傭兵たちは、町で非道を。
ウルグス町では無惨な光景が繰り広げられていた。悪党の巣窟だけに町では抵抗する無頼の徒もいたが、すべては無駄に終わった。町にいた人間は、わけ隔てなく同等に扱われた。悪党も善良な男も、かよわい女も無垢な子供も。
傭兵隊による略奪と惨殺がおこなわれ、家は荒らされ住民の屍は至るところに転がっていた。傭兵隊にとって利益をもたらさないどうでもいい家屋のなかには、火をつけられたところもあった。
その炎と燦然とした月の光によって、町の惨たらしい生傷はあらわにされていた。
広場にも町の住人の屍が散らばっている。その骸の群れに、いままた新たな屍がくわわろうとしていた。
「い、嫌だあ。殺さないでくれ」
中年の男は地に両ひざをつけて、涙目になりながら哀訴する。
その周囲では無頼な傭兵たちが、にやにや嗤って立っている。そのなかの一人が、わめく中年の男の頭を平手でひっぱたいた。
「うるせえな。騒ぐんじゃねえよ。命乞いしたところで、無駄なんだからよ」
いやだああ。なおも中年の男は、首を激しく横に何度も振りながらわめき散らす。
「悪いが、こっちも仕事だ。この町の奴らは全員殺さなきゃなんねえんだ。いまおまえが死ぬのも運命ってやつだ。男なら潔くあきらめろや」
今度は、周囲のほかの傭兵がそう云った。続けて、おいと中年の男の背後に立つ仲間に向かって命ずる。その合図を受け、仲間の傭兵は笑みを浮かべてうなずく。途端に、両手に握った斧を大きく振り上げる。
中年の男は振り向き、背後にいる傭兵を見上げた。その両目は、おおきく恐怖で見開いている。そのおびえる男の顔を見て、斧を握る傭兵は楽しそうに叫んだ。
「そーら、よっと」
鋭い斧が中年の男の首めがけて勢いよく落ちてくる。次の瞬間、男の首ははねられていた。
首をはねられた躰から血の柱が噴き出る。男の躰はそのまま地上にくずおれる。新たな屍が、町の広場にまた一つ付けくわえられた。
その光景を見て、周囲の傭兵たちから残忍な悦びをたたえた哄笑が上がる。
そのさなか口ひげを生やした傭兵の一人が横で佇む老人に尋ねた。老人の肩に、やんわりとその手をかけて。
「おい、じいさん。どうだ? この町の住人は、だいたい片づいたんじゃねえのか? 俺ら以外にも町の奴らを殺し回ってるっていう、黒装束のふざけた輩がどうもいるらしいがよ。けど大半は、俺らが始末したことだしな」
「そうですな。もはや生き残っている者は、そういませんな。あんたたちが愉しむために連れて行った町の女数人と、わしだけのようです」
老人は口ひげの傭兵の方へ首をかたむけて答える。
「たしかか?」
確認の声を上げたのは、またちがう傭兵だった。その問いに対し、はい、と老人はうなずく。口ひげの傭兵は、そうか、とつぶやいた。その唇を曲げて、にやりとした笑みもこぼす。
「じいさん、助かったぜ。あんたが人付き合いがいいばかりに町の人間全員と面識がある奴でな」
感謝の念を込めて、口ひげの傭兵はやんわりと老人の背を二度ほど叩く。
はあ、と生返事を老人は返す。その彼に向かって、口ひげの傭兵はこうも云う。
「俺らもうえの人間から、この町にいる住人を全員皆殺しにしろって命じられているからよ。で、俺らはその担当に振り分けられていてな。町にいる悪党どもの退治は、俺らの隊のうちのほかの誰かが、またべつにやってるんだけどよ。
でもそうした役割を振り分けられていることから、俺らも町の住人を本当に皆殺しにできたかどうかをきっちり確認しなきゃならねえんだよ。
まあ確認なんて、しち面倒くせえんだけどよ。おまえが町の奴らがどれだけ死んだか、生き残りがあとどのくらい残っているのかを俺らにしっかり教えてくれたおかげでそれも簡単にできた。
じいさん、協力してくれて感謝してるぜ」
「ほんと、ほんと。その確認をなんなくするために、こっちは町を襲ったとき町の全員と面識のある奴を捜しておまえを見つけたわけだがよ。
ほんと、よかったよ。今回、おまえを見つけられて。俺ら灰色の狼もウルグス町に何度か寄ったこともあるが、おまえみたいな奴がいるとは知らなかったもんな」
太めの傭兵もそう同意する。口ひげの傭兵のそばに立ち、にこやかに笑いながら。
「おかげで、こっちは助かった」
べつの痩せた傭兵も、感謝の言葉を老人へかける。
「ちいさな町ですし、私はここに住んで長いですから。ずっと暮らしてたおかげでか、町の奴ら全員と面識が自然とできもしましてね。それが役にたったようでよかったです」
老人はそう云って、薄くなった白髪を照れくさそうに掻いた。
この老人は、傭兵たちを完全に信用しきっていた。自分の身だけは安全であり、傭兵に殺されないと決めつけてかかっていた。
だがその考えが間違いで浅はかだったということを次の瞬間、思いしらされる。
口ひげの男はにやりと人の悪い歪んだ笑みを浮かべ、老人に向かってこう云った。
「じゃあ、あと残すは女どもとおまえだけだな。おまえたちを始末さえすれば、めでたく完了ってわけだ。この町の住人の皆殺しは」
老人は凍りついた。思わず両の眼をひろげて、口ひげの男を見返す。
「もっとも、女どもはまだ殺さん。あとで一人残らず、あの世へ送ってやるにしてもな。
女どもは俺らが楽しむために、まだ必要なんでな。だがおまえはちがう」
口ひげの男は、腰の鞘から剣をゆっくりと引き抜く。太めの傭兵が、語を補足する。
「ま、ひらたく云えば、おまえはもう用済みってわけだ。
残すは、おまえと女どもだけなんだ。あと一歩で、この町の住人を全滅させられるんだ。そんないまとなってはな」
くくっと太った傭兵は低く嗤う。
「いまの状況では、俺らだけでも町の住人どもを殺しきったかどうかの確認はもうできるからよ。だったらその確認に必要なおまえをもうこれ以上、生かしておく理由もないもんな」
「上の命令は絶対でよ。町の奴らは何者も生かしておくわけにはいかねえんだ。
町の住人全員を殺せと上から命じられている以上はな。あいにく例外はねえ。
ということは女ども以外で唯一の、町の生き残りであるおまえもやっぱり殺さなきゃならねえのさ」
痩せた傭兵は短刀を片手でくるくると弄びながら、下卑た嗤いを口の端に乗せた。
「え? そんな。だってそちらに協力したらその見返りに、私だけは殺さず見逃してくださるってはずだったですよね? そういう約束をしてくれたからこそ、私はそちらに協力したわけで」
あきらかに怯えて、老人は傭兵たちを見回した。
「うん、たしかに約束はしたがな」
口ひげの男は引き抜いた剣を手に持ちながら冷笑する。太った傭兵は右手で老人を指さし、左手では自分の出っ張った腹を抱え込んで哄笑した。
「ひっひひ。こいつ本気で信じてやがったぜ」
「まさか約束を反故に? そんな。話がちがう」
老人は悲痛に叫んだ。
「済まんが、こっちはおまえに協力させるために約束だけはしたというのが本当のところでな」
口ひげの男が軽く肩をすくめると、老人は顔をひきつらせる。
「だ、だましたんで? 私を」
「そうだな。そういうことになるが、悪く思うな」
「そ、そんな。ひどい」
口ひげの男に向かって、老人はなじるように叫ぶ。痩せた男は、甲高い嗤い声を夜に響かせる。
「おいおい。そう云うなよ。こっちは感謝の言葉だってさっき述べて、きっちりと礼もしたじゃねえか」
「まあ、しかしなんだ。ひでえというのならよ。すこしは俺らにも慈悲深いところがあるってことを、せめて示してやろうじゃねえか。なあ?」
太った男が、口ひげの男を見やる。口ひげの男は、云わんとしているところを理解してうなずく。
「そうだな。協力してくれた、せめてもの礼だ。なるべく苦しまないよう、一撃で殺してやる」
ひいいい。怯えた老人は傭兵たちのいない方向へ、慌てて振り向いた。急いで、脱兎のごとく逃げ出そうともする。だが逃げ切ることは敵わなかった。
「へへへ、逃がすかよお」
太った傭兵がまえに出て、老人の顔を拳で強く殴りつけた。老人の躰は後方へ飛ぶ。その後は尻もちをつき、殴られた苦痛で叫んだ。
そのとき、口ひげの男が老人のまえに立ちはだかった。
彼を老人が見上げたとき、口ひげの男は剣を逆さにしてその柄を両手に握った。
死んじまいな。口ひげの男は、刃を下へ向けて一気に突き落とす。
次の瞬間、剣の切っ先が老人の開いていた口に突き入れられる。老人は剣で串刺しにされてしまった。苦悶の声を低く漏らしながら、老人は躰をピクピクと動かしてこと切れた。
「これで、また一歩近づいたわけだ。俺ら以外の、町にいる奴らを全員皆殺しにしろという命令の達成に」
にやつきながら、口ひげの傭兵は自身の剣を老人から引き抜いた。
「俺らがすべきことは、町の住人をすべて仕留めること。それを達するには、あとは女どもを殺すだけだ。そいつらの始末も、やろうと思えばすぐにできる。もう達成したも同然だぜ」
痩せた男がそう云うと、太った男が、そうだなと同意する。
「町には、悪党どももすこしばかりいたようだが。そいつらの始末も、終えたみたいだしな。俺たちの隊の、ほかの連中の手によって。
まあ、これでこの町で悪さをしたのはどいつかってことは、誰にもわからなくなるだろうよ。
その件が俺らのせいだと証だてる目撃者が、すべて順調にいなくなることでな。その件を実行した、当の俺たち以外には」
「つまり俺たち自身が口を緘しさえすれば、国から裁かれることはないってわけだ。ここで今回は結構な悪さを働いたが、その件では俺たちは誰一人としてな。隊長の目論見どおりになったわけだ」
口ひげの傭兵も鞘に剣を収めながらつぶやく。
「そういうこと」
痩せた傭兵が卑しい笑声をあげる。このとき老人を殺した傭兵がいる、正反対の方角で二頭の馬に引かれた馬車が動きはじめた。
広場から出ていこうとする馬車の荷台には、食料や金品が積まれている。そのすべては、傭兵隊が略奪した品々だった。町の隅々からかき集めてきたのだ。とりあえず収集した置き場が必要なこともあり、一旦はこの広場に集められたのだった。
「ほら、どけ。こっちは、町で略奪した品々を隊長のもとへ運ばなきゃならないんだ。邪魔すんな」
大声を張り上げたのは、馬車を引く馬を操る傭兵だった。
馬車は、隊長が滞在する教会へ赴こうとしていた。略奪を命じた張本人である隊長のもとへ、広場に集められた品々を納めるべく。
だが広場には傭兵たちが群がり、酒を飲んだり騒いだりして馬車のまえをふさいでいる。
自分たちの愉しみに夢中で、一向にどこうとしない。
その態度にいらだち、馬車を操る傭兵は自分の仲間を追っ払おうと躍起になっていた。
傭兵たちは口々に不平を申し立てるが、隊長のもとへ品を納めようとする馬車を通さないわけにはいかない。
仕方なく馬車のまえを開ける。その都度、馬車はゆっくりとまえへ進む。そんな様相を繰り返しながら、馬車は傭兵たちが集う広場を通り抜けようとしていた。




