さすがに副隊長だけあって、なかなか手強い。でも。
「使えねー奴らだ。たった一人の追っ手も、始末することができないなんてな」
ときおり馬を走らせながらうしろを振り向いて状況を確認していた副隊長は、護衛の二人が敵に破られたことを知って舌打ちをした。
「なら、代わって俺が」
副隊長は危険な光を目に宿し、腰の剣に手をかける。
その様子を見て、副隊長のほんのうしろにまで追いついていたルートヴィヒは叫び声を上げる。
「まて。おまえと戦うつもりはこちらにはない。仕掛けてさえこなければ、さっきの二人にもこちらは何もしなかった」
「ふん、嘘をつけ。そのきれいな顔でだますのは、女だけにしておけ」
月光に照らされるルートヴィヒの顔を見て、その美貌を冷やかすように副隊長はそう云った。
ルートヴィヒは、そんな冷やかしなどは無視した。自身の目的を遂げる話をしたいのに、冷やかしなど相手にしても意味がない。副隊長と話がしたい一心で、なおもこう叫ぶ。
「本当だ。俺はそちらに敵意はない。その証拠に、さっきの二人も殺しはしなかった。打ち倒すだけにとどめたんだ。やろうと思えば、簡単に殺せたのに」
「だから敵意がないと信じろと?」
副隊長は鼻で嗤って反駁する。
「信じられるか。口ではなんとでも云える。そう云っておいて、俺が油断しているところを殺す腹かもしれないだろうが」
「俺は、話を聞いて欲しいだけなんだ」
ルートヴィヒは、後方から必死に訴えかける。
「話だと? ケッ。こっちはおまえの話なんて聞く義理なんざないんだよ。聞いてほしけりゃ、腕ずくできな。俺に勝ったら、そのご褒美としておまえの話とやらを聞いてやるぜ。
でもよ。云っておくが、そう簡単に俺に勝てると思ったら大間違いだぜ」
右手で鞘から抜いた剣を、副隊長は振り上げた。
「このままついてこられても迷惑だ。斬り殺してやる」
副隊長は、一気に剣を振り下ろす。
瞬時に腰の鞘から剣を出し、ルートヴィヒは相手の刃を受け止めていた。
攻撃を防いだことで剣を握った腕が、すこしばかり痺れる。
どうやらこの撃ち込みの強さから見て、さきほどの傭兵どもよりも副隊長の腕はうえらしい。
さすがは、副隊長の地位を得ているだけある。さきほどの傭兵たちよりも、危険な相手と云える。
厄介そうな相手だが、その攻撃を止める間もない。
第二撃を繰り出そうとして、副隊長は剣をふたたび振り上げてきた。
その攻撃をルートヴィヒは馬の速度を落とし、副隊長とやや距離を開けて避ける。
「どうしたぁ? 逃げるのか?」
副隊長は叫ぶ。ルートヴィヒは嘆息する。
どうやら、副隊長はいきりたっている。
あの様子では、剣を引く気はないだろう。
もう戦いを収められないようだ。
戦いを避ける努力をする暇すら、もはや与えてくれそうにない。
この状況ではやらなければ、やられてしまう。なら、こちらも覚悟を決めるしかない。
ルートヴィヒは決断する。
いいだろう。
戦って勝たなければ話を聞かないというのなら、上等だ。
勝って聞く耳を持たせてやる。
ルートヴィヒは烈しく手綱を打った。副隊長と横並びになって、剣を交えるために馬をまえにだす。
副隊長とルートヴィヒは並んで馬を走らせながら、剣を十数合打ち合わせた。
雑兵とは違い、やはりこいつはそれなりに強い。さすがは副隊長。
しかし打ち合ってみてわかったが、その強さはゴーマやジマほどではない。数段、奴らに劣る。
なら勝つのはたやすい。まもなくその動きは止められるだろう。
ルートヴィヒの唇に笑みがほころぶ。両者は、ふたたび数合打ち合った。
その後、副隊長はルートヴィヒの首を斬り落とそうとする。ルートヴィヒの乗る馬の首側からうしろ脚の方へ向けて、副隊長は剣を横に薙ごうとする。そのときルートヴィヒの目が光った。
勝機。ルートヴィヒは咄嗟に馬上で上体を沈み込ませる。
相手の剣はルートヴィヒの頭上を通り過ぎて、空を切る。
すかさずルートヴィヒは上体を起こして剣の刃先を空へ上げると、渾身の力を込めて振り下ろした。
強い金属音が響き、その一撃で副隊長の剣は撃ち落とされていた。
しかもルートヴィヒが相手の剣を撃ち落とした効果は、それだけで終わらなかった。
副隊長に話を聞かせるために、その馬の足を止めようとして同時にルートヴィヒは目論んでいたのだ。
ルートヴィヒの狙い通り、撃ち落とされた副隊長の剣はそのまま馬のうしろ脚に深く突き刺さっていた。
馬は悲痛にいななく。足に負傷を負い、馬は走れなくなった。途端に姿勢を崩し、勢いよく転倒する。
その動きに、副隊長も巻き込まれた。
激しく道に倒れ込んだが、その際に頭もすこしばかり打ってしまった。副隊長は目を回し、わずかのあいだ状況が把握できなくなる。
それでも、彼は考えた。立ち上がらなければやられると。
なんとか起き上がろうとしたが、そのときにはすでに勝負はついていた。
まず彼の目のまえに、二本の人の足が見えた。
その後、彼の喉元に剣の切っ先が突きつけられる。
副隊長が頭を上げると、目のまえには立っていた。剣を片手に彼の喉を狙う、ルートヴィヒが。
副隊長が倒れ込んだときに抜け目なく馬を止めて地に降り立ち、相手の動きを封じるためにそのそばに近づいていたのだ。
「これで、勝負はついたね」
ルートヴィヒは微笑する。ひるがえり副隊長の表情は、自分を負かした相手への忌々しさと悔しさのせいで苦々しく染まっている。
「じゃあ、こちらの話を聞いてもらうよ。そういう約束だったものね」
ルートヴィヒにそう云われて、副隊長はぐっと言葉を詰まらせた。
くそう。喉元に剣を突きつけられてそう云われては、こちらとしては会話せざるを得ない。
渋々ながら、副隊長は口を開いた。
「仕方ねえ。俺を倒したら、褒美に話を聞いてやるって云っちまった手前もあるもんな。
いいぜ。なんなりと話すがいいさ。でも、そのまえに剣を下ろせ。
喉に剣を突きつけられていちゃ、落ち着いて話ができない」
「いいけど、逃げないで欲しいな。逃げたら、容赦なく斬るからね」
ルートヴィヒは考える。
もちろんこれは脅しだ。副隊長が必要ないま、斬る気なんてないけれど。
だが相手がそう考えているとは知らない副隊長には本気に聞こえた。その脅しがよく効いた。
ああ、わかったよと返答する。
その様子からして、どうやら副隊長は観念したふうに見える。本当に逃げる気はないようだ。剣をしまっても話はできるな。
そう見なしたこともあり、副隊長の喉元からルートヴィヒは刀を下ろす。
副隊長はとりあえず相手の剣が鞘にしまわれたのを見て、ふうと軽く安堵のため息をもらした。
月の光が、彼ら二人を照らしている。




