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傭兵隊長ミゲールは、礼拝堂で副隊長から話を聞く。

 隊長であるミゲールは町の教会にいた。

このしなびた町のなかでも、教会がもっとも立派な建物だった。外見からも、そのことはあきらかだった。

 建立にさほど金をかけてないのがすぐわかるほどに、やや地味な建物ではある。それでもしっかりとした造りをしており、多少なりとも教会らしく壮麗さが備わっていた。

                 

 かつて失火で町が焼かれたにもかかわらず、教会は炎の被害から奇跡的に免れていた。

                 

 古びているが、教会は町のほかの建物とくらべてろくに傷ついていない。


 ただその内部に、金目のものはろくになかった。

 しけた町の教会にふさわしく、華美な装飾も調度品もない。教会内の部屋や通路は、ひどく閑散としていた。

 多少なりとも外観が立派でも、あくまで辺鄙な町にある教会にしてはという程度の建物なのだから、内部がそうでも仕方ないだろう。

 

 そうした有様は、教会内の礼拝堂も同じだった。


 所々に設けられた蝋燭の灯火によって、夜の闇は浮き彫りにされている。礼拝堂内には誰の目にも見えるほどの明るさで照らされていたが、そのなかはなにもないも同然だった。

 

 あるものといえば、そこそこ広い礼拝堂の両脇に幾列も置かれた、木造の長椅子。

 それ以外には、礼拝堂の奥に据えられた祭壇や、多少の簡素な装飾品があるくらいだ。

 そのほかにはなにもない。


 夜なので、もちろん町の住人もまるで礼拝堂には訪れていない。

 そのうえろくに物までもないとあっては、礼拝堂の内部は寂寥感をぬぐいきれなかった。

 

 見るからに寒々しいが、そうした印象を抱かせるのは礼拝堂が内にまとう冷気も関係していた。

                 

 周りの石造りの壁はしっかりとしているものの、冬に向かおうとしている夜の冷気までは妨げてくれない。礼拝堂には細々とした灯火はいくつかあっても、温もりを得るための暖かそうな炎もない。

 群衆がいないことで、人体から発せられる熱気もない。

 そんな礼拝堂のなかは、じつに冷えきっていた。

                 

 音もまるで聞こえなかった。室内では、塵一つ動かないだけではない。

 礼拝堂の外ではすでに傭兵隊によって略奪が繰り広げられているはずなのに、その騒ぎや叫喚もまったく届かない。

  

 礼拝堂は教会の中心にあり、その周りを囲う幾重かの壁が外からの音を完全に遮っていた。


 この教会の司祭の姿も見えず、その者が織りなす音も聞こえない。もはや礼拝堂ばかりか、この教会のどこにも。

 町の全員を皆殺しにする必要があり、司祭もすでに殺したからだ。護衛の部下たちに命じて、ミゲールが。こときれた司祭は、いまでは外で屍をさらしている。

 

 おかげで、礼拝堂のなかは静謐さに満ちている。

                 

 その静けさのなか、礼拝堂を満たす冷気にも身震い一つせず、ミゲールは祭壇のまえで両手を組みながらひざまずいていた。

 この教会にやってきて、礼拝堂のなかへ入ってからはずっと真摯に捧げていた。神への祈りを一心に。

                 

 それも当然だ。彼は思う。

 

 俺は神を信じている。そんな俺としては、全能なる神から得ずにはいられないのだから。聖なる神に逆らうような罪を犯す許しを。自分たちのためにも勝利を。

                 

 その祈りを妨げたのは、副隊長だった。

 礼拝堂の入口の扉を開けると、長靴の音を響かせて礼拝堂の静けさを破りながら彼はまっすぐに祭壇へと向かった。

                 

 彼の長靴の音が失せたのは、ミゲールの真後ろに立ったときだった。

 歩みを止めた彼は、ひざまずいて一心に祈る隊長の後背から声をかけた。

                 

「隊長。すこし話があるのですが、よろしいですか?」


 ミゲールの躰が動いて、祈りを捧げるために結ばれていた両手が解かれる。誰がきたのかは、聞き慣れている声からすぐに察した。うなずいてミゲールは立ち上がり、副隊長の方へ振り向く。


「先立っておまえに通達してあったように、この町ですべきことの進み具合を俺のもとへ報告に来たというわけか?」


 祈りを妨げられることになったが、とくにミゲールは怒りはしなかった。副隊長を拒絶する理由もなかったので、口調も穏やかだった。

 

 はい。副隊長のつぶやきを聞いて、ミゲールは尋ねる。


「どうだ? 事は順調に進んでいるか?」

          

「一応は。町を略奪し、住民どもを皆殺しにするよう隊を動かしております。死刑執行人連中も、始末するべく手勢も放ちました。連中を殺したという連絡はまだ受けていませんが」


「そうか。いまはとりあえず、事に取り掛かりはじめたというところか」


「はい。ですが報告のほかにも、お話があります」


 副隊長の話を、そうかとミゲールは受け流し、あらためて彼に問いかける。


「で、なんだ? 話とは」

              

「じつは、わが傭兵隊へ入隊させたい者がいまして。そのお許しをいただきたいのですが」


「どうした? なにかあったのか?」

 

「ええ、じつは」


 それから副隊長は、ルートヴィヒに関する話をした。

 ついさきほど、あの若僧とのあいだでなにがあったのか。

 どのような話し合いが為されたのか。自分がそのときに、どう考えたのか。ルートヴィヒと会ってからのことすべてを説明した。

 副隊長が話し終えるとミゲールは考え込むように指で顎をつまみ、その後黙りこむ。

 吟味する隊長に、副隊長は苦笑いを送る。


「祈りを中断させてしまったうえに、隊長を煩わせる話をしてすみませんな」

                

「かまわん。神への祈りは、あとからいくらでもできる。それに俺はわが隊の隊長だ。隊に誰を入れるか否かは俺が決めるべき案件だ。入隊に関する話は立場上、聞かねばならんしな」

               

 ミゲールは軽く肩をすくめると、こうも息巻いた。


「しかし、そのルートヴィヒとかいう若僧。奴らを倒せるという俺の見方は甘々で、間違っているなどと云ったそうだが不愉快な奴だな。このまま奴らと争えば、こちらが全滅するだと?

 そうも云ったらしいが、間違っているのはその若僧の見立ての方だと思うぞ」


「ですが、あの若僧はもとは死刑執行人。その仲間である以上、奴らの力も充分に知っているはずですから。その見立てを軽視することも、どうかと思いますが」


「間違っちゃいねえよ。俺の見立ては。それとも何か? 俺の目は節穴で、その若僧より劣るというのか?」 


 じろっと、ミゲールは副隊長を睨みつける。慌てて、副隊長は首を振る。隊長の怒りは買いたくなかった。殴る蹴る、という暴力を受ける恐れもある。痛い目にあわされるのは、まっぴらごめんだった。


「いいえ。私も、隊長の目の方が正しいとは思いますが。一応、用心のために申し上げたまでです。あるいは、あの若僧の云うことが正しいという可能性もあるやもしれませんので」


「ないと思うぞ」


 不機嫌にそうつぶやくと、ミゲールは尋ねる。

                  

「で? おまえは入れさせた方がいいと云うんだな? そのルートヴィヒとかいう輩を」


「はい。そう思います。受け入れた方が、こちらとしても得策だと思いますし」


「ふん、まあいい。おまえがそう云うなら許す。入れてやれ」


「よろしいのですか?」


「俺が信用する副隊長がすすめるんだ。かまわん。受け入れよう。おまえの意見は、聞き入れれば役立つことが多いしな。それに実際、得策だろう。おまえの云う通り、そいつは受け入れた方が」


 ミゲールは話を続ける。


「初代隊長も含めて、死刑執行人の奴らが手練れだということは俺も知っている。奴らの住処に行ったおり、訓練を見てな。

 グローの野郎の弟子の腕も見事だったが、まさかそのなかの一人がそんなに腕が立つとはな。わが隊のなかでは俺に次いで、剣での序列二番目の使い手であるおまえが敗れるほどに。

 強い味方はいるにこしたことはない。

 あの若僧の見立ては間違いであり、死刑執行人の奴らは殺せはするがな。その若僧抜きでも。

 だがわが隊のことを思えば、手練れは多い方がいい」


 ミゲールは、にやりと笑む。

 

「腕が立つなら、あの若僧もなにかとこちらの役に立つだろうしな。ほかの死刑執行人連中を殺す際にも。さらには、その一件が終わってからもだ。

 それに初代隊長やほかの死刑執行人を憎んでいるなら、奴らを殺したところで仇討ちをする気もないだろう。

 こちらへの投降も、なんらかの罠ではなさそうだ。

 おまえはそうみなしたらしいがな。俺も同様だ。そうみなす。その若僧がおまえを殺さなかったことが良い証左だ。

 ならそいつを恐れることもない。そいつを生かしておいても、俺に身の危険も及ばない。そいつを殺さなくてはならない必要性も、とりあえずはないということになるからな」


「まあなんらかの理由で、いずれ消さねばならない刻が来るかもしれませんが。いまは取り急いで消す必要はないにせよ」


 副隊長が軽く肩をすくめた。ミゲールも、くくっと嗤う。


「だったら、そのときが来るまで利用するだけしてやろう。殺すべきときが来れば、殺せばいい。それで済むことだ」


「わかりました。では奴に伝えておきましょう。隊長から入隊の許しを得られたことを」

                  

 副隊長は微笑して続ける。

                 

「それとも、いかがします? 奴とお会いになられて、そのことを隊長の口から直接お伝えなさいますか? わが隊の新参となったあやつの顔を見たかったり、紹介をお望みならお引き合わせしますよ。

 もちろん危険ですが。その投降がじつは罠で、隊長の命を狙うためにこちらに潜り込んだというのなら。あやつに会うのは、隊長にとって。その身に、危険が及ぶことも考えられますので。

 でもまああやつの投降は本心からでしょうし、それは杞憂というものでしょうが。実際には、なんの問題もないでしょう。奴と会われたところで、隊長の命が危険にさらされることもなく」


「まあ、俺もそんな危険はないと思うが。いまは、いい。遠慮しておこう。いま俺は神に祈りを捧げていて忙しいのでな。

 入隊の許可は、おまえから伝えておけ。だいたいそいつも入隊するのだから、今後いくらでも得られるだろう。会うなり、その顔を見るなりの機会は。なにもすぐにそいつと引見する必要もない」


「では、なにか奴にやらせておきたい要望はありますか? なければ、私としてはほかの死刑執行人どもの相手を奴にやらせておこうと思っていますが」


「そうだな。それでいい。とりあえず、そいつにはほかの死刑執行人どもの首を取って来させろ。

 ただし、かつての味方を殺させて、そいつの投降が真実かどうかを見極める必要はない。

 それをすればその見極めができるが、いちいちそんなことをせずともすでにそいつの投降は本心からだと思えるからな。

 しかし、ほかの死刑執行人連中の始末はまだ終わっていない。だからその見極めの必要はなくとも、連中の始末には投降したそいつをぶつけた方がやはり良かろう。そうすることで死刑執行人どもの力が弱まれば、奴らとこちらが対してもより楽に連中を始末できる。

 ついでにそのときには奴らの手によって出るかもしれん、こちらの被害も減るだろうしな」


「ですな。そうすることに致しましょう」


「ほかに、話は?」


 隊長の問いに、副隊長は首を振った。


「いまのところございません」

                

「なら行け。俺は祈りに戻る。次に相まみえるときには、いい話を聞かせてもらいたいものだな」


「ご期待に沿えるよう努力しましょう。では失礼します」


 両手を組んで一礼をしてから、副隊長は去った。部屋にただ一つある扉が閉まり、ふたたび礼拝堂には静寂が戻った。

                  

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