自分を護衛する役目の二人をちらりと見る。
反面、この二人は黙っている。なぜだろう?
副隊長は考え、その理由を思いついた。
彼らは新参に負けてその強さを思い知っている。
そのせいもあって下手なことを云えば仕返しをされかねないと新参を恐れて、口をつぐんでいるのかもしれない。表情を曇らせているので、あるいは内心では新参をこいつらも面白く思っていないのかもしれないが、それでもな。
だが、まだ手を合わせていない奴はちがう。
副隊長は、鼻の大きい傭兵を見やる。
新参の強さを聞き知ってはいても体感していない。それで新参に恐れを抱かず、その反感を遠慮なく口に出しているのかもしれん。
猛者といえば聞こえはいいが、所詮は傭兵などたいていは学もなく暴力しか取り柄のない輩に過ぎない。
いわば出来の悪い奴だ。そんな奴らは、出来のいい人間に対して敏感に反応して嫌悪を見せるものだ。なら新参を嫌うのも、自然な流れで無理もないか。
そう副隊長が思っているあいだにも、鼻の大きい傭兵はルートヴィヒを侮辱する。
「命がけで戦場に出る、俺たちとは違ってよ。所詮は、無力な罪人を痛めつけるしかできねえ卑怯者。そんな、たかが死刑執行人のくせによ」
この科白を聞き、ルートヴィヒは嘆息する。
この手の悪罵や侮辱も死刑執行人であるからには、俺もよく受けた。これは、やたら鼻の大きいこの傭兵の個人的な考えというわけではない。こういう意識や通念は、世のなかに存在する。だから同じ人殺しという立場に変わりはなくても、死刑執行人は傭兵からも蔑視を受けてしまうのだ。
華々しく戦場で命を懸ける兵隊と、処刑場や拷問室で無力な連中を傷つけるだけの死刑執行人とは同じ人殺しでも立場が違う。兵隊に比べて死刑執行人の方が、より卑怯で陰湿というわけだ。
しかしなんであれ、人から悪意を受ければ誰でもそうなるように、この俺にしても悪口を云われれば腹が立つ。
ルートヴィヒは、その美しい顔の表情を暗くした。
「どうやら気に障ったみたいだね」
気分を害したルートヴィヒは、その口元に歪んだ笑み浮かべる。さらに侮辱された仕返しとばかりに、きつい語調で云いもする。
「でも、状況をきちんと把握して欲しいから云うけどさ。正直なところ、死刑執行人がわから見たら、おまえたち程度の単なる傭兵なんて取るに足らない相手にすぎないんだよ」
「なんだと。俺らをなめてんのか、てめえ」
鼻の大きい傭兵は息巻いた。冷ややかに、ルートヴィヒはいなす。
「仕方ない。事実なんだから。だいたい、おまえたちには万に一つの勝ち目もなかったよ。俺が死刑執行人を裏切らず、その人数が四人のままだったなら。たやすいからね。死刑執行人が四人もいれば、この傭兵隊を全滅させることなんて。それほど強いんだよ」
ルートヴィヒはその笑みの歪みをますます深くした。
「ふざけんな。俺らを雑魚扱いしやがって」
鼻の大きい男はいきり立った。ここでこれまで黙って聞いていた短髪の男が、重々しく口を開いた。
「奴らがそれほど強いなら、こっちに勝ち目はまるでねえってのか?」
「俺がこのままこちらに加勢しなければ、そうだろうね」
ルートヴィヒは首肯する。
「俺が抜けても、あちらにはまだ手練れが三人いる。対して傭兵がわには、奴らと渡りあえるような手練れはおそらく一人だけ。あのミゲールという隊長しかいない。俺を除いたとすればね。
でもその隊長にしても、あちらの三人すべてを同時に片づけられはしないだろう。それほど甘い奴らじゃないからね。あの死刑執行人の三人は。
俺抜きで奴らと争えばむこうの誰かが隊長の相手をしているあいだに、そのすきをついて手の空いている残りの死刑執行人がこちらの傭兵隊を襲ってくるだろう。そうなれば、まずもってこちらの傭兵隊は全滅させられる結果になるんじゃないかな?」
「全滅だ?」
鼻のおおきい男が声を荒げる。ルートヴィヒは軽く冷笑して説明する。
「そう、きっと全滅するよ。隊長の相手は師なら一人。ほかの弟子たちは単独では無理かもしれないけど、二人でならできる可能性は高い。組めば、あいつらは強力になるから。
そして隊長の相手を師がしたなら、そちらの残りの手勢の片付けは弟子たちがする。弟子二人が隊長の相手をしたなら、師がする。その結果、そちらの手勢は片付けられてしまうだろう。そちらの雑兵ごときに、やられるあいつらじゃないから。
もちろん隊長も、始末されてしまう恐れは充分にある。
ここの隊長の力は、俺には未知数でよくわからないからさ。師にも、あの弟子二人にも勝つかもしれない。
でも、あいつらもただ者じゃないから。もし片づけたとしても、そのときには隊長もただではすんじゃいないだろう。
相討ちになって自らも死ぬかもしれない。
さもなくば、生き延びていてもかなりの手傷を負っているはず。
だが生きていてもかなりの手傷を負ってしまっては、隊長も始末されてしまうだろう。
こちらの雑兵を片付けたあとには、残ったむこう側の味方が隊長のもとにやってくるだろうから。
そのときには、そんなひどい状態で隊長が敵うはずもないものね。
あるいはそうした状態にならず隊長が無事でいたとしても、長々と自分の相手と戦っていたら、そのうちに雑兵を倒したむこうの味方がやはりやってくることは避けられない。隊長と戦っている相手の援軍としてね。そうなったら、多勢に無勢でやはり隊長はやられることになってしまう。
すくなくとも、俺はそういう結果になると思う。奴らには俺抜きの傭兵隊の全滅を、やってのけられるだけの力があるからね。
もちろん、ここの隊長に師や組んだ二人の弟子を軽く凌駕するだけの力でもあるなら異なる結果が出るだろう。
隊長の力が未知数な以上、まあ確実にどうなるとは断言できないんだけどさ」
まじかよ。信じられねえ。俺らだって傭兵隊として、いい線いってるのに。隊長なんて相当に強いのに。そんなに奴らは、すげえってのか。
小声で傭兵たちが騒ぎ出す。ルートヴィヒは美しく長い黒髪をかきあげると、なおも続けた。自分が見立てた死刑執行人がわと傭兵隊がわの、彼我の戦力の吟味を。
「でも今回、俺がこちらにくわわったことで状況は変わった。それによってあちらは弱まり、傭兵隊がわの戦力は上がった。
あちらの手練れは三人だけど、こちらは連中に対抗しうる人間が二人になったわけだ。
隊長と俺とでね。
俺は師より劣るけど、弟子二人には一対一なら勝てる。
ここの隊長も師と対峙したら、勝つか負けるかわからないけどさ。でも、すくなくとも長く戦い続けられるだけの力はあると思う。あの隊長も、ただものじゃなさそうだしね。
でも師とそこまで戦えるなら、あの隊長は持ってもいるだろう。
弟子に対して、一対一では勝てるだけの強さを俺同様に間違いなく。弟子は師より弱いしね。
もちろん、俺がこちらにくわわってもむこうはまだ一人手練れが多いけれど。
だとしても、その差を埋めるだけの力がこちらの傭兵隊にはある。
人数差というね。
ましてこの隊の傭兵たちは、個の力では死刑執行人に敵わないまでも実戦で腕も磨かれている。
それだけに群がれば、あちらの弟子の一人くらいは始末できる力があるだろう。相手が師だったなら強すぎて、そんなことは無理かもしれないが。
云ってみれば、この隊の傭兵の群れを一人の手練れとして見なすことができるわけだ。それも死刑執行人の弟子の一人よりも、強い力を備えたね。
つまり俺の裏切りによって、形勢は三対三になったに等しい。しかも形勢はこちらに有利だ。三対三での力比べをしてみれば、それはあきらかだ」
ルートヴィヒは、なおも続ける。
「たとえば隊長が師と同等かそれ以上、いやよしんば劣っていたとしても、かなりの強さを持つならば、だ。隊長が師を引き付け、その場に釘付けにすることはできるだろう?
そのあいだに俺と傭兵の群れは、各自が弟子たちを相手して始末できる。
俺や傭兵たちが、ほかの弟子どもを凌駕する以上は。
べつに、奴らとの対戦の組み合わせを変えたとしてもおなじだ。どの組み合わせにしても、三対三の力比べでは二者は確実にこちらが上回ることになる。
こちらの三者の誰が相手をしても師には勝てないかもしれないが、弟子二人は確実に始末できるだろう。隊長も、俺も、傭兵の群れも。その三者すべてが、確実に超えるのだから。あちらの弟子一人の実力を。
つまり三対三で戦っても、むこうの二者は必ず消せるわけだ。
師を誰も倒せないとしたら、最後にあいつは残ってしまうかもしれないけど、そのときにはむこうはたった一人。一方で、こちらはまだ師を打ち倒せるほどの戦力がたっぷりと残っているはず。
すくなくとも、こちらの方が優位に師との戦いを進められるだけの力は残っていると思う。
なるべくならうまく事をすすめて、むこうは師が一人、でもこちらは三者が全員残っているという状況をつくりだしたいものだけど。そうすれば俄然、死刑執行人を全滅させられる有利な展開になるから。
でもともあれ、やろうと思えばこうして有利に戦えるってわけだ。俺の加入によって、傭兵隊はね。
そう考えれば、いまの状況はこちらにとって悪くない。
その総力を比べれば、死刑執行人の連中以上の力が傭兵隊がわにあると思える。
まあだからこそ、俺は連中を裏切ってこの隊に入ることにしたんだけどね。俺が隊に入れば、奴らを倒せる勝算ありと見て」
ルートヴィヒは微笑する。
俺の死刑執行人に対する裏切りは、こうした打算あってのことだ。自分が裏切れば、死刑執行人と傭兵隊のどちらが有利になり不利になるか。
そのことを宿に傭兵たちが押し寄せたときに打算して、出てきた答えがこれだった。
「じゃあ、奴らは計算がろくにできねえってことか。奴らはこっちが有利だと気づかず、愚かにも向かってきてるってことか?」
鼻の大きい男が、そう問いただす。
「むこうはむこうで、勝算があると思っているのさ」
ルートヴィヒは答える。
「なまじ強いだけに、自惚れがあるのさ。奴らは自分たちの強さに。だから俺がこちらについたとしても、自分たちが負けるなんてことはないと思っている。
俺を含めてもなお、この傭兵隊を潰すのはわけないとあなどっているんだ。それで、こちらに立ち向かってくるというわけさ」
ルートヴィヒは、死刑執行人たちの心を洞察した。必ずこのような心理があって、あちらは傭兵隊に立ち向かう挙に出てきたはず。決めたのは師だろうが、長年付き合っていただけにその心を読むのはたやすい。
くそが。俺らを低く見やがって。まったくだぜ。
隊長の護衛二人が、怒りの形相を見せる。副隊長の護衛二人も、不愉快そうな表情を見せる。
「でもそういう考えを抱いて奴らがこちらに向かってくるというのなら、後悔させてやるつもりだけどね。あちらがそういう選択をしたことを、俺は必ず」
ルートヴィヒは暗い情念を黒い瞳に湛えて、にやりと嗤う。
「はっ。おまえがくわわっても、こっちを潰すのはわけないって連中が思っているならよ。てめえも奴らになめられているってことじゃねえか。それだけ、てめえも大した奴じゃないってことだろ。それなのに、なんとも頼もしいことを云いやがるよな」
できのいいルートヴィヒへのひがみもあって、貶めてやろうと鼻の大きい傭兵は馬鹿にする。
ルートヴィヒは、むっと美しい眉間をしかめた。冷ややかに、鼻の大きい男をにらみつける。馬鹿にされた仕返しに、毒のある科白も吐く。
「俺はおまえたち雑魚とは違うんでね。立ち回り次第で、俺は奴らを仕留めることだってできるつもりさ」
なんだと? 鼻の大きい男がルートヴィヒをにらみつける。ささくれあった云い争いが続いたおかげで、一触即発の険悪な雰囲気になる。
事実、鼻の大きい男はもう我慢ならなかった。むかついてならない新参に、ここで怒りを爆発させた。ぶち殺してやる。腰の短剣に手をかけようとする。だが短剣にその手は届かなかった。
それよりさきに、ルートヴィヒが瞬時に動いていた。腰に帯びた鞘から、剣を目にも止まらぬ速さで抜き放つ。瞬時に、その切っ先は相手の喉元に突きつけられていた。




