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師は圧倒的な強さで、傭兵たちを。

 宿に侵入した傭兵たちは、足を止めなかった。

 一手の数人は、二階へ向かうために階段をのぼった。もう一手の数人は、一階を探索しようとしていた。

 

 一階の探索にのりだした連中は、入り込んだ宿の表口からもっとも近い扉を開ける。

 

 扉のなかは、宿の広間となっていた。そこでは暖炉のなかで、火が煌々と燃えている。その炎のきらめきが夜の闇をすこしばかり祓い、部屋全体を薄暗いながらも照らし出していた。


「なんだあ? こんなときに、ゆっくりとのんきこいて酒をかっくらっている野郎がいるぜ」


 広間に入り込んだ傭兵の一人は、暖炉のそばにいる男を見つけた。大きな卓上に行儀悪く両足を載せながら葡萄酒を飲んでいる男は、死刑執行人たちの師ベルモンだった。

                

 彼はやってきた傭兵たちをちらりと目に止めると、右手に持つ杯をかたむける。葡萄酒を喉に流し込み、低く息を吐き出した彼は冷ややかに鼻を鳴らした。


「ふん。静かに酒をたしなんでいるところに、押し寄せてきやがって。無粋なやつらだ。客を呼び寄せた覚えなどないんだがな」


 師は傭兵たちを見渡し、いらいらとつぶやく。


「まったく、この招かれざる客どもが。しかし今宵、ここの宿に押し入ってきたその客の数もそう多くはなさそうだな。たかが知れているだろう。すべてあわせて、ほんの二十名あたりというところか」


「お、よくわかったな。どこからか見ていたのか」


 傭兵の一人がそう云うと、師は自身の耳たぶを指で軽くはじく。その姿を見て、今度はちがう傭兵が気づいた。

 

「はーん。俺らの会話を聞いていて、周りの状況を把握してたってわけか」


「外にいるおまえたちの会話の全容を聞き取れたわけじゃない。それでも外での騒ぎは、ここにいても多少は聞こえてきたんでな」


 ベルモンは答えた。


「もっとも、おまえたちがここへなにをしに来たのかまではしらんが。だがここには襲撃にきたんだろうくらいの推測ならば、たやすくつく。夜更けに外で派手に騒ぎを起こして押し入ってくるうえ、そんな物騒な格好をしていることから見てもな。

 と同時に、おのずと知れよう。その人数がどれくらいなのかという程度の情報は。外で飛び交う声の数。おまえたちが乗ってきた軍馬がたてるいななきや、蹄の音の量。おまえたちの足音。それらが聞こえていさえすればな」


「けっ、偉そうに語りやがるぜ、このおっさんはよ」


 ある傭兵がそうなじると、次いでその仲間の一人が問いを師に発した。

              

「でもよ。なんでそれがわかっていて、おめえは逃げねえんだ?」

             

「まったくだ。本当に状況わかってんのか、おめえ?」

 

 傭兵の一人が同意した。


「外から俺らが扉を破ろうとしたり、あからさまに異常な騒ぎをおこしてるんだ。普通なら、怯えて危険を避けるために逃げるだろ。さもなきゃ、見つからないように隠れたりするだろ。まして二十人もの輩が襲いに来たって知ってんなら、なおさらな。

 なのにてめえは、ろくにびびった様子もねえ。落ち着いて、酒をかっくらってやがる。なに余裕くれてんだ、てめえはよ」


「びびりすぎて、動けなくなってるからじゃねえのか」


 ほかの傭兵がそう指摘すると、続いてその仲間たちが嗤い声を飛ばす。


「ああ。そういうことか。こんなに敵が来て、恐ろしくて腰が抜けちまったってことか。納得、納得」


 あたりに傭兵たちの嘲笑が響き渡る。

 ベルモンの眉がぴくりと動く。

 たかが傭兵ごときに馬鹿にされて、黙っているベルモンではなかった。彼は片足を宙にわずかに上げ、靴の踵を思い切り叩きつけた。彼が足をのせていた卓上に。

 おおきな音が広間に響き渡る。その表情に怒りを閃かせて、彼は怒鳴りつけた。


「この三下どもが。雑魚のくせに、俺を見下してんじゃねえぞ」


 ぎらついた目つきで、ベルモンは傭兵たちを睨みつけた。


「俺がここを動かなかったのはな。単に、ゆっくりと一人で酒を楽しむのをやめる気がなかったってだけのことだ。こちらにはないんでな。おまえらから、逃げたり隠れたりする必要などは。

 おまえら程度の雑魚がすこしばかりの数で襲いにきたところで、俺にとっては危機でもなんでもない。簡単に、俺一人でも皆殺しにできるんでな」

                 

「なんだと?」


 傭兵たちはいきり立つ。


「たいした自信だぜ、こいつ」


「これほどの自信があるってことはよ。こいつが、初代隊長なんじゃねえのか?」


 傭兵の一人がそう勘繰った。ほかの傭兵も首肯する。


「ああ、そうかもな。初代隊長は、すげえ腕が立つって話だからよ。こいつがそうなら、これほどの自信を持つのもうなずけるぜ」


「こいつがそうなんだと思うと、急に怖くなったな。こいつが。はは」


 目のまえの人物の正体に見当がついた途端に、傭兵たちは腰が引けはじめた。それでも彼らは、ここに来た目的を忘れたわけではない。傭兵の一人が、思い出したかのようにつぶやく。

                

「でも、こいつを殺さなくちゃならねえんだよな。俺たちは」


「まあ、それがここに来た目的だしよ」

                 

 傭兵たちもわかってはいたが、襲うことを躊躇した。目前の相手が、あの強力な初代隊長かもしれないと思うと。

 殺さなければならないが、不用意に切りかかって返り討ちにあってはたまったものではない。傭兵たちとしては、自分が犠牲になりたくなかった。どうせなら、自分以外の誰かが片づけてくれた方がありがたかった。自身が無傷でいるためにも。

 一旦及び腰になると、傭兵たちのあいだでベルモンを襲う役目の押し付けあいがはじまった。


「ほれ、誰かいけよ」


「おまえこそ、いけよ」


 その傭兵たちの及び腰を鼻先で嗤いながら、師は云った。


「誰でもいいから、はやくかかって来い。すぐに、ひねり殺してやるからよ」


 師のその云い草が、傭兵の一人の癇に障った。俺たちをみくびりやがって。傭兵の一人は師の方をにらみ、声を張り上げて云い返す。

                

「なに云ってやがる。いまのてめえは、単なる処刑人のくせによ」


 この言葉をきっかけに、自分たちを鼓舞するようにほかの傭兵たちが同調をする。


「そうだぜ。考えてみりゃ、いくら強いって噂の初代隊長だって、いまは弱くなってるにきまってるぜ。いまのこいつは、傭兵じゃねえんだ。長年の処刑人暮らしで、腕がなまってるに決まってんだから」

                 

「そうだよなあ。冷静に考えりゃよ。現役で傭兵やってる俺らに、腕を錆びつかせたこいつなんかが、もはやかなうわけがねえよなあ」


「一斉に俺らがかかりゃ、いまのこいつを殺るなんてわけないはずだぜ」


「だったら、一丁やったりますか」


 弱気になっていた傭兵たちは、及び腰から立ち直った。俄然、やる気を出してきた。武器を各々手に握り、じりじりと距離を詰めてベルモンの方へ近づいてくる。

 その敵に対して、ベルモンも殺意をみなぎらせる。


「好き勝手ほざいていろ。すぐに俺とおまえたちとの腕の差を思い知らせてやる」


 ぐいと酒をあおったあと、ベルモンは手に持つ杯を勢いよく床に叩きつけた。


「けっ、できるもんならやってみろ。なめてんじゃねえ」


 傭兵の一人が叫んだ。ほかの傭兵も口を開いて、仲間たちを煽った。

                

「おら、人数はこっちが多いんだ。みんなで囲んで一気に襲っちまえば、こっちが勝てるだろ。やっちまえ」


 おう。口々に傭兵たちは返答すると、一斉にベルモンに対して攻勢に出た。


「てめえら三下なんぞに、この俺がやられるもんかよ」


 傲然とそう叫び、師は卓を蹴り上げた。卓はおおきく重い音を奏で、床にひっくり返る。

 その卓が邪魔をして、傭兵たちは師に近づけなくなった。あわてて、自分たちの方へ向かってくる卓を避けざるを得なかった。

 

 その隙に、師は椅子から立ち上がる。腰の鞘から、剣をすらりと引き抜く。

 

 だが傭兵たちも、そのあいだに態勢を立て直した。ふたたび師に向かって襲い掛かってくる。その傭兵たちを、ベルモンは剣を振り上げて迎え撃った。

 

 辺りに次々、響き渡る。剣戟の音と怒号と悲鳴が。


 血しぶきが、床と壁にまき散らされる。あっという間に、勝負の決着はついていた。師の強さは圧倒的だった。傭兵たちの攻撃など、ベルモンにはかすりもしない。

 ベルモンは向かって来た傭兵たちを、すでにほとんど打ち倒していた。


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