師は、傭兵隊と町の人間の全滅に乗り出す。
「やったら、この俺の命は助けてくれるんで?」
傭兵が哀れっぽく訊くと、師は唇に意地の悪い笑みを乗せながら黙ってうなずいた。
自分の命が保証されたと考えた傭兵は、あっさりと仲間を売ることにした。死の恐怖に縮あがる彼としては、自分が助かるためには仕方ない選択だった。
腹を決めた傭兵は立ち上がった。仲間とともに入って来た表口まで近づいて、外へ一歩踏み出す。そこで立ち止まると、彼は外の仲間たちに手を振って叫んだ。
「おーい、なかの奴らは始末したぞ。しかもなんか奴ら結構、金目のものを持っててよお。それを山分けしようってことになったんだわ。ここはもう安全だし、おまえらも分けまえが欲しけりゃこっちに来いや」
その叫びを聴きつけ、周囲から歓声が上がる。本当かよ。すぐ行くぜ。宿の周囲に居残り、隠れられそうな場所に身を潜めていた数人の傭兵たちが姿をあらわした。
仲間の云うことだけに、彼らは疑いもしなかった。その言葉を素直に受け取り、嬉々として宿に歩み寄っていく。
傭兵たちはつかの間幸せに酔っていたが、その心境も宿の表口に近づくまでだった。
彼らがその付近にまでやってくると、急に表口に立つ泥水男の後ろから左右にわかれて二人の人影が飛び出してきた。
ベルモンとゴーマの二人だった。
腕が切られ、首が飛び、血が辺りにまき散らされる。
二人の急襲で幸福な気分を一瞬でぶち壊しにされた傭兵たちからは、悲鳴と怒号が上がる。
慌てふためいて弩で狙いをつけたり、剣で反撃しようとするものの、その暇も充分に与えられない。
剣を振るって二人はあっという間の早業で、宿に近づいてきた連中を始末していく。
ひいい。恐怖の叫びを上げ、まだ命ある傭兵たちはうしろを振り返ってついには逃げ出した。
しかし逃げきれなかった。
二階から地上へ飛び下りてきたジマがすかさず彼らのまえに回りこみ、その退路をふさいでいた。
ジマは剣を振るって、逃げる傭兵たちを切り裂いていく。
処刑人の三者は、容赦がなかった。
たいして時間もかけずに、外にいた傭兵たちのすべてを屍と化して地面に転がした。
周囲に敵がいなくなってとりあえず安全になると、師は背後の泥水男の方へ振り向いて問いかける。
「おい、泥水男。これで全員か? この宿の近辺に潜んでいる、おまえの傭兵隊の連中はよ」
「は、はい。もういません。全員死んだようです。私とともに、この宿に来た仲間は」
泥水男は答える。いまや死刑執行人の襲撃に関与した傭兵たちのなかで、生き残る者はいなかった。
最後に仲間を売る真似までしてただ一人生き残った、彼を除いては。
この結果を迎えて、泥水男は師に問いかける。
「いかがです? 私はそちらのお役に立てましたか?」
「そうだな。おまえはこちらの役に立ったと云える。周囲の敵がいなくなり、これでもう安全に俺たちがこの宿から出られる状況になったからにはな」
師は答える。
「では、私は助けていただけるんで?」
泥水男に、師はにやりと笑んだ。
「ことのついでに、いま一つ役に立ってくれたらな。俺の知りたいことに答えてもらおう」
「知りたいことって?」
泥水男が問うと、師は尋ねる。
「今回、俺たちへの襲撃を企てた首謀者たるミゲールの奴はどこにいる?
こちらはもとから奴を殺す気でもあったが、今回こんな襲撃も企ててくれたんだ。その報復のためにも、奴の命はすぐにでも奪わなければもはや気が済まん。こんな真似をしてくれて、すでに怒り心頭に達しているのでな。奴に対して、この俺は。
その実現のためにも、こちらとしては聞いておきたい。奴の居所を。居所を知らなきゃ、奴を殺せねえしな」
師は弟子のゴーマを見やる。
「ゴーマ、おまえは知らないんだろう?」
「ええ、まあ。ですが、ついさきほど耳にしました。傭兵隊の副隊長らしき男が、その隊長のもとへ報告に出向くという話を。傭兵たちの話を盗み聞きしているときに。
ですので、近くにいるとは思います。でも、どこにいるのか正確な場所まではわかりません。それはジマも同じです」
ゴーマが云うと、ジマは無言でうなずいた。師は軽く嘆息をつく。
「なら、やはりこいつに答えてもらうしかないようだな」
師は泥水男を見やり、その喉元に剣を突きつけて命じる。
「知っているなら答えろ」
「隊長なら、この町の教会におられます」
死にたくないので、即座に泥水男は答えた。怯えた顔をしながらも。
「教会? ふん。そういえば、奴は神を信じていたな。長年会っていなかったので、そのことを忘れていたぜ」
師は苦笑する。
「まったく、教会とはな。神を信じる奴らしいところにいやがる。どうやら、昔からの習慣は変わっていないらしい。いま思い出したぜ。
戦いに及ぶ際、たいてい奴は戦勝と身の無事を神に祈願する。神に近しい場所、教会でな。罪を犯す許しを請うために、神への懺悔もしやがる。それを今回もしているというところか」
「は、はい。そういうことです。お答えしたんですから、これで私を助けていただけますか?」
男は期待するような視線をベルモンに送る。だが男が期待する答えは、ベルモンからは引き出されなかった。
「俺たちが、おまえだけを助けると思うか? そんなお優しい奴だと思うか? 俺たちが。ええ?」
ベルモンは、にやっと危険な笑みを閃かせる。
「もとより、おまえを助ける気などないわ」
その答えを聞き、泥水男は泡を喰った。そ、そんな。助けて。彼は途方にくれて懇願するも、師は首を振った。
「おまえはもう用済みだし、そんな芸のない科白を吐く奴は助けられんな」
くくく、と意地の悪い嘲笑を師は放つ。その後、あばよ、と云って剣を一閃させる。その剣によって瞬時に、泥水男の首は跳ね飛ばされた。
「これで以前、からまれたときの礼はしたぞ」
師は不敵に嗤う。泥水男の躰が地面にくずおれるのを見届けると、ゴーマが師の方へ視線を転じて尋ねてくる。
「で、安全にこちらは外へ出られるようになったわけですが、これからどうするんです?」
「知れたこと。せっかく殺すつもりだったミゲールが、わざわざここまで出向いてくれたんだ。俺たちを狙って、襲撃に。逆にこの機に乗じて、奴を返り討ちにして殺してやる。
さっきも云ったが、どうせ奴は殺すつもりだったし、俺たちを狙うというふざけた真似もしれくれたんだ。その報復をしてやるためにもな。
第一、奴がここにいるならその状況を無駄にするのも、もったいなかろう。
我々と同様にこんなちいさな町中にいるというなら、奴のもとへ出向く負担もこちらにはたいしてかからないわけだしな。
よほどよかろう。足を運ぶにも大変な遠くに奴がいる状況でその命を狙うより。そんなところにいられては、奴を殺そうにも出向くだけで一苦労だしな」
「では、朧として暗躍するというわけですね。この町で」
ジマが云うと、そうだと師はうなずく。
どうやら弟子を、ウルグス町へともに連れてきた甲斐があったようだ。
賊として暗躍することもあるかもしれないので弟子もこの町へ連れてきたわけだが、その機会がこうして訪れようとは。
ただ弟子を連れてきたために、裏目に出たこともあるが。ルートヴィヒが裏切ることになってしまったしな。
師は苦笑する。
「なら一直線に、教会へ向かいますか? その隊長を仕留めるために」
ゴーマの問いに、いや、と師は首を振った。
「どうやらミゲールは自分の部下を使って、この町の人間を全滅させるつもりらしいからな。
だったら俺たちも教会にすぐ向かわず、まずはその目論みに手を貸した方がいい。ここをでたあとには、町を徘徊して全滅してやるんだ。この町の人間どもを。
そのついでにミゲール率いる傭兵隊、灰色の狼、つまりはミゲールの手下どももな」
師は語をつなぐ。
「とにかく、この町にいる人間はすべて殺す。生き残るのは俺たちだけ。そういう状態にするんだ。
そうすれば、ミゲールを殺したところで目撃者はいない。俺たちがあいつを殺したって証拠もでてこなくなる。そんな証拠を残すのはまずいからな。
ミゲールの奴もその手下どもも、正式に国に仕えることになった連中だ。奴らが殺されたとなれば、その犯人を捕えて処断するべく国も力を注ぐだろう。
だが証拠がなにもないんじゃ、国もその下手人をさがしだせない。俺たちも国に捕まって、処断されるってことにもならない。奴やその手下どもをこの町で殺したところで、俺たちは安全でいられる。
であれば、なおさら生かすべきだ。連中がこの町にいる、今回の機会を。
ここで連中を町の人間もろともに皆殺しにすれば、俺たちは罪に問われないんだ。その状況は、俺たちにしてみれば好都合なわけなんだしな」
師は鼻を軽く鳴らした。
「ふん。自分たち以外の者は皆殺しにして、目撃者を失くす、か。罪を犯しながらも裁かれず、自分たちの保身を図るために、そんな真似をするとは。奴らも、いい手を使いやがる」
「だから、思いついたってわけですか? いっそ、その真似をしちまおうと」
ゴーマが訊くと、師は微笑した。
「まあな。今回、その手は使った方がよかろう。俺たちの保身のためにも、その方が得策だろうしな。
とはいえ、俺の嗜虐性がそういう判断をこの俺自身にさせたってこともあるが。この町で決着をつければ、傭兵隊の連中だけでなく住民どもまでも殺せる。より、人を殺せる機会に恵まれるってわけだ。
そんな機会を棒にするのはもったいないって、俺の嗜虐性が疼いてならねえんだよ」
なるほど。ジマがつぶやくと、ゴーマが訊く。
「ですが灰色の狼という傭兵隊は、師がつくられたのでしょ? いわば、もと部下ってわけですよね? それなのに、奴らを全滅させていいんですか?」
「かまわんさ。もう知った顔はいないしな。それにいくら俺がつくった傭兵隊といえども、こっちは奴らに命を狙われているんだ。
事ここに至っては、すでに奴らは敵だ。かつては味方であったとしてもな。いまや敵に回ったあの傭兵隊の連中なんぞに、俺としては未練などない。奴らを皆殺しにすることを厭いもしない。
むしろ喜んでやってやる。許せんからな。奴ら、この俺を狙いやがって。この俺の敵に回りやがって。敵になったからには、躊躇なく連中は潰す。
俺を狙った報復をしてやるんだ。ミゲールは云うまでもなく、その走狗と成り下がっているその手下連中どもにもな。
そうしなきゃ気が済まねえ。
どのみちミゲールを殺すに当たっても、奴の手下どもは邪魔になる。
奴を狙えば、その手下どもは守ろうとするだろうからな。当然、首領であるミゲールの奴を。
とするとミゲールを殺すなら、その邪魔をする連中も事前に除いておいた方がいいだろ。邪魔する奴らをさきに除いておけば、ミゲールの奴を仕留めやすくなるしな。
それにおまえの云ったとおり、灰色の狼は俺がつくった傭兵隊だ。
そいつを俺の手で潰すってのは、気分的に悪くない。その傭兵隊を、創設者自らが潰して引導を渡してやるというのも、なかなかに乙というものだろうしな」
師は弟子たちに目線を配し、微笑する。
「傭兵隊だけでなく町にいるほかの人間までも皆殺しにするにあたって、こちらとしてはとくに問題なかろう。
この町はしけている。住民もすくない。そのうえ町にいる人間を傭兵隊も殺し回っているんだ。その手伝いをするだけで、すぐに全滅させられよう。
傭兵隊を片付けることにしても、朝飯前だろ。ルートヴィヒが抜け、こちらは俺たち三人だけになっちまったがよ。俺たちは強い。その力をもってすれば、俺たちだけでも楽にできるはずだ。その程度のことは」
「話はわかりましたが、ルートヴィヒはどうします?」
ゴーマは師に尋ねた。




