黒装束をつける意味。死刑執行人たちは朧と化し、夜の町に溶け込んだ。
さらに、師の話は続く。
「ああ、それと町に出るまえに着替えていけよ。朧として暗躍するときに身につける黒装束にな。
我々は普段、朧として活動するときにはその身を黒装束で包んで顔を隠す。むろん容貌を見られることで我々の正体がばれて、罪に問われてしまうのを防ぐためにだ。
顔だけでなく、姿を見られただけでも我々の正体がばれるということもないとはいえない。だから正体がばれないようにするためにも、今回も全身を黒装束で隠しておいた方がいい。顔も躰もな」
「ですが、今回は黒装束で姿を隠したところで無意味では? 連中も遅かれ早かれ気づくと思うんですが。顔やら姿を隠したところで連中を殺し回っているうちに、その犯人が俺たちだと」
ゴーマが疑問を呈すると、師は答える。
「たしかにな。黒装束で姿を隠したところで、俺たちが町で暗躍すれば遅かれ早かればれるだろう。その犯人は俺たちだということは。
その犯人は三人。我々も三人。その数が一致するうえに、強さからも犯人は俺たちだと推し量れよう。
こちらの訓練も、奴らの隊長ミゲールに見られている。
そのミゲールから奴の手下も伝え聞いて、俺たち全員が腕利きだということぐらいの情報は知っているだろうしな。
だとすれば、その数と力量という情報から犯人が誰かくらいのことはおのずと傭兵どもとて符号する可能性は充分にある。
なにより、むこうにはルートヴィヒがいるんだ。ルートヴィヒが、犯人の正体をばらすということも考えられるしな」
師がそう云うと、ゴーマはうなずいて自らの考えを話す。
「ましてこれから、俺たちはこの町にいる奴らを皆殺しにするんです。俺たちが罪を犯しても、それを知る目撃者はいなくなる。俺たちが罪に問われるなんてこともなくなる。
なら我々が罪を犯したことを、この町にいる連中に知られたところで一向にかまわないのでは?
となるとこの町でこれから殺しをするにあたって、我々はいつも朧として活動をするときのように正体を隠す必要もない。だから黒装束を身に着ける理由もないのでは?」
「と俺も思わくもない。が、それはすこしばかり考えが足らん」
師はそう諭す。
「考えてもみろ。もちろん今回、町にいる奴らは皆殺しにするつもりではある。
それを確実におこなえば、こちらが町に暗躍しているときに顔や姿を見られたところでたしかに問題はない。結局は俺たちが町を暗躍している犯人だと知る奴がいても、そいつの命を絶ってしまえば死人に口なし。正体を隠し通せるしな。
だが皆殺しにできない可能性も、まったくの零ではない。こちらが暗躍している最中に、我々に気づかれることなく逃げおおせる傭兵や住民。誰にも知られず、この町にひっそりたどりつく旅人なりが出てくるやもしれん。
その場合、そいつらはこちらも気づかぬので殺せない。
それでも顔や姿を隠してさえいれば、こちらが暗躍しているところを見られたとしても、その犯人の正体が俺たちだということを隠し通せる可能性は残されている。
我々がこの町で暗躍したとしても、誰しもがたどり着くわけではないだろうからな。こちらの容姿という情報を抜きにして、その犯人の正体に。
だとすれば、こちらの顔や姿を見られてしまうのはまずかろう。
暗躍する自分たちの正体を、みすみす教えてしまう結果になりかねんしな。
顔や姿を見られてしまえば、我々を知っている相手ならばそれが誰かとすぐ気づくであろうし。
見たのが、我々を知らぬ相手であってもまずい。そのときには誰とわからなくとも、あとで正体に気づかれてしまうということも考えられる。
あげく、そいつらの口から町を荒らしていたのは俺たちだったと世に喧伝されてしまう恐れも否定できん。下手をすれば、朧だということも感づかれてばれかねん。
いずれにせよ、そうなってしまえば国から罪に問われて処断されてしまうということにもなりかねない。まずもって死罪は免れられんだろう。町にいる奴らを皆殺しにするほどの罪を犯せば。
俺は、アルプレヒト公爵に脅されているがな。次に罪を犯したら、死罪だと。
だが今回の一件が露見すれば、そんなことに関係なく国から死を賜る結果になるだろう。
つまり今回の一件がばれれば、俺たちにあとはないわけだ。
悪い方向に物事を考えれば、最悪そういう次第に万が一にも陥らないという保証はない。そうならないためにも用心するに越したことはない。
とすると、やはりよかろう。顔や姿からこちらの正体がばれんよう、この町で暗躍する際には黒装束をまとっておいた方が」
ゴーマは、そうか、と納得したようにつぶやく。師はなおも語を繋げる。
「それにだ。朧としての黒装束には、ほかにも利点がある。とくに夜には。それはわかるな?」
はい、と弟子たちは口にしてうなずく。
黒装束は、簡素で動きやすいつくりとなっている。
そんな恰好をしていれば、そのぶん軽やかに動ける。敵に相対したり侵入したりするときにも、剣技や体術で不覚をこちらが取りにくい。
それに朧として暗躍するだけに、こちらとしては多くある。その活動時には、身を暗がり置くことも。暗躍するに適した夜に活動することも。
そのため黒装束は、暗躍時に身に着ける服装として適していると云えた。
夜や暗がりに身を置いたときには視認されにくくなるぶん、侵入や殺しあいに有利になるからだ。
そういう利点があるからには、暗躍時には身にまとった方が好都合だった。普通の衣服よりも、暗がりに同化できる黒装束を。
「俺たちは、今夜この町で派手に殺し回るんだ。となると利点があることを踏まえれば、黒装束にやはり着替えておいた方がいい」
「朧としての活動をする可能性も考えられたので、ここにもその黒装束を持ってきていますものね。だったらせっかくだし、師のおっしゃるとおりに着替えた方がいいかもしれませんね」
納得して、そうゴーマが云った。うむ。師がうなずくと、ジマが口を開く。
「じゃあ一旦は着替えるために、それぞれの部屋に戻ることにしますか。黒装束は部屋に置いてあることですし」
その言葉に、ほかの二人は無言でうなずいた。その後、彼らは部屋に戻り、黒装束を身に着けはじめる。
やがてその着替えの最後には彼らの顔も、両の眼をのぞいたすべての部分が黒い覆面でくるまれていく。
着替え終わったゴーマは、部屋の壁にかけられた鏡に自身の姿を映しだす。その服装は黒装束で、動きやすそうな軽装という点で死刑執行人の衣服と共通してはいる。
しかしその黒装束は、死刑執行人の衣服とはあきらかに意匠の違いがあった。
死刑執行人の覆面は、両目が見えるように二つの穴が穿たれているだけの代物だった。
だが朧の覆面は、真一文字の形で目の部分にだけ隙間ができている。
そのほかの部分も、見た目がまるで異なる。
死刑執行人と朧の黒装束のあいだにそうした意匠の違いがあることには、もちろん理由がある。
朧として暗躍するときには、死刑執行人としてまとう黒装束とおなじものを身に着けるわけにはいかないためだ。
朧として暗躍するときに死刑執行人と同じ衣服を身につけ、もし人に見られでもすれば当然ながら犯人は誰であるかすぐにあきらかになってしまう。
しかし自分たちが朧だとばれて万が一にも処断されないためには、その暗躍時には正体を隠さなければならない。つまりどんな黒装束でも、たとえ死刑執行人のものであってもいいから単に身にまとって、自分たちの容姿をさらさないよう気をつけるというだけでは不充分なのだ。
正体を隠すために、一見して自分たちが誰なのか悟られないような服装をまとわなければならなかった。そうした意味合いから、同じ黒装束でも死刑執行人のものとは意匠のちがいをわざと出して差をつけているというわけだった。
その違いは一見して明白だった。
死刑執行人には瀟洒な衣服を身につける必要はないので、その黒装束は実質本位で遊びがない。
それだけにもう一方の朧の黒装束に関しては、師はあえてその意匠を多少洒落たものにしつらえてあった。
より差をつけるために、ときに気分や状況によって覆面が仮面に変わることもあった。
服装にしても、若干の変化があるときもある。大抵はこの黒装束こそが、朧として活動するときに彼らが身にまとう通常の服装ではあったが。
よし、とつぶやいて衣服の用意が整ったことを確認すると、ゴーマは鏡のまえを離れて部屋をでた。
ジマもそのあとに続く。着替え終わった彼らは、ふたたび順々に広間に集った。
師は弟子二人がやって来るよりもさきに、着替え終えて広間に戻ってきていた。
師は弟子二人を両の眼で睨みつけると命じる。
「では行け。おまえたちなら大丈夫だろうが、くれぐれも下手を打つなよ」
その命令を合図に弟子二人は走り出し、闇のなかへ消え失せた。師も別方向へ向かって走り出し、夜の町に姿を消していった。




